エピローグ 勇者、僧侶
「静かになりましたな」
「随分と派手に暴れていたようだが、さて……」
「仮にも当代の勇者。負ける筈もないでしょう」
「でないと予定が狂ってしまうわ」
ノルドとクラシコが、今や更地と化した元封印の森の方を見遣りながら話をしています。
ノルドはユーシャの前では見せた事のない、あくどい表情を浮かべています。
「心配御無用。魔族達はきっちり追い返しておきましたよ」
そんな二人に全く気配を悟らせる事なく、背後からユーシャが声を掛けます。
突然のユーシャの登場に、ノルド達は分かり易い程にビクッと肩を震わせます。
「おお! これはアストラ殿! 流石ですな! あの八魔将を倒されるとは!」
直ぐ様表情を取り繕い、ノルドはユーシャに振り返ります。
「おお。そちらの方はアストラ殿のお仲間ですかな?」
「ええ。あなたも良く御存じの、プロペートですよ。私達はキョウソと呼んでいますが」
「ははは。これは異な事を仰る。その方とお会いするのは今が初めてですよ?」
「それはおかしな話ですね。ノルド殿。あなたがあいつにこいつを紹介したというのに、会った事がないとは、一体どういう事でしょうかね」
「なっ!?」
ユーシャの言葉にノルドの顔がサッと蒼ざめます。
「誰がっ!? 契約違は……ハッ!?」
思わず出た怒りの言葉に、咄嗟に口に手をやりますが後の祭りです。
「契約違反、ね。いいえ。誰もあなたに依頼されたなどと漏らしてはいませんよ。契約は守られています」
「で……では、一体何故……っ」
「あいつは言った。『初めて色よい返事を頂いた』ってね。そんな物を出せるのは領主であるあんただけだ。ここはあんたが治める領地なんだからな。領内の
「ぐぬぬぬぬ……」
「そこにこいつだ」
ビシっとキョウソを指さします。
「布教の事しか頭にない奴だが、常識がない訳じゃーない。優先度に違いがあるだけで、先ずは領主であるあんたの所に挨拶に来たはずだ。そうだな?」
「ええ。円滑な布教活動を行うのに、領主様の許可を得ておくのは当然でしょう」
何を当たり前なと言わんばかりの顔でキョウソは答えます。
「……いつから私を疑っていた?」
「この街に着いた時からだな」
ユーシャは言い切ります。
「なっ……何故っ!」
「この辺の住民たちは魔族に慣れ過ぎてるんだよなー。他じゃ領内で魔族が出た何て言ったら外を出歩いたりしないもんだ。家で震えてるのが正常な反応だ。例えそれが自分の住む村や町じゃなかったとしてもな。それがどうだ。この辺の住民と来たら一人で村の外を歩いていたりするじゃないか。魔族が出没していると知って居ながらな」
ユーシャはクオホナチに来る前に出会った村娘の事を思い出しています。
「魔族に襲われていた奴らも、あれは魔族に対する怯え方じゃなかった。単なる誘拐犯に対する怯え方だ。つまり、ここらでは日常的に魔族と交流がある上に、魔族達が実は広く言われている様な悪魔の様な奴らでない事をちゃんと知っているという証だ。それに良く知っていたな。あいつが八魔将だと。一体いつ、何処で知ったんだ?」
ユーシャは更に続けます。
「それと門番に俺を探させたのはやり過ぎだったな。別段隠している訳じゃないから、気付く奴は確かに気付く。が、しかしだ。あんなあからさまに『勇者様だ!』とはならん。精々『あれ聖剣じゃね?』って思うくらいが大半で、確信を持った奴ほど逆に声なんか掛けて来ない。聖剣を見て寄って来るのは子供か、俺を利用しようとする奴だけだ」
ユーシャは一呼吸置き、ノルドに指を突き付けます。
「正にお前の様にな!」
決まった! とユーシャはポーズを付けたまま自画自賛します。
「く……クックックック……。ハーッハッハッハッハッ!」
追い詰められたノルドは、表情をガラリと一転させ高笑いを上げます。
「確かに状況から見ればその様にも見えますなぁ。しかし、証拠はあるのですかな? 証拠は?」
「さっきお前が半分自白しただろうが」
「さて、何の事ですかな? 証拠が無ければあなたが何を主張しようがただの戯言。全て否定してしまえばそれまでの事。さあ、私が如何なる悪事を働いたと言うのか、それを証明する物的証拠を出して見るが良い! 出せるものならな!」
余程自信があるのでしょう。自信満々にノルドはユーシャを煽ります。
ユーシャも余裕の笑みを浮かべたまま、「ホレ、見せたれ」とばかりにキョウソに合図します。
が、キョウソは首を横に振っています。
「おい。キョウソ。勿体ぶってないでババーン! と出せばいいんだよ出せば。あるんだろ? 魔王の封印を解け、的な契約書が」
「いいえ。ありませんよ?」
「な、なんだとぅ!」
「はっはっ。そんな露見したら
ユーシャさんは馬鹿だなぁとキョウソは笑っています。
「ハッハッハ! どうやらお探しの物は見付からないようですな!」
キョウソが証拠になる物を持っていると踏んでいたのでしょうか、当てが外れたユーシャは言い返す事が出来ずノルドに背を向けます。
「さあさ、そのままどうぞお帰り下さい。心配せずとも、アストラ殿の御活躍は喧伝しておきますとも。ええ! ハッハッハ!」
「……じゃあ最後に一つ、良いか?」
「何でしょうか?」
「結局何がしたかったんだ?」
「そうですねえ。これは例え話ですが──」
とノルドは前置きをして、気を良くして口が軽くなっているのかベラベラと喋り始めます。
「アストラ殿なら御存じでしょうが、この辺りは昔より魔族達と親交があった。大戦時も魔族達は大層手厚く保護していたそうですな。そして大戦後、魔法少女達によって結界が張られ大々的な交流は途絶えたものの、商船レベルでの細々とした交流はその後も続いておった。勿論今現在もな。少し大きな街に行けば魔族と出会うなど、この辺りでは珍しくもない事だ。
我が領地ではその細々とした魔族との取引が大きな利益を生んでおってな。もっと活発に取引を行いたいと考えるのは当然だろう? だからまずは邪魔な西の魔法少女を排除した」
「そりゃまたどうやって?」
「
そして召喚された魔王が更に部下たる八魔将を召喚し、西の魔法少女を、その護衛に当たっていた魔法少女達ごと倒して連れ去って行ったのでした。
セニュエロが召喚した二人の魔法少女達も、この時連れ去られた魔法少女でした。
「結界が弱まり、大きな船団が行き来できるようになった事で、領地は益々潤って行くようになった。しかし、人の欲とは恐ろしい物でな。もっと、もっとと欲しくなるのだ。どうすれば良いか思案する日々が続いていた頃にな、毎年恒例の要望書が魔族側から届いた。これを見た時にな、コレだ! と閃いたわけだ」
「ほうほう。それでそれで」
背中しか見えていないノルドは気付いていませんが、ユーシャは全く落ち込んでる様子も悔しがっている様子もなく、完全に話を聞けるだけ聞くモードになっています。
ユーシャの返事も大分おざなりな感じになっているのですが、調子に乗りに乗って秘密を喋る快感に酔いしれているノルドには気付きようもありません。
「魔王の封印を解かせて恩を売り、そしてそれを討伐させるのだ。何の落ち度もない魔族達を一方的に殺害させる事で、新たな大戦の契機とするために!」
「それで魔法に精通したこいつと、余所者かつ魔族達を蹂躙できるだろう俺を探していた訳か。成る程な」
魔族の味方の振りをしながらヒトと争わせ、その狭間で莫大な富と権力──いやさ、大陸全土をすら掌握せんとノルドは画策していました。
「どうやら魔族達を殺してはいない様だが、なあに些末な問題よ。魔王の封印は解かれ、無辜の魔族達は勇者によって撃退された。この事実さえあれば、後は如何様にでも出来る。くはは! 儂が大陸の覇者と為る日もそう遠くは──」
「オーケー。大体わかったから、お前にはもう用はないな」
「なん──?」
ユーシャは振り向きざまに星剣を一閃。
ノルドは自分の身に何が起こったのか知る事無く、その命を散らしました。
「き、貴様! 何をっ!? こんな事をしてタダで済むと思っているのかっ!」
ノルドとユーシャの遣り取りを黙って見ていたクラシコは、突如地面に転がったノルドの首を見て非難の声を上げます。
「領主を殺害した以上、極刑は免れないと知れ!」
「知った事か」
激昂するクラシコとは対称的に、ユーシャは至って平静でした。
一息でクラシコに肉薄します。
「ヒッ! ま、待──」
「問答無用」
再び一閃。
狙いは逸れる事なくクラシコの首を斬り落としました。
「俺は別に正義の味方でも何でもないんでね。俺の利益になると思えば容赦なく斬る。証拠だの何だのなんか、必要ないんだよ。俺の事をちゃんと調べておかなかったのが、あんたらの失敗だったな」
物言わぬ二つの死体にユーシャは言葉を投げかけると、もう用は無いと立ち去ります。
ユーシャは待っていたキョウソとすれ違う様に、
「そんじゃ後はヨロシク!」
と丸投げすると、キョウソを置いて去って行きます。
「まあ、だと思いました」
ボツリとキョウソが呟くのが聞こえた訳ではないでしょうが、タイミングを同じくしてクルリとユーシャが振り返ります。
「頼りにしてるぜ、相棒!」
それだけ言うと、ユーシャは背中越しに手を振りながら旅立って行きました。
「ふう……。まったく、仕様がない人ですね」
ヤレヤレと、どこか誇らしげにキョウソは肩を竦めるのでした。
この後──
領主暗殺の報が街を駆け巡るのと時を同じくして、ある噂が実しやかに囁かれ始めていました。それは、暗殺された領主が魔族と聖剣の使い手を騙して魔族とヒトとの戦争を始めようとしていた、と。そしてそれに気付いた聖剣の使い手によって領主は討たれ、悪の芽は摘まれたのだと謂うものでした。
勿論自然発生的に生じた噂ではありません。
ユーシャが去ったあと、遺体を弔ったキョウソが信者の女性達にそれとなく話して広めさせたのでした。
噂に確たる証拠は無い物の、それを裏付けるかのような証言は幾つも耳に入り、更に先日の激しい戦闘の光景は街からでも良く見えていましたので、誰しもが「あの時のアレがそうだったんだな」と、ストンと納得出来てしまうのでした。
街の人達は、戦争の危機から救い、更に大切な友人である魔族達をも守ってくれた、勇者(予定)アストラ・バリエンテに深く感謝し、その名を心に刻み込むのでした。
領主不在となったクオホナチには、国から新たな領主が任命されました。人が変わった様なとある有志が陰に陽に新任領主を支援し、クオホナチの街はその後も大いに発展して行くのでした。
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