第5話 勇者②

 クオホナチの街の領主ノルドに魔族討伐を依頼されたユーシャは、オヨメに会った以外どこにも魔族に襲われている女性が居らず、この日の収穫はゼロでした。

 魔族の小部隊自体は見かけましたが、ピンチな女性も居ないのに倒した所で何の意味もないのでスルーしていました。するとどうでしょう。見付けておいた魔族の拠点から、突如として次々と魔族の反応が消えて行くではありませんか。街の近くの街道沿いをウロウロしていたユーシャがそれに気付いた時には、もう遅きに失していました。

 あれよあれよと潰されて行く拠点の反応を、只々ただただ呆然と感じ取るしかありませんでした。

 結局一人も魔族を倒す事なく、街周辺に居た魔族達は何者かによって駆逐されてしまいました。

「はぁ……こんなハズじゃ無かったんだが……」

 素直にさっさと倒して回れば良かったのですが、今となっては後の祭り。よくすれば損するを地で行っていました。

 このままノルドの居る屋敷に戻るのも気が引け、夕食が用意されていると知りつつふと目に留まった大衆食堂へ足を延ばします。

 夕食時ともあって店内は大盛況。テーブル席は満席で、カウンター席に腰を据えると目の前の店主にキツ目の酒を注文します。ヤケ酒でも飲まなければやってられない。というのがユーシャの心境でした。

 散々酒を煽り、店主に愚痴を垂れ流していると、店内が何やら騒がしい事に気が付きます。

 店主が顎で示した先にはマスコットが居ました。人が邪魔なのと酔った視界で姿形は定かではありませんが、何やら宙に浮いてる紫っぽい何かが見えます。店主の「魔法少女様」云々と言う言葉でマスコットだと判断した次第です。

「なるほど」

(どこの魔法少女だかしらねぇが、アイツのせいで俺の予定がパアになったのか)

 自分の行いは棚に上げて、心の中で魔法少女に毒吐きます。

 とは言え、そんな事で八つ当たりをしても何の意味もないどころか、自分の評判が下がるだけなので、抗議をしたり実力行使に出たりなどはもってのほかです。ユーシャ的には泣き寝入りするしかありません。

「はあ……帰るか。おやっさん。お勘定よろしく」

「あいよ」

 ノルドから貰っていた活動資金から食事代を払うと、トボトボとノルドの屋敷へと帰るのでした。


「おお! アストラ殿! 遅くまで御苦労様です。夕食の支度は出来ておるが如何いたそうか? 風呂の準備も出来ておりますでな。お好きな方から済ませてくだされ」

 帰りが少し遅くなったユーシャを、これでもかと丁重に出迎えるノルド。折角の伝説の勇者の末裔です。事が片付くまで、機嫌を損ねて街を出て行かれては事ですから、その扱いも先手先手を打って何一つ不便の無いようにと心を配っています。

 ユーシャは風呂を先にいただき、少し間を開けて酔いと腹を落ち着けてから待っていてくれたノルドと遅い夕食を取りました。

「周辺の様子は如何でしたかな?」

「ああ、それですが、良い報せがあります」

「おお! もしや!」

「ええ。街周辺にあった魔族の拠点は壊滅しました」

 誰が壊滅させたかは敢えて伏せておきます。

「流石は勇者っ……ゴホンっ。失礼。アストラ殿! 昨日の今日でとは……」

「下級クラスの魔族ばかりでしたので、今の所はこれで大丈夫でしょう」

 ノルドの勘違いを訂正する事もありません。

 因みにヒト側には魔族の強さに応じた幾つかの階級が設けられています。基準は大陸での標準装備──槍と金属鎧──の一般兵です。

 下級は一人~一小隊で討取れる程度。中級は一中隊。上級は一大隊。と言った感じです。

 更にその上の弩級や超級になると一軍団や討伐不可能となっていきます。あくまでヒト側の目安であまり当てにはなりません。魔族の軍は大陸より洗練された軍組織になっているため、下級魔族が大隊や師団の長で、上級や弩級が一般兵だったりする事は珍しくありません。偉いからと言って強い訳ではなく、指揮官に向いているかどうかも強さとは関係ないので当然ではありました。

 ただ、魔王直属の八魔将と呼ばれる軍団長達は、地位と実力が見合っている例になります。

 ですので、今回街の周囲にあった小拠点に強い魔族が居なかったのは偶々たまたま……という訳では無いのですが、街にとっては運が良かったと言ってもいいでしょう。

 ユーシャはオヨメを襲っていた魔族の小部隊にしか出会っていないので、本当に下級魔族ばかりだったのかは不明なのですが、そう言う事にしておいた方が都合が良いだろうという判断です。どうせ全部倒されたのですから、何級だろうとどうでもいい事だと考えていました。

「これでもう脅威は去ったと考えても宜しいのでしょうかな?」

「複数の小隊が同時展開していた以上は、これで終わりとは思えません」

「と、言うと……?」

「それなりの大物が指揮を取っている。と考えています」

「それは……っ!?」

「何を企んでいるのかはまだサッパリですが、今しばらくは様子を見た方がいいでしょう」

「おお! 是非宜しくお願い致します!」

 ユーシャは何とか当面の生活基盤と点数稼ぎの機会を確保します。

「それに……余り知られてはいませんが、魔族の連中は魔法少女以外の女性を捕まえたり、襲ったりはしないんですよ。ココだけの話ですが」

「ですが……」

「今回は何故かそれをしている。何か目的があっての事でしょう。それか、誰かに頼まれている……? 誰が魔族にそんな事を頼む……?」

 ノルドに話しながら浮かんだ疑問に、うーんと頭を悩ませるユーシャ。

「魔族、魔族、魔族……うーん……何か思い出しそうな……」

 目を閉じ天を仰いで、記憶の中にある何かを引っ張り出そうとしています。

「魔族……大物……魔王……魔王っ!?」

「何か思い出されましたか!」

「ノルド殿! ここらに魔王の封印があるという話は聞いた事はありませんか?」

 少し興奮気味にユーシャはノルドに訊ねます。

「魔王の封印というと……? 伝承にある八つの封印の事でしょうか?」

「それです! 正確には八つのからだと八つのたましいで十六の封印ですが、些細な事。確かこの辺の近くに一つ在った様な記憶が」

「流石は伝説の勇者様の家系ですな。その様な記録も残っておるのですな。しかし残念ながらその様な話はついぞ聞いた事が御座いませんでな。流石に魔王の封印ともなれば、一度聞けばその存在を忘れる様な事はないはず」

 申し訳なさそうにノルドは首を横に振ります。

「……ですか」

 大戦後すぐからずっとこの地を治める領主の一族が知らないというのであれば、自分の記憶違いを疑うしかありません。ノルドが嘘をついている様には見えませんし、嘘をつく理由もないだろうとユーシャは判断します。

 魔王の封印という分かり易い物があれば魔族が現れた理由も簡単。魔王の封印を解く事に違いないのですから、次に取るべき行動も決め易いというものですが、そうは行かないようです。

 ただノルドは一つ思い付いた様で、ユーシャに提案します。

「この街には魔族との戦争以前から残っている、それはそれは古い図書館がありましてな。古過ぎて管理人以外殆ど出入りがない有様なのですが、良ければそこの資料に魔王の封印について何か記録がないか調べさせましょうかな?」

「おお! 是非お願い出来ますかっ!」

「承知いたした。直ぐに手配しましょう」

 ノルドが近くにあったベルを鳴らすと、直ぐに使用人が現れました。

 ノルドは手早く一筆したため使用人に持たせると、件の図書館へと使いに遣りました。

「近日中には何か報せをお届け出来るかと」

「大変助かります。私の方でも別のルートから探ってみたいと思います」

 特に当てなどありませんが、取り敢えずそう言っておきます。

 ユーシャの言葉にノルドは改めて「宜しく頼みましたぞ」と頷くと、それとは別に気になっていた事をユーシャに訊ねます。

「そう言えば小耳に挟んだのですが、最近の大陸西方の魔族出現の増加……西の魔法少女様が囚われ、結界が破られたとか……。アストラ殿は何か聞いておられませんかな?」

「……領主であるノルド殿なら良いでしょう。人々の不安を煽りたくはありませんので、口外無用でお願いいたしますよ」

 その言い様から、伝わって来た情報が事実であると物語っていました。

「勿論。わきまえております。…………そういう事と受け取って宜しいかな?」

「ええ。始まりの魔法少女の直弟子であった大陸鎮護の四人、その一角。西の魔法少女は魔族に囚われ連れ去られたと聞いています。とは言え、大陸を守護する結界が消えた訳ではありません。四方の魔法少女が展開する結界、その一つ一つが大陸全土を覆っていますから。ただ、その効果は距離に比例する様で、西の結界は他と比べると著しく低下している事は事実です。ですから──」

「自由に出入り出来る程ではないが、以前よりは容易に侵入出来る……と」

「そういう事でしょう。現実に魔族の出現が増えていますからね」

「また……魔族と大戦おおいくさになるのでしょうかな?」

「そうならない為に、この剣と技を受け継いでいるのです」

 そうなったらそうなったで活躍の場が増えて助かるなとユーシャは考えていましたが、勿論そんな事を口に出したりはしません。

 この日はこれ以上の進展はなく、後は他愛ない会話をしながら食事を済ませ、宛がわれた豪奢な部屋でユーシャは今日も優雅な一夜を過ごすのでした。


 翌朝。

 今日も体が埋まる様なふかふかのベッドで一夜を明かしたユーシャが目を覚ますと、それを待っていたかの様な絶妙なタイミングで、メイドさんが外から声を掛けて来ます。

「アストラ様。朝食の準備が整っております」

「ありがとうございます」

 メイドさんに返事をしながら着替えを済ませて食堂に行き、ノルドと朝食を取っている所に青を基調とした制服を来た壮年の男性が「急用だ!」と言って、使用人が止めるのも構わず入って来ます。

「ノルド様。急を要する事態にて、非礼をお詫びします」

「大事なお客人が居られる。少し後には出来んか?」

「いえいえ。どうやら大層お急ぎの様子。私の事はどうかお気になさらず」

 ノルドはユーシャに一言詫び、男性の方に向き直ります。男性がノルドに耳打ちすると、「何っ!? 真かっ!?」と驚きの声を上げます。

 ユーシャは敢えて素知らぬ振りで食事を続けています。

「……そうだな。ここは一つ、アストラ殿にも聞いて頂いて意見を頂戴しよう」

「この方はどういった方で?」

「当代の勇者様だ。資格を得る為の旅の途中で、偶々この街に立ち寄って下さっている。公には出来んがな」

「……本物ですか?」

「ああ。間違いない。先代の勇者様にもお会いした事があってな。同じ剣を持っておられた」

 ノルドが強く肯定する事で男は納得した様で、二人の話が纏まります。

「アストラ殿。聞いて頂いて宜しいか?」

 ノルドがそう声を掛けたところで、ユーシャは顔をノルドの方へと向けます。

「伺いましょう」

「では、クラシコ君。説明を頼む」

 ノルドに促され、クラシコと呼ばれた制服の男性が説明を始めました。


 警察組織の長を務めるクラシコ曰く、

 昨晩から今朝にかけ、大小合わせて二桁に迫ろうかという犯罪組織が潰された。

 それらの組織は全て最近女性を誘拐していた。

 問題はその内の大に当たる所が、この街の犯罪組織トップ3の一角であると言う事。

 今後、残った二つの組織で大規模な抗争が起こるのは必至である。


 という状況に、街の状況が一晩で激変したという事でした。

「潰された組織の構成員達はどうなりました?」

「全員牢に繋いであります」

「一人も死んでいなかったのですか?」

「我々が駆け付けて確認した範囲では、ですが」

「そんな芸当が出来そうな人物と言うと……」

 ユーシャの脳裏に昨晩食堂で見かけた魔法少女が浮かびます。

「そう言えば昨日街で魔法少女を見かけましたね」

「……っ!? 真ですかっ!? 彼女たちなら確かに、有り得ますな」

「状況からの推測でしかありませんが、まあ間違いないでしょう。後は残った二つの組織をどうするか、ですかね」

「お互いに潰し合ってくれるのは結構ですが……」

「街の治安悪化は免れんだろうな。それは絶対に避けねばならん」

 クラシコの言葉をノルドが引き継ぎます。

「となると、本格的に動き始める前に二つとも潰してしまうのが手っ取り早いですね」

「それが出来れば……」「苦労はないのだが……」

「やり方一切を黙認して頂けるのであれば、一両日中には片付けておきますよ」

 事も無げにユーシャは言い切りました。

 ここらで一つ、良い所を見せておこうという下心満載です。

「魔族の方は暫くは大丈夫でしょうし、問題が無ければ今日からそちらの対処を優先しますよ」

 クラシコは流石に少し嫌そうな顔をしていましたが、ユーシャの提案を拒否する事はありませんでした。治安を預かる者としての矜持きょうじが有るが故に、自分達の力だけで対処できない事への不甲斐なさと、有効な戦力で以て担保できる市民の安全を秤に掛け、矜持など捨て置く事が出来る男でありました。

「アストラ殿。どうか宜しくお願いいたします」

 クラシコはユーシャに頭を下げます。

「ああいえいえ。私に出来る事を出来る範囲でやるだけです。こういう時にこそ役に立たないと、ご先祖様に怒られてしまいます」

 はっはっはっ。とほがらかに心にもない事を言いながらユーシャは笑っています。

「それでは私は街の巡回に人員を割くと致します。ではこれにて失礼致します」

 そう言ってクラシコは急ぎ帰って行きました。

 それを見送り、少し冷めた朝食を平らげると、ユーシャもノルドの屋敷を出ます。

 残る二つの組織の場所はノルドから聞いてあります。系列の組織はさて如何ほどあるのでしょうか。

「下から行くか、上から行くか……」

 ピンッとコインを弾き、地面に落ちるのを見守ります。コインは表の面を上に向けています。

 コインを拾い上げると、「じゃあ上からにするか」と呟きながら人気のない裏路地へと消えて行きました。

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