第19話 勇者、戦士、僧侶、魔法少女⑤

「もういいですよー!」

 キョウソが大きな声で合図を出します。

「はああああ……ヤレヤレ。やっと行ってくれたか」

「あの子が関わると碌な事にならないんだからっ」

 ユーシャとまじょっこがむくりと起き上がります。

 どうやら二人はやられた振りをしていた様です。

「はは。お前がそれを言うか?」

「ユーシャには言われたくないっ」

「なにおう!」

「やるなら受けて立つよ☆」

「まあまあ。二人とも落ちついてくださ──」

「「お前(キョウソ)は黙れ!」」

「はっはっ。これは異な事をおっしゃる」

「大体、キョウソのせいでしょ。封印の件はともかく、街で女性の誘拐が横行してたのだって、元を辿ればキョウソが魔族に女性を集めさせてたのが原因でしょ」

 ビシっとまじょっこはキョウソの指を突き付けます。

「そのせいでオヨメなんか引っ掛けちゃうのよ。詰めが甘い!」

 うんうんとまじょっこの横でユーシャが頷いています。

「お陰で一番いい所を完全に持っていかれちゃったしなぁ。雑巾と箒で倒されたアイツらが可哀想すぎる」

「全くだよ。ここから互いにド派手な魔法や技をバンバン撃ち合って、最後に皆の力を結集した超必殺技で逆転勝利! そうじゃないと敵さん達もやられ損じゃないの」

 はたきとちりとりでやられた人達は流石に言う事が違いますね。

「そう言われましてもね。お二人だってどうせ街の何処かでオヨメさんには会ったのでしょう? それなのにここまでオヨメさんが関わって来るまで止められなかったのですから、責任の所在は私だけにあるとは言えないでしょう」

「街では会ってない。会ってない。だから俺のせいじゃない」

 確かに街では会っていません。街の外で会いましから。何の言い訳にもなりませんが。

「んーいやーあれは会ったとは言わないんじゃないかなー? 偶々、偶然、同じ時間軸の近接座標に存在していた可能性はあったかもしれないけど、私の主観的にはあれは会ってない。うん。だからあれは会ってないという事でいいと思うのよ」

 こちらは街の中でガッツリ会っていますので、最早言い訳というか会ったことを自白しています。

 じっと見つめ合う三人が辿り着いた結論。それは──

「「「運が悪かった」」」

 全部運に押し付けてしまいました。

 三人とも自分の事しか考えていませんので、自分のせいじゃ無ければ何でもいいのでしょう。

 そうして反省しないせいで、度々オヨメに邪魔される事になるのですが、もうオヨメは天災か何かと同列の扱いになっている様です。

 ともあれ、三人が納得できる素晴らしい結論を得た所で、半死半生のまま倒れている魔族達の許へと向かいます。

 まだ全員辛うじて息はありますが、このまま放置しておけば息絶える者もいるでしょう。

 相手は魔族ですし、このまま止めを刺すのが普通の流れでしょうか。


 まじょっこは全身があらぬ方向に曲がっている魔法少女の二人の許へ駆け寄ると、魔法で怪我の具合をチェックします。

「うーん……これは流石にマズいわね。キョウソ! キョウソー!」

「はいはい。直ぐ行きますよ」

 呼ばれたキョウソが二人の具合を確認します。

「いやはや、これは酷い。何故これで死んでいないのか不思議なくらいですね。この二人が丈夫なのか、オヨメさんの手加減が絶妙だったのか」

「考察はいいから。早く治したげて」

「治療費はおいくら頂けますか?」

「ハア? 仲間なんだからタダでいいでしょ。タダで」

「ユーシャさんならともかく、まじょっこさんに奉仕して私に何のメリットが? まじょっこさんが信者になって下さるのなら話は別ですが」

「なるか! ~~~~~~……分かったわよ。今は手持ちがそんなにないから、『協会』の方に請求書回しておいて。金額は任せるわ」

「良いでしょう。まあお布施の額は負けておきますので御心配なく。あと、大分地が出てますよ」

「良いのよ。今はジャッジメントマリーだから。可愛いさを振り撒くのはピンキーマリーの役割なの」

「そういうものですか」

「そういうもんよ。さ、早くやって」

 キョウソが二人の魔法少女に手をかざすと、キョウソの手から二人に金色に輝く魔力が流れ込み二人を包み込んで行きます。

神の腕に抱かれよリザレクション!」

 キョウソの強力な回復魔法で、子供が壊したおもちゃの様になっていた二人の体が、見る見る内に真っ当な人の形へと戻って行きます。

 口から泡を吹いて苦しそうだった呼吸も穏やかな物へと変わっています。

 命の危機は去ったと見て良いでしょう。

「まあこんな所でしょう。完治には程遠いですが、これで死ぬ事はないでしょう」

 完全蘇生の回復魔法を途中で切り上げる事で、応急処置を済ませます。

 キョウソが魔法を中断すると、二人を包んでいた光も雲散霧消します。

「ありがとね。相変わらず良い腕してるわね」

「どうと言う事はありませんよ。やはり同じ魔法少女同士、放ってはおけませんか」

「あはは。違う違う。この娘たちを助けて貰ったのは、そんな事じゃないわよ。簡単に言えば、平和のためね」

「魔法少女協会の力を強めておく事で抑止力に?」

「いいえ。魔族の力を高めてバランスを取っとかないとね。平和を維持するのに大事なのはバランスよバランス。偏りが争いを生むの。分かる?」

「よーく分かりますよ」

「魔法少女も随分増えちゃったし、オヨメみたいな化物もいるじゃない? 魔族側の戦力が余り減るのは、ちょっとねー」

 まじょっこは喋りながらステッキで二人の魔法少女の頭を小突きます。別に嫌がらせをしている訳ではありません。ステッキで小突かれた二人の魔法少女の体がピンクの光に包まれています。

「カルちゃん」

「なにカル?」

「魔王城の正確な方角と距離をお願いね☆」

「おやすい御用カル」

 まじょっこはむんずとカルちゃんを鷲掴みにすると、カルちゃんに魔力を流し込みステッキの代りにカルちゃんを使って魔法を使います。

「魔王城にぃぃぃぃ……とんでけー!」

「カル!」

 カッ! と煌くカルちゃん。

 と同時に、二人の魔法少女が西の方角へとバヒューンと飛んで行きました。

 キラーン☆とピンクの光の帯が見えなくなるまで見送ると、一つ肩の荷を降ろします。

「取り敢えずこっちはこれで良し、っと」

「後はユーシャさんの方ですね」

 キョウソの視線の先には、地面に頭から突き刺さっていたセニュエロを引っこ抜こうとしているユーシャの姿がありました。


「ぬ……ぬぬぬ……ぐっ……、ほっ、よっ、とっ、せいっ!」

 ズボっ。

 と大きな体が災いしたのか、体の半ばまで地面に突き刺さっていたセニュエロを、ユーシャが苦心して何とか引っこ抜いていました。

「はぁはぁ……何でこんな面白い感じに思いきり突き刺さってんだ。ったく、戦ってた時よりくたびれた」

 引っこ抜いたセニュエロをそこらに転がすと、自分もゴロンと、土で汚れるのも気にする事無く地面に寝っ転がります。

「おい大将。起きてるか?」

 ユーシャは空を見上げながら横のセニュエロに声を掛けます。

「…………ええ。今気が付きました」

 しばしの間の後、セニュエロが答えます。

「嘘吐け」

「さあどうでしょう。間違いないのは、今は体を動かす気力も体力も魔力もないという事ですね」

「オヨメの相手を真面にするからだよ。テキトウにやられたフリしとけばいいんだよ。まあ知らなかったんだからしょうがないけどな」

「次があればそうするとしましょう。出来れば二度と相手をしたくはないですが」

「ははは。同感だ。ほんとに……本当に……くっ」

 何やらユーシャに込み上げる何かがあったようです。

「苦労しているようですね」

「お陰様でな」

「……それで、これから私はどうなりますか? 私の部下達がまだ生きている様でしたら、見逃して下さると嬉しいのですが」

「そこで一つ聞きたい事がある」

 ユーシャはセニュエロの要望に答える代わりに問いを投げ掛けます。

「今更何で魔王の封印を解きに来たんだ?」

「戦没者の亡骸を引き取るのがそれ程おかしい事でしょうか?」

「……いや。ただ、物が物だしなぁ」

「それと、今更ではありません。二代目──当代の魔王イデア・カルナシオン様のご意向を汲み、被害者感情も意識して戦後百年は戦没者の亡骸の返還に関して一切要求はしませんでした。それ以降は各国政府に対し遺品などの返還を、毎年要望書として提出させて頂いていましたよ。勿論、その分の謝礼などもしかと記載して。二百年ずっとですよ。一度も良い返事を頂けたことはありませんでしたが」

「何それ。聞いた事ないんですけど。えっ? まじで? あー、これマジな奴だわー」

「私は知ってたわよ」

「私も知ってました」

 合流してきたまじょっことキョウソがセニュエロの言葉を肯定します。

「え? お前ら何でそんな事知ってんの? むしろ何で俺だけ知らされてないの? 仲間外れ良くないよ? 情報共有、ちゃんとしよ?」

「って言うか、むしろ何で知らないのよ。そっちの方が驚きよ。聞かされてなかったの? いーやどうせユーシャの事だから、聞いてなかっただけでしょ!」

 まじょっこに詰め寄られてユーシャはそっぽを向きます。図星だった様です。

 ユーシャはまじょっこを無視してセニュエロに問います。

「それが今回こんな軍まで引連れて封印解除に乗り出したのは、ついに堪忍袋の緒が切れたって事か?」

「まさか。今回は初めて良いお返事が頂けたのでこうして穏便に活動していたのですよ」

「穏便に……ねぇ……」

 セニュエロの言葉通り、ユーシャ達が暴れるまでは実に平和裏に行われていました。

「ここらで魔族達が女性達を攫っていたのは……」

「あれはそこのプロペート殿のご要望でしたので」

「キョウソ……」

「ははは。要望通りの女性を集めて来て下さったのでとても助かりました」

 ユーシャにジト目で睨まれていましたが、キョウソは全く悪びれた様子もありません。

「はあ……ったく。何となく話が見えて来た気がするなあ」

 ユーシャは「よっ」と軽く気合を入れて上体を起こします。

「キョウソと偶々たまたま出会ったって事はないだろ。誰に紹介された?」

「それは私の口からは。守秘義務も契約の内ですので」

「そうか。なら良い。大体目星は付いてる」

「そうですか。……他に訊いておきたい事は?」

「魔王を復活させるつもりは?」

「私にはありません。イデア様にもその積りはありません。あくまで遺体を自国で弔うためにやっている事です。魂の封印に関しては一切手を付ける気はありませんよ。先代魔王リーン・カルナシオン様の魂は、奥方様の眠るこの大陸に……。

 そもそも先の大戦からして、奥方様の母国を滅ぼした悪鬼の如き輩たちを成敗するべしとした急進派を抑えきれなくなった責任を感じたリーン様が、急進派を排除するために行ったものでしたから。目的を達した後は残った国に異世界からの召喚術を密かに授け、急進派諸共に滅ぼされる所まで、全て我々の計画通りでした。両成敗という形にしておきたかった訳です。

 これがこちらの事情です。まあ私の話を信じるかどうかはあなた達次第ですけれどね」

 少し遠い目をしてセニュエロは語ります。

「……お前の言う事だ。信じるさ。と言うか、別にどっちでも良いんだ。実際のとこはな」

「当代の勇者は変わったお人の様だ」

「お前ら魔族の連中はヒトに妙に甘いからな。それの幹部だっつーんだから、そりゃあ大甘だろうさ。ヒトのお偉いさんよりよっぽど信がおけるね」

「そういうものですか」

「そういうもんだろ?」

「ははは。確かに。あなたの言う通りかもしれません」

「だろ?」

 くっくっく、はっはっは、と楽し気に笑い合う二人にまじょっこが水を差します。

「で、どうするの? あの二人はもう帰しておいたけど」

「お前、自力で戻れそうか?」

「そのくらいなら問題ありませんよ。……良いのですか?」

「良いも悪いもないだろ。俺は魔王が復活した方が助かるしな」

「復活しませんし。現魔王で在らせられるイデア様の方がお強いですし」

「そんな事聞いたら先代が泣くぞ」

「どうでしょうね」

 セニュエロはチラリと視線を余所に向けます。

「私的にも魔族側の戦力が減ると困るわけで。大陸にとって脅威であり続けて貰わないとね」

「これは大役を仰せつかってしまいましたね」

「でも、あんまり調子に乗ってるとぶっ潰しに行くからね。その時は覚悟しておきない」

「心しておきましょう」

 話は済んだと判断したセニュエロは喋っている間にも少し回復した様で、起き上がると倒れたままのハウラの様子を見ます。

 そちらもユーシャとセニュエロが話し込んでいる間に、キョウソが処置していたので大事には至っていません。

 問題無しと判断したセニュエロはハウラを抱え上げ、肩に担ぎます。

「それでは失礼します。また会う時は、敵同士で無い事を祈っていますよ」

「またなー。俺はまた敵同士の方が活躍できそうで良いけどな」

 ユーシャの余計な一言にセニュエロは苦笑を浮かべながら、帰還魔法で魔王城へと帰って行きました。

「ふーヤレヤレ。これでまあ一応片付いたわね」

「ただ無駄に暴れてただけだったカル。セニュエロが何でキレてないのか不思議なくらいカル」

「不幸なすれ違いって奴ね」

「物は言い様カル……」

 カルちゃんがまじょっこに呆れていたかと思うと、ピクっと体を震わせます。

「強い悪意の波動を感じるカル! 東の方角約千キロ、カル!」

「おっけー☆ じゃあ次の現場に向かいますかー!」

 まじょっこはステッキを掲げて「チェーンジ! ラブリーモード!」と唱えて、ピンキーマジカルの姿へと戻ります。

「じゃーねー☆ いってきまーす!」

「あいよ」「お気を付けて」

 カカッと踵を鳴らして翼を展開すると、ばびゅーんとピンクの軌跡を残しながら東の空へと消えて行きました。

「では私も新たな信徒の待つ地へ……」

 自然な成り行きで、当然の様に立ち去ろうとするキョウソの襟をガシっとユーシャが掴みます。

「お前にはまだ少し付き合ってもらうぞ。拒否は認めん」

「はっはっは。逃げられませんでしたか。今の流れなら行けると思ったのですが」

「はっはっは。逃がす訳ないだろ。一番の当事者を」

「「はっはっはっはっはっはっ」」

 他に誰も居なくなった荒野──元封印の森──に二人の笑い声だけが響いていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る