第14話 勇者④

 一方──

 まじょっこと時を同じくして、ユーシャとセニュエロも交戦状態に突入していました。

 完全に臨戦態勢に入っていたオヨメに、

「このままではお前の旦那が危険だぞ。戦いは俺に任せて『嫁』として旦那を守ってやれ」

 などとキラーワードを織り交ぜて言い包めてご退場願っていました。

「という事で、お前の相手はこの俺がしよう」

 聖剣を構えるユーシャを見て、セニュエロも流石に顔色を変えます。

「その剣は……! そうですか、あなたが……」

「魔王殺しの末裔。現当主アストラ・バリエンテ。お前を倒す者の名だ」

「くはは! 当代の勇者が御相手とあらば、初めから全力で行かねばなりませんね!」

 セニュエロがそう宣言すると同時に、セニュエロの姿が変わり始めました。

 体が一回り、二回りと大きくなり、その背からは三対六枚の漆黒の翼が生えていました。

 勿論変化したのは見た目だけではありません。

 その内に秘めた魔力は桁違いです。漏れ出る木漏れ日の様な魔力でさえ、変身前に振るっていた魔力を凌駕しています。これが八魔将の一人、セニュエロ本来の姿、力という事でしょう。

 三対六枚の翼を大きく広げ浮き上がると、翼と両手の計八個の黒球を生成します。まじょっこを打ち倒した物と同等の威力が篭められています。

「アポカリプティクバースト!」

 一斉に解き放たれた八つの黒球──いえ、それだけでは終わりません。

 八つを放つと同時に新たに更に八つ。

 それも撃ち放つとまた八つ。

 黒球の嵐は止む事なく、次々と打ち出されて行きます。

 一つ一つが一撃必殺の威力の篭められた無数の黒球が、絶え間なくユーシャに襲い掛かります。

「上等! 唸れ! 聖剣ラストホープ!」

 ユーシャの言葉に応じ、聖剣ラストホープは眩い光を放ちます。

 その光に呑まれた黒球が、次々と雲散霧消して行きます。

 このまま聖剣の光が全ての黒球を消し去るかと思われましたが、セニュエロも負けてはいません。一切の躊躇いも動揺もなく、更なる黒球の嵐で聖剣の光に対抗したのです。

 怒涛の黑い嵐は聖剣の光を喰い散らかし、その猛威は遂にユーシャを捉えんとします。

「そう来なくっちゃな! ホーリースラッシュ!」

 ユーシャは光の防壁を突破してくる黒球を、一つ残らず叩き斬って行きます。

 しかしセニュエロはそれ以上の黒球を生み出し、ユーシャに叩き付けます。

「うおおおおおおおおおお!」

 ユーシャは黒球の処理で釘付けにされ、セニュエロに近付く事も出来ません。

「しゃらくせぇ! 行くぞ! 光龍剣こうりゅうけん!」

 力強く振り下ろされた聖剣から、巨大な光の龍が一直線にセニュエロへと向かって行きます。

 途上にあった黒球を全て喰らい尽くして尚その威容はいささかも減じません。

「ぬうんっ! アナザーズゲート!」

 セニュエロは光龍を受け止めず、異世界へと飛ばしてしまいます。

 ユーシャはその一瞬の間を逃す事なく光龍が切り拓いた道を通る様にして大きく跳び、セニュエロへと斬り掛ります。

時空裂波じくうれっぱ!」

 放たれた剣閃は、光龍を異世界へと飛ばした門を斬り裂き、セニュエロの体を両断せんと迫ります。

 セニュエロは巨体ながらも俊敏な動きで回避行動を取りますが、高速で飛来する剣閃を完全に回避する事は出来ませんでした。

 ユーシャの放った時空裂波は向かって左側の三枚の翼を斬り裂きましたが、セニュエロにダメージを与えた様子はありません。セニュエロは斬られた三枚の翼を、何事も無かった様に再生させてしまいます。

 しかしユーシャは気付いていました。

 翼を斬られた瞬間に、セニュエロの魔力が大きく減衰した事にです。

 それは翼を再生させた後でも元には戻っていません。

 どうやら背中の翼がセニュエロの魔力タンクの様な役割を担っている様だと、ユーシャは推察します。

 空を蹴り更なる追撃を行うユーシャに、セニュエロは浮遊を解除し重力の力で追撃を回避します。その回避の仕方は予想外だったようで、見事に透かされてしまい、ユーシャは勢い余って急制動を掛けています。

 地面に降り立ったセニュエロがその大きな隙を逃す筈もありません。

「アポカリプティクレイ!」

 極太の黒光がユーシャ目掛けて放たれます。

「なんとぉ!」

 回避し切れないと見たユーシャは聖剣で受け止めますが、空を蹴って移動する事は出来ても空を飛べる訳ではないので、踏ん張りが利かず弾き飛ばされてしまいます。

 直撃は避ける事が出来た様に思われたのも一瞬、ユーシャを弾き飛ばした黒光はそのまま空を突き進む事なく、幾つもの光線に分裂し、それぞれがそれぞれにユーシャを追尾します。

 空中を錐もみ状態で落下しながらも、ユーシャは枝分かれした黒光の軌道を全て見切り、体を捻り、剣で捌き、弾き、全てを躱して見せます。

 何とか無事に地面に帰って来たユーシャは、間髪入れずにセニュエロへと向かって行きます。

 尚も追尾してくる黒光をセニュエロにぶつける積りでしょうか。

 しかしそれは、先にまじょっこが敗北した正に同じパターンです。

 とは言え、神ならざるユーシャには、それを知る術はありません。

 セニュエロの脳裏にもそれがよぎりましたが、まだそうと決まった訳ではありません。油断なく迫るユーシャを迎え撃つべく更なる魔法を展開します。

「ジュピターテネシティ!」

 セニュエロは自身の前方に雷霆が閃き暴れる空間を形成し、ユーシャの直進を阻みます。

 文字通りの光速の雨霰は防ぐ事も回避する事も、いかなユーシャとて適う事ではありません。

 必然、ユーシャはその空間を飛び越え回避します。

 ユーシャはそのままセニュエロも飛び越え背後に回り込みます。

 ユーシャを追尾する黒光はセニュエロの体を遮蔽物にする様にして一つに纏まり、先の黒球と同じくその体を素通りして、その背後に居るユーシャを貫きま──せんでした。

 セニュエロの数メートル後ろに着地したユーシャは、着地と同時に聖剣を構え背後からセニュエロへと突き掛かって行きました。それにより、聖剣と黒光が真正面から激突。聖剣は黒光を斬り裂き、何故か反応の鈍いセニュエロに背後から突き刺さります。

 これにはユーシャも少し怪訝な表情を浮かべながらも、一気に勝負を決めるべく聖剣に力を篭めます。

「があああああああああああああああああ!!」

 僅かに体を逸らした事により致命傷は避けられたものの、聖剣の力に充てられ苦痛に喘ぎます。体を貫き通されながらも気力を振り絞り、強引に距離を取ってセニュエロは聖剣から脱します。

 ユーシャは直ぐには追撃しませんでした。今の一撃が当たった事を不審に思っている様です。

 今の一撃はセニュエロが避けられない様な、そんな攻撃ではなかったからです。

 完全に罠を警戒していました。

「はぁはぁはぁ……ガフッ! ゴホッ!」

 相当なダメージを負ったセニュエロは、傷口を魔法で癒して行きます。傷口は直ぐに完治しましたが、喪った体力や魔力は戻って来ません。

 ユーシャは余りにも簡単に攻撃が当たった事で逆に警戒を強めていますが、それは大いに杞憂でした。何て事のない一撃をモロに貰ってしまったのは、セニュエロがまじょっことの戦闘を重ねてしまった事が原因でした。

 セニュエロはユーシャも追尾してくる黒光を自身にぶつけてくる積りだと、決め付けてしまっていたのです。しかしユーシャはそんな事は知りませんし、そんな酒落臭い真似はするつもりもありませんでした。勝負を決するのは常に己の剣の腕だと決めていました。

 図らずもその両者の意識の差が、今の決定的な差となって現れたのです。

 たった一度の戦闘経験がマイナスに働く事になろうとはと、セニュエロは自身の苦境に対し思わず苦笑が漏れてしまいます。

「はぁはぁはぁ……私とした事が、戦闘に先入観を持ち込んでしまうとは……。負けて当然ですね……」

「罠かと疑ったが本当に深手だったんだな。でも、『まだ』あるんだろ?」

「ははは……。御冗談を。『私』は確かにこうしてあなたに負けました。これ以上はありませんよ。流石にね」

「だが、お前の目は負けたヤツのそれじゃあない。出し惜しみしてると、このまま止めを刺させて貰うぞ」

「本当にコレは使う積りではなかったのですが、こうなっては仕方がありませんね……」

 そう言ってセニュエロは懐から小さな箱──魔王の右腕が納められた箱を取り出します。

 箱を元のサイズに戻し中から魔王の右腕を取り出すと──


 スパン。


 と自身の右腕を斬り落とし、魔王の右腕を代りにくっ付けてしまいました。

 ユーシャは「そんな使い方するのかー」と妙に感心してしまいました。

 突飛な行動ではありますが、やった事と言えば右腕を付け替えただけです。

 しかし、変化は劇的でした。

 魔王とセニュエロ、二つの魔力が混ざり合い爆発的な反応を引き起こしたのです。

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