第12話 僧侶④

「ユーシャさん。これは丁度良い所に」

 キョウソも誰が向かって来ているのか想像が付いていたのでしょう、ユーシャの到着に合わせて声を掛けます。

「おお! キョウソ! お前がまた何かやらかしたんだろ?」

 ユーシャが決め付けます。

「ははは。これは心外ですね。私はいつも真面目に布教活動に勤しんでいるだけだと言うのに。今回だってここにあった魔王の封印の一つを解いただけですよ」

「お前がやったのかよ! ぐっじょぶ! じゃない。トンデモナイコトヲシデカシテクレタナー」

 ユーシャは本音が漏れています。後から否定する言葉の何と心の篭っていない事でしょう。

「で、今どの辺りだ? 間に合ってるか?」

「ええ。先程も言いました通り、『丁度良い』ところですよ」

 キョウソは対峙するオヨメとセニュエロを指さし、簡単に今の状況をユーシャに説明します。

「かくかくしかじか……とまあ、手短に言うとそんな所ですね」

「ほうほう。じゃあ取り敢えず、あのセニュエロとかいう魔族を倒せばいいんだな」

 事も無げに言うユーシャに、「支援は要りますか?」とキョウソが訊ねていると、ハウラが肩を怒らせながら近付いて来ます。

「貴様は何者だ! それに坊主! 貴様、我らを裏切る気かっ!」

「俺か? 俺は伝説の勇者の末裔! アストラ・バリエンテ! いずれ次代の勇者となる男!」

 堂々たる名乗りを上げます。ついでに聖剣もビシっと構えてポーズを取ります。

 一方その横で、

「裏切る? はて? ハウラさんは可笑しな事を言いますね。私は元からユーシャさんの仲間ですよ。セニュエロさんとの魔王の封印解除の契約も完了済みですので、今ここであなた達と敵対したとて、裏切りには当たりません。裏切り等と言う卑劣な行為は神がお許しになりませんから」

 などと一応は筋の通っている事を言って、ハウラを更に苛立たせます。

「プロペート殿の言う通りですよ! ハウラ! 契約はあくまで封印の解除。それが為された以上、彼の仕事はもう終わっています。裏切りなどとんでもない。むしろ恩人と言っても差し支えない貢献振りですよ!」

「しかし! セニュエロ様!」

「ええ! 彼は恩人ではありますが、掛かる火の粉は払わなければなりません。まあこうなる事は想定の内でしたが」

「ははは。バレていましたか。私も依頼が済めばまた封印すれば良いとか考えてましたし、お相子ですね」

『はははははははははははは!!』

 ハモる様にして笑うキョウソとセニュエロを、ユーシャとオヨメは黙って見つめています。この隙に攻撃しても良いのですが、そう言う興醒めな事はしない位には余裕がありました。

「ハウラ。御相手してさし上げなさい」

「ははっ!」

 セニュエロのGOサインに、実に嬉しそうに身の丈程の長さの槍を構えます。

「俺がやろうか?」

「それには及びません。それに彼は私を御所望でしょうから」

「そうか。じゃあ任せた」

「任されました」

 ユーシャはハウラを無視してセニュエロへ向かって行こうとします。

「させるか!」

 そうはさせじとハウラはユーシャに向かって鋭い一撃を繰り出します。

「それはこちらも同じでして」

 カキーンと小気味いい音をさせながら、キョウソはハウラの槍を杖で上に跳ね上げます。

「あなたの相手は私がして差し上げましょう。少々物足りませんが、ユーシャさんに活躍して頂くのが大事ですからね。私としましても」

 ニコニコと笑みを浮かべたまま、余裕の表情でハウラと向かい合います。

 ユーシャはもうハウラなど眼中にもない様で、その槍が当たる事はないと分かっていたかの様に、一瞬も止まる事無くセニュエロに向かって行きました。

「手短に済ませましょう。ユーシャさんの活躍ぶりを後で盛りに盛って喧伝するためにも、出来るだけ観戦しておきたいので」

「舐めるな!」

 怒り心頭。ハウラは猛然とキョウソに突き掛かって来ます。

「喰らえ! メテオランス!」

 ハウラの放つ超高速の連続突きは一人で槍衾やりぶすまを成し、そのままぶちかましの様に突撃して来ます。突撃しながら面で攻撃するこの技は、見てから回避する事はほぼほぼ不可能に近い物です。初手から必中必殺の技を繰り出して来るあたり、キョウソを侮らず油断もしていない証拠でもありました。怒りで冷静さを失わない、流石セニュエロの腹心なだけはありました。

 キョウソはハウラのメテオランスに対し杖を前に突き出し唱えます。

「悪しき力より守り給え。神の見えざる壁ゴッドフォビッド!」

 光の幕がドーム状にキョウソを包み込みます。

 光のドームはハウラの激烈な連続突きを喰らっても小動こゆるぎもしません。

 このまま突いていても体力を消耗するだけと判断したハウラは、攻撃を止め一旦距離を置きます。

「フン。メテオランスを防ぐか。少しはやるようだな。だが……っ!」

 ハウラは魔力を槍の穂先の一点に集中させます。

「コメットランス!」

 多大な魔力を集中、凝縮させ威力を増した一撃が、キョウソの光のドームに突き刺さります。

「ほう! やりますね!」

 しかしキョウソの余裕は崩れません。

 ハウラの槍は光のドームに突き刺さりはしたものの、突き破るには至りません。

 しかしハウラはニヤリと笑います。

「いや。これで十分だ」

 そう言うと、更なる魔力を槍に注ぎ込み始めます。

 この一穴から強引にキョウソの守りを突破しようと言うのでしょうか。

「ライトニングジャベリン!」

 違いました。

 ハウラの狙いは、ドームの内側にある穂先から中のキョウソに向けて直接魔法で攻撃を仕掛ける事でした。

 穂先から放たれた稲妻の槍が、至近距離からキョウソに炸裂します。

 文字通り光の速さで襲い来る稲妻の槍を、見て躱す事も防ぐ事も不可能です。メテオランスとは違い、不可能に近いのではなく不可能なのです。

 必然。ライトニングジャベリンはキョウソを確実に捉えました。

 直撃したライトニングジャベリンは、キョウソにそのありったけの雷撃を叩き込みます。ヒトの体など立ちどころに焼き尽す程に強力な雷撃が、まさしく落雷の如き轟音を撒き散らしながらその威力を見せ付けます。

「ハハハ! 馬鹿め! これで黒焦げに……んん……?」

 ライトニングジャベリンの衝撃で舞い上がった土埃が晴れると、そこには無傷のキョウソが、余裕の笑みを浮かべて立っていました。

 ハウラは我が目を疑いました。

「ば……馬鹿な! ありえん! 直撃したはずだぞ!」

「ええ。間違いなく当たりましたよ。流石に光速は避けられませんから。まあ、御覧の通り、避ける迄もなかった様ですが」

「き……貴様! 一体何をしたっ!? アレを喰らって無事で済むはずがないっ!」

「済むはずがないと言われましても。それに何をした? あなたも見ていたじゃないですか。私が防御の魔法を使う所を」

「それは俺の槍が突き抜い──」

「ああ。なるほど。あの薄膜があの防御の魔法だと勘違いしていたのですね」

「勘違い……? 薄膜……だと……?」

「ゴッドフォビッドは私の体を強固な不可視の障壁で保護する魔法なのですよ。この光のドームは強すぎる私の神力の余波で生じる防御膜に過ぎません。とは言え、この膜を破れる人もそうは居ませんので、自慢して良いですよ」

 そう言ってキョウソは一歩前に踏み出します。

 ハウラはそれに合わせて一歩退きます。退いてしまいます。

 キョウソの防御膜に押された所為ではありません。ハウラはキョウソに気圧され自ら退いてしまったのです。

 そうと気付いたハウラは、しかしそれを認める事は出来ませんでした。認める訳には行きませんでした。ハウラの矜持がそれを許しません。今回の作戦に連れて来られたセニュエロの腹心の部下は自分だけなのです。その信頼を裏切るわけにはいきませんでした。

 己の不甲斐なさに食いしばり過ぎた口のから、赤い筋が伸びています。

「ぐうううぅぅぅぅぅ……がああああああああああ!」

 この身よ砕けよとばかりに持てる全魔力を、ハウラは一気に開放します。

 最大最強の技を繰り出して来るに違いない事は明白です。

「良いですね。受けて立ちましょう!」

 キョウソも自身の持つ神力を高めていきます。

「プラネタリィ! インパクトォォォォォォ!!」

 コメットランスを遥かに越える超絶威力の一撃がキョウソに襲い掛かります。

 コメットランスでは突き刺すのが精一杯だった光の膜を、プラネタリィインパクトは容易く突き破ります。その威力、速度を僅かも減衰させる事なくキョウソへその渾身の一撃を叩き込みます。

 激しくぶつかり合うハウラの槍とキョウソの不可視の壁。激しい魔力光を散らしながら鎬を削り合います。

「はああああああああああああああああああああああ!」

 ハウラの咆哮と共に、槍に纏わせている魔力が渦を巻き始め、ドリルの様に回転を始めます。文字通りそれは魔力のドリルとなって徐々にキョウソの不可視の壁を穿ち、侵食して行きます。

 ハウラの槍が、少しずつ、少しずつ、前に進み始めます。

(行ける! このまま押し切ってやる!)

 ハウラが更なる魔力を槍へと集中させ始めたその時でした。

 満を持してキョウソが新たな魔法を繰り出したのです。

「万物一切、触れる事能わず。森羅絶象ゴッドリジェクト!」

 キョウソの左手が無に包まれ、

 スッ──

 ゆっくりと前に差し出されます。

 それはハウラの槍の穂先に向かっていました。

 ここですよといわんばかりに、です。

 遂に不可視の壁を突破したハウラの槍は、狙い過たずキョウソの突き出された左手と激突します。

 いえ。正しくは激突はしませんでした。

 突如獲物を失ったハウラはバランスを崩して激しく転倒し、突撃の勢いのまま転がって行きました。そして倒れ込んだ先で己の両手を見つめて呆然としています。

 ハウラの槍は、その全魔力と共に、キョウソの左手に触れた瞬間全て光の粒となって消えてしまっていました。欠片一つ残っては居ませんでした。

「何が……起こった…………?」

 零れ落ちた言葉に応える声があります。

「存在の否定。世界からの拒絶。触れる物全て、この星ではその存在を維持する事が出来なくなる。即ち、無条件に消し去る。これぞ神の御力の成せる業、と言った所でしょうか」

 自身の魔法を解説しながらキョウソはハウラの許へ歩み寄ります。

 実際は言う程無条件ではありませんが、今のキョウソとハウラ程も魔力の差があるとそれは無条件にも等しい事に違いありません。

 無防備に近付いて来るキョウソに、ハウラはもう視線を向ける事もしません。完全に戦意を失っていました。

 キョウソは念の為と、ハウラを拘束魔法で拘束し、近くの木に縛り付けておきます。

 魔力を根こそぎ消し飛ばされた今のハウラなら、これで十分でしょう。

「さて、ユーシャさんたちの方はどうなっていますかねえ」

 キョウソの意識はもうユーシャを如何いかに活躍させるかに向いていました。

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