第13話 魔法少女③
まじょっこが意識を取り戻したのは、ユーシャがセニュエロと対峙した時でした。
チッ。
と可憐な魔法少女にあるまじき舌打ちを内心でします。
(ピンチからの大逆転! が魔法少女の華だって言うのに、ユーシャが居たら単なる救出劇に格下げじゃん。ほんといつもいつも余計なタイミングで現れるんだから!)
ぶつくさと心の中で毒づきます。
そんな事を考えながらも、抜かりなく自身の状態を確認をしています。
両手両足は拘束、魔力は制限、衣装はズタボロ、まさに満身創痍、見事なやられっぷりです。自分でも感心するくらい良い感じに負けた感が出ています。
次に周囲も確認します。八魔将のセニュエロはユーシャと対峙。オヨメは下がって犯罪組織を操っていた男──たしかトゥーベルとか言ったっけ?──を守っています。キョウソはセニュエロの傍に控えていた魔族を縛り上げて、ユーシャの様子を眺めています。
状況は大体分かりましたが、さてどうしたものかと思案します。
(魔力の消耗具合から見て恐らくキョウソが私の魔力を使って封印を壊しているはず。まあそれは別に良いんだけど、この後の展開的にどうするのが一番魔法少女的においしいかしら)
取り敢えず、ただ救出されるのを待つだけっていうのは、まじょっこ的に面白くないので、どの辺りで戦線復帰するか、そのタイミングを考えていました。
「おや? 意識が戻った様ですね」
セニュエロがユーシャと睨み合ったままだと言うのに、逸早くまじょっこの覚醒に気が付きます。
その言葉でユーシャは視線をまじょっこの方へ向け、手を振ります。
「おう。まじょっこ! 直ぐ助けてやるからなー」
完全に意識がセニュエロから離れている様に見えますが、セニュエロは仕掛けませんでした。
仲間同士の交流を邪魔しない紳士だから?
いいえ。出来なかったのです。
目の前で対峙しているセニュエロには分かります。
そんな隙など全くない事にです。
「余計な……お世話…………」
まじょっこは二人の意識がこちらに向いたタイミングで、両手両足に力を籠めます。
「ぐぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅ……!」
「無駄ですよ。念の為あなたの魔力は十分の一程に制限させて貰っています。その拘束を解く事は──」
可愛さを損なわない程度の必死の表情で力を込めていたはずのまじょっこの顔が、一瞬笑った様に見えました。
「やああああああ!」
バキィィィン。
音を立てて、まじょっこの両手両足を宙に拘束していた魔法の環が砕け散りました。
これに驚いたのはセニュエロでした。
「莫迦な……いえ、今は──」
しかしそれも束の間、直ぐに対応すべく動きます。
「コールスレイブ!」
自身の使役する生き物を召喚する魔法を唱えます。隷属の印を刻んであれば呼び出す事が可能です。
セニュエロの召喚魔法で現れたのは、二人の魔法少女でした。
「アサルトアッシュ!」「キュアリーチェリー!」
「ご主人様に楯突く奴は!」「ボッコボコにしちゃいますね♡」
名乗りと同時に灰色の衣装を身に纏ったアサルトアッシュと、淡い桜色のキュアリーチェリーが、魔法少女らしくポーズを決めます。
「あなた達には、あの魔法少女の相手を命じます。『首輪』は付いていますが、あの状態で私の拘束魔法を破壊しました。決して油断しなように。良いですね?」
「「はい!」」
セニュエロの命令に即座に応じる二人の魔法少女。完全にセニュエロに隷属しています。
まじょっこの相手を二人に任せると、セニュエロは「もう良いか?」と気楽気に声を掛けて来るユーシャに、「お待たせして申し訳ありません。始めるとしましょうか」と応じ、戦闘状態へと突入します。
「あんたには悪いけど、ご主人様の邪魔はさせないよ」
「大人しく捕まってくれれば、痛い目に遭わなくて済むからね?」
二人はステッキを構え、戦闘態勢を取ります。
そんな二人をじっと見つめる表情には、僅かに羨望の色が混じっていました。
「悪堕ちか」
まじょっこがポツリと呟いた言葉に、二人の魔法少女は敏感に反応します。
「そうさ。羨ましいだろう?」「何たって『悪堕ち』は魔法少女憧れの引退ベスト3にいつもランクインしている位の人気ですからね」
因みに一位率が一番高いのは、正体バレからの恋人ルート、です。
数の多い若手の魔法少女達の票が多く集まるのが理由です。ベテランや実力派になるほど悪堕ち派が増えて行く辺りが何とも言えません。
「その気持ちは分かるわ」
まじょっこにも分かるそうです。
「でもね──、そんな腑抜けた幸せオーラで私を倒せるのかな☆」
魔力を制限されている中でも、まじょっこは不敵に笑って見せます。
「言ってくれるじゃない」「徹底的にお仕置きけってーい!」
二人の魔法少女は簡単にまじょっこの挑発に乗ってくれます。
「悪堕ちだからって舐めてもっちゃ困るのよね。これでも私達の
「そんじょそこらの魔法少女達と同じと思ってると痛い目を見ますよ」
「ふーん……そう……。ホワイトの孫弟子かぁ……。じゃあ、ちょっとは手加減してあげようかな☆」
「ピュアリーホワイト様を呼び捨てにするとか、あんた死にたいらしいね!」
「名を名乗りなさい! あなたの墓標に刻んであげるわ!」
「いっけなーい! 確かにその通りね! カルちゃん!」
「はいはい、カル!」
まじょっこに呼ばれると、ポンと直ぐに現れます。
「マスコット付きだとっ!?」「相当な実力者の様ですね。ご主人様が油断するなって言う訳です」
マスコット付き=超一流と言うのは業界の間では常識でした。
「酷い恰好カル。世話が焼けるカルね」
カルちゃんがまじょっこの周りをクルリクルリと回転しながら飛ぶとあら不思議。まじょっこの衣装が元通りに修復されました。
「じゃあ改めて、愛と平和の魔法少女ピンキーマリー! 魔族さんの手下になっちゃった悪い子たちには、すこーしお灸をすえてあげちゃうぞ☆」
キラリン。横ピーでバッチリポーズも決めちゃいます。
「ピンキーマリーか……知らない名だ……なっ!」
アサルトアッシュの鋭い拳打がまじょっこに襲い掛かります。
まじょっこは横に跳んで躱そうとしますが、何かに阻まれて避け損ねてしまいます。
「もらったぁ!」
アサルトアッシュの一撃が吸い込まれる様に、避け損ねたまじょっこのお腹へ突き刺さります。
「ぶっとびやがれぇ!」
それが魔法の合図だったのでしょう。アサルトアッシュの拳から爆発が起こり、まじょっこの体を高々と吹き飛ばします。
「チェリー、さんきゅ!」
「それほどでも……ありませんよ!」
キュアリーチェリーがステッキを上から下に一振りすると、打ち上げられたまじょっこが何かに叩き落される様にして地面に落下して来ます。そのまま地面に叩きつけられたまじょっこですが、何事も無かった様にむくりと起き上がり、パンパンと衣装をはらけています。
「ふーん……こんなもんかあ。あは。二人とも、大した事ないね☆」
ブチッ!
そんな音が聞こえて来る様でした。
「ご主人様の手前、半殺しくらいで済ませてやる積りだったが……」
「ええ。全殺し決定だゴラアアアアアアア!」
キュアリーチェリーなんて早々にキャラが崩壊しています。
アサルトアッシュの魔力の篭められた猛ラッシュを、まじょっこは全て見切って「ホイホイ」っと躱し、捌きながら、激しくステッキを操るキュアリーチェリーからの不可視の魔法攻撃をも同時に躱してしまいます。
「どうしたの? まさかこれで全力じゃないよね? まだ私、魔法だって使ってないんだよ?」
まじょっこは更に二人を煽ります。
「舐めやがってぇぇぇぇ」「
二人は一旦まじょっこから距離を取り黑い結晶を掌の上に出現させると、それを握り砕きます。すると、黑い光の帯が二人を包み込んで行きます。そして二人を覆い隠した光の帯が消え去るとそこには、衣装を黑く染め上げ、布面積を大幅に減らしたアサルトアッシュとキュアリーチェリーが立っていました。悪堕ち魔法少女だけに許された、悪堕ちモードです。
「魔法少女とご主人様の力を掛け合わせたこのダークモードになった以上、四聖にすら負ける気がしねぇ!」「キルキルキルキルキルキルキルキルキル!」
「へぇー。確かにそれだけの力なら、結界を維持してるままのあの子達になら勝てるかもね」
少し感心した表情でまじょっこは二人を眺めています。
「これならすこーし本気を見せてあげてもいいかな☆」
そう言ったまじょっこが、宣言通り少し魔力を開放した瞬間──
ビクゥッ!
と、まるで蛇に睨まれた蛙の様に二人は動きを止めてしまいました。
それどころか、それまでの威勢は何処へやら、顔面を蒼白く染め上げて行きます。
まじょっこから感じられる魔力は然程の物ではありません。二人が纏っている魔力に比べれば足元にも及ばない程度の量です。魔力に質はないので、力比べをすれば量の多い方が勝つのは自明の理です。
だというのに、二人はまじょっこの魔力に完全に怯えていました。
四聖の一角の孫弟子である、実力派の二人には分かってしまったのです。
自分達が相手にしようとしている目の前の魔法少女がどういった存在であるのかを。
「な……何で……何でこんな所にっ!?」
「もうとっくにお帰りになられたハズじゃ!?」
「二人が何を言ってるのか分からないなー? 私は、『始まりの魔法少女』様の最後の弟子、魔法少女ピンキーマリー、だよ?」
ニコっと笑みを浮かべながらまじょっこは一歩前に出ます。
ズザっと二人は一歩後退します。
「ふざけんな! あの御方の弟子は四人だけだ!」
「あの御方というかあな──」
キュアリーチェリーが言い終える前に、まじょっこがその口を物理的に塞ぎます。
「急に何するカル! 激しく抗議するカル!」
カルちゃんがキュアリチェリーの口に無理矢理ねじ込まれていました。
カルちゃんを突っ込まれたキュアリチェリーも、「もがもが」と何やら抗議の声を上げています。
「ピ ン キ ー 、マ リ ー よ ?」
魔法少女の目にさえも留まらぬ速さで肉薄してみせたまじょっこが、笑顔でキュアリーチェリーに圧力を掛けます。
それに思わずコクコクと頷いてしまうキュアリチェリー。完全に呑まれてしまっています。
アサルトアッシュも釣られて頷いています。
二人が納得してくれた所で、まじょっこは再び元の位置に戻って仕切り直します。
「さあ悪の魔法少女さん! 掛かって来なさい!」
さーやるぞーと、ステッキを取り出して魔法の準備も万全に待ち構えます。
(おい。どうするよ。めっちゃヤル気だしてんぞ。あんなのに勝てるわけねーよ)
(だからって、ご主人様はアレの相手をしろって仰ってる訳で……)
(逃げる訳にゃ行かねぇよなぁ……。よりにもよって何であんなのがいんだよ。反則だろ)
(行方知れずだと聞いていたのですけどねぇ。姿と名前を変えて活動してるなんて……)
「「あのババア、まじウザイ!」」
ヒソヒソと話していた二人でしたが、思わずヒートアップして大きな声が出てしまいました。
「んー? 誰の事か分からないけど、聞こえてるよ?」
「「ヒィッ!」」
「来ないなら……こっちからいっくよー☆」
それーと可愛らしい仕草でまじょっこがステッキを横に一振りします。
ステッキから放たれた真空の刃が二人の魔法少女を両断せんと迫ります。
「うおっ!?」「きゃっ!」
アサルトアッシュは咄嗟に躱し、キュアリーチェリーは魔法の盾で防ぎます。
「おー。いいねいいね。じゃあどんどん行くよー☆」
「ちょ、待て待て待て!」「本気で死んじゃいます!」
それそれそれーと、まじょっこは聞く耳持たず、実に楽しそうに、そして踊る様にステッキを振り続けます。その度にその仕草とは裏腹に、凶悪なまでの切れ味を誇る真空の魔刃が二人の魔法少女を襲い続けます。
「ぐおおおおおお! ホントにコレでも魔力制限受けてんのか!? ありえねぇだろ!」
「いやあああああ! マジで死ぬ死ぬ死んじゃう! 死んじゃうっつってんだろババア!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
興が乗って来たまじょっこには、二人の言葉など聞こえていない様でした。
まじょっこの死の
「ハァ……ハァ……ハァ……チェリー…………生きてるか?」
「なん……とか……色々と繋がっていますよ……」
二人は衣装も肌もズタボロにされながらも、何とか生きていました。まだ生きているこの奇跡に喜びを分かち合いたい所ですが、その元凶がまだ目の前にいるという悪夢は続いています。
「これくらいでへばっちゃうなんて、だらしないんだー☆」
魔力も体力も底を付き、地面に倒れ伏している二人にまじょっこが近付いて行きます。
「あーでも、ひっさし振りに思いっきりやれた気がする! うん。この首輪案外気に入ったかも! 良い物貰っちゃった♡」
まじょっこは完全に勝った気になって油断している──そう見て取った二人はジッと機を待ちます。油断したまじょっこが
あと二歩……一歩…………今だっ!
本当の最後の魔力を体力と気力を振り絞り、キュアリーチェリーの防御魔法でガチガチに固めた拳を、アサルトアッシュの全力で、まじょっこの土手っ腹を貫き通す勢いで繰り出しました。
完全にまじょっこの不意を突いたアサルトアッシュの拳が、確かに肉を捕らえた感触をアッシュに伝えて来ます。
(手応えあった!)
本来ならば不殺が掟の魔法少女ですが、悪堕ちには関係のない話です。完全に殺す積りで繰り出した一撃でしたが、命に手が届いたという確信は得られていませんでした。
打たれたまじょっこは、足を魔法で固定──キュアリーチェリーの魔法でしょう──され衝撃を逃がす事も出来ない状態で、その威力をその小さく華奢な体で受け止める事になりました。
拳が体を貫通しているという事はありませんでした。
突き刺さっていたりもしません。
ただ、やはりその威力は絶大だった様で、一言も発する事無くその場に倒れてしまいます。
それを見て、今度こそ本当に全てがスッカラカンになった二人は地面に仰向けに寝っ転がりました。二人の顔に浮かぶのは、生き延びたという安堵と、絶望を打ち破ったという達成感でした。思わず笑いと涙が込み上げて来るのも致し方がないでしょう。
「やってやったぞクソババア!」「ざまあ見ろってーの!」
「「「あははははははははは!」」」
「「はあっ!?」」
「今のは中々いい攻撃だったよ☆ バレバレな点以外はネ♪」
甘いあまーいと寝転がる二人をまじょっこが見下ろしています。
「は!? え!? なん……」「じゃあそこに倒れているのは……」
「私の分身だよ☆」
まじょっこがパチンと指を鳴らすと、ボフンと倒れている方のまじょっこはピンクの煙になって消えてしまいました。
「さーて、負けちゃった悪い魔法少女ちゃん達には……きつーいお仕置きターイム! だヨ」
ニコっと浮かべる笑みからは、何故か一欠けらも楽しい成分が含まれていませんでした。
「「いやあああああああああああああああ!!」」
ただ、二人の少女の絶叫が森に
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