第7話 僧侶②
「さ、
キョウソに促されるままに、幾人もの女性たちが陽の光が射しこむ森の中を駆けて行きます。
遠くからは逃げた女性達を探す魔族達の怒号が飛び交っています。その声に
「もう少しです。森を抜けた所に私が通って来た転移の魔法陣があります。そこまで辿り着ければ街まで帰れますよ!」
「「「はい!」」」
キョウソの言葉通り、森を抜けた先にはクオホナチの街へと通じる転移の陣が光を放っていました。
「そこまでだ! そう簡単に逃がす訳にはいかんなあ!」
追い付いて来た魔族の一人が、凶悪そうな面構えで女性達を脅します。
転移陣は直径一メートルほど。敢えて少し小さめにしてありますので、入れるのは一人ずつといった所でしょう。陣の効果が発動するのも瞬時にとは行かないため、このままでは全員が逃げるのは不可能に思われます。
「ここは私が時間を稼ぎます! 皆さん。どうか慌てずに逃げて下さい」
キョウソはそう言って持っていた杖を構え、魔族達と向かい合います。
「僧侶様!」「さ! 私に構わず早く!」
そうこうしている内にも、魔族達は続々と集まって来ます。
「神の御力に依りて邪なる者を退けたまえ!
キョウソが呪文を唱え、杖を高々と掲げると、聖なる光がキョウソ達をぐるりと囲み魔族達をそれ以上近寄らせません。
「さあ。今の内に早く。いつまでもは
女性達を安心させるために、キョウソは常に笑みを
魔族が近付けないのを見て少し安心した女性達は、言われた通り焦らず、一人ずつ転移陣へと入って街へと転送されて行きます。
しかし魔族達も、ただ手を
「しゃらくせえ! こんな生っちょろい障壁何ぞ壊してしまえ!」
「「おう!!」」
威勢のいい掛け声と共に、魔族達による激しい攻撃が光の障壁へと叩き込まれます。
「ぐぅっ……! カァッ!!」
壊されてなるものかと、キョウソは更なる神力を注ぎ光の障壁を強化します。
しかし多勢に無勢。徐々に光の障壁にも陰りが見え始めます。キョウソの額からは大粒の汗が滴り落ちています。
「僧侶様! 私で最後です!」
そう言って最後の女性が転移陣へと飛び込んで行きました。
それと同時に、遂に光の障壁は砕け散ってしまいました。
「僧侶さ……」
最後の女性が転移するのを見送ると──
「はーいオッケー。お疲れ様です! 今回で最後だからって、皆さん気合入ってましたねー」
「どうでした? 中々の名演技だったでしょう?」「国に帰ったら役者でも目指してみようかな」「はーヤレヤレ。やっと本業に戻れるわ」
先程までの緊迫感が完全に雲散霧消し、充足感に
「私はこのまま一旦彼女たちに追い付いてもう一仕事して来ますので、後の事は宜しくお願いしますね」
そう言ってキョウソはまだ残っている転移陣に入って行きました。
「ああ! 僧侶様! 御無事で……!」
転移陣を抜けた先は、勿論クオホナチの街の一角。キョウソが街の拠点として借りている部屋の中です。そこに魔族の許から助け出されたうら若き乙女たちが都合十人ほど、キョウソの帰還を心から歓んでいました。
「皆さんこそ御無事で何よりでした」
「何か御礼を……! 何でも仰ってください!」「そうね是非御礼がしたいわ」「僧侶様は命の恩人ですもの」
「いやはや……困りましたね」
ちっとも困っていないクセに、表情だけは本当に困った顔をしています。
「私に出来る事を、出来る範囲でしただけの事。神に仕える身として、当然の事をしたまでですので、御礼など不要ですよ」
キョウソは熱っぽい視線を向けて来る女性達を落ち着かせます。
「まだ魔族達が退治されたわけではありませんから、街の外へ出る時は注意して下さいね。ああそうだ、良ければコレを」
そう言ってキョウソは懐から銀の十字架を取り出し、女性達へ手渡します。
「僧侶様。コレは……?」
見た事のない形に、星霊教のどの宗派だろうかと女性達は困惑します。
「それは私が使える神の象徴です。まあお守りの様なものだと思って下さい。万一の時はその十字を握って『エスケープ』と唱えて下さい。一度だけその身を守ってくれるでしょう」
「僧侶様。神……とは何でしょう? 星霊様とは違うのでしょうか?」
「よい質問ですね。神とは星霊様をお創りになられた偉大な存在。空に瞬く全ての星々を統べる唯一絶対の存在なのです」
「まあ! 星霊様を!」「神様って凄いのね」「そりゃそうよ! 僧侶様がお仕えしているくらいだもの!」「神様と星霊様。どちらを信仰すれば良いのかしら……」
「悩む必要はありません。神への信仰は即ち、星霊様への信仰でもあります。逆に、星霊様への信仰は、神へと通じています。大事なのは、日々の祈りと感謝ですよ」
「「「はい!」」」
この後もキョウソは女性達に様々な説教を施しました。それはそれは実に丁寧に。
キョウソに心酔した女性達はキョウソに改めて感謝の意を伝え、家族の待つ自宅へと帰って行きました。今後、神への祈りを欠かす事はないでしょう。
「ふふふ。信者の獲得も順調ですねぇ」
自分で攫って来させて、痴態を楽しみ、助けた振りで感謝させて信者に引き込む。
全てはキョウソのシナリオ通りに進みました。
「おや? もうお帰りですか?」
魔族の拠点へと戻って来たキョウソに、セニュエロが声を掛けます。
「全員帰してしまって良かったのですか?」
「まじょっこさんに嗅ぎ付けられた以上、あまり時間に猶予はないと思いますからね。昨日の今日で、という事は流石にないと思いたいですが……油断は出来ません」
「昨日の魔法少女……ピンキーマリー、でしたか? 彼女はそれほどの?」
「ええ。『始まりの魔法少女』最後の直弟子だそうですよ」
キョウソの言葉にセニュエロも表情が変わります。
「真ですかっ!? 『始まりの魔法少女』の直弟子は、大陸結界の四聖だけだと聞いていたのですが……」
「『始まりの魔法少女』が直弟子に与えたとされる星のブローチを、まじょっこさんも持っていますので、間違いないでしょう」
「偽物という可能性は?」
「ありませんね。魔法少女の証はそれに
「『始まりの魔法少女』最後の弟子ですか……。興味が湧いてきました」
セニュエロはヒトが想像する魔族らしい邪悪な笑みを浮かべました。
「その辺りは私の関知する所ではないので、お好きにどうぞ。ただ……、まじょっこさんは強いですよ」
「四聖と同じくらいに?」
「いいえ。四聖が束になっても敵わないくらいに。です」
「それはそれは……」
四聖ですら魔族で言えば超級クラスを千切っては投げてしまうくらいの強さだと聞いています。それが四人束になっても歯が立たないとは、流石に誇張が過ぎる。とキョウソの言葉を話半分程度にセニュエロは受け止めます。
「そんな訳ですから、まじょっこさんが本格的に乗り出す前に、済ませる事を済ませてしまいましょう」
早速キョウソは封印の祠へと向かいます。
まだ解析は完全には済んではいませんが、そうするだけの時間の猶予はないと判断しました。
(余り趣味ではありませんが、足りない分は力技で突破するとしましょう)
魔法少女に気付かれない為と、キョウソの知的探求心が合わさった結果、完全解析による封印解除を目指していましたが、気付かれないという目的が失われた以上は秘密裏に行う必要はなく、また結果を残す必要があります。
キョウソは祠の封印に杖を当てると、解析が済んでいる分の魔法構造を静かに崩して行きます。そして最後に残ったピースに対して、己の神力を叩き込んで一息に破壊してしまいます。
祠の封印は、全体にひび割れたかと思うと、音もなく一気に崩れ落ちました。
強引に破壊したため、何か合図の様な物があるのではとキョウソは警戒していましたが、その様な事も特には無さそうでした。
(一部とは言え、魔王の封印の割には不用心ですねぇ。絶対に解かれないという自信があったのでしょうか。そうだとしても何もおかしくはないですけれど)
キョウソは封印の解かれた祠を、外から慎重に調べて行きます。
「封印は解けた様ですが、何か気になる事でも?」
「魔王の封印を解いたというのに、余りにも何もなさすぎると思いませんか?」
「まだ何か仕掛けがあると、そうお考えなのですね」
セニュエロは「ふむ」と一つ頷くと、切り出します。
「私が中に入って見ましょう」
「セニュエロ様! 危険です!」
セニュエロの傍でキョウソの監視していたハウラがセニュエロを止めます。
「それでしたら私が行きます!」
「それには及びません。こんな事であなたを捨て駒にする気はありませんよ。それに私なら何かあっても、大体の事は対処可能ですからね」
そう言うと、セニュエロは恐れも見せず祠に足を踏み入れます。
それをじっと見守るハウラとキョウソ。
「特に……何もありませんね」
「魔王様の
セニュエロは首を横に振ります。
「見当たりません。ハズレだったのでしょうか?」
「…………いや。それはないでしょう。どれ……」
小さな祠なので、今度はセニュエロに替わってキョウソが中に入ります。
祠の中を
壁と同じ色の塗料で、内側にびっしりと隠蔽の魔法陣が描かれていました。魔族の感覚を以てしても判別が付かない程に壁と同化している魔法陣でしたが、塗料の厚み──手で触ってさえ違和感のないくらいの薄さ──で見抜くキョウソの鋭敏な感覚は脅威的でした。キョウソ自身はこれを『神のお告げ』と呼んでいます。
この系統の魔法陣は見付けてさえしまえば後は簡単です。物理的に陣を破壊してしまえば良いのです。という訳で、杖の柄の部分でガリガリと削ってしまいます。紋様を削り取られた事で魔法陣は効果を失い、祠の中心に
「おお……! これが──!」
外から見ていたセニュエロが、球体を見て感動に体を震わせます。
「ええ。魔王の
「これが魄ではないのですね」
「封印の本丸の様ですね。通りで祠の封印を解いた位では何も起こらないはずです。はあ……。それにしても随分と念の入った事ですねぇ」
「これの封印を解く事は出来ますか?」
「出来るか出来ないかで言えば、ええ。勿論出来ますとも。ただ……時間がね……」
「であれば、このまま持って帰って──」
「それは止した方が良いでしょう。魔族の方が触れると死ぬ呪いが掛かってますから」
セニュエロはキョウソの言葉を聞いて、封印球に伸ばしていた手をスッと引っ込めます。
「はてさて、どうしましょうかねぇ……」
意外と意地が悪い『始まりの魔法少女』による魔王の封印にキョウソが手を焼いていると、更なる厄介事が舞い込んで来ます。
「ついに尻尾を出したわね! 魔王さんの封印を解こうとしちゃう悪い子たちは! この! 愛と平和の魔法少女! ピンキーマリーがお仕置きしちゃうゾ!」
まじょっこが声高らかに、その存在をアピールしていました。
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