第8話 魔法少女②

「観念して大人しく国に帰るなら見逃してあげてもいゾ?」

「それはそれは寛大な御処置。痛み入ります。ですが、此方こちらもはいそうですかと言う訳には行きませんのでね」

 悠然と祠から出て来た魔族セニュエロに、祠の外に居た魔族ハウラが場を譲ります。外に居た魔族ハウラは黙って武器を構え、まじょっこを警戒しています。

「あなたが大将ね?」

「ええ。八魔将が一人。セニュエロと申します。以後お見知りおきを」

「──っ! 八魔将……っ!? (って何?)」

 何やら凄そうな肩書に驚いてみせるまじょっこでしたが、何かは分かっていませんでした。

(魔王軍を率いる八人の将軍カル。魔王軍の中でも最強クラスの連中カル)

 すかさず情報提供するカルちゃんに「ふーん……」と分かっているのか分かっていないのか、余り関心が無さそうな反応です。

「つまりは、って事ね?」「そうカル」

 カルちゃんの返事を聞いて、行動方針を修正します。

「ヤレヤレ。どうやって気配を感じさせずにここまで来たのかは分かりませんが、昨日の今日で見付かるとは……。いやはや流石まじょっこさんですね」

 キョウソが封印球を手に持って祠から出て来ます。ヒトは触っても大丈夫な様ですね。

「後学の為に、是非お聞かせ願えませんか?」

 そう言いながらキョウソはスタスタと、まじょっこへと近付いて行きます。まじょっこもキョウソへと歩み寄り対峙します。

「それはね──キョウソのお陰だヨ!」


「うう……もう許して……っ。ヒィッ……!」

 女の子をさらう悪の組織を順繰りに叩き潰し、その頂点に座していた男は今、まじょっこの可愛らしいヒールでグリグリと踏みにじられていました。見るも無残な姿のその男を、いつもの笑顔のままでグリグリと。

 男からは組織の裏に居る人物についても吐かせていました。直ぐに行っても良かったのですが、時刻はもう日を跨いだ深夜も深夜です。魔法少女たるもの睡眠なんて取らなくてもどうと言う事はありませんが、そこは気分の問題です。そこまで急ぐ用事でもないと決め込んで、ボスの部屋でスヤァと一晩明かしました。

 その間、男は拘束もされず放置されていましたが、逃げる様子もまじょっこに襲い掛かる様子もなく、只々部屋の隅で怯えて震えていました。一体何があったのでしょう。「いやだイヤダ嫌だ。もうやだモウヤダ。早く牢屋に入って平和に暮らすんだ……お外恐い。ピンク恐い」などと譫言うわごとを呟いています。

 日が昇る前にはスッキリ目覚めたまじょっこは、ボス以下全員を街の警察に突き出し、少々面倒な事務処理を終えるとボスから聞き出した人物を訪ねます。

 景気よく名乗りを上げながら玄関の扉を豪快に開くと、丁度そこに目的の人物が居ました。

 後はこいつをフン捕まえれば、女性誘拐事件は解決! 流石あたし! と思っていた所に、予想外の人物が現れました。オヨメです。

「あら。まじょっこちゃんじゃないですか! トゥーベル様に何か御用ですか?」

「げげっ。オヨメ!」

 まじょっこは一旦オヨメから距離を取り、カルちゃんと作戦会議に移ります。

(拙いわね。オヨメが居るわ。これじゃあ下手に手出しできないわね)

(オヨメの男に関わると碌な事がないカル)

(しょうがない。ここは一旦戦略的撤退としましょ)

(それが良いカル)

 両者の間で直ぐに意見の一致を見ます。

「じゃ、そういう事で!」

 そうと決まれば長居は無用と、とっとと退散しました。

 その後も暫くは遠くから魔法で監視していたのですが、オヨメが男から離れる様子はありませんでした。

 まあその内男の方から離れて行くでしょ。そう、いつもの様に。と高を括って、其方は暫く泳がせておくことにしました。決してオヨメを怒らせると面倒臭いからではありません。

 さて、予定していたお仕事がポシャったせいで時間が出来たまじょっこは、魔法少女形態を解除して普通の女の子形態へと移行。大通り沿いのカフェで朝食を取りながら、特にやる事もないし観光でもしていこうかしらん。とかボケーっと通りを眺めながら考えていました。

(それとも、どうせキョウソはまた余計な事してそうだから、テキトウに邪魔しに行くのもいいかもしれないわね)

 暇つぶしにキョウソに嫌がらせしようとかも考えていました。

 そんな事を考えていたからでしょうか。その後結局街の観光を選んだまじょっこがブラブラ歩いていると、良く知る魔法の気配を感じ取りました。キョウソの転移魔法です。

(噂をすれば影って事かしら)

 キョウソに気付かれない様に、魔力を一時的に完全に封印します。この状態だと本当に普通の女の子になってしまうため非常に危険なのですが、そうでもしないと気付かれずにキョウソに近付く事は出来ません。

 まじょっこはキョウソの転移魔法の気配を頼りに、慎重に近付いて行きます。そして辿り着いたとある建物の一室で、キョウソが何やら怪しげな教えを女性達に説いていました。これはまあいつもの事なので特に気にせず終わるのをじっと待ちます。女性達が家路につくと、キョウソは転移門を開いて何処かに飛んで行きました。

 誰も居なくなったのを見計らい、まじょっこは部屋に侵入すると転移門を再起動させ、コッソリとキョウソの後を追ったのでした。

 出た先は昨日キョウソと会った封印の祠の程近くでした。


「って感じでここまで来れたよ☆」

「魔族の方達が居たはずですが……」

「『プロペート様はどちらにいらっしゃいますか?』って可愛く聞いたらすんなり教えてくれたよ☆」

 あちゃー。とばかりにキョウソは天を仰ぎます。おまけに額をペシリと叩きます。

「まあこうなっては仕方がないですね。逆にこれは好機と捉えましょう。魔王の封印を解く最後の鍵に、まじょっこさんにはなって貰うと致しましょう」

 キョウソが意外と身軽に、一足飛びに後ろに下がると、セニュエロとバトンタッチします。

「では、ここからは私が御相手させて頂きましょう!」

 そう宣言すると同時に、両の手に黑い稲妻を生み出すと、手を組んで合体させます。

「ダークライトニング!」

 轟音と共に光速で放たれた黑き雷を、まじょっこはステッキを盾にして防ぎます。

「いきなり始めるなんて! 危ないじゃないかっ!」

「イラプション!」

 黑き雷を難なく防いだまじょっこはセニュエロに文句を付けますが、相手は問答無用とばかりに、魔法を立て続けに放って来ます。セニュエロが地面に拳を打ち付けると、まじょっこの足元から天を貫く程の火柱が吹き上がります。

「あわわわわわわ……っとぉっ!」

 咄嗟に飛び退いて火柱から逃れますが、熱波によってコロコロと転がります。

「アースバイト!」

 地面が突如として口を開き、まじょっこを飲み込まんと襲い掛かります。

 地面を転がるまじょっこは上手く回避行動が取れないまま、襲い掛かる大地のあぎとを躱す事が出来ません。ガバチョっと大地の顎がまじょっこを一飲みにしたかと思われましたが、その口は閉じられません。

「ぬぬぬぬぬぬ…………っ!」

 見た目にそぐわぬパワーで、中から閉じようとする口を抑えていました。

 しかしこの程度はセニュエロも想定済み。むしろ『始まりの魔法少女』の直弟子たる魔法少女を相手取っていると思えば、上手く行き過ぎていると思える程でした。

「ペネトレイトレイ!」

 鋭く圧縮された光の槍が、身動きの取れないまじょっこを貫かんと迫ります。

「危ないカル!」

「カルちゃんっ!」

 セニュエロの放った強烈な光槍は、まじょっこの危機に身を挺して庇ったマスコットのカルちゃんを弾き飛ばした事で、狙いがそれて大地の顎を貫きます。

「ええい。邪魔だよっ!」

 顎の力が弱まった隙を付いて、まじょっこの放った衝撃波が顎を粉々に吹き飛ばします。光の槍に弾き飛ばされたカルちゃんは少し離れた場所で、「きゅう……カル」と目を回しています。命に別状は無さそうでした。

「いつまでもやられてばっかりじゃないんだからネ☆」

 カルちゃんを助けに行く暇も隙もありません。次々と放たれるセニュエロの多種多彩な魔法に対処しながら、反撃に打って出ます。

 セニュエロが繰り出した青白い炎を撒き散らす火球を真正面から受け止め、突き破ってまじょっこはセニュエロへと肉薄します。

「てぇぇぇい!」

 横薙ぎに振るわれたステッキから無数の星が散らばり、その一つ一つが星の弾丸となってセニュエロへと襲い掛かります。セニュエロはその流星群を黑い無数の光線で一つ残らず迎撃します。そしてそのまま黒の光線を操り、まじょっこへ逆撃します。

「なんの! お返しだヨ!」

 なんとまじょっこは黒の光線を纏めて「わしっ」と掴むと、グルグルと丸めて球にしたかと思うと、ノックでもする様にステッキでカキーンと、セニュエロに向かって打ち返します。

 打ち返された黒球をセニュエロは「フン!」と上空に向けて弾き飛ばし、光の槍をぶつけて爆発四散させます。そうしてセニュエロの注意が一瞬まじょっこから逸れた隙を狙って、一気に懐まで潜り込みます。

「当たっちゃったら、急な腹痛と便意でもがき苦しんじゃう、ぱーんち!」

 何か急に変な魔法? を使い始めました。そして地味に嫌な効果です。

 当てるのは何処でも良いのか、身長差を十分に生かして真正面にあるセニュエロの脚目掛けてぱんちを繰り出します。

「これだから魔法少女は厄介ですね!」

 流石のセニュエロもこんな効果の魔法は食らいたくないらしく、今までにないくらい必死な様子で、若干大袈裟な位にまじょっこのぱんちを躱して距離を取ろうとします。しかしそうはさせじと、まじょっこもここが好機と畳み掛けます。

「何かホームシックになって家に帰りたくなる、きーっく!」「急に正義の心に目覚めて街のゴミ拾いをし出す、ちょーっぷ!」「目眩と吐き気で戦うどころじゃなくなるぅぅぅ……体当たりぃ!」等々。

 まじょっこの怒涛のラッシュがセニュエロに襲い掛かります。

 声の可愛らしさとは裏腹の、凶悪なまでに鋭い拳打、蹴撃の嵐です。しかも何とも食らいたくない嫌がらせの様な付加効果のオマケ付きです。ガードはおろか、体に掠らせただけでもその効果から逃れる事は出来ないだろう事を、その全ての攻撃を魔法で防ぎ、躱していくセニュエロは知っていました。

 セニュエロは過去に何人もの魔法少女と戦い、その珍奇な魔法の数々に散々っぱら苦しめられつつも勝利を収めて来た経験がありました。だからこそこうして、まじょっことも渡り合えていました。過去の苦労がなければ、これまでの魔法少女達を凌駕するまじょっこの動き、そして合間合間に牽制の為に放ってくる攻撃性の魔法の威力に、とうに膝を屈していたであろうと、まじょっこの強さを評価していました。

 武闘家も顔負けな格闘術を駆使するまじょっこでしたが、セニュエロはただの一度も掠らせもしません。流石のまじょっこも額に汗し、肩で息をしています。対するセニュエロも余裕など微塵もなく、またそれを隠す余裕すらありません。全身をぐっしょりと嫌な汗で濡らしていました。

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……。やりますネ☆ ここまで完璧に躱されたのは初めて♡」

「あなたこそ。ここまで食らいたくない魔法を使う魔法少女は初めてですよ。このままだと私の精神が持ちそうにありませんね」

「降参して帰ってくれるなら、ハァ……ハァ……見逃してあげてもいい……よ?」

「私にも任務がありますので。ではそうさせて頂きますとはね? ですので──」

 セニュエロは空間が歪む程の膨大な魔力を集中させ始めます。

「次で勝負を決めさせていただきます」

 発動させる前からそれは凄まじいまでの吸引力を発揮し、まじょっこの体も吸い寄せられそうになります。まじょっこは魔法の力で大きく飛び退ると隙だらけのセニュエロにピンクの星の雨を振らせます。

 しかしその全ての星も吸い寄せられ、吸い込まれ、何の効果も発揮する事はありません。

 気を失って倒れていたカルちゃんも吸い込まれそうになっていましたが、それは離れて戦闘を眺めていたキョウソがサッと掴んで回収していました。

「アポカリプティクボール……」

 そうこうしている内に完成した、破滅的黒球をまじょっこに向けて放ちます。

 それは決して速くはありません。ただ、圧倒的なまでの威圧感を持ってまじょっこへと迫ります。まじょっこはステッキに魔力を集中させ黒球に対峙します。何故か避けられる気がしなかったのがその理由です。そしてぶつかる二つの極大魔力が激しいスパークを周囲に撒き散らします。生まれる衝撃波は森の木々を薙倒す勢いでしたが、そうはなりませんでした。キョウソが二人の周囲にいつの間にか、強力無比な絶縁結界を展開し被害が周囲に及ばない様にしていたのです。目的は周囲の保護などではなく、まじょっこを逃がさない為の物でしたが、思わぬ形で役に立ってくれていたのでした。

 ピンクと黒。二つの魔力が鎬を削っていたのはそう長くはありませんでした。

「うううぅぅぅぅ…………ああっ……!?」

 いつでも笑顔を崩さなかったまじょっこが、苦悶の表情を浮かべます。

 一つ、ピンクの障壁にヒビが入ったのを契機に、拮抗は崩れ去りました。ここが勝機と見たセニュエロは黒球にさらなる魔力を注ぎ込み、威力を増した黒球が一息にピンクの障壁を突き破ったのです。

「くっ……!」

 まじょっこは瞬時に意識を切り替えて黒球から飛んで逃れようとします。黒球の動きはまじょっこであれば容易く躱せる程度のスピードしかありません。先程の予感が頭をよぎりましたが、防御が突破された以上避ける以外の選択肢はありません。

 まじょっこは垂直に十メートルほどジャンプし、黒球を回避したかに思えました。しかし黒球はそれまでのスピードが嘘の様に、まじょっこが飛び上がったのと同じ速度で追尾して来たのです。残された彼我の距離は、回避する前と同じでした。

「諦めるのですね。それは狙った相手から一定以上離れる事はありません。例え空間転移しようともです。そしてその距離を徐々に食らい尽くして行くのです。防ぎ切る以外に逃れる術はありません」

 セニュエロの言葉通り、まじょっこがどれだけ素早く動こうとも黒球との距離は離れる事はありませんでした。徐々に徐々に、その時が迫ります。

「こうなったら!」

 これまでに見せなかった程のスピードで、まじょっこはセニュエロの背後に回り込み、黒球との間にセニュエロを挟み盾とします。瞬時にまじょっこを追尾した黒球は──

「──っ!? きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 セニュエロを害する事無く、その体をすり抜けてまじょっこへと命中しました。

 黒球はまじょっこに命中すると、まじょっこの全身を覆い尽くし黒一色に染め上げます。その中でまじょっこは全身を裂かれ、刺され、絞められ、焼かれ、凍てつかされ、同時にいくつもの責め苦を味わわされていました。

 まじょっこを包んでいた黒が全ての魔力を使い切って消えるまで、およそ一分程。その地獄の業苦は続きました。そして後に残されたのは、ズタズタに引き裂かれ焦げ付いた衣装の欠片を貼り付けた、あられもない姿のまじょっこでした。その素肌も無事な部分などない程に傷ついています。意識はなく、ぐったりと地面に横たわっていますが、辛うじて息はありました。

「跡形も残らなくとも仕方がないつもりで放ったのですが、まさか死んですらいないとは……。嬉しい誤算ですが、恐ろしいまでの耐久力ですね……。流石は『始まりの魔法少女』最強の直弟子と言う事ですか」

 辛うじて勝利を拾った事に、セニュエロは安堵の息を漏らすのでした。

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