第15話 勇者、戦士、僧侶、魔法少女①
セニュエロの制御を離れた魔力は荒れ狂い、空は闇に覆われ光は消え失せ、大地は鳴動し幾多にも亀裂が走ります。風は吹き荒れ、雷鳴轟く中、セニュエロの進化は続きます。
「があああああああああああああああああああああ!」
強大過ぎる魔力はセニュエロの肉体を破壊し、魂をも侵食して行きます。
それに屈すれば、その先に待つのは過剰魔力による自壊です。
しかしそこは伊達に魔王軍最強の八魔将を務めてはいません。徐々にですがセニュエロはこの全てを破壊し尽くさんとする魔力の制御を物にして行きます。
三対六枚だった翼は、四対、五対、そして遂には六対十二枚にまで達し、それでも溢れ出る莫大な魔力をそのままに剣として成形してしまいました。
まさしく、文字通りの魔剣の誕生です。
セニュエロの肉体自体にも変化が見られました。
それまではどちらかと言えば魔法使い寄りのほっそりとした体系だったものが、戦士もかくやと言う筋骨隆々な、強靭な肉体へと変化していました。これも魔王の右腕と同化した影響でしょう。
「おーおー、これはまた随分と……」
「流石は八魔将。お手伝いしましょうか?」
「もー! ユーシャは! まーた敵を強くしちゃうんだから!」
キョウソとまじょっこがユーシャの許へ集まって来ます。オヨメはトゥーベルの傍に
「だって、敵は強くなきゃ。だろ?」
当然とばかりにユーシャは述べます。隣でキョウソもその通りとばかりに頷きます。
「そーじゃなくて。……ぐっじょぶ♡ ってことだヨ!」
「だよな!」
今まさに目の前でドンドコ強くなっていっているセニュエロを見上げながら、ワクワクが止まらないぜって感じの三人です。
「やっぱ、強敵との激しいバトル。傷つきながらも果敢に立ち向かう俺! そして勝利からの英雄へ! 人気も支持率も爆上げ待ったなし! フゥッ!」
「実に勇者っぽくて良いですね。その方が民衆への受けもいいですからねぇ。そしてその勇者を力強く支える私! 布教が捗りますよおおおおお!」
こんな時でも二人は全くブレません。
「やっぱり時々はね、本気で全力ぶちかましたいよネ☆」
まじょっこも、まだまだ喰い足りない様子です。
「全く……困った連中カル」
カルちゃんはヤレヤレと溜息を吐きます。
そうこうしている間にもセニュエロの進化は更に進み、気付けば背中に有った翼が消え失せ黑い光の環へとその在り様を大きく変えていました。
気付けば大地は静まり、荒れ狂っていた風も雷も収まっていました。空は相変わらず黑いままですが、セニュエロが魔力の制御に成功したという事でしょう。
そのセニュエロは新しい体の具合を確かめる様にその場で軽く動かしてみています。
「あまり私の趣味ではありませんが、これは確かに凄まじいまでのチカラですね……」
「おーい! もう準備できたかー?」
聖剣を地面に突き立て、柄尻に顎を乗せた緊張感の欠片もないユーシャが声を掛けます。
「もう少しお時間頂いても宜しいかな?」
「おう。その代わり、そっちが終わったらこっちのも待って貰うぞ!」
「契約ですね?」「おう! 契約だ!」
ユーシャとセニュエロはお互いに頷いたのを契約成立と見なします。
「では直ぐに始めるとしましょう。これ以上余りお待たせするのも悪いですしね」
手始めに、セニュエロはこの地に連れて来た全魔族の位置を捕捉し、同時に転移魔法で全員を自国へと強制送還します。これ以上留まらせておいても被害が増えるだけと判断しての事でした。
進化前であれば設置型の転移門を開いて送り返す方法しか取れませんでしたが、今の莫大な魔力を以てすればこんな芸当も朝飯前でした。
それが済むと次の行動に移ります。
「権能解放!」
それはセニュエロの魔法ではなく、魔王に備わっていた特殊な力でした。
魔王の権能は周囲に居る
しかも人数分配ではなく、全ての兵に等しく魔王の力を与えるのです。即ち、全ての兵が魔王以上の力を持つ事が出来る訳です。これこそ、魔王の魔王たる
ただ、今回分け与えられる力はあくまでも魔王の右腕一個分。魔王の全魔力の凡そ十八分の一に過ぎません。しかし魔力とは別に、右腕ならではの効果もありました。攻撃力の倍化です。
そしてその効果が敢えてこの場に残されたセニュエロ麾下の兵、即ち隷属させている魔法少女の二人と、腹心のハウラ、この三人に与えられました。
三人は先程の戦いで受けた傷を
「申し訳ございませんご主人様」「力不足でした」
「申し訳ございません。処分は如何様にも」
三者三様、己の力不足でセニュエロの期待に添えられなかった事を詫びます。
それに対しセニュエロは鷹揚に首を横に振ります。
「私の見込みが甘かったのです。あなた達が悪い訳ではありません。それ程までに……彼らは強い」
セニュエロは三人に向かって手をかざします。
「私の力も授けましょう。全力を出し切って下さい」
かざした手から漆黒の魔力が三人に流れ込み、更なる力を得た三人の姿に変化が現れます。
魔法少女の二人はダークモードから更なる変身を遂げました。
「
「
ウォーダークネスは足と背中に加速用のブースターを装備し、腕にはバズーカの砲塔にも似た腕輪が肘から拳までをすっぽりと包み込んでいます。その砲塔で最大に増幅された一撃は国一つを灰燼と化し、永劫生命の存在しない地にしてしまう事でしょう。
イージストワイライトは淵が刃になった巨大な盾を両腕に一つずつ装備しています。盾は一つでイージストワイライトの体をすっぽりと隠せる程の大きさです。ここまで大きいと動くのに邪魔かと思えばさにあらず。魔法の盾は互いに干渉する事も、重さを使用者に感じさせる事もありません。むしろ二つを重ねて構えれば、
二人は
一方のハウラは、変身能力などはないので二人ほどの見た目の変化はありません。
自慢の一本角がより太くなった事と、鎧が厳つくなり、槍がより強力な物になって復活した事くらいでしょうか。
但し、派手な変化がない分、基礎能力が大幅に向上しています。先程までのハウラと同じと思っていたら、刹那の間にその命は消えている事でしょう。
三人の変化──いいえ、進化を見届け、セニュエロは満足そうに頷きます。
「今のあなた達なら彼らを圧倒出来るでしょう」
「「「ははっ!」」」
「お待たせしてしまいましたね! こちらの準備は出来ましたよ!」
契約通り、今度はユーシャ達の番だと声を掛けます。
不意打ち、騙し打ちなどをする気配はありません。
「おーう! じゃあこっちもさっさと済ませようか!」
セニュエロに応えると、ユーシャが剣を顔の正面で構え──ようとした所をキョウソとまじょっこが割り込みます。
「ここはまずは私からでしょう」
「そうそう。こういう時はユーシャが最後って決まってるでしょ☆」
二人にぐいっと押し退けられたユーシャは「何だよぅ」とかブツブツ零しながらも、一応は大人しく身を引きます。
ユーシャをぞんざいにどかしたキョウソは地面に膝を付き、胸の前で手を組み祈りの姿勢を取ります。
「神の
キョウソの全身を金色の光が包み込み、徐々にキョウソへと吸収されて行きます。光が全てキョウソの中へと消えると、キョウソ自体が金色に輝き出し実に目に悪い感じです。近距離からでは直視出来ない程に眩い光は、神々しさを通り越してウザさを感じる程でした。
「そんじゃー次はあたしだー! カルちゃん!」
「ほい来たカル!」
呼ばれて飛び出るカルちゃんです。
「いつまでそんな首輪付けてるカル。さっさと外すカル」
カルちゃんはそう言うと無造作に前足でまじょっこの首輪を外してしまいました。セニュエロにしか外せないはずなのですが、どういう事でしょう。
「あー! それ便利だから取っといてねカルちゃん! 捨てちゃダメだからね!」
「はいはい。分かったカル。ちゃんと取っておくからさっさとフォームチェンジするカル」
「はーい。じゃあカルちゃん行くよ☆
「カルッ!!」
まじょっこの合図でカルちゃんに掛けられていた鍵が開けられます。そして封を解かれたカルちゃんから凄まじい量の魔力がまじょっこの持つステッキへと流れ込んで行きます。
「よーしキタキタキター。ジャスティスフォーム! ウェーイクアーップ!」
そう唱えてステッキを振りかざすと、まじょっこの衣装が無数のピンクの小さな星に変化して周囲をクルクルと周り始めます。小さな星々は周りながらぶつかり合い幾つかの大きな星へと成長していきます。そしてその大きく育った星がまじょっこの体へくっ付くと、新たな衣装へと変化して行きます。
完成した新たな衣装は、ピンキーマリーのフリフリを所々に残しつつも、体のラインにピタリと密着したスポーティーなタイプへと様変わりしていました。可愛らしさを残しつつもカッコ良さが前面に出ている、そしてとても動きやすそうな衣装です。
「愛と正義の魔法少女! ジャッジメントマリー! 正義の魔法で悪を裁く!」
ビシィッ!
とピンキマリーの時とは違い、カッコ良さを意識したポーズを決めます。口調も若干変わっています。変わらないのはピンクな所くらいでしょう。
先程と同じ様に聖剣を顔の正面で構えます。
「
ユーシャの声に反応し、剣に嵌め込まれている宝玉が輝き始めます。
聖剣は万物に存在する星霊の力を吸収し始め、その力は宝玉で増幅され剣身へと流れ込んで行きます。そうして星霊の力を蓄えた剣身が内側から強く輝き出したかと思うと、次の瞬間──粉々に砕け散り、光の粒となって消えてしまいました。
そして今、ユーシャの手には邪魔な鞘を脱ぎ捨て真の姿を
砕け散った剣身の代りに、そこには純粋な星霊の力で形作られた光の刃が、確かに存在していました。
「星剣ロストホープの力、とくと味わわせてやろう!」
お互いにパワーアップを済ませ、それぞれ自分の相手と対峙します。リベンジマッチです。
「今度こそ貴様の息の根を止めてくれる」
「再び神の前に跪かせてあげましょう」
鬼気迫る表情のハウラと、仏の様な笑みを浮かべるキョウソ。
「おお、おい。何だアレ!? 聞いてねぇぞ。あのババア、戦闘形態なんてあったのかよ!」
「ノーマルフォームの十分の一にさえ歯が立ちませんでしたからね。うう……ご主人様が勝利なさるまで持ち堪えるしかありません」
「こっちに来てからこれを使うのは初めてだからね。手加減はしないよ。精々死なない様に気を付けるんだね。直ぐに終わっちゃつまらないしね」
既に実力の差を感じ取り及び腰のウォーダークネスとイージストワイライトの二人と、いつ振りかも分からない程久しく使っていなかったジャスティスフォームで、興奮が抑えきれない様子のまじょっこ。
「凄まじいまでの力を感じます。そう。まるで星霊その物を目の前にしているかの様です」
「そう言うお前こそ。これだけの力を前に臆さないだけのその力。星霊にだって負けてはいないぜ?」
一切の焦りもなく泰然と魔剣を構えるセニュエロと、自身に満ち溢れた笑みを浮かべ星剣を構えるユーシャ。
「だが、星剣ロストホープを出した以上、お前の希望は既に潰えたぜ!」
戦闘の口火を切ったのは、ユーシャでした。
口上と同時に素早くセニュエロの懐に飛び込むと、逆袈裟に切り上げます。
セニュエロは魔剣でそれを受け止めると、正面のユーシャに強烈な蹴りを繰り出します。
ユーシャはぶつかり合う剣を支点にして横に跳び、セニュエロの蹴りを回避します。
そのままクルリと互いに回転し立ち位置が正反対に入れ替わると、ユーシャが更に仕掛けました。
「受け切れるか? 雨斬り」
降り注ぐ雨粒の一つ一つさえ斬り裂いて見せる程の高速の連続斬りを放ちます。
「ぬうっ! ぐ……おおおおおおおおお!」
初めは魔剣で受け、捌いて見せていたセニュエロでしたが、どんどんと激しさを増す剣の嵐に耐え切れなくなります。すかさず魔法の盾を生成しますが、その盾も星剣の威力の前では受け止められるのは精々一、二撃がいい所でした。それでも魔剣で対処できない分を補うには十分と、次々と生み出し斬り裂かれながらも嵐を耐え忍びます。剣の腕ではユーシャの方に分がありました。
このままでは押し切られると判断したセニュエロは、器用な事に剣を操り防御盾を作りながら、更に足から地面に魔力を通してユーシャの足元を爆発させます。
素早く飛び退いたユーシャは少し驚いた表情を見せます。
「やるな」
「あなたこそ」
フッと互いに笑い合うと同時に全力で相手に突撃──からの全力の一撃をぶつけ合います。
星剣と魔剣。
渾身の一撃のぶつかり合いは、衝撃波となって周囲一帯を薙ぎ払って行きました。
こんな所に一般人が居たりしたら、只では済まない事でしょう。
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