第17話 勇者、戦士、僧侶、魔法少女③
三組はそれぞれある程度距離を取って戦闘を繰り広げていましたが、その余波は他の組にも波及していました。ただ、所詮は余波ですので、当人たちには全く影響を与える事はありませんでした。
周りに人家もなく被害を気にする必要もないため、気兼ねなくドッカンドッカン暴れているとユーシャ達の背後から、それまでの熱狂が一気に冷める程の強烈な殺気が
オヨメが覚醒していたのです。
そうと気付いたユーシャ達は一様に「しまった」と、顔に書いてありました。
一旦距離を取って戦闘を中断し、恐る恐るオヨメを振り返ると──
うっすらと笑みを浮かべたオヨメが居ました。
その横には頬に一筋、傷を負って血を滲ませているトゥーベルの姿が。お付きの護衛達は姿が見えません。逃げ出したのなら正解ですが、跡形もなくなってしまったのかも知れません。ユーシャ達はもうトゥーベル達の事に関心はありませんし、オヨメもトゥーベル本人にしか用はないので、彼らがどうなったのか見ても居ませんでした。
トゥーベル本人はオヨメが守って居たのですが、三方から絶え間なく襲い掛かって来る戦闘の余波に、遂に掠り傷を一つ許してしまったのです。
最早許す事は出来ません。
ポソっと零れた声が聞こえたのは間近にいたトゥーベルくらいでしょう。
口元は笑みの形を作っていますが、目は
「キョウソさん。トゥーベル様の治療をお願いします」
「直ちに!」
口調はお願いでしたがそこに込められているのは絶対的命令です。反論の余地などありません。どう見ても放って置いても何の問題もない、所謂「唾でも付けておけ」という程度の怪我でしたが、賢明なキョウソはそんな事を口走ったり態度に表したりしません。即座に治癒の魔法でトゥーベルを癒すと、そのまま防御結界を展開してトゥーベルを守護します。
それでキョウソの事は良しとしたのでしょう。オヨメはキョウソから視線を外し歩き出します。その事にキョウソはホッと胸を撫で下ろします。
ホッと出来ないのはユーシャとまじょっこです。
明らかにオヨメの視線は二人をロックしていました。
「いや、まて、違うんだ。落ち着け。な? 一旦冷静になってみようじゃないか」
「そうねそれがいいと思うわ。ユーシャにサンセー! ね? ね? 私達仲間じゃない」
二人は無駄と知りつつも、必死にオヨメを
当然、戦闘に水を差された形の魔族側の面々が、この隙を黙って見ているだけの筈もありません。絶好のチャンスと見なす者が出るのは必然でした。
セニュエロは様子見を、ハウラは文句を付けに、そして二人の魔法少女は──
「隙だらけだぜババア! 死ねええええええええええええええええ!」
「
見事なまでの全力全開、全魔力を篭めた不意打ちで、完全に回避も防御も不能な一撃をまじょっこに叩き込まんと襲い掛かりました。
「うるさいですね」
オヨメはまじょっこの横を通り過ぎると、その背後から襲い掛かる二人の魔法少女の前に立ちはだかります。
右手のはたきでウォーダークネスの新必殺技、恒星すらも貫き通す高収束魔力砲デスレーザー──後に本人が命名しました──を「ぺい」っと明後日の方向へ弾き飛ばします。
左のちりとりでイージストワイライトの新必殺技、分子レベルにまで扁平させた超々高速回転盾刃フェイトスラッシャー──ついでにウォーダークネスが名付けました──を「ぺし」っと叩くと、盾は跡形もなく砕け散りました。
「は!?」「へ!?」
二人が驚愕の表情を浮かべて居られたのは、果たして瞬き程の時間もあったでしょうか。
オヨメは返す刀? で、はたきでウォーダークネスを右に。ちりとりでイージストワイライトを左に。それぞれの頬を叩いて吹き飛ばします。
その際に、首のあたりから「ゴキリ」といやーな音がしましたがきっと大丈夫でしょう。何と言っても二人はとっても強い魔法少女なのですから!
二人はその綺麗な顔が潰れるんじゃないかというほど歪ませ、手足もあらぬ方向に曲がらせ、襲い掛かって来た姿勢のまま腰を中心に横回転しながらすっ飛んで行きました。
二人の意識は叩かれた瞬間に途切れていました。
後に二人は語りました。
「(前略)あの伝説のババアを仕留めたと思ったら蘇生カプセルの蓋を眺めていた。何を言っているか分からねーと思うが(以下略)」
ともあれ、魔法少女の二人はオヨメの一撃でまとめて戦闘不能となりました。
そしてこの好機を逃すユーシャとまじょっこではありません。
二人はアイコンタクトを交わすと、即座に反対方向に逃げ出しました。
「うふふ。逃がしませんよ?」
オヨメは即座にユーシャにはたきを、まじょっこにちりとりを投げ放ちます。
「チィッ!」「てええええええええい!」
ユーシャは星剣ではたきを、まじょっこは単分子結晶の盾を作ってガードしようとしましたが、はたきはまるでそれ自体に意思がある様に星剣を避けてユーシャの土手ッぱらに突き刺さりました。そしてちりとりは単分子結晶の盾を易々と斬り裂き、平らな面でまじょっこの頭を強打しました。
「おごっ……」「きゅう……」
ドサリ。パタリ。
全力で逃亡を図ったユーシャとまじょっこも、オヨメの手によって一瞬にして戦闘不能となりました。
オヨメの視線は、次なる獲物を捉えていました。
そんな様子を少し離れた場所から眺めているのは……キョウソとトゥーベルです。
「な……なん……あ……あれ……」
分かる分かると言う様に、怯えて言葉が言葉にならない様子のトゥーベルに、うんうんとキョウソは頷いて見せます。
「だから言ったでしょう? あれはあなたの手に負える女じゃないと。勿論私の手にだって余るどころか溢れて零れ落ちてしまいますよ」
「い……いや……そうだ! 俺はあの化物女の主人だ。そうだ! あいつは俺の言う事には逆らわない! 俺は最強の力を手に入れたんだっ! はは……はははははははははは!」
恐怖に引き攣ったままの顔で笑うトゥーベルを、もはや哀れな物を見る目でキョウソは見つめます。
「本当にそう思っていますか?」
「そうだろう? そうじゃない所がどこにある? あいつは俺のモノだ。俺は、俺は……」
「あのお嫁脳が、果たしていつまであなたのモノで居ると思いますか?」
「そそそそそ、そんなもの決まって……決まって……」
「あの女が、あなたに興味を失くした瞬間……どうなると思います?」
「ヒィッ! いやだ! やめろ! 言うな! 言うんじゃない!」
「確かに、アレがあなたのモノである内はあなたは無敵の存在になれるでしょう。しかしその裏でずっと、ずぅぅぅぅぅぅっと、アレが自分を見限る恐怖に怯え続けなければなりませんよ。あなたはそれにいつまで耐えられますかねぇ」
「黙れ! だまれえええええええええええええ!」
恐慌を来したトゥーベルは自分を守ってくれているはずのキョウソに殴り掛かります。
が、ド素人のパンチなどキョウソに当たる筈もありません。
軽く受け止めたキョウソは、トゥーベルの耳元で囁きます。
「その恐怖から逃れる方法をお教えしましょうか?」
「──っ!? な……何だそれは!」
「簡単な事です。彼女をフれば良いのですよ。ね? 簡単でしょう?」
「なっ……! そんな事をしたらっ……!」
「彼女の力を失うのが惜しいですか? それとも……逆上した彼女に殺されるとでも?」
「……違うのか?」
「ええ。彼女は今まで自分をフった男を害した事は一度もありませんよ。フった男はね」
興味を失くした男がどうなったかは言いません。言外に、
実際の所はどうなるのかキョウソにも分かりません。何故ならそこまでオヨメと一緒に居られた男が一人も居なかったからです。
「そ……そうか。フれば俺の命は助かるんだな?」
「オヨメさんに殺される事はないと断言しますよ」
「そうか。……よし。分かった。それで行こう」
トゥーベルは死の恐怖と隣り合わせの最強より、今まで通りの安定した生活を選択します。
そう決めたお陰か、トゥーベルは落ち着きを取り戻して行きます。
計画は失敗し大きな損失を出しはしましたが、それとてトゥーベルにとっては資産のほんの一部が失われたに過ぎません。生きてさえいればまた次のチャンスを待つことも出来ると言うものです。
しかしトゥーベルは忘れていました。オヨメという圧倒的インパクトのせいで、それ以外の事が些末事になり記憶の片隅に追いやられてしまったのでしょう。オヨメに殺されなくても、このままだと身の破滅だという事をです。
そう、彼が本当に対処しなければいけないのはオヨメではありません。まじょっこの、ひいては魔法少女協会の方でした。
まじょっこはもう半分トゥーベルの事は忘れかけていますが、マスコットのカルちゃんは忘れていません。事が済めばまじょっこをけしかける事は間違いありません。まじょっこが面倒臭がったとしても、協会に報告すれば即座に別の魔法少女が動くので、トゥーベルに訪れる未来に変更はありません。
その事に気付けないまま、トゥーベルはオヨメに別れを告げるその時を心待ちにするのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます