四章 その①

 王城へと戻ったザウル一行は、そのままヴェンストが軟禁されている部屋へと向かいます。

 王族に相応しい豪奢な部屋にヴェンストは居ました。

 窓なども普通にありますが、高層階のため逃げ出せる場所は廊下へと繋がる扉一つです。丈夫な扉は外側から施錠され、常に見張りが二人体制で立っています。武器の類は取り上げられていましたが、拘束されてはいませんでした。

「少しやつれたな」

 それは凡そ一年振りにヴェンストの姿を直で見たザウルから、開口一番に出た感想でした。

「そう言う兄上はお変わりなく、大層お元気そうですね」

「お陰様でな。特に今は気分も良い」

「そうでしょうね。こうして私を捕らえられたのですから」

「ははは。自惚うぬぼれが過ぎるな。私が気分が良いのはあの寄生虫が如きクソ坊主を始末出来たからだ」

「マイト司教をっ!? 真かっ!?」

 ヴェンストは、ザウルと共に現れたドレンに訊ねます。

「しかとこの目で確認致しました」

「そうか……あのクソ豚め、死んだか。王になれば私自らの手でくびり殺してやろうと思っていたのだが、残念だ」

「心中お察し致します」

 二人の遣り取りにザウルは少し感心した様子で訊ねます。

「ドレンを疑わないのだな」

「あの教会で、真に私の味方であったのはこのドレンだけだ。こ奴が裏切るというならそれまでの事。その様な疑念を抱くのは無駄もいいところだ」

「殿下……勿体なきお言葉に御座います」

 ドレンはヴェンストの前にひざまき、こうべを垂れます。

「それで兄上、何が目的で軟禁などしている。さっさと殺せば良かろう! 他の兄姉弟妹きょうだい達の様に!」

弟妹きょうだいは全て私自身の手で殺すと決めているだけの事だ。誰の手にも掛けさせはしない。それと、最期に一つお前に謝っておこうと思ってな」

「何を謝るというのか! 私に詫びたいというのならその首を差し出せば良いのだ!」

「それは出来ん相談だな。私が謝りたい事は唯一つ。お前をここまで生き永らえさせ、苦しめた事。私の力が至らぬばかりに、全員を直ぐに殺してやることが出来なかった。それだけは今でも悔やんでいる。済まなかったな」

 真摯な言葉と態度で深々と、ザウルはヴェンストに頭を下げました。

 それはザウルの、まごう事なき心からの謝罪でした。

「ふ……ふざけるな! 私を……! 私たち弟妹きょうだいを馬鹿にしているのかっ!」

 ヴェンストは怒り狂いました。

 ザウルが本当にそう思っている事が分かってしまったから。疑う余地もなくそうだと理解出来てしまったから。だからと言ってヴェンストには決して受け入れる事など出来ませんでした。

「馬鹿にしているのかと言われれば、そうだ」

「なっ……!?」

 余りにもハッキリと断言するザウルに、ヴェンストは気勢を殺がれます。

「戦争は始まるまでに既にその勝敗は決している。とは誰の言葉だったかな」

 ザウルはそれまでとは打って変わった冷やかな視線でヴェンストを見つめます。

「お前達には王族たる──王たらんとする覚悟がなかった。私は王族であることを自覚し、継承戦争を知るに至った五歳の時から、この時の為の準備を始めた。ひるがえってお前達はどうだ。いつか来る継承戦争に向けて一体どれ程の準備をして来た。ただ漫然と暮らし、父王が死したと聞けば呑気にも護衛も付けずに登城してくる始末。まさか継承戦争に『よーいドン』の合図でもあるとでも思っていたのか? 愚かにも程があるというものだ」

「私達は貴様の様な卑劣漢とは違うのだ! 父の死までも利用する様な、な!」

「それが愚かだと言うのだ。だがしかし、私はそんな愚かなお前達の事は嫌いではなかった。いや。むしろ大切に思っていた。いつか殺し合う存在だと分かって居ながら、それでも弟妹おまえたちを可愛く思っていた。与し易いからではないぞ。ただただ、単純に可愛かったのだ。無邪気に楽しそうに生きている弟妹おまえたちの姿がな。だからこそ死への苦しみが短く済む様、念入りに準備を進めた。弟妹きょうだいをこの手にかける覚悟も決めた。むしろ、私以外の誰にもその命を奪わせる気など微塵もなかった。一つ予想外だった事と言えば、父の死が余りにも早かった事だ。お陰で初日で決着を付ける予定だったのが、大きく狂ってしまった。特に教会に逃げ込まれたのは大誤算だったな。結果、こうしてお前を殺してやれるのが遅くなり、長く苦しめる事になった。しかし、やっと大切な弟を楽にしてやれる」

 ザウルは手に持っていた剣を鞘から抜き放ちます。

「最期に言い遺す事はあるか?」

 ヴェンストは気丈にザウルを睨み付けますが、その瞳は死への恐怖で揺らいでいます。

 しかし決して命乞いをしようとはしませんでした。

 何と言われようと、心までは屈しないという決意の現れでした。

「…………ドレンの事、頼みます」

「必ず本人の希望に沿う事を約束しよう」

「……っ!」

 ヴェンストの言葉に思わず声を詰まらせ、ドレンの頬を涙が濡らしていました。

 ドレンは目を逸らしたい気持ちを必死で抑え込んでいました。

 一年足らずの短い主従関係でしたが、それでも確かにヴェンストはドレンにとって決して悪い主ではありませんでした。マイト司教などに比べれば余程に、心から仕える事の出来る主でありました。

 その最期をしかと見届けない訳にはいきません。

 ザウルが静かに剣を振り上げます。

 ぎゅっと目を閉じるヴェンストも、今更惨めに抵抗する気はありません。

 最期くらいは王族らしく──。

 見事に死んでみせるつもりでした。

「さらばだ」

 命を絶つ鋭い一撃が振り下ろされたその時でした──。


「みぃぃぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅぅけええええええええたああああああああああああ!」


「カル!」

 空を斬り裂く紫の弾丸が窓を突き破って突っ込んできました。


 ◇


 時は数日前。

 カルちゃんが魔法少女協会を離れた所まで戻ります。

 魔法少女協会は大陸の丁度中央に位置しており、そこから各地の自由極まる魔法少女達を鉄の掟で管理しています。と、表向きはそういう事になっています。

 管理している側も自由極まる魔法少女達なので、重大な違反以外には結構ルーズです。

 マスコットのカルちゃんの相棒である魔法少女ピンキーマリーが引き起こした、巨大隕石落下の阻止を断られたカルちゃんは、次にあてに出来る人物の許へと向かっていました。

 魔法少女協会的には隕石で大陸の一部を文字通り消し飛ばす事は、特に問題ないという見解なのが恐ろしい所です。

 カルちゃんは目的の人物の魔力の気配を辿って、一路北を目指して飛んで行きます。

 ただ魔力の供給源であるマリーから離れて活動しているため、使える魔力には限度があります。いま持っている魔力を使い果たしてしまうと、自動的にマリーの許へと戻されてしまいます。

 マリーと繋がっているカルちゃんにはマリーの位置がリアルタイムで把握できます。逆も然りですが。

 マリーの現在地は宇宙空間です。おそらく隕石の上だろうと推察します。

 呼び戻されれば大幅な時間ロスどころか、隕石の移動速度を超えて飛ぶ事などカルちゃんには出来ないので、もう助けを求める事は出来ないでしょう。

 全速力を出せば音よりも速く飛ぶ事も出来ますが、消費する魔力も桁違いです。ものの数十分で保有する全魔力を消費し尽くしてしまう事でしょう。

 大陸中央に位置する魔法少女協会から、目的の人物がいる大陸最北の辺りに位置する国までは遠く、直線にして数千キロは離れていますので、単純計算で途中で魔力欠を起こす事は必至です。

 カルちゃんは風を掴む事で極力魔力の使用を抑えながら、可能な限りの高速飛行で北を目指すのが精一杯でした。


 ◇


「みぃぃぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅぅけえええええええたあああああああああああ! カル!」

 と魂の叫びを上げながら突っ込んで来たカルちゃんは、ザウルの振り下ろした剣を打ち砕き、その後ろに居た人物に向かって突進していきます。

「おお!」「あら」「おや」

 音速を超えて飛んで来るカルちゃんに反応出来たのは僅かに三人だけです。

 ユーシャ、オヨメ、キョウソです。

 その内の一人──ユーシャが軽々とカルちゃんをキャッチします。

 と同時に、ちょっとした衝撃波が発生し周囲の人や物を薙ぎ払います。

 幾つかの高級な調度品や敷物などが窓から外に飛んで行くのが見て取れました。が、大きな被害と言えばそれくらいの物で、後はザウル達がゴロゴロと壁まで吹き飛ばされている程度のものでした。打ち身位はあるかもしれませんが、大した怪我もないでしょう。

「な……何が……っ!?」

 ユーシャに抱きかかえられて難を逃れていたステンが困惑した声を上げます。

「さあ? それは俺も知りたい所だ。なあ? カルちゃん」

 ユーシャは禍々まがまがしき紫の空飛ぶ子羊、マスコットのカルちゃんに訊ねます。

「良く聞いてくれたカル! 大変なんだカル!」

「え? 何このキモイ羊! 喋ってる! ていうか造形は可愛いのに色がっ! 色がっ!!」

 何か毒々しい色をしているせいで、見た目の可愛さが逆効果になっているカルちゃんに、ステンは混乱しています。

「初対面の羊にキモイとか失礼な娘カル。でも今はそれ所じゃないから勘弁してやるカル」

「あ、はい。すみません」

 空飛ぶ羊に叱られたステンは素直に謝っていました。

「いつつ……。一体何者の仕業だ。そこの珍妙な羊、貴様の仕業か?」

 立ち上がったザウルはカルちゃんを睨み据えながら、砕け散って用をなさなくなった剣を放り捨てます。

「ここを我がノールデン王家の城と知っての狼藉か?」

「そんな事知らんカル。どうでもいいカル。用があるのはこの三人だけカル」

 カルちゃんが前足で指し示したのは、ユーシャ、オヨメ、キョウソの三人です。

 言葉には反応したものの、ザウルを無視した態度のカルちゃんにザウルは怒りの声を上げます。

「貴様──」

「うっさい! カル!」

「あ、はい。すみません」

 凄まじい剣幕で羊に怒鳴られたザウル殿下も、怒りも忘れ思わず謝ってしまっていました。

 カルちゃんの双肩には今、数十万の無辜むこの人命が掛かっているのです。

 下手をすれば億、いやさ兆単位の生命の命にも関わる事態です。

 この惑星の全生命の危機ですらありました。

 その事を知っているのは、この場でカルちゃんただ一匹です。

 その重圧を背負ったカルちゃんの気迫に抗える人間など、そうそう居る筈もありません。

 この場だと、例の三人以外では。

「相方のまじょっこはどうした? 一人で居るなんて珍しいじゃないか」

「それカル!」

 ずいっと顔を近付けて来るカルちゃんに、ユーシャは「近い近い」と押し退けます。

「皆にマリーを止めて欲しいカル!」

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