継承戦争編

序章

 雲を遥かに見下ろす超高空。空は黑く、星の輪郭が丸く見えています。

 空気は薄く、気温は氷点下に達していますが場所のお陰か下の方に比べるとやや暖かくなっています。高度はおよそ二十キロメートル。いわゆる成層圏の辺りに位置します。

 そんな宇宙と地上との境目(地上寄り)に、箒に横座りした一人の少女がふよふよと浮かんでいます。

 やたらとピンクでフリフリな衣装の少女は、それはもう面倒臭そうな表情を隠す事なく、遥か下にある雲の、その更に下に広がる大陸の、とある一つの国に視線を向けていました。

「何であたしがこんな事してなきゃいけないのよ……」

「むしろマリー以外の魔法少女がやらされてた事の方がおかしいカル」

 マリーと呼ばれた魔法少女のぼやきに、ちっちゃな可愛らしい羊の姿をしたマスコットのカルちゃんが苦言を呈します。ちなみにカルちゃん造形は可愛らしいですが、結構禍々まがまがしい感じの紫色をしているので、どっちかというと見た目は恐いです。

「だってしょうがなくない? あいつマジ最悪だったじゃん」

「別にそうでもなかったカル。マリーとは単に反りが合わなかっただけカル。それだけの事であんな魔法掛けるマリーの方が最悪カル」

「カルちゃんひっどい! カルちゃんはあたしの味方でしょ!」

「そうカル。だからこうして諫言かんげんしてあげてるカル。味方じゃなかったらとっくにしばき倒すか、協会に通報してるカル」

 真面目な顔で答えるカルちゃんに、マリーはころっと態度を変えて頬ずりします。

「あん。そんな事言わないで。ね?」

「じゃあちゃんと監視の任務をこなすカル」

「えー。それは面倒臭い……ハッ……!」

 そこでマリーはピコーンと天啓を得ました。

「不慮の事故で国ごと消滅すればいいんじゃね……?」

「ちょっ……何考えてるカル!」

「おおっと! 手が滑ったあああああああああああ!」

 そう言って手に持っていた不思議なデザインをしたステッキを、虚空に向けて一振りします。

 カルちゃんはあたふたとマリーの周りを飛び回りますが、特に何も起きる気配はありません。

 ですがカルちゃんは分かっています。

 本当に手が滑って魔法が暴発した訳ではない事を。単に遅効性の魔法であるか、はたまた、ここからでは確認できない程遠くで発動しているかのどちらかであるという事をです。もしかしたらその両方かもしれません。

 ですので当然目の前に居る犯人に詰め寄ります。

「何を……、何をしたカルううううううううううう!」

「あはは。カルちゃん必死すぎー! ちょっと手が滑っただけだって。ホラ。何にも起きてないじゃない?」

「誰がそんな白々しい嘘信じるカル! さっさと吐くカル!」

 短い前足でカルちゃんはマリーの顔をテシテシと叩き続けます。

「あうあう……あーもう! 鬱陶しい!」

 いつまでも叩き続けられ、鬱陶しくなったマリーはカルちゃんを払い除けます。

「ちょーっと遠くに浮かんでる“ちっちゃい石”を動かしただけよ。ホントにホント」

「フーン……カル」

 とっても疑わし気な目でカルちゃんはマリーを見ています。

「具体的なサイズは? カル」

「んー? ……十キロくらい? 他の丸い石に比べたら小石みたいなもんでしょ」

「その丸いのは岩石惑星カル! 比較対象がおかしいカル! 十キロとか軽く地上の生命体が絶滅するカル!」

 カルちゃんはもうその“小石”が地上に落下する前提で話しています。マリーは一言もその“小石”を星に落とすなんて言っていないのに、確信しています。

「だーいじょうぶだって。ちゃんと衝撃波が外に漏れない様にするからさ。ネ?」

「ネ? じゃないカル! それなら問題ないでしょみたいに言うなカル! さっさと止めるカル!」

「イヤ!」

 真っ当な理由でマジギレするカルちゃんに、プイっとマリーはそっぽを向きます。

「いーやーでーすぅぅぅぅぅ! 絶対落とすモン! あんな国、もう地上から消滅させた方が後腐れもなくていいじゃない!」

 更に空中で駄々も捏ね始めます。

 こうなってしまうともう言う事を聞かないのは長い付き合いでよくよく分かっています。

「分かったカル。もう好きにするカル。でも、マリーをそんな破壊神みたいな魔法少女にはさせないカル。絶対に阻止するカル」

 そう言い残すとカルちゃんはマリーを置いて地上に向かって降下して行きました。

「あ…………」

 高速で離れて行くカルちゃんに少し後悔が過りましたが、今更追いかけるのもバツが悪く、「ふーんだ」と強がってみせる事しかできませんでした。

 一筋の流星となり、雲を突き抜け、一路カルちゃんは地上を目指します。

 マリーの引き起こした巨大隕石の落下を止められる人物を求めて。


 ◇


 カルちゃんが目指す地上、ユーラシフ大陸はヒト族が暮らす最大の大陸です。

 現在では百を超す国が存在し独自の文化を育んでいますが、言語や通貨、様々な単位が共通して用いられています。それはかつて異世界より突如現れた──と思われている──魔族との大戦のおり、一度既存の殆どの国が滅び、大陸の隅へと追いやられたからです。曲がりなりにも国家のていを維持出来ていたのは片手で数えられる程でした。

 そんななか、僅かに残されたヒト族のある国は起死回生の策として、異世界より一振の剣を召喚し、一人の剣士に託しました。後の勇者です。

 またある国は、異世界より一人の戦士を召喚しました。見た事もないフリフリふわふわしたピンクの衣装を纏った少女でした。魔法少女でした。

 勇者と魔法少女、二人の活躍によりヒト族は魔族の侵略をはねのけ、大陸を取り返します。

 その後、勇者は召喚された聖剣を手に大陸中を旅しました。多くの魔族の残党や悪人を退治しましたが、勇者の騙り──いわゆる『勇者勇者詐欺』を生み出しました。そのお陰で勇者は最難関の資格制になってしまい、後の子孫が苦労するハメになっています。

 一方の魔法少女は、四人の弟子を育てると何処かへと姿を消してしまいました。元の世界に帰ったとも、正体を隠して今も日夜悪と戦い続けているとも言われています。後事を託された四人の弟子達は大陸を覆う巨大な結界を張り、大陸の鎮護に務めながら多くの弟子──新たな魔法少女達を育て上げ、魔法少女協会を設立しました。

 協会は魔法少女達の管理運営及び、各種支援を主な活動としています。大陸の平和を守ると謳ってはいますが、大陸の最大戦力を保有する協会ですから、割と強引な手法に出る事も多々ありました。結果、現在では色々な所からそれはそれは恐れられているのでした。


 ◇


 そんな協会に、カルちゃんは真っ先に駆け込み事態の打開を訴えましたが、審議の結果『許可』という判断が下りました。協会としても面倒に思っていた様です。

 これで困ったのはカルちゃんです。

 一番の当てだった協会がマリーの凶行を認めるとは、考えもしていなかったのです。

 よくよく考えれば、マリーみたいな連中の集まりなのですから、こういう結論に至る可能性を排除していたカルちゃんの考えが甘かったと言わざるを得ないでしょう。

「こうなったら……彼らに頼るしかないカル! …………カル」

 次善の当てはあるにはありましたが、カルちゃんはあまり気乗りしていないご様子です。

「うう……余計厄介な事になりそうな気もするカルが……、仕方ないカル。事態は一刻を争うカル」

 渋々といった様子で覚悟を決めると、目的の人物の気配を探ります。

「むむむむむむー……………………いたっ! カルッ!」

 協会を後にしたカルちゃんは、一路北を目指して飛んで行くのでした。

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