三章 その①
「教会騎士のあんちゃんよお? おめぇにゃ用はねぇんだわ。そこの二人、こっちに渡して貰おうか」
堀沿いの大通りを埋め尽くすゴロツキの大集団に囲まれるアストラ達に対し、ジャラジャラと金製の装飾を付けた偉そうな男がドレンに詰め寄ります。
しかしその程度の事で臆するドレンではありません。
アストラも平然とした表情……どころか堀に居る魚を眺めています。ゴロツキ達の事なんか見もしていません。
そんなアストラの服を「おい! おい!」と小声で怒鳴りながら引っ張っているのはステンです。
オヨメはドレンの後ろに居るのを良い事に金男を殺さんばかりの目付きで睨んでいます。いえ、ここに居るゴロツキ達全員殺すリストに載せられているかもしれません。
「貴様らの様な連中の言う事に従う義理など、我ら教会騎士にはない。地獄を見たくなければ早々に立ち去れ」
その堂々とした立居振舞は、数で圧倒するゴロツキ達をも怯ませます。
「そりゃあ賢くねぇなぁ? 腕に自信がさぞおありなんだろうが、この数を相手に出来るのかい? 何も俺らのいう事を聞けって言ってる訳じゃねぇさ。なあ。ちょっと今から起きる事が見え無くなればいいだけなんだぜ? 簡単だろ? 見てなかったんだから仕方がない。オーケー?」
「失せろ」
ドレンは言葉を交わす事さえ無駄と言わんばかりに、一言で切って捨てます。
金男は苛立ちを垣間見せましたが、直ぐに表情を取り繕います。表だって教会騎士と全面戦争に突入するのは避けたいのでしょう。星霊の名の下に実力で以て裁きを執行する戦闘集団である彼らは、命が下れば一切の躊躇も慈悲もなく敵を滅ぼし尽くします。専門の戦闘訓練をした訳でもないゴロツキ達では、只々蹂躙されるだけな事は火を見るよりも明らかです。
ですので、金男は何とか教会騎士とは事を構える事無く、且つ周りの手下達に教会騎士にビビっていると知られる事もなく、舐め腐ったあの二人を血祭りに上げなければならないという面倒な状況に陥っているのでした。
互いに睨み合ったまま、一歩も譲ろうとしません。
そんな状況に業を煮やしたのは……アストラでした。
「ステンさんよ」
「何だよ。どうすんだよ。この状況!」
「全然戦いが始まらないんだが?」
「はあ? 始まってたまるか! この数だぞ! 殺されちゃうだろ!」
「どうしてだか分かるか?」
「んなもん……あいつが教会騎士だからだろ」
「あー……、そうか。しまったな。騎士っぽい奴なら何でもいいと思ったんだが、ハズレだったか」
教会騎士を見付けたかった訳ではなかったようです。
教会騎士の鎧は揃いの物で割と特徴的です。アストラが気付いていなかった事が不思議なくらいですが、恐らく全く関心がなかったのでしょう。上等そうな鎧を来ている=騎士だろうくらいの認識だと思われます。
「うーん、一人二人
「や・め・ろ!」
「まあそう言わずに。
「そんなにあいつらを暴れさせて何がしたいんだ!?」
「そりゃあ……って言ってなかったか。“三番目”の味方をしようと思ってな。で、アレを国軍にぶつけて戦力を削ぐのと、街の害虫駆除だな。現状第一王子派が圧倒的優位だろ? 少し弱体化させて第三王子派と激突してくれれば、良い感じに双方疲弊してくれるからな」
「なんで……」
「何で“三番目”の味方をって? そりゃ決まってる。その方が面白いだろ?」
「面白いって……」
「面白いって事はだ、人気に繋がる。それに“三番目”を勝利に導けば貢献度はピカ一だ。今更王子達の味方をしても仕様がないだろ」
「……そうは言うけど、アテはあんのかよ? 未だ見付かりもしてないのにさ」
「いや。そうでもないさ」
ユーシャはステンを見てニヤっと笑います。
その笑みにステンはもしかしてバレてるのか!? とドキっとしますが、そんなハズはないと気持ちを落ち着けます。
「
その一隊の先頭を歩くのは、見るからに上質の僧衣を纏った老域に差し掛かった僧侶です。
かなりの有名人なのでしょう。ゴロツキ達がその僧侶の顔を見ただけで道を開けていました。
一切の邪魔を受ける事無くドレンの前で足を止めた僧侶率いる一行に、ドレンと対峙していた金男が睨み付けようと顔を向けた途端、余りにも予想外の人物に驚愕で声も出ませんでした。
僧侶はゴロツキ達やユーシャ達に
「ザウル殿下を見付けたと言うから急いで駆け付けてみれば、これは一体何の騒ぎだ?」
ドレンは僧侶の前に膝を付き
「はっ。申し訳御座いません司教。ザウル殿下討伐の指揮を執っていた所に、市民がこの悪漢共に追われておりましたので、保護しておりました」
そう言ってドレンはユーシャ達二人を示します。
マイト司教は大して興味なさ気にユーシャ達を一瞥します。
「ならば仕方あるまい。善良なる民を守護する事は私達の務めである」
と口では言っていましたが、その顔には不満がありありと浮かんでいます。
ザウルが城下で孤立しているというこの絶好の機会に、こんな誰とも分からない小市民など放って置けと、そう考えているのが丸わかりでした。
金男の方も出て来た相手が司教とあって、益々面倒な事になりやがったと考えていました。
その一方で、司教の出方次第では上手い条件で手打ちに出来るかもしれんとも考えていました。ゴロツキ達の中にも星霊教の信者は少なくありません。司教の姿を見て明らかに気勢が削がれてしまっていました。
「で? お主達の用件は何だ?」
尊大な態度でマイト司教はゴロツキ達に問います。
「ウチに喧嘩売ってくれたそこの二人をコチラに差し出して貰おう」
金男も態度を変える事無く答えます。
「それは出来ん相談だな。分かったら今直ぐに散れ。お主達に構っておる時間が惜しいのでな」
「そりゃーこっちも出来ない相談だな。落とし前はキッチリ付けねぇと。面子が立たねぇんですわ」
「クズどもの面子など知った事ではない。これ以上邪魔立てするなら、地獄行きにしてくれようぞ」
マイト司教のその言葉に、信心深い連中が「ヒィッ」と悲鳴を上げていました。
金男はやはりどうにも分が悪いなと感じていました。
とそこにマイト司教は金男に顔を近付け囁きます。
「今は儂の言う事を聞いておけ。悪い様にはせん。見ての通り今は取り込み中でなあ。いつまでも彼らを保護している暇はない。その後にお主等の好きにすれば良かろう」
「もう一声欲しいですな」
「強欲な奴め。……そうじゃ。ザウルの小僧めを始末する手伝いをすれば、褒美を取らせよう。見事討取った者達には、更に免罪符の発行を約束しようではないか」
「……良いだろう。直ぐにザウル殿下の捜索にあたろう」
「良い知らせを待っておるぞ」
マイト司教は金男が引き際を見定めているのを敏感に察知し、報酬を餌に自陣に取り込んでしまいました。
金男が手下に指示を囁くと、それはあっという間に他のゴロツキ達にも伝わり、大通りを埋め尽くさんとしていたゴロツキ達が足早に散り始めました。
その光景にホッと胸を撫で下ろすステンと、面白くなさそうな目で成り行きを見守っているユーシャでしたが、ここで更に事態は動きます。
「大通りを騒がす不届き者達め。よもや王城のお膝元を騒がして無事に帰れると思わぬ事だ!」
そう叫んだ馬上の騎士の背後にはゴロツキ達の数を圧倒的に上回る、完全武装の兵士達が居ました。王国軍です。
王城と目と鼻の先でこれだけの騒ぎを起こせば、当然気付かれない筈がありません。
そして彼らはその時丁度、ザウル殿下救出の命を受け急ぎ支度を整え終えていました。
城中に控えている騎士はおよそ千名。兵士は五千。市街にも五千ほど。
スホルステンの命により、騎士百と兵士二千を騒動の鎮圧に。残りは全てザウル殿下救出という名目での、教会騎士殲滅戦へと動き出したのです。
餌は非常に効果的で、ザウルを探すために教会騎士達は小隊規模に分かれていました。
数で勝り、ザウルの位置を逐一正確に把握出来るスホルステン率いる王国軍は、情報戦でも教会騎士に勝っていました。後は各個撃破していくだけの、簡単な作業です。
「突貫!」
王国軍の指揮官の号令により、兵士達が一斉にゴロツキ達へと群がって行きます。
王国軍の登場に蜘蛛の子を散らしたように逃げ出すゴロツキ達ですが、かえってそれが良くありませんでした。大通りを埋め尽くすほどの人数が、一時にバラバラに逃げ出そうとすれば互いに邪魔し合い真面に動く事さえままなりません。誰かが指揮を執って理路整然と退却するのが一番被害が小さくなるのですが、我が身大事のゴロツキ達に
統制の取れた動きで次々とゴロツキ達を討取って行く王国軍。その様子にますます浮足立つゴロツキ達。全く戦いにすらなっていませんでした。
そして王国軍の出陣に慌てたのは何もゴロツキ達だけではありませんでした。
マイト司教もその中の一人でした。
「馬鹿な! 王国軍がもう出てくるだと!」
臨戦態勢の軍がそれなりの軍勢で出撃するには、準備に時間が掛かるものです。
この騒ぎを聞き付けて出て来るにしては明らかに早すぎるタイミングでした。
城下でザウルがドレンと接触した時間からにしてもまだ早いと、マイト司教には思えました。
(この儂がハメられたと言うのかっ!?)
どう考えても、
「ドレン!」
「はっ!」
皆まで言わずとも、ドレンも状況を理解しています。
直ぐ様緊急用の魔力笛を吹き鳴らします。
この魔力笛は音は鳴りません。魔力を篭めて強く吹く事で広範囲に瞬時に信号を飛ばし、教会騎士全員が必ず持っている受信用の鈴が信号をキャッチし、鈴と笛を魔力光の線が結びその位置を報せます。
これで直ぐに街中の教会騎士がこの場に集まって来るでしょう。
せめてもの救いは、王国軍がマイト司教の存在にまだ気付いていない事です。
この場に現れた王国軍はあくまでも、この騒動の鎮圧が目的です。
他の王国軍は恐らく今頃街に散らばっている教会騎士達に襲い掛かっているのだろう、と流石のマイト司教にも予想出来ました。
一刻も早くこの場を離脱したい所ですが、周囲は右往左往するゴロツキ達で身動きがとれません。
無秩序に動き回るゴロツキ達の排除に王国軍も少々手間取っている様で、被害は無さそうですがマイト司教達が居る場所まで到達するにはまだ多少時間が掛かりそうです。時間稼ぎ位の役には立ってくれていますが、逃げ道を塞いでいるのもこのゴロツキ達なので、トータルすればマイナスでしかありません。そう遠くない内にマイト司教の存在がバレるのは必至です。
マイト司教達がこの場を脱するのが先か、王国軍がマイト司教を捕らえるのが先か、はたまた教会騎士達がマイト司教を救出するのが先か──。
結果はどれでもありませんでした。
この混沌とした場に駆け付けたのは──教会騎士達でした。しかし三々五々に最短ルートで駆け付けたため、大通りを駆けて来る者、路地を通って来る者、様々です。
大通りから来た教会騎士達はゴロツキ達を制圧していた王国軍に背後から襲い掛かりました。予想外の背後からの急襲に王国軍は一方的に打ち倒されて行きましたが、教会騎士達の数が少数であったため、初期の混乱から立ち直ると直ぐ様反撃を開始します。そうなると教会騎士達は一気に劣勢に立たされましたが、ここで更に事態は動きます。
路地からも教会騎士達が現れたため、路地から逃走しようとしていたゴロツキ達は完全に逃げ道を失ってしまったのです。
「邪魔だ! どけどけ!」
と事情を知らない教会騎士達は逃げ惑うゴロツキ達を容赦なく斬り捨てて行きます。
これにはゴロツキ達も血相を変えて引き返し始めます。
とは言え後ろからは王国軍が迫っています。
行き場を失ったゴロツキ達はどうしたらいいか分からず戸惑ったまま、次々と切り捨てられていました。そこに──
「教会騎士には構うな! 王国軍の意識は奴らに向いている! 逃げるなら今がチャンスだ!」
金男が叫びました。
マイトとの取引があったからです。数から考えれば教会騎士を突破する方が簡単なのです。
ただ戸惑うばかりだったゴロツキ達は明確な指示が飛ばされると、それが一筋の救いの糸であるかの様に飛び付きました。
教会騎士と戦闘を開始した王国軍に、背後と横から一斉に襲い掛かったのです。
騒動の鎮圧に出た王国軍もこれに抗う事は困難でした。
数も質も王国軍が勝ってはいましたが、戦術的に不利な状況を覆す事は出来ず、教会騎士を追って他の王国軍が救援に駆けつけて来るまで耐えるしかありませんでした。それが可能かどうかは別の問題でしたが。
「あわわわわわわわわわわ……」
「おーおー、これは中々……カオスな状況になって来たなあ」
小市民なステンはもう完全に状況に付いて行けていません。ただもう必死にユーシャにしがみついていました。離れたら最後、命がないかの様な必死さでした。
そんなステンを気にする様子もなく、ユーシャは戦場と化した大通りの戦況を楽しそうに眺めています。
騒動の中心地はマイト司教が引連れて来た教会騎士達によって守られ、今は未だ平穏を保っていました。
「ええい! まだ道は出来んのかっ!」
「申し訳御座いません。こうも乱戦になってしまっては指揮も何もありません。ただ混乱が収まるのを待つしかありません」
「それをどうにかするのが貴様らの仕事だろう!」
マイト司教はドレンだけでなく、周りの教会騎士達に対しても叱責を飛ばします。
どうにも出来ないからこそこの状況なのだというのはマイト司教にも分かっています。分かっていますが迫る王国軍に焦りを禁じ得ず、募る苛立ちを何かにぶつけなければやっていられないのです。
ドレンはマイト司教の心境を
しかし、全く甘んじて受け入れていない人物も居ました。オヨメです。
オヨメは教会とは全く関係のない人物です。あくまでも惚れたドレンの為だけに動いていました。
愛する主人──ドレン様に対する無礼の数々。あのクソ坊主、微塵切りにしてやろう。とオヨメは固く心に誓っていました。司教を手に掛ければどうなるかなど、オヨメの頭の片隅にもありません。仮にオヨメと星霊教会が争う事になれば、滅びるのは教会である事は必然でしょう。魔族や勇者や魔法少女達が名を馳せる大陸で、その筋で最強と渾名されるその異名は伊達ではありません。
そんなオヨメの手にはいつの間にか包丁が握られていました。今にも実行しかねない危険な状態です。
王国軍よりも強大で絶対的な脅威が今まさにそこに迫っているとも知らず、マイト司教は呑気にドレンを
オヨメと仲間であるユーシャだけはその事に気付いていましたが、止め様とするだけ無駄な事もよくよく知っているので見て見ぬ振りをしていました。本当は止める方法もあるのですが、マイト司教を助ける必要性を感じていなかったので成り行きにお任せしていました。
あと一言でもドレン様を侮辱すれば──。
マイト司教に断罪の刃が降り注ぐのも時間の問題かと思われました。
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