第18話 勇者、戦士、僧侶、魔法少女④
フられる事が確定した当のオヨメさんは、現在もブチ切れ続行中です。
ユーシャとまじょっこも簡単に倒してしまうその実力は、まさに大陸最強の名に相応しい物でした。
そのオヨメさんの次の標的は、当然残っているセニュエロとハウラの二人です。
はたきとちりとりは放り投げて手元から無くなってしまったので、別の道具を取り出します。
箒と雑巾でした。
箒は室内用の少し柄の短い物で、全長は一メートルあるなしといった所でしょう。
雑巾は古くなったタオルを縫い留めたお手製の雑巾です。
至って普通の箒と雑巾です。
見た目は只の町娘。装備は只の箒と雑巾。だと言うのに、ソレから感じる
次々と倒されていく敵と味方を間近で見ていたセニュエロとハウラは、オヨメの放つ殺気に呑まれ身動きが取れなくなっていました。
先のユーシャとまじょっこの結果を見れば、逃亡を図る事は不可能でしょう。
となれば、もう戦って倒す以外の選択肢はないのですが、二人にはオヨメに勝てる未来が見えていませんでした。
勝っている姿がイメージ出来ない様では、実際に勝利を得る事など到底叶いません。
特に運がからむ要素がない分その傾向は顕著です。
実力の差がここまで歴然となると、まぐれの入り込む余地などありません。
絶望が人の形をして歩いて来る。
二人にはもう、オヨメがそんな風に見えていました。
「ここまで来て……黙ってやられる訳には……っ!」
「やって……やりましょう……!」
気力を振り絞ってハウラは槍を構え、前衛を務めます。
セニュエロも魔力を集中させ、臨戦態勢に入ります。
オヨメに対する恐怖が振り払えた訳ではありません。二人の相貌は蒼く、呼吸も乱れがちですが、それでも二人には果たすべき使命がありました。それが絶望の中、戦う力を与えてくれていました。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「はああああああああああああああああああ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ──
大地が震撼する程の気合と魔力でオヨメに対峙します。
その揺れが不快だったのか歩くのに邪魔だったのか、オヨメは少し力を篭めて地面を踏みしめます。
ドゴォン!
という爆発音にも似た爆音が轟いたかと思うと、オヨメを中心に凄まじい衝撃波が発生し、隕石でも落ちたのかと疑う様なクレーターが出来上がっていました。
気付けば地揺れも収まっていました。
魔族組の二人はクレーターには巻き込まれませんでしたが、高めた戦意が萎えそうになるのをグッと堪えます。オヨメはクレーターの中心から二人に向かって再び、ゆっくりと歩いています。二人はそれを見下ろす形になっていました。
「ハウラ。私のために死んでくれますね」
「勿論です。お好きに使って下さい」
「一撃で決めます。上から逃げ場のない攻撃を仕掛けます。彼女がそれを受け止めた隙を狙って下さい」
「承知しました」
失敗すればその時点で負けです。
成功してもオヨメごとハウラはセニュエロの魔法で消し飛ばされる事になります。
そこまでしても勝てるかどうか分からない──
いえ、この位はしなければ戦いにすらならない──
二人の覚悟は決まっていました。
セニュエロは上空へと舞い上がり、ハウラは槍を構えてオヨメに向かって突撃します。
そのハウラがオヨメと接触するより早く、セニュエロが仕掛けます。
「エンジェルフォール!」
全ての魔力を注ぎ込んだ魔剣をオヨメに向かって投げ落とします。
勿論、これがオヨメに突き刺さるなどとは考えていません。
回避するか受け止めるか、どちらにしても魔剣はその役目を果たしてくれます。エンジェルフォールの魔法で一種の爆弾と化した魔剣は、衝撃とともにその威力を解放します。周囲一帯を飲み込む黑き魔力の暴威は、全てを蹂躙し尽くす事でしょう。
よしんばそれすらも防いだとしても、それで出来るであろう大きな隙をハウラが渾身の一撃で突くという二段構えの、捨て身の作戦でした。
オヨメは自身に向かって落ちて来る魔剣を避けるでもなく見上げます。勿論ハウラの存在にも気付いています。
オヨメは一瞬だけ思案すると、雑巾をギュッと握り締めます。
どっちにどっちを使うかを考えた様です。
腰だめにグッと雑巾を構えると、上空から降って来る魔剣目掛けて雑巾を投げ付けます。
「
オヨメのお掃除スキルが炸裂します。
クルクル──否。ギュンギュンと回転しながら飛んで行く雑巾は、正確に魔剣を捉えます。
激しくぶつかり合う魔剣と雑巾──瞬間、
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!!
魔剣が激しく爆発します。
しかしその爆発は予定に反し、あまり広がりを見せませんでした。
その威力の殆どが、オヨメの投げ放った雑巾によって打ち消されていました。
どころか、雑巾は魔剣の爆発を斬り裂いてもまだその回転、威力共に減衰した様子を見せません。そのまま更に上空へと舞い上がった雑巾は、全ての魔力を使い果たしたセニュエロの顔面にビターン! と良い音をさせながら貼り付きました。
いつ濡らしたのか不明ですが、しっとりと濡れた雑巾は結構な衝撃と共にセニュエロの顔面を強打し、力を使い果たしていたセニュエロは意識を失い落下していきました。
一目散に突撃していたハウラに、その未来を予測する術はありません。
ただセニュエロを信じ、オヨメへと向かって突撃して行きます。
「真プラネタリィインパクトォォォォォォ!」
正に全身全霊を篭めた最後の一撃です。
雑巾を投げ放ったオヨメは、ハウラの槍を箒の
一点と一点でぶつかり合う魔槍と箒が拮抗していたのは僅かな時間でした。
支点をずらし下方から掬い上げる様にして箒の柄でハウラの槍を弾くと、そのまま箒をクルリと半回転させ穂の部分でハウラの顎をカチ上げます。
全身全霊の突撃の勢いをそのままに顎を下から強打されたハウラは、ぴょーいとオヨメの真上を通り過ぎて反対側に顔面から着地。そのまま勢いがなくなるまで、ズザザザザーとクレーターの底を滑って行きました。
顔面で地面を滑って行く姿は滑稽でありながらも、とっても痛そうでしたが、顎への一打で意識が飛んでいたのは運が良かったのか悪かったのか、さてどちらでしょう。止まった所でエビ反りになっていた足が、パタリと地面に落ちました。
僅かに一合でハウラも戦闘不能と相成りました。
全ての敵──ユーシャとまじょっこも含みます──をあっという間に片付けたオヨメは、大きく息を吐いて心を落ち着かせると、『素敵なお嫁さん』モードへと切り替えます。
表情も先程までの絶対零度は姿を消し、見る者の心をほっこりとさせる素敵な笑顔を調えていました。
セニュエロを倒した事で空を覆っていた暗雲が晴れて行き、射し込んだ光が背後からオヨメを照らす様は、そこだけ見ればまるで聖女か女神の様でした。
しかしその笑顔を向けられているトゥーベルには、女神は女神でも断罪の女神にしか見えませんでした。
世間に対してもオヨメに対しても後ろ暗い所だらけなトゥーベルは、最早オヨメを直視する事すら躊躇われています。一度は落ち着きかけた精神はいとも容易く千々に乱れ、度重なる緊張で過呼吸気味なトゥーベルは、オヨメが戻って来るまでに心の準備をしようとします。
この後、オヨメをフるという己の命が懸かった大仕事が残っているからです。
トゥーベルが目を閉じ、深呼吸をしようとすると──
「トゥーベル様! 悪者は懲らしめておきました! どうぞ御安心下さい!」
元気一杯笑顔にっこりなオヨメがもう目の前に居ました。
とても褒めて欲しそうな顔をしています。
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
トゥーベルは突如目の前に現れたオヨメに絶叫してしまいます。
まさか自分のせいで叫んでるとは思いもしないオヨメは、トゥーベルの絶叫を受けて周囲を警戒しますが当然何もありません。
そんなオヨメの頭を、キョウソが杖でコツンと小突きます。
「あたっ」
「あなたがいきなり目の前に現れたりするからですよ。普通の人は驚きますよ」
「だって……一秒でも早くトゥーベル様のお傍に戻りたかったんだもん」
可愛らしい仕草でオヨメは答えます。
「はいはい。そのトゥーベル様からお話があるそうですよ。……ほら」
オヨメを軽くあしらいつつ、オヨメに背を向けてゼィゼィと過呼吸気味なトゥーベルを促します。
「ふぅ、ふぅ……セレーネ……」
「はい」
「……その……なんだ……」
トゥーベルは少し言い淀んだ後、大きく深呼吸をすると意を決して告げます。
「君という女性に、私では不釣り合いだ。ここでお別れにしよう」
ハッキリと最後まで言い切ったトゥーベルの表情には、どこか安堵した様子が窺えます。
「待って下さい! そんな事ありません! トゥーベル様が釣り合わないなんてそんな事ありえません!」
突如別れを告げられたオヨメは顔面蒼白です。
必死で説得の言葉を並べ立て、トゥーベルの心変わりを促しますが、トゥーベルの首が縦に動く事はありません。
「短い間でしたが、貴女という人を見て、知って、その上での判断です。貴女にはきっと、もっと相応しい人が現れます。そしてそれは、残念ながら私ではなかった様です」
トゥーベルがオヨメに背を向けると、キョウソはトゥーベルの前にクオホナチ行きの
「セレーネさん。どうかお元気で」
トゥーベルは振り返る事無く転移門を潜って行きました。
「ああ……っ! トゥーベル様あああああああああああああ!」
オヨメは追いませんでした。
いえ、追えませんでした。
これで何十回目の失恋でしょうか。数えたくもないでしょう。
幾度経験しても決して慣れる事はありません。
トゥーベルとの甘い思い出──だとオヨメは思っています──を洗い流す様に、声を上げて泣きはらします。
それを毎度の事なので一切興味のない顔で、キョウソはオヨメが泣き止むのを待ちます。
「うあああああああああああああん! 今度こそ良い男を見付けてやるうううううううう!」
捨て台詞の様な絶叫を残して
全てはキョウソの思惑通りに。
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