第11話 戦士③

 ときはまじょっこが帰った直後まで遡ります。

 オヨメが顔を出した事で、何故か慌てて帰っていった魔法少女に疑念を抱くトゥーベルでしたが、彼女の持っていた紙に書かれていた事は紛れもない事実でした。

 彼が裏で支援していた組織が何者かに徹底的に、かつ壊滅的に潰された事は部下から報告が上がって来ていました。それをやったのが先程殴り込んで来た魔法少女その人なのだろうという事は疑い様もありません。

 組織がなくなった事それ自体は確かに痛手ではありますが、代りなど幾らでも、どうとでもなります。それ自体は大きな問題ではありません。

 魔法少女に事が露見した事それ自体はそれなりに大きな問題ですが、彼女たちはヒトを殺す事は何があってもしません。この街で築いて来た地位と富を失う事にはなりますが、命さえあればどうとでもなります。他の国、街にもトゥーベルは莫大な資産を保有しているからです。大きな問題ではありますが、優先度は一番ではありません。

 トゥーベルが今最も問題としているのは、魔族に捧げる為の女達が居なくなってしまった事でした。

 その為に集めていた女達は、流石にこの屋敷に監禁しておく訳にはいかないので、そのまま組織に管理させていました。そしてその組織は魔法少女によって壊滅しました。魔法少女達は「人助けを主な活動にしている奇特な連中」だとトゥーベルは思っていますので、当然そこに囚われていた女達は救助されている事になります。実際、全員残らず救助されていますので、トゥーベルの予測は当たっています。

(どうするどうするどうする……っ! このままでは私の計画がパアだ。魔族達が持っているという不老長寿の秘法。それを知っているであろう大幹部が来ている絶好の機会だと言うのに……っ!)

 頭をガリガリと掻きながら苛立たし気に同じ所をウロウロと歩き回るトゥーベルを、オヨメは心配気な眼差しで見つめています。

(何故かは知らんが一旦は引いた様だが、私を見逃すなどと言う訳ではあるまい。アイツから協会の方へ連絡が行っている可能性も高い。ヤツが来れずとも他の魔法少女なりが来るまでそう時間的猶予はない……。新しく女を集めている余裕など……!)

「トゥーベル様。僭越ながら、良ければ私にご相談くださいませ。きっとお役に立って見せますので! 何でも仰ってください!」

 弱った夫を支える妻という構図を思い描き、オヨメは意気込んで声を掛けます。

「何でも……?」

 オヨメの言葉に胸を打たれたわけでもないのでしょうが、トゥーベルは立ち止まりオヨメを真正面から見つめます。

「はい……。何でも……!」

 強く見つめられ照れながらも、ハッキリと答えます。キタキタキター! とオヨメはトゥーベルの役に立って褒められ、ベッドインからの妊娠出産という展開を高速で演算し、一人テンションを上げています。

(そうだ。まだだ。私にはまだコイツがいた……! 一人だけとは言え、有象無象の女どもなどより余程価値のある女がな!)

 トゥーベルはオヨメの事を思い出し、その瞳に力が戻って来ます。

「実は……」

 トゥーベルは魔族との取引の為に集めていた女達に逃げられた事。その女達の代りを自身が最も大切に思っている女性──オヨメに代りを務めて欲しい事を打ち明けます。普通なら受ける筈のない内容ですが、オヨメなら受ける。トゥーベルには確信がありました。

「歓んでお引き受けいたします」

 その確信通り、オヨメは一瞬の躊躇いなく、トゥーベルの頼みを引き受けます。

 これで首の皮一枚繋がったと、トゥーベルは胸を撫で下ろします。

 オヨメはオヨメで、

(これで悪くても魔族の誰かが私を貰ってくれるハズ! 上手く行っても行かなくても、私には得しかないじゃない!)

 なんて事を考えていました。第一候補は勿論トゥーベルですが、保険があってもいい。オヨメは相手に拘りはありません。ただただ夫を全力でサポートするのみです。それがオヨメの花嫁道でした。

「では直ぐにでも出発しよう。準備して来なさい」

「はい。トゥーベル様」

 二人は意気揚々と、瞳を力強く輝かせながら屋敷を後にしました。

 魔族達が拠点としている、封印の森を目指して。


 腕自慢の部下を数人連れて歩く事四時間ほど。お昼過ぎには目的の森の近くへ着きました。

 馬車を使えれば良かったのですが、屋敷にある物では目立って簡単に後が追えてしまうので渋々徒歩で行く事になり、慣れないウォーキングでトゥーベルはもう草臥くたびれていました。

「ではセレーネ。ここからは拘束して行くからね」

「はい。トゥーベル様。どうぞ」

 オヨメはトゥーベルにされるがまま拘束されてます。

 歩き易い様に手は前で枷を付け、首輪を付けて手枷と鎖で繋ぎます。足にも片足ずつに重りを付ければ準備はオーケーです。このまま歩かせると流石に時間が掛かるので、部下達に押して来させていた檻付の台車に乗せて、囚われのオヨメが完成です。

 その状態で一行が森へ近付くと、森の中から険しい声で「止まれ!」と制止されます。

「この森は立ち入り禁止だ。直ぐに引き返すんだ。無理に入れば命の保証はないぞ」

 姿は見えず、声だけが届いて来ます。こちらが普通のヒトばかりと見て、魔族達は姿を見せない様にしている様です。

「プロペート様より依頼のあった物を届けに来た! ここを通して欲しい!」

 トゥーベルは姿の見えぬ声の主に向けて、ここに来た用件を伝えます。

「名は?」

「トゥーベルと申します!」

「暫し待て」

 そう言われ、言われた通り暫く待っていると森の中から精悍な豚面の魔族が一人現れます。

「付いて来い。案内する」

 先程までの声と同じ声でした。

 イケメン豚魔族の後に付いて一行は森の奥へと分け入って行きます。

 森の中は外からでは分かりませんでしたが、意外と整備されていて歩きやすくなっていました。ひとえに魔族達の頑張りの成果ですが、トゥーベル達はそんな事、知る由もありません。

 そのまま森の中を歩き、魔族達が住居を築いているエリアに差し掛かると、前を歩いていたイケメン豚野郎が立ち止まります。それに合わせて、いつの間にか一行を取り囲む様にして魔族達が武器を構えています。何故か凄く警戒されていました。

 絶体絶命の状況に部下達は顔を蒼褪めさせています。斯く言うトゥーベルも、何故魔族達に取り囲まれているのか皆目見当が付きません。

「な……何です!? これは! プロペート様の邪魔をなさると言うのですか!」

 トゥーベルは声を震わせながらも、気丈に声を張り上げます。

「はっ! 中々演技が上手ですな。このクソ野郎がっ!」

 怒りに顔を歪ませ、立派な豚面の魔族さんがトゥーベルを罵倒します。

「プロペート殿は先程女達を全て街に帰して戻って来られたところだ! 昨日でもう女集めは終わっているわ! 語るに落ちたなこの下劣な人間めがっ!」

 義憤に燃える豚面魔族はトゥーベルに剣を向けます。

「貴様の様な私利私欲の為に女を攫い、あまつさえそれを差し出して我らに取り入ろう等という愚劣極まりない男は、ここで成敗してくれるわ!」

 正義の豚面魔族がトゥーベルを成敗せんと剣を振り上げます。部下達は咄嗟に武器を取ってトゥーベルを庇おうとします。そしてオヨメもピクリと反応しています。

 もし魔族の剣が振り下ろされていれば、誰よりも早くオヨメの手によって豚面魔族は死体に変えられていた事でしょう。檻も拘束も、オヨメの行動を縛る事など出来はしません。しかしそうはなりませんでした。剣は振り下ろされなかったからです。

 豚面魔族が剣を振り下ろそうとした丁度その時、森の中央──封印の祠がある場所から二本の光の柱が立ち上り、直後紫の光がその存在をアピールするかの様に森全体を包み込んだのです。それは魔法の使えないオヨメやトゥーベル達でさえ、第六感に危険信号がビンビン来るほどでした。いわんや、魔族達なら思わず平伏してしまっても仕方がありません。

 紫の光が消えると、魔族達はトゥーベル達の事など忘れてしまったかの様に互いの顔を見合わせます。

「おい。今のは……」「ああ、間違いない……」「魔王様の魔力だっ!」

 その一言で、辺りの魔族達は一斉に湧き上がりました。

 歓喜を爆発させた魔族達は、手を取り合ってはしゃぎ、上を下への大騒ぎです。最早トゥーベル達の事を見ている者など居ませんでした。

 これ幸いとトゥーベル達はソロリソロリと奥に進もうとしましたが、立ちはだかる者が一人だけ居ました。豚面魔族です。

「見ての通り我々はいま、非常に気分が良い。本当ならとっくに斬捨てている所だが、今その女性を解放してここから去るのなら見逃してやろう」

 断ればどうなるか分かっているな? と剣を突き付け無言の圧力を掛けて来ます。

 断れば死。

 そうである以上、選択肢は一つしかありません。

 トゥーベルにとって自分の命より大事な物などありません。ありませんが、だからと言ってはい分かりましたと、すごすごと帰るわけにも行きません。投資した費用に対しての利益を得なければとても納得など出来る筈もありません。少なくともプロペートに会って事情を説明して貰うまでは帰れるものか! と怒り心頭ではありますが、如何せん目の前の魔族をどうにか出来るとも思えません。

 まんじりともせず睨み合っていると、豚面魔族の方がしびれを切らします。

「どうやら返答は決まった様だな……」

「ま……待て! そ、そうだ! 取引しようじゃないか!」

「問答無用!」

 今度こそ本当に斬り掛った剣を、横から伸びて来た一本の杖が受け止めます。

「邪魔立てむよ……! プロペート殿!」

「いやいや。申し訳ありません。私の知り合いがご迷惑をお掛けした様で。後は私の方でやっておきますので、お任せいただけませんか?」

「プロペート殿がそう仰るなら」

 豚面魔族はスッと剣を引くと、道を譲ります。

 何か言いたそうなトゥーベルを視線だけで黙らせると、キョウソは「こちらです。付いて来て下さい」とトゥーベル達を森の更に奥へと案内して行きます。

 魔族達の姿が見えなくなると、トゥーベルは早速キョウソに疑義を問質します。

「プロペート様! 話が違うではないですか!」

「はは。すいません。こちらにも急ぐ事情がありまして。代りと言っては何ですが、今ここに拠点を構えている魔族の中で一番偉い方を紹介してあげますよ」

 その言葉でトゥーベルは態度をころっと変えます。

「おお! 真ですかっ! プロペート様! ありがとうございます!」

「いえいえ。御礼を言われる様な事ではありませんよ。あなたが貰うべき当然の報酬です」

 温和な声でキョウソはトゥーベルに語り掛けます。

 何故か一切振り返りはしませんでした。

 そこには「じとーっ」と視線を浴びせ続けているオヨメが居たからです。

 そんな二人の様子に、浮かれるトゥーベルは気付く事はありませんでした。

 オヨメも嬉しそうなトゥーベルを見て、水を差すのは悪いと思ったのか黙ったままでした。キョウソの背中を射貫く程注視するのは止めませんでしたが。

「さっ、この先です」

 木々が切り倒され拓かれた空間に、小さな祠と二人の魔族が居ました。そしてあられもない姿で宙に拘束されている少女が一人。その美しく可憐な容貌と肢体に思わず目が奪われます。どこかで見た顔だなと改めて良く見ると、今朝屋敷に来た魔法少女でした。まさか今朝の今でこんな所で魔族の虜囚になっていようとは、トゥーベルには思いもよりませんでした。

 オヨメは囚われのまじょっこを見て、何故か羨ましそうにしていました。何がオヨメの琴線に引っ掛かったのでしょうか。

「急用は、もう良いのですか?」

「ええ。彼を迎えに行っていただけですので」

「そうですか。私は八魔将が一角。セニュエロと申します。あなたは?」

 セニュエロは無警戒にも見える程無造作に、トゥーベルの前まで歩み寄って声を掛けます。

「私はここより東のクオホナチの街で商いをしているトゥーベルと申す者。まさか八魔将ほどのたっと御方おんかたに御目通り適うとは光栄の至りで御座います。本日プロペート様にお手数をお掛けして引き合わせて頂いたのは他でもありません。魔族のお方々の不老長寿の秘法、それを是非御教授頂きたく、恥ずかしくもこうして御前に参上した次第でございます。無論、手土産もご用意させて頂いております。是非ともお納め下さい」

 トゥーベルはうやうやしくセニュエロにこうべを垂れると、後ろの部下達に合図をします。

 部下達は台車を押して檻に入れられたオヨメを、セニュエロから良く見える位置へと配置します。一見すると、うら若きか弱い女性が手足を拘束され檻に収監されている様にしか見えません。いえ、事実その通りなのでした。中身がオヨメでさえなければですが。

「ほう。これはこれは。お美しい方ですね」

「──! そうでしょうそうでしょう! しかし凄いのは見目の良さだけではありません!」

 セニュエロの言葉に気を良くしたトゥーベルは、ベラベラと調子よく聞いても居ない事を話し出します。

「何と彼女は──」

「黙れ下種が」

 バシィ!

 一切の躊躇いなく突き出されたセニュエロの手刀は、一瞬にして全ての拘束を破壊して自由の身となったオヨメによって受け止められていました。そうでなければ確実にトゥーベルの命は消えていた事でしょう。

 トゥーベルもその部下達も、全く反応出来ていませんでした。何が起こったのか分かったのは、オヨメが凶手を受け止めた後の事でした。

 流石のセニュエロも予想外の展開に驚きを隠せません。

 そんなセニュエロの驚きなど、オヨメの眼中にはありませんでした。

 ただ、オヨメにあるのは、激しい怒りだけでした。


「いま、トゥーベル様を殺そうとしましたね? 許しませんよ」


 ニコリ。とわらうオヨメの顔には狂気が見え隠れしていました。

 ぞくり──。

 セニュエロの背中に冷たい汗が流れます。

 先程までは囚われの哀れな女性にしか見えなかったはずが、今目の前に居るこの女性から感じる威圧感は、まさに捕食者のそれの様でした。

 スッとオヨメが手を動かしたのに、セニュエロは敏感に反応し距離を取ります。

 それを追撃するでなく、至極ゆったりとした動作でオヨメは二つの道具を取り出します。

 はたきと──

 ちりとりです。

 そう。そこらの雑貨屋などでも売っていそうな、何の変哲もないはたきとちりとりです。

「トゥーベル様。私の傍から離れない様にして下さいませ。あの方、中々出来る方の様です」

「ああ……。それは分かったが、それは……?」

「マイはたきと、マイちりとり、です」

「何か特別な物なのか?」

 一縷いちるの期待を籠めてトゥーベルは訊ねます。

「前に居た町の道具屋さんで買ったお気に入りです。手にしっくりくる感じが気に入っています」

 つまりはやっぱり、只のはたきとちりとりでした。

「では……。トゥーベル様を害そうとする糞虫さんのお掃除を始めるとしましょうか」

 静かにはたきとちりとりを構えるオヨメを見る迄もなく、キョウソはとっとと両者から距離を取っています。トゥーベルの屋敷でオヨメを見た時から、こうなる事は予想の範囲内──いえ、経験上必然の流れでした。

 事情が飲み込めないながらも、セニュエロは先程捕らえた魔法少女以上の脅威が目の前に現れた事を理解していました。

 両者の間に一触即発の空気が流れます。

 セニュエロはオヨメの動きをつぶさに観察しています。全く意味不明な、あれでどう戦う気なのかさっぱり分からないからこそ、その一挙手一投足を見逃さず、あらゆる攻撃に対処すべく身構えています。

 そんな仕掛けて来る様子のないセニュエロを見て、あざける様に「フフン」と嗤うと、オヨメは無造作にセニュエロに向かって歩き出します。離れるなと言われたので、トゥーベルも仕方なくオヨメの後を付いて行きます。心底付いて行きたくなどありませんでしたが、自信有り気なオヨメから離れるのはもっと嫌なのでした。

 オヨメとセニュエロの縮まり、戦闘が始まろうとしたその時でした。

 森の外の方からの轟音と衝撃波が同時に、オヨメ達の居る森の中心部までをも奔り抜けて行きました。続けて地揺れが起こり、トゥーベルとその部下達はパニック寸前です。

「一体何が起きている……?」

「この感じは……ユーシャ……?」

 派手な音を撒き散らす何者かが、一直線にコチラへ向かって突き進んで来るのが音の加減で伝わってきます。

 気勢を殺がれたオヨメとセニュエロは、爆音の震源が近付いて来るのを黙って待ちます。

 震源の移動する速度は速く、大して待つ事もなくその姿を現しました。

「とうちゃーっく!」

 ユーシャが一番遅れて、騒動の中心地へとやって来たのでした。

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