四章 その②

「まじょっこを? パス」「好きにさせておけば良いんじゃない」「私に一体何の得が?」

 三人ともあっさりとカルちゃんの頼みを拒否します。

「拒否なんか認めねーカル! 止めるカル! 絶対カル!」

「うわっ! 何だ! 今日はやけに強引だな」

 カルちゃんは両の前足でユーシャの顔をペシペシと叩くという、強硬手段に打って出ました。

 別段痛いとかそういう事はないのですが、わすらわしい事に代わりはありませんし、何より普段は温厚なカルちゃんがここまでブチ切れているのは珍しく、流石のユーシャも対処に困っていました。

「カルちゃんがそこまで言うのでしたら、話くらいは聞いてあげましょうか?」とのオヨメの提案にも、

「あ、私は興味ありませんので結構です」

 自身の信仰と契約を重んじる、キョウソさんはブレません。

 布教に一理いちりも無さそうな事に首を突っ込む気などサラサラない様子です。

「待つカル。キョウソにも十分関係ある話カル。まじょっこを止めないと後悔するカルよ?」

 カルちゃんの言葉に流石のキョウソも完全に無視は出来なくなりました。

 引き止めるためのハッタリではないと確信していたからです。

 それだけカルちゃんは三人から信頼をされているマスコットなのです。

「分かりました。聞かせて貰いましょう」

「助かるカル」

「で? まじょっこを止めて欲しいって言うが、今度は一体何をしでかしたんだ?」

 まるで普段からやらかしている聞き方です。

 まじょっことの付き合いが三人の中で一番長いユーシャは、まじょっこが起こす騒動には慣れっこになっていました。逆もまた然りであり、他の二人はユーシャの発言に「お前が言うな」とか思っていました。

 そんな事を思っている二人も、正に自分の事は棚に上げているという典型例です。

「……隕石。カル」

「隕石? ってよくまじょっこの奴が空から降らせてる石の事か?」

「そうカル」

「ならそんな騒ぐほどの事じゃないだろ」

「その場に召喚して落とす程度の隕石ならそうカルね。でも、今回のはそうじゃないカル。マリーが直接動かしてる超巨大隕石カル!」

 緊迫した表情のカルちゃんとは対称的に、ユーシャはいまいちピンと来ていない様子です。

 オヨメも同様です。お空の石なんてちょいとどければ良いじゃない。とかそんな事を考えています。しかもそれが実行出来てしまうのがオヨメの恐ろしい所です。

 二人に替わってキョウソが訊ねます。

「具体的には、その隕石はどの程度のサイズなのですか?」

「そうカルね……最大幅が十キロメートル以上は……あるカル」

「十キロ!?」

「最低でもカル」

「……確かにそれはまずいですね」

「やっと分かってくれる奴が現れてくれたカル……。キョウソなら分かってくれると信じていたカル」

 むむむ……。と深刻な表情を浮かべるキョウソに、ユーシャとオヨメの表情が少し真剣みを帯びます。

「仮にそれが落ちるとどうなるんだ?」

「そうですね……。細かな被害までは予測できませんが、地上の生命のほぼ全てが死に絶えるでしょう。海中もどこまで生き延びられるか。惑星規模の大絶滅が訪れる事になるでしょうね」

「おお……そりゃすげぇな」

「すげぇとか言ってる場合かカル!」

「だけどよ。まじょっこはそんなもん地上に落としてどうする気だ? 突然世界を滅亡させたくなったのか? そうだとしても別に驚かんが」

「マリーを破壊神みたいに言うなカル。マリーはこの国を消し飛ばそうとしてるだけカル。文字通り大陸から消滅させる気なんだカル」

「十分破壊神みたいだと思うが。それはそれとして、またどうしてそんな結論になったのか」

「それは本人の口から聞いて欲しいカル」

「目的は分かりました。にしては、少々規模が過剰過ぎでは? 副次的な被害が天文学的数値に達してしまいますよ。仮にも『世界の愛と平和』(笑)を守る魔法少女でしょうに」

「魔法の障壁で外への被害は防ぐつもりみたいカル」

「なるほど。まあこの国の人にとっては何の慰みにもなりませんが。撒き上がり空を覆い付くし地上を氷河の時代へといざなうはずの膨大な土砂も、どうにかする算段があるのでしょうね」

「マリーなら難しい事じゃないカル」

「ふーん。じゃあ最悪被害はこの国一つって事だ。通りで協会が止めない筈だな」

「ええ。普段なら私もこの程度の被害なら気にはしない所ですが……この国には新しく獲得したばかりの信者の方々が大勢居ますのでね。まじょっこさんに消し飛ばされてしまっては堪りませんよ。ええ。全く。布教の障害となるのであれば、問答無用で全力で排除するのみです」

 キョウソの全身からは怒りのオーラが立ち上っていました。

 布教の邪魔をされる事だけは断じて許さない。

 それが誰であろうが、どんな理由があろうが、です。

 それがキョウソと言う男です。

 取り敢えずキョウソを引き込む事に成功したカルちゃんは次の標的を定めます。

「オヨメは手伝ってくれるカルか?」

「うーん……そうねぇ……」

 オヨメはチラと、ヴェンストの傍に控えているドレンに視線を遣ります。

 ザウル達継承戦争関係の人達は、カルちゃんたちの事の成り行きを見守っています。

「旦那様はここを離れては下さらないでしょうし、そうなるとお空の石は邪魔ですね。お掃除しちゃいましょう」

 気負いなく言い放つオヨメの手を取って、カルちゃんはブンブンと上下に振ります。

「ありがとうカル! オヨメがいれば一星霊力いちせいれいりきカル」

「大袈裟過ぎるんだから」

「そんな事ないカル! 頼りにしてるカル!」

 あっさりとオヨメも仲間に引き入れたカルちゃんは、最後の砦、要の男、ユーシャの説得に取り掛かります。

「ユーシャ──」

「いいよ。手伝ってやるよ」

「えっ!? いいカルか!?」

「ああ。いいぜ。むしろ手伝わない選択肢がないだろ」

「ええ? だってユーシャには何の得もないカルよ……?」

 余りにもあっさりと、むしろ向こうから手伝うと言って来た事に逆に戸惑うカルちゃん。何か裏があるに違いないと勘繰かんぐっています。

「まあ、そうだな。今のままじゃあ俺に何のメリットもない。だから──」

「ごくり。カル」

 どんな条件を突き付けてくるつもりかと、カルちゃんは生唾を呑みます。

「隕石衝突でこの国消滅! の大ニュースを大々的に発表して恐慌を引き起こしてくれ」

「あほおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 カルちゃん渾身の右ストレートがユーシャの頬に突き刺さります。

 思わず語尾の「カル」を付け忘れてしまっていました。

「何をする」

「何をする。じゃねーカル! パニックにしてどうするカル!」

「どうするもこうするも、一度絶望のどん底に叩き落してから助けた方が有難味が増すだろ? そうすればこの国での俺の知名度も爆上げよ。ついでに俺推しの継承者サマの株も上がるし、一石二鳥の良い案だろ」

「良いんじゃないですか。ユーシャさんの知名度アップは相棒である私の布教活動にも有用ですしね」

「勇者の資格のためとはいえ、やり方っていうものを考えた方がいいと思うカル……。はあ……仕方ないカル。それでユーシャがやってくれると言うなら、その条件、呑むカル。四の五の言ってる場合じゃないカルからな。ただし、この王都だけカル」

「おう。そこは俺も譲歩しよう」

 全然、全くもって納得いっていない様子のカルちゃんでしたが、全てを飲み込んでユーシャの条件を受け入れました。

 それ程までに事態は急を要するという事でしょう。

「で、その隕石とやらはいつ落ちて来るんだ?」

「明日カル」

 カルちゃんはハッキリと断言しました。


 それからの王城内は上を下への大騒ぎです。

 最早継承戦争どころではありませんでした。

 それはそうでしょう。

 国家存亡の危機どころか、人類絶滅の危機が迫っているのですから。

 城内にいる重臣、騎士、兵士、メイドに至るまで、全ての人間にこの事実を伝えました。

 その刻限が明日までである事も、です。

 初めは信じない者も多くいましたが、カルちゃんが城の大広間で現在の隕石の様子を大々的に映し出して見せました。

 その際、隕石を操っているピンキーマリーことまじょっこが、カルちゃんの遠視の魔法を乗っ取り、

「やほー。ネデュロンの皆見てるー? ちょっとした不運の積み重ねでこの隕石ちゃんが明日のお昼ごろにはそこに落っこちちゃうみたいなの。ごめーんネ☆」

 テヘペロしていきました。

 魔法少女の犯行声明を見た城内の人達からは、悲鳴や怒号が飛び交い、もう誰も隕石の落下を疑う者は居なくなっていました。


 ザウル達も、他の者達に負けず劣らずてんやわんやの大忙しです。

 ヴェンストは一先ずこの一件が片付くまで軟禁しておく事になりました。

 世話係にはドレンを付け、監視役にはスホルステンとその部下達を配置します。ヴェンストに最大限の配慮をしつつ、取り得る万全の態勢です。

 最後の継承者たるステンはユーシャと共に行動しており、手が出せない状態です。

 どのみち今はヴェンストと同じで軟禁か監禁しておくしかないので、居場所さえハッキリしていれば何処に居ようが一緒だと割り切っていました。

 そしてザウル本人はこれから王都に住む民に対してある宣告をしなければなりません。

 ユーシャの協力を得るための条件のアレです。

 国家の繁栄を第一に考えるザウルに、否やはありませんでした。

 今ザウルは謁見の間の玉座に、正装で腰掛けていました。

 その正面にはキョウソただ一人が立っています。

 キョウソは手に持った杖の先端を光らせ、床に緻密な魔法陣を描いています。

 かれこれ一時間ほど掛けて、直径にして二メートル程の魔法陣を描き上げていました。

「ふー。まあこんなものでしょう」

「凄く複雑な魔法陣だな。見た所遠く……会話……ふむ。遠くの相手と何か出来る様な物か?」

「流石は殿下。魔法への造詣ぞうけいも中々のものですね」

「世辞はよい。これが役に立つのだな」

「世辞など言いません。素直に褒めたのですよ。そうです。いま私が作った魔法ですが、まあ大丈夫でしょう」

「……っ!? 魔法を……作った……!?」

 流石のザウルもキョウソの発言に驚きを隠せませんでした。

 今ある魔法を習得するだけでも困難だと言うのに、新たな魔法を即興で作り出せるほどの魔法の知識と才を持つ者を、ザウルは見た事も聞いた事もありませんでした。

「範囲内に居る全ての人間に、強制的に映像と音声を送り付ける魔法です。相互通信も可能ですが、今回は必要ないので一方通行にしてあります。さ、こちらの準備は整っていますよ殿下。始めましょうか」

 そんなザウルの様子を気にも留めず、特に誇るでもなくキョウソは平然としています。

「あ。……ああ。大丈夫だ。始めてくれ」

「承知いたしました」

 キョウソが出来上がった魔法陣に魔力を注ぎ込み、起動させます。

 魔法陣は瞬く間に広がり、謁見の間を抜け、城内から城外へと広がり、物の僅かな時間で王都全体をその中にすっぽりと収めるまでになりました。

 そして最後にキョウソは力ある言葉を唱えます。

汝らに我の言葉を授けんリヴェレイション!」

 キョウソの持つ杖の先に付いている宝玉が強く輝きます。

 キョウソはその杖をザウルの前に立てて置きます。

 杖の下端は丸く、とても直立するとは思えない形状ですが、これも魔法の力でしょう。何に支えられる事もなく杖はザウルの前で自立しています。

「さ、どうぞ。殿下。その宝玉に向かって話しかけて下さい」

「あー……うむ。私はザウル・エン・ノールデン。第一王子のザウルである」

 ザウルの演説は、まず自身の名乗りから始まりました。


 突如頭に直接流れ込んで来た声に、王都の人々は自身の頭がおかしくなったのかと小さなパニックを起こしました。慌てた王都の人々は、外へと飛び出し周囲を窺いました。他の人達はどうなのかと。自分だけがこうなのかと。

 そして知りました。皆が皆、一様に自分と同じ様な行動を取って居る事をです。

 つまりこれは自分だけに起きている現象ではなく、皆に等しく起きている現象なのだと。それは一つの安心に繋がりましたが、事態は何一つ解決していません。

 ですが自分だけじゃない、自分の頭がおかしくなった訳じゃないと知った王都の人々はプチパニックから抜け出す事は出来ました。

 そんな王都民の心を知ってか知らずか、頭に流れて来る声は再びその名を告げます。

「私はザウル。ザウル・エン・ノールデンである」

 知る者にはそれが、間違いなくザウルの声だと分かりました。

 そして周囲に聞こえる様に声を上げます。

「ザウル殿下だ! ザウル殿下の声だ!」

 それを聞いた他の王都民たちは疑いもせずそれを信じました。

 信じたかった。というのもあるのでしょう。

 ザウル殿下であれば、この様な事が出来る優秀な魔法使いを配下にしていてもおかしくないと、王都の人々は勝手に解釈していました。

 声の主がザウルだと知れ渡ると、驚くほどにあっさりと平穏を取り戻しました。

 それを見計らったかの様なタイミングで、今度は映像まで送られて来ました。

「王都の民たちよ。突然の事で驚かせたと思う。此度は火急の要件につきこの様な強引な手段と相成った。しばし手を休めよ。私の話を聞いてもらう」

 玉座にどっしりと腰掛ける、威風堂々たるザウルの姿は正に王そのものでした。

 その御姿みすがたに、外である事も忘れ思わず膝を付く人々で溢れました。

 人々は祈る様に瞳を閉じ、真摯にザウルの言葉に耳を傾けていました。

 ザウルの口から語られる事が、死の宣告だとは知る由もありませんでした。

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