第10話 勇者③

 ユーシャはノルドの屋敷に戻って結果を報告しつつ、これまた豪勢なお昼を頂いていました。

 引き受けた組織の壊滅は、朝飯前ならぬ昼飯前に済ませていました。

 コインで決めた通り、一番上の組織の首領を真っ先に斬り、向かって来る奴らも斬捨て、逃げる奴は大方下部組織に逃げ込むので、追ってこれをまた組織の首領から斬り、以下同じ事を幾度か繰り返す事、二つ分。

 容赦も躊躇いもなく振るわれるユーシャの剣は、まじょっこと違い確実に一撃で相手の命を奪って行きました。こうしてクオホナチの闇に蔓延はびこっていた三巨頭は、たった二人の人物によって僅か二日で壊滅させられたのでした。

 残った木っ端組織は、街の警察機構の手柄に出来る様敢えて残しておく気の配り様です。余所者が活躍を全て奪ってしまうと、感謝の裏で要らぬひがそねみを受ける事があるからです。売る恩は出来る限り極大化しておきたいという下心が透けて見えています。

 ユーシャの鮮やかな手並みにノルドも満足気です。

「いやはや、流石はアストラ殿。こんなに早く片が付くとは思ってもいませんでしたぞ」

「いえいえ。ただの犯罪者集団ですからね。武装しているといった所で、私達の様な人間からすると素人同然ですからね。何人居た所で苦戦のしようがありません。ともあれ、一つお役に立てて良かったです」

「ええ。大変感謝しておりますぞ。引き続き魔族の方も宜しくお願い致す」

「もちろん。任せ──ん?」

「どうしましたかな?」

「強い魔力を感じます!」

 そう言うとユーシャは飛び出す様に駆け、外へ出ると魔力を感じた方角へ視線を遣ります。

 街から向かって西の方角。広い森の中央付近から強力な魔力の光が立ち上っていました。白とピンク。キョウソとまじょっこの魔力光でした。

「あれは……」

 見覚えのある二つの魔力に、ユーシャの直感が反応します。あそこで何か厄介事(都合の良い事)が起きているに違いないと。

 何に都合が良いのかと言えばそれは、ユーシャの点数稼ぎに、です。

「どうしました……おお! あれは一体……」

 急に飛び出したユーシャを追ってノルドも外へと出て来ると、二つの光柱が目に入ります。

 程なくして二色の光が消えると、今度は禍々しい紫の魔力光が森を包み込みます。

「おお……おお……。何と言う禍々しい光だ。見ているだけで気が狂いそうだ……」

「あまり直視なさらない様に。心をやられてしまいますよ。──あれは魔王の魔力ですから」

「──っ!? 魔王ですとっ!?」

「魔王の封印が解かれた……のかも知れません。早急に対処する必要がありますね」

「直ぐに兵を出す準備を──」

 魔王討伐の兵を挙げようとするノルドを、ユーシャはやんわりと止めます。

「いえ。その必要はありません。真に魔王が復活したのであれば、無駄に兵を死なせることになります。しかしノルド殿。あなたは実に運が良い」

 ユーシャの言葉にノルドはハッと気付きます。

「今この街には私が居ますから。そう。かつて魔王その人を倒した勇者の末裔がね!」

 ココが見せ所と、スラリと聖剣を抜いて森へ向けてポーズを取ります。実に様になっていました。思わずノルドも伝説の一幕を見ている気分になっていました。

 とそこへ一人の青年が一枚の紙を持って、息せき切って走って来ます。

「君は……?」

「図書館からの、使いの者です。はぁ……はぁ……。とりあえず、夜通し資料を探して分かった事を、ふぅ……伝えて来いと……」

 図書館の使いと名乗る男から一枚の報告書を受け取るノルド。

「確かに受け取った。少し屋敷で休んで行きなさい」

「ふぅ……ふぅ……。すみません、そうさせて頂きます」

 ノルドはメイドを呼び、男を屋敷の客間へと案内させます。

「して、何と?」

「森に関する資料は全くなかった様です。不自然な程に。ですが……地図に気になる点があったとの事。魔族との大戦以前には記されていなかった森が、大戦後の物には記されていた、と」

その森とは今まさに二人の視線の先にある、問題の森でした。

「封印を隠すために森で覆い、誰にも知られない様に記録を消し、人々に口止めもして……そして今ではその目論み通り誰も封印の事を知らない様になっている、と」

 男が持って来た情報は些細な物でしたが、ユーシャに確信を抱かせるには十分でした。

 ユーシャは不敵に笑います。

 それをノルドは自信の現れだと取りました。

 勿論それも間違いではありません。ユーシャは魔王を討伐したご先祖様から、代々その剣の腕と技を進化させ続けて来た一族の末です。先代を越えて初めて剣を譲られるのが仕来りです。つまり、聖剣を持つ当代の勇者とは常に史上最強の勇者なのです。魔王の一部など何するものぞという自負は当然あります。しかしそれ以上に、魔王討伐というどう考えても支持率うなぎ上りのボーナスステージに思わず笑みが零れそうになったのを、咄嗟に我慢しようとしてし切れなかった結果が不敵な笑みとなって現れただけなのでした。

「直ぐに向かうとしましょう」

「直ぐに装備やアイテムの準備をさせましょう!」

「時は一刻を争うかもしれません。待っている時間が惜しい」

 そう言うユーシャにノルドは心配気な視線を向けますが、ユーシャはノルドを安心させる様に自信たっぷりに笑い、抜き身のままだった聖剣を鞘へ納めます。

「私にはコレ一つで準備は万全。ノルド殿には街の人々のケアをお願いします。あと、森に決して近付かせない様にも。遠くから未来の勇者の活躍を眺めていてください」

 恰好良く決めると、ユーシャは森に向かって一直線に空を走って行きました。

 その背中を頼もしく、ノルドは見送ります。

「頼みましたぞ。勇者殿」

 そう呟くと、領主としての自身の役目を果たすため、ノルドも忙しく動き出すのでした。


 クオホナチの街から西へ直線距離にして凡そ二十キロ程の距離を、僅かに三十分程で駆け抜けたユーシャは、森から少し離れたから様子を窺っていました。

「おーおー、うじゃうじゃと居るなぁ」

 森は今回の遠征の本拠地となっているため、相当数の魔族がひしめいていました。

 しかし、セニュエロが本来率いる軍勢としてはかなりの少数です。その上作戦の性質上魔力を完全に押さえ込める者と、大多数の押さえ込むまでもない程魔力が低い者しか連れて来ていない為、部隊の質も精鋭と言うには程遠い物でした。

 そのため、森の外縁部を見回っている魔族の中には、明らかに手を抜いている者やさぼっている者が散見されます。

 与し易そうなのは良い事だが……と、ユーシャは思案します。

 敵に見付からない様に警戒網を掻い潜り、颯爽と敵の本陣を衝くのがカッコ良いか。はたまた、並居る敵を打倒しながらド派手に大将の首を取りに行く方が良いか。

 勇者らしい登場とは……と。

 悩んだ末、ノルドの屋敷からも見える程にド派手に戦闘した方が良いだろうという結論に至りました。その方が結果が同じでも、凄く活躍した様に見えるに違いないと、そう考えての事です。つまり──


 魔族共は全員ブッ飛ばす!

 

 そうと決まれば直ぐ様実行に移ります。細かい作戦など有りませんし要りません。取り敢えず派手な技で派手に暴れる。魔族達がそれで死ぬかどうかも関係ありません。大事なのは、ノルドやクオホナチの街の人達に自分の活躍振りが伝わるかどうか、唯その一点だけです。

 ユーシャは堂々とその身を、森で警戒を続ける魔族の目に晒します。

 抜き身の剣をたずさえ森へと一直線に向かって来る男に、いくらヤル気のない魔族達でも気付かないで居ろという方が無理でした。

「な……何だっ! 貴様は!」

 魔族の誰何すいかにユーシャは大音声だいおんじょうで応えます。

「我が名はアストラ・バリエンテ! 魔王を討ちし勇者の末裔! 魔王の復活を目論む魔族共よ! 大人しく道を開けるならばよし! 邪魔立てするなら──」

 立ち止まり、天高々に剣を構えるユーシャに対し、突然勇者の末裔とか名乗る不審者の登場に動揺を隠しきれない魔族達は、これから一体何が起こるんだと、ゴクリと生唾を呑みました。

「斬捨てる! さあ! 死にたい奴から掛かって来い!」

 そう叫ぶと、ユーシャの持つ聖剣ラストホープが呼応する様に、ガカッ! とまるで雷の様な激しい光を放ちます。特に威力とかはありませんが、とにかく派手でした。

 眩いばかりの白光を放つ聖剣を構え、魔族の部隊に向かって駆けだします。

「うわっ! こっち来た!」

「慌てるな! 魔法部隊詠唱始めっ! 弓部隊構えっ! あいつを近付かせるな! 伝令!」

「はっ!」

「セニュエロ様に報告だ! 『勇者現る』と伝えろ!」

「ははっ!」

「魔法部隊いつでも放てます!」「弓部隊も狙えています!」

「よろし! …………魔法部隊放て! 魔法で足が止まった所で矢を射かけてやれ!」

 魔族の指揮官の合図で正面と左右、三方向から一斉に頭大の火球が雨霰あめあられとユーシャに向かって飛んで来ます。

風龍剣ふうりゅうけん!」

 ユーシャが聖剣を切り上げると、空気が渦を巻き激しい上昇気流を生み出します。ユーシャによって生み出された竜巻は全ての火球を呑込み、火炎旋風と進化します。

 その火炎旋風は、続いて放たれた矢も全て食らい尽くし、燃やし尽くします。

「いけ!」

 ユーシャがそう命じると、火炎旋風は意思を持っているかの様にユーシャの命に従い前方──森へ向かって移動を始めます。

「どどどどど……どうしやすっ!?」

「どうもこうも、何とかするしかない! 魔法部隊! 風の魔法で打ち消せるか!?」

「やってみます!」

 そう言うが早いか、一斉に風魔法を唱え火炎旋風へとぶつけます。

 ユーシャの生み出した竜巻の威力は凄まじい物でしたが、三方向から繰り出される風魔法にその勢力を徐々に削がれ、森に到達する前に搔き消されてしまいます。

「よし! よくやった! ──はっ!? 奴は今何処にいるっ!?」

「ここだよ!」

 魔族の指揮官の直ぐ傍で、火炎旋風の中を無傷で突っ切って来たユーシャが剣を振り上げていました。

ばく ごう  だん!」

 一気に振り下ろされた聖剣は、あやまたず指揮官を袈裟に斬り下ろします。そしてそれだけでは終わりません。斬られた指揮官の体が赤熱し始め、その体を灼き尽くしても燃え続け極小の恒星と化し、遂には大爆発を起こしました。

 爆発は森の一部をクレーターに変え、その周辺の木々も衝撃波で放射状に薙倒します。巻き上げられた土砂は果たしてどこまで飛ぶでしょうか。

 地形を変える程の一撃で周囲の敵を纏めて一掃したユーシャは、未だブスブスと熱が燻るガラス状に変質したクレーターの底で、ケロリとした表情で立っています。平然とした顔をしていますが、服のいたる所がややすすけてしまっています。ですが、逆に言うと爆心地に居ながらその程度とも言えます。

 大地が揺れる程の大爆発で周囲の魔族を吹き飛ばしたユーシャは、派手に決まった技の成果を見て「よし!」と呟くと、軽快な足取りで更に森の奥──森の中心へと向かって行きます。

 ユーシャの征く手には、爆音と衝撃波に誘き寄せられた魔族達がワラワラと立ち塞がりますが、そのことごとくを一撃の下に薙倒して行きます。その圧倒的なまでの実力差に、直にユーシャの行く手を阻む者は居なくなりました。

 皆、恐れをなして道を開ける様になったのです。ウン百と居る魔族の軍がサーっと海が割れる様に道を作って行く様は、まさに伝説の一幕の様で、ユーシャに相応しい光景でもありました。ただそれを目にしているのは、ユーシャという名の暴威の被害者たる魔族達だけでしたが。

 悠々と、そして堂々たる足取りで魔族の道を歩き、森の中心へと至ったユーシャがそこで目にしたのは、何人かの見知った顔と、何人かの見知らぬ顔でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る