二章 その①
「じゃー何処から行く?」
「王城の周辺を詳しく」
「おっけー」
斡旋所を出たアストラとステンの二人は早速街へと繰り出して行きました。
目抜き通りに出ると東の方角に王城の姿が良く見えます。
二人が歩く大通りは王都の西門と王城を繋ぐ道で、真っすぐに伸びる通り沿いには多くの店が立ち並んでいます。西門は通称『旅人の門』と呼ばれており、その名の通り近隣の旅行客や遠方からの旅人の多くはこちらの門から王都に入ってきます。そのため、通りに溢れる人の姿は総じて余り華美な物ではありません。それに合わせてなのでしょう、軒を連ねる店々も庶民的な店が多くお値段も比較的良心的な設定になっています。もちろん市民向けのお店と比べると割高ですが、そこは好立地店ですので致し方ない所でしょう。とにかく明るく開かれた賑やかな市街。それがこの西門通りです。
勿論アストラも昨日こちらの門を通りました。
王都にはもう一つ大きな門があります。南門です。こちらは『商人の門』と呼ばれています。門の幅が広く作られており、西門の倍はあるでしょう。
こちらもその名の通りで、商人達が大きな荷馬車で列をなしています。その横を貴族が乗る家紋付きの豪奢な馬車が門を潜って行きます。
元は軍が出入りしやすい様にと門を広く取ったのですが、今ではその用途に使われる事はなく、道幅が広い事と多くの商人は南から来る事もあって、商人達の殆どがこの南門を利用していました。
西門と違い南門にはお金にゆとりのある人や、秘密保持に神経を尖らせている方々が多いため、通り沿いに並ぶ店もそれに合わせた物になっています。
会員制で完全個室の高級料理店なんてのは当たり前で、独自に私兵を抱えているホテルや騎士団立ち寄り所の旗を掲げている宝飾店、魔法少女崩れ──魔法少女に弟子入り出来たが魔法少女になれなかった者の俗称。魔法使いとしては非常に優秀──を用心棒にしている所などもあって、
二人は先ず西門通りをまっすぐ王城の方向へと歩いて行きます。
でーんと大きく見えているので直ぐ着きそうに思えますが、歩けど歩けど中々王城は近付いて来ません。
慣れたものでステンは通り沿いの店について喋りながら歩きます。アストラも
「おー! やっぱりこうして近くで見ると違うなあ!」
とアストラが歓心した声を上げている姿は、どこからどう見ても観光客です。
「中とか入れないかな?」
「ハア? 入れるわけねーだろ。そこらの城塞だって中になんて有事でもなけりゃ入れてくれないのに、王城だぞ、王城! 下手すりゃ取っ捕まるわ」
「いやー、案外そうでもないぜ? 王様自ら城を自慢したくて城内見学ツアー開いたりしてる所だってあるんだぞ。入城料も良い稼ぎになるし、何より城の中が見れるとあって観光に来る人がどっと増えてな。城下町が凄い賑わってたぞ。ありゃー税収ウハウハだったろうな」
アストラが以前訪れた事のある国を思い出しながら言います。
「ハー……。そんなトコもあるのか……。そりゃ確かに行って見たいなあ」
「ここでの用事が済んだら、一緒に行って見るか?」
「はあ? いやいやいや。そういう訳にはいかねーよ! それに今は外には出られねーし……っと」
「? どういう事だ?」
「いや、何でもない。こっちの話だ。気にすんな」
「そう言われると、逆に気になるなー」
「うっせぇ! とにかく、今はどっちみち王城の中には入れません! 城の兵士達も神経尖らしてるからな」
「あれか。継承戦争……だっけ?」
「そう。現在進行形で絶賛冷戦中。教会に引き籠ってる第三王子のヴェンスト殿下と、国王候補筆頭の第一王子ザウル殿下。後は未だ見ぬ謎の“三番目”って呼ばれてる奴。今残ってるのはこの三人だ」
ステンが王城と北に見える教会を指さします。
「残された期間も一ヵ月を切って、ヴェンスト殿下は相当焦りを見せてるって話でね。王城の騎士団や守備隊なんかは、暗殺を警戒してここ最近特にピリピリしてるらしいぜ」
「決着が付かないまま期間が過ぎたらどうなるんだ?」
「そしたら残ってる奴は全員死ぬ……らしい。そういう呪いだか魔法だかが掛けられてるって聞いてるぜ」
「はー……。それで良く今まで王家が滅びてないな」
「ホントだよ。まあ時間がなくなればどうせ死ぬんだから、最後に一か八か勝負に出るんじゃねーか」
「座して死ぬよりはまし……か」
「オレは……人を殺すくらいなら座して死ぬのも悪くないんじゃないかなとか、思わなくもないけどな」
ステンはチラと右手に視線をやってそう零します。
アストラはそんなステンの様子を視界の端に捉えながら、気付かぬ振りをします。
「それだと結局、そいつが隠れてるせいで他の奴も死ぬんだから、ある意味殺してるのと同じ様なモンじゃないか?」
「うっ……確かに……いやいやでもだな! 殺意をもって殺すってのと、自分の行いの結果巻き添えで死んじゃうのとでは心理的な負担っつーの? そういうのが違うんじゃねーかな。まあ、一般庶民のオレにはカンケーねー話だけど! いやはや王族ってのは大変だねぇ!」
この話はもう終わりとばかりに、ステンはわざと大きめの声で締めくくります。
アストラもそれ以上は無理に突っ込んで聞く事もしませんでした。
「よし! とりあえず先ずは城の周りをぐるっと一周しようか!」
「よろしくー」
ステンが勢いよく歩き出し、アストラがそれに続きます。
堀に沿ってグルリと一周巡る間に、そこから見える尖塔や城壁に施された侵入者避けの仕掛け、防戦上の工夫等々、ステンは観光案内をする様になってから叩き込んだ街や城の歴史について、アストラに語って聞かせます。
アストラは「ふんふん」と真面目な顔をしてステンの解説を聞いています。
時折チラチラとステンに気付かれない様に周囲に視線を飛ばしたりしていますが、何か気になる事でもあるのでしょうか。
たっぷり一刻以上の時間を掛けて一周し、元の通に戻って来ます。
「さて、こっからはよりディープな場所を案内していくぜ……と言いたいだけど、一杯歩いたしな。そろそろ少し休憩しようか」
アストラとしてはまだまだ全然疲れてなどいません。勿論ステンもこのくらいで疲れた訳ではありません。ステンにアストラの体力を量る事は出来ないので、普段の観光客を基準にプランを立てていました。実際は普段だととっくに休憩を挟んでいる程の距離を歩いていましたが、アストラに疲れた様子が見えなかったので切りの良い所ま休憩を先延ばしにしていた位です。
「ついでだし、少し早いけど昼飯も済ませちまうか?」
「そうだな……そうしようか」
アストラは自身の腹具合を考え、余裕で入るとの結論に達し昼ご飯に同意します。
「よし。決まりだな。何か要望はあるか?」
「いや。君に任せる」
「オーケー。じゃあ、この辺ならあそこだな」
ステンは直ぐに頭の中から店をピックアップし、迷いなく歩き出します。
アストラが案内されたのは歩いて数分、大通りから一本、二本、奥に入った通にある、地元民向けのこじんまりとした食堂でした。
まだお昼には早い時間帯なので、食堂にお客さんは誰も居ません。
ですが一応店は開いている様です。
「おーっす! おっちゃーん! お客さん連れて来たよー!」
「おう! ステンの嬢ちゃん! いらっしゃい!」
そこはステンの知り合いが経営している食堂でした。
恰幅の良い店主が厨房から顔を出します。
「おう! こりゃまたハンサムな兄さんだねぇ。さあさあ、見ての通りこの時間はガラガラだからね。好きな所に座ってくれ!」
「おまかせ二つね!」
「あいよ!」
ステンはアストラに確認する事無くさっさと注文してしまいます。
特に文句もなかったので、ステンに促されるまま手近なテーブル席に座ります。
店主が調理を始めた厨房からはジューという良い音と匂いが漂ってきます。
「この後の予定としては、今日のトコはこの辺りを残り半日掛けて徹底的に周ろう。そのまま半時計周りに王城の南、東、北エリアをそれぞれ一日ずつ掛けて周る積りだけど、問題ないか?」
「ああ。問題ない。王城の次は……」
「教会だろ?」
「良く分かったな」
「まー大体その辺はお決まりのコースだからな。だから北が最後になるようにしたんだ」
「なるほど。考えてるんだな」
「当り前だろ。馬鹿にすんなよ?」
「わはは。すまん」
ざっくりと今後の予定が決まった所で、丁度タイミング良く料理が運ばれて来ます。
「あいよ。お待たせ。おまかせ二つだぜ」
「おっ! 待ってました!」
「おお。これはまた美味そうだ」
「へっ。美味そうじゃねぇ。美味ぇんだ」
「そうだぜ。わざわざオレが連れて来たんだ。知り合いの店だから連れて来た訳じゃーないって事さ」
「へへ。言ってくれるねぇ。ささ、冷めねぇ内に食ってくれ」
そう言われ早速食べ始めたアストラの手は、料理を全て平らげるまで一度として止まる事はありませんでした。
◇
「殿下は存外に大胆な方ですね」
「プロペート殿も話の分かる御仁で助かるよ」
ザウルとプロペートの二人はこっそりと城を抜け出して来ていました。
当然の事ですが、供の者や護衛の騎士達も居ません。
街には教会の『目』が無数に存在するため、ザウルも一応は変装などしていました。
「いつもいつも城の中ではな。幾ら城が広いとは言え、籠の鳥では気が滅入るわ。昼飯くらい好きに食わせて欲しいものだ」
「はっはっ。まあ城の中が今は一番安全ですからね。周りが心配するのも当然でしょう」
「私だって分かってはいる。が、それはそれ、これはこれだ。私の国で私が一番不自由な暮らしをしているなぞ、笑えぬ話だ」
「今日は私も居ますし心配は無用ですが。教会騎士の一万や二万は一人でも軽く捻って見せますよ」
どこまで本気なのか分からない話を、プロペートは笑顔で話します。
「兵士さん達の話ではこの辺りにかなり腕のいい店主がやっている店があるとか……」
ザウルは外食にプロペートを誘ったはいい物の、街の地理には明るくありませんでした。地図としては明確に把握していますし、重要な
プロペートが兵士達にお薦めの店を聞いて来てくれて助かりました。
「何と言う店なのだ?」
「『飯を食う所』だそうですよ」
「いや、その位は流石に私でも分かっている。そうではなく、店名を聞いている」
「ですから、『飯を食う所』っていうのがそこの店名ですよ」
「莫迦な……。そんな名前があっていいのか……?」
ザウル殿下が庶民のネーミングセンスにカルチャーショックを受けていました。
「私が知らぬだけで、普通なのか……?」
「いえ、私もここまで安直な名前は初めて見ましたね。実に愉快な店主ですね」
プロペートの感想にザウルはホッと胸を撫で下ろします。
自分が変な訳ではなかったと。
「聞いた話だとこの辺に……あっと、あれでしょうか?」
プロペートの視線の先には、順番待ちの列が出来ている店が一軒ありました。
入り口の上には食事処を表す
「まさかここまでの人気店だとは……どうします?」
王族のザウルを行列に並ばせるのもどうかと思い、プロペートはザウルに訊ねます。
「問題ない。並ぼうではないか。ふふ……これは愉しみだな」
「そうですね。味は期待して良さそうですね」
二人は大人しく列に並び、順番が来るのを待ちます。
大行列という程でもなかったのと店の回転が良い様で、四半刻ほど待つと順番が回って来ました。
店内に入るとカウンターの裏の厨房で調理をしている男性──店主から声を掛けられます。その間も調理の手は一切止まっていません。実に器用です。
「らっしゃい! 二人かい? じゃあ空いてる所にテキトウに座ってくれ!」
ぶっきらぼうな様で愛嬌のある店主に促され、プロペートは店内をグルリと見渡し二人が座れる席を見付けると、キョロキョロと店内を感心しながら見回しているザウルを促して移動します。
そこは四人掛けのテーブル席で、既に二人組が食事中でした。
(おい、ここは使用中だろう。良いのか?)
そんなザウルの心配を余所に、プロペートは先に座る二人組に対して、
「どうも。失礼しますね」
とだけ言って、さっさと座ってしまいます。
相手の返事など待ちません。
こういった所では相席など当たり前なので、良いも悪いもありません。一応礼儀として声を掛けただけに過ぎません。相手も承知の上ですので、無言──愛想が悪い訳ではなく、口に物が入っているため──で二人の料理が置けるくらいの場所を空けてくれます。
「失礼する」
ザウルもプロペートを見習い、一言声を掛けて座りました。
「お宅らここは初めてか?」
口を空にした男が声を掛けます。
「ええ。知り合いに勧められましてね」
「そうかい。だったら、おまかせにしときな」
「一番安くて一番美味い。外れなしだ」
もう一方の男も、相方に同調します。
「ほうほう。そうですか」
「へい。いらっしゃい。注文決まってますか?」
十代前半くらいの可愛らしい少女が注文を取りに来ました。
店主の娘でしょう。口調と愛嬌のある顔がよく似ています。
「おまかせを二つお願いします」
「あいよ。おやじー! おまかせ二つだ!」
「おう!」
「じゃ、料理が出来るまで待っててくれ。直ぐ出来るからよ」
そう言って娘さんは空いた席の片付けに向かいました。
程なく食事を終えた相席の二人組が席を立ち、勘定を済ませて店を出て行きます。
二人組と入れ替わる様にして娘さんが出来上がった料理を、混雑する店の中を危なげなく運んで来ます。
「お待ちどーさん。お二人さん、見かけない顔だけど、美味いと思ったらまた来てくれよな」
ニカっと笑う娘さん。
これは繁盛するはずだと、二人とも妙に感心していました。
娘さんはテキパキと帰った二人組の食器を片付けて、洗い場へと持って行く途中で待ってるお客さんにも声を掛けて行きます。
「テーブル空いたから、次の人どうぞー!」
ザウルとプロペートの二人は運ばれて来た料理に早速手を付けます。
「これは……っ!?」
「美味い……。美味いっ!」
空いた席に一人の男性客が新たに座っていましたが、二人はそれどころではありません。
あまりの料理の美味さに夢中になっていました。
結局料理を食べ終わるまで、ただの一度もその手が止まる事はありませんでした。
「いやはや。これ程の味はオヨメさんの以来でした」
「そのオヨメとやらは知らぬが、店主の腕がウチの料理人以上なのは間違いない。是非ウチで雇いたいくらいだ」
これは繁盛しているはずだと、今度は確信を持って心の中で頷いていました。
料理を食べ終え、やっと真面に顔を上げた二人の顔を見て、前に座っていた相席の男が「あっ!」と声を上げた後に、しまったという表情を浮かべていました。
面識のない男でしたが、二人の反応は実に素早いものでした。
テーブルの下でザウルの剣が素早く抜かれ、男に突き付けられています。
プロペートも魔法で男の動きを封じていました。
「何者かは知らぬが教会の手の者だな? 場所を選ばぬと言うなら容赦はせんが、店に迷惑を掛けたくない。大人しくしておるなら飯は食わせてやるぞ。ここの飯を食わせないのはあまりに残酷だからな」
形勢の不利を悟った教会騎士──ドレンは相手に従います。
「それでよい。貴様一人を始末した所でこちらには大した益もない。あたら無駄に命を散らす事もあるまい」
「お客さん。どうかしたかい?」
何か不穏な気配を感じた店主の娘が様子を見に来ました。
「いえ。昔馴染みにばったり出会って驚いていたんですよ。彼の食事が終わるまで御一緒したいと思いますので……」
そう言ってプロペートは昼食代には多いドーンを娘にそっと握らせます。
娘さんも表情一つ変えずに重みだけで額を計算します。
「混む時間だったら容赦なく叩き出す所だけど、もう並んでる客も居ないみたいだしね。ゆっくりしていくといいさ。で、お客さんは注文は決まったかい?」
「ああ。おまかせで」
「あいよ」
そう言って娘さんは厨房の方に引っ込んで行きました。
この間もザウルの視線は一瞬たりともドレンから離れる事はありませんでした。
程なくドレンの注文した料理がテーブルに置かれます。
こんな状況では折角の料理の味も分からんなと思いながら、ドレンは料理を口に運びます。
「うっ……!」
一口食べただけで分かりました。
こんな切迫した状況でですら美味い!
セレーネさんの料理に勝るとも劣らない味だ! とドレンは心の中で驚愕していました。
セレーネの手料理を初めて食べた時の衝撃はこの時の比ではありませんでしたが。
「ふふ。美味かろう。存分に味わって食すが良い」
料理の美味さに驚くドレンに、何故かザウルが得意げな笑みを浮かべています。
ザウルの言葉に従った訳ではありませんが、ドレンは黙々と目の前の料理を飲み込んでいきました。
どうしてこうなった? という思いと共に。
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