二章 その③
「やれやれ。何とかこの危機的状況を乗り切りましたね」
「只者ではないのはヒシヒシと感じたが、プロペート殿がそこまで恐れる程であったか? 互角の様に見えたが」
「私は全力でしたからね。オヨメさんはまああれで、半分程度といったところでしょうか」
オヨメと対峙して、緊張で凝り固まっていた体をグーっと伸ばしてほぐします。
「で、殿下。これからどうしますか? 城に戻った方が良いかと思いますが」
「いや。やっと獲物が掛かったのだ。このままより大物を釣り上げる事としよう」
「まさか殿下……」
「はっは。まさか本当に昼飯を外で食べるのが目的だと思っておったのか?」
「私の見た所……八割方そうだったと思いますが?」
「ふっ。九割だ」
「それはもう、外食するための言い訳のレベルですね」
「そうとも言う。はっはっは。東の方の言葉で『怪我の功名』と言うのだったかな?」
「『棚から牡丹餅』か、『一石二鳥』あたりでしょうか」
「ではそれだ」
二人はどこかに向かうでもなく、ブラブラと歩き回り始めます。
大通りからは外れていますが、良く整備された王都の道は広くなくとも見通しは悪くはありません。どちらも直ぐに相手を見つける事が出来るでしょう。
獲物は餌にもう気付いています。後はその餌に喰い付いて来るのを待つばかり。という訳です。
ドレン達が二人の前から姿を消して半刻もせずに、慌ただしく道を走り回る音が周囲に響き渡り始めます。
その内の足音の一つがザウルとキョウソ、二人の前に姿を現します。
「居たぞ! こっちだ!」
ピィィィィィィィィィ!
と甲高い笛の音が周囲一帯に響き渡ると、一斉に地響きのような足音が迫って来るのが分かります。
姿を現したのは、完全武装の教会騎士団です。
数は見えているだけで既に百は下らないでしょう。
この王都に集められている教会騎士は全部で五千ほどと、ザウルは報告を受けています。
ザウル麾下の騎士と兵士は、王都だけで一万を超えますが、いまここに居るのはキョウソ一人です。ですが、頼りがいで言えばキョウソの方が上を行きます。
何とかこのまま半数程は釣り出して、この機に殲滅してしまいたいところだとザウルは考えていました。あわよくば、司教か
「これからのご予定は?」
と気楽そうにキョウソはザウルに次の予定を伺います。
「殲滅だ。死なない程度にな」
「おやすい御用で」
その言葉通り、キョウソの手によって百を超える教会騎士達は、キョウソ達に指一本触れる事すら出来ずに一人残らず叩きのめされました。
◇
一方その頃──。
ザウル達とドレンが『飯を食う所』でばったり遭遇するより三十分程早く食事を済ませて店を出たアストラとステンは、城西地区を南方向へと散策し、城南通──南門から王城へと延びる大通り──近くまで移動していました。
「何と言うかこの辺は如何にもアレだな」
「分かってるから。あんまりキョロキョロするなよ。境目のこの辺はあんまりガラが宜しくないからな。地元の人間も出来るだけ近付かない場所なんだ」
ステンがそう言う通り、華やかな城南通沿いの陰に当たるこの辺りのエリアは、表の
犯罪者の巣窟程度なら可愛いもので、権力者達と結びついた犯罪組織がゴロゴロと存在しています。その背景には様々な国の影がチラついていますが、アストラ達にはまあ関係のない事です。
路地は狭く、暗く、薄汚く、周囲の家々にも窓は殆どありません。あっても極々小さなもので、しかも高い位置にしかありません。外部からの侵入や監視を防ぐためでしょう。中の音も一切外には漏れて来ません。相当に分厚い壁の様で防音対策もバッチリの様です。相当に後ろ暗い事があるに違いありません。
そんな建物をジロジロと観察しながら徘徊している輩が居れば、当然放置などされるハズもありません。
「おう。あんちゃんたち。見た所観光の様だが、こんな所に何のようだい?」
アストラとステンの周囲を取り囲む様にして現れた男達。そのリーダー格と思しき男が二人に声を掛けます。
優しく話しかけている様にも見えますが、既に拉致監禁からの拷問コースは決定済みと言った所でしょう。周囲を嗅ぎまわる不審な輩はスパイとして拷問しておくに越した事はありません。例え本当に只の観光客だったとしても、彼らは一向に困らないからです。
周りの男達も「へっへっへ」と下卑た笑みを浮かべながら近付いて来ます。
「おい。どうするん……」
「ぶげピッ!」
ステンが何か言い終わる前に、目の前に居たリーダー格の男が、謎の奇声を発しながら路地の彼方へと吹き飛んで行きました。
「「は??」」
間抜けにも飛んで行った男を振り返って見送っていた前方の二人も、ついでに殴り飛ばします。流れる様な三連打で、有無も言わさずに沈黙させます。
「てめぇ……ぶげらっ!」
後ろに居た奴らも状況判断が出来ないのか、何故かノコノコと近付いて来たので蹴り飛ばしておきました。
ものの十秒と掛からずに五人の男を倒したアストラは、そんな野郎達など存在しなかったかの様に、また周りの建物などを物色しています。
「おい。そんな事してる場合か! お前が強いのは分かったから、早く逃げようぜ」
ステンの提案も空しく、騒ぎを聞き付けたゴロツキ達がワラワラと集まって来ました。
先程の男達とは違い、今度は初めからキレ散らかしています。
ステンは顔を見られない様に帽子を目深に被り直しつつ、こいつ──アストラを見捨てて逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
しかし既にありとあらゆる道はゴロツキ達に塞がれ、蟻の這い出す隙もないといった有様です。人が二人並べる程度と路地が狭いため、一斉に襲い掛かられる心配はありませんが、とても男達を躱して逃げ出す事は出来そうにありません。万に一つの可能性は、この事態の原因を作ったアストラがこいつらを蹴散らしてくれるだけの実力を持っている事を祈るのみです。
ただ、ステンの心配は杞憂でした。
アストラにすれば、こんな程度のゴロツキなど数が万で場所が開けた平地であっても、目を
「うーむ。今駆除してもタダ働きだしなあ。ピンチになってる女性でも居れば話は別……」
とそこでアストラは気付きます。
アストラに怯えた様子でぎゅっと引っ付いているステンの存在に、です。
(あ、美少女が居たわ)
怯えるステンの余りの可愛さに失神しそうになるアストラでした。
ギリギリ意識を保ったアストラはステンに良い所を見せつつ、この状況が何か利用できないかと思案します。
閃いたのは、妙案……ではないですが、一波乱起こせそうな案でした。
取り敢えず方針が決まれば即実行です。
何せゴロツキ達は凶器を構えてもう目の前に居ます。
「おう。てめぇよぉ? 無視してんじゃねぇぞオラッ!」
一切の躊躇なく短剣をアストラの腹目掛けて突き出してきます。
「あ?」
そこで漸くその存在に気付いた様に、アストラが短剣男に視線を向けます。
すると、何かがぶち当たったかの様に男は後方に勢いよく弾き飛ばされ、後続の男達を大量に巻き込んでスッ飛んで行きました。
更に反対側の男達も一睨みで吹き飛ばしてしまいます。
「よし。じゃあここは一先ず退散と行きますか。よっと」
「え? ちょ! 待てよ!」
アストラはステンをひょいっとお姫様抱っこします。
突然の事態に「放せ、降ろせ」と暴れるステンを物ともしません。
「はっはっは。引き立て役の雑魚君達ごくろうさん。あでゅー」
多数の組織の構成員達を纏めて愚弄する捨て台詞を吐き、アストラはステンを抱いたまま飛び上がると、壁を蹴って宙を駆けて行きます。あっという間に男達の頭上を飛び越え、包囲の環を抜けてしまいました。
蹴られた壁はというと、木っ端微塵に吹き飛んでいました。アストラがわざと壊れる様に蹴って行ったせいです。
「あ……」
その様子をポカンと見送ったのも束の間。
「逃げたぞ! 追え! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!!」
ゴロツキ達の怒号が薄暗い路地に響き渡りました。
「おいおい。大丈夫なのか? 滅茶苦茶怒って追いかけて来てるぞ?」
最初は暴れていたステンも、ここで振り落とされては堪らないとひっしとアストラにしがみついていました。
その感触を役得役得と愉しみながら、アストラは
「いいんだよ。予定通りだ」
振り切るつもりならとっくに影も見せない程突き放しています。
そもそも別に逃げずに全員倒してしまう事も簡単です。
あのすっとろい連中がちゃんと付いて来てるかどうかを確認しているのでした。
アストラは取り敢えず王城の堀沿いの大通りを目指していました。
開けた場所の方が目的の人物を探しやすいだろうと判断しての事です。
「そろそろ抜けるぞ」
ナビゲートはステンがしていましたので、迷う事無く大通りへと辿り着きます。
怒り狂ったゴロツキ達はそこがもう、自分達のテリトリーである路地裏ではない事も気にせず、ゾロゾロと大通りへ溢れ出してきています。
その数は実に数百人は居るのではないでしょうか。
まだまだ奥からも怒号が聞こえて来ていますので、これからもっと増える事でしょう。
「こっからどうしようっていうんだ?」
「面白いことさ」
この辺になら居てもおかしくないと思ったんだけどなーと呟きながら、アストラは堀沿いを駆けながらキョロキョロと視線を巡らします。
背後からは「待てコラー! ぶっ殺してやる!」等々、品性の欠片もない──アストラ感──連中の怒号が聞こえてきます。大通りを歩いていた事情を知らない通行人達は、慌てて逃げ出しています。
「お、いたいた!」
アストラの視線の先には白を基調とした鎧を纏った騎士と、給仕服の様な姿の女のペアが居ました。
「なっ!? アレは……っ!」
ステンもアストラが見付けた人物に気付きました。
白を基調としたその鎧は、清廉潔白を表す教会騎士の鎧に他なりません。
教会騎士は今のステンにとっては、自分の正体を暴こうとしている最大の敵です。
「わっ。ばかやめろ! あいつらには関わるな!」
「んー? どうしてかなー? 教会騎士と言えば民衆の味方だぞー?」
「うっ……。いやまあそうなんだけど……。こっちにも都合が……」
「ハッキリと言えないならこのまま行きまーす!」
「わあああああああああ…………」
何やら魔法で誰かと連絡を取り合っていた教会騎士の前に、アストラはステンを抱いたまま華麗に着地を決めます。
教会騎士は突如現れた二人組に驚きを隠せません。
「やあやあ騎士様。実はいま悪い連中に追われていまして。どうかか弱き我らをお助けくださいませんでしょうか」
平然と人一人抱えて空から降って来る様な奴が、か弱い訳あるか! と即座に内心で教会騎士はツッコミを入れていましたが、追われているのは確認する迄もなく確かな事は一目瞭然です。よくぞここまで増えたなという程に膨れ上がった追手は、最早一つの軍勢の様でした。
一体何をしたらこんな数に追われる事になるんだ? とむしろ逃げて来た男の方に戦々恐々としながらも、助けを求められた以上、教会騎士として放って置くという選択肢はありません。
とそこで教会騎士はアストラに抱えられた人物が、ステンだと言う事に気付きます。
「……ッ!? その少女はっ!?」
「ドレン様。危ないですよ」
足の速い追手が一人もう追い付いて来ていた様で、相手が教会騎士だと知ってか知らずか、問答無用で襲い掛かって来ていましたが、給仕服の女によって一瞬で堀に叩き込まれていました。
「あ……オヨメじゃねーか」
「あら。お久しぶりですユーシャさん」
アストラ=ユーシャが見付けた教会騎士は、また着替えに戻って出直して来たドレンとオヨメの二人組でした。
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