三章 その③

「殿下。戻りまして御座います」

「首尾はどうだ?」

「上々で御座います。く言う殿下の方は……聞くまでもありませんな」

「当然だ」

 戦後処理を見遣っていたザウルの許にスホルステンが駆け付けて来ていました。

 スホルステンはザウルの命で、王国軍が城を出るのと時を同じくして、教会騎士達の出払った教会を強襲していたのです。

 それは王国軍とは別の、スホルステン子飼の特殊部隊でした。

 教会に僅かに残された護衛の教会騎士達を排除し、苦もなくヴェンストの確保に成功していました。

 その場で暗殺した方が面倒が無くて良いのですが、生け捕りにせよとのザウルの命です。

 暗殺するだけならスホルステン一人で忍び込む所を、この為にわざわざ部隊を率いて行ったのです。

「何処に居る?」

「城に軟禁しております。部下達はそのまま見張りに」

「そうか。直ぐ戻ろう」

「はっ」

 ザウルは指揮官を務める上級騎士に帰還する旨の伝令を出し、後事を託します。

「ところで、其方そなたらは何故ここに居る?」

 ザウルは明らかに場違いな二人──ユーシャとステンに訊ねます。

「あっちの旅人風の男はアストラ・バリエンテ。私の旅のお仲間です。とは言っても余り一緒に行動する事はありませんが」

 ユーシャが答えるより先にキョウソが答えていました。

「バリエンテ家の者か! 由緒正しき勇者の家系ではないか!」

「おや? 御存じでしたか」

「五つの子供でも知っておろう。伝説の一家ではないか」

 バリエンテの名前に興奮するザウルを余所に、当のユーシャの横に居るステンは困惑気味です。

「お前……勇者の一族って……マジか?」

「まあ一応な。聖剣も受け継いでるよ」

「えー……マジか……まじか……」

 ユーシャが勇者で、まだ正式には勇者ではないのですが、その辺の細かい事はステンは知りません。ただユーシャが勇者たる実力を持っている事は、もう身を以て知っていました。

「う~~~…………」

 ステンは何やら難しい顔をして葛藤し始めました。色々思う所があるようです。

「で、そちらの美しいお嬢さんが、例の“三番目”です」

 キョウソがサラッと断言します。

「「「……っ!?」」」

 ステンは難しい顔のまま硬直してしまいます。

 ザウルとスホルステンも驚愕を顔に貼り付け、ステンを凝視します。

「しかし流石ユーシャさん。いち早く一番のキーマンを見付けている当り、抜かりがないですねー。これも勇者の血の為せる業でしょうか」

 そんなお三方の事など気付かぬとばかりに、至って気楽にユーシャに話しかけています。

「お前……わざとだろ?」

「さて? 何の事でしょうか?」

 じとーっと睨むユーシャに素知らぬ顔でキョウソは応じます。

「プロペート殿。彼女? が“三番目”というのはまことか?」

 当惑するザウルにキョウソは断言します。

「ええ。一目見れば分かりますよ。間違いありません」

「しかし彼女? はどう見ても男ではないようだが? 残っている継承者は三人の王子だけなのだぞ」

「ですので、彼女は彼女ではなく彼なのでしょう。私の目から見ても女性にしか見えませんが。ただ間違いないのは、彼からも殿下からも同じ、私達の良く知っている人物の魔力の色がくっきりと見えていますよ」

「そうか。お主がそうまで言うなら間違いあるまい。これは思わぬ僥倖ぎょうこうか、はたまた……」

 ただ単に最後の王子を見付けただけなら素直に喜べました。

 しかしその護衛には、かの伝説の勇者の末裔が付いていました。しかも聖剣付きです。

 同じく伝説と化している始まりの魔法少女と共に、二人で魔王軍との大戦を勝利に導いた話は、この大陸に住む人で知らぬ者は居ません。

 聖剣の一薙ぎは空を断ち、大地を引き裂き、海を割る、と伝え聞きます。

 その気になればこんな王都の一つや二つ、簡単に潰してしまえるだろう。と伝説を話半分と見た上で、ザウルは結論付けていました。

 ザウルはさてどうしたものかと思案するかたわら、視線をステンに向けます。

 今までひた隠しにしていた正体が、初めて会った人に速攻で見破られ、しかも最大の敵である第一王子ザウルにバレてしまったショックと、自分を雇った相手にとっくに正体を知られていたという二重のショックで、完全にパニックに陥っていました。

 いっそ憐れな程に顔を蒼褪めさせ、ユーシャの裾をギュッと掴みながらガタガタと震えています。

 何の罪もない、ただ運が悪かっただけの彼女? を無駄に苦しめる事はザウルの本意ではありません。とはいえ、彼女? にとって最大の敵である自分に出来る事と言ったら、結局の所自分が死んでやるか、殺してやるか、そのどちらかしかありません。

 当然ながら、自ら死を選ぶ事などありえません。

 可能な限り早く、苦しまずに殺してやるしかない。それがザウルの結論でした。

「大丈夫。俺はお前の味方だって。お前が嫌がったって守ってやるよ」

「な……なんで……?」

 震えるステンを落ち着かせる様にユーシャはぎゅっと抱締めます。

「一番美味しいからですよね?」

「うっさい! お前は黙ってろ!」

 キョウソに図星を指されてユーシャさんはお冠です。

「………………」

 ユーシャは感激して損したと言わんばかりの目でステンから睨まれてしまっています。

 とは言え、この場でステンの味方はユーシャしか居ません。

 ユーシャの思惑がどうであろうと決して離れる訳にはいきません。

 先の読めないユーシャとの対決は避けたいザウルと、キョウソの動きを警戒しているユーシャ、どちらも次の一手に踏み切る切っ掛けを掴めずにいました。

 このまま睨み合っていてもらちがあかないと判断したザウルは、一旦ステンを後回しにする事に決めます。先ずは捕らえているヴェンストの方を済ませてしまう事にしました。

「私は城に戻る。貴公らも付いて来ると良い。どうせ遅かれ早かれ決着は付けねばならん」

 そう言い置くと、ユーシャ達の返事も聞かずにさっさと歩き始めます。

「ドレン。貴様も来ると良い」

 少し離れた所で身柄を確保されていたドレンにも声を掛けます。

「どういう風の吹き回しで?」

「調べは付いている。貴様は弟の面倒を良く見てくれていたそうではないか。最期を見届けさせてやろうというだけの事だ。無理にとは言わんがな」

「…………宜しくお願いします」

 全て諦めた様子のドレンは、ザウルにこうべを垂れました。

 ザウルはスホルステンとキョウソ、ドレンとドレンに寄り添うオヨメを伴い城へと帰って行きます。

「どうする? 付いて行くか? 逃げるか?」

「逃げたい……」

「まあ。ここで逃げた所で、事態は一切好転しないけどな」

「うっ…………。でも……、付いて行ったって……。結局殺されるだけじゃないか……」

「そう決め付ける事はないだろ。俺が居るんだ。返り討ちにしてやればいい」

「駄目だ! オレは……人殺しになんてなりたくない……っ! オレのせいで誰かを人殺しにもしたくないっ!」

「気にするな。人なんかもう数え切れない程斬って来たからな。大体悪人ばっかりだが、必ずしも悪人ばっかり成敗してるって訳でもなし。敵対する相手には容赦はしないからな」

「あの、キョウソって坊主も殺すのか? 仲間なんだろ?」

「ああ。あいつは殺そうと思っても簡単に殺せる様な奴じゃない。それに一応は相棒でもあるしな。利害が対立すれば戦うのに躊躇いはないが、殺しはしないさ。お互いにな」

 本当に何でもない事の様にユーシャは語ります。

「俺としては取り敢えず付いて行って、あいつの隙をついて王子様を仕留める。これが一番手っ取り早くて可能性が高いと思う。キョウソと真面にやりあう事になると、その隙にあの王子様にお前がられちゃうだろうしな」

「うぅ…………。分かった。分かったよ! 行くよ! 行けば良いんだろ!」

 自分の力ではどうする事も出来ない状況で、ステンはヤケクソになっていました。

 ついに来るべき時が来たのだ、という思いもありました。

 迷い、戸惑い、不安、恐怖──。

 急転直下の事態にステンの心は千々に乱れていました。

 それでも先に進むしかない。

 どの道今のままじゃ死ぬしかないんだから──。

 ステンを勇気づける様に、ユーシャはステンの手を握ります。ステンもその手をぎゅっと力強く握り返しました。

 ザウル達から離れた位置で付いて行くユーシャとステンを止める者は居ませんでした。

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