第4話 魔法少女①
封印の森から離れると、まじょっこはマスコットのカルちゃんを呼び出します。カルちゃんは紫色したちっちゃな羊っぽい形状をしています。造形は可愛らしいのですが、色合いのせいか若干禍々しい感じがします。魔法少女のマスコットとしては珍しい部類に入ります。
カルちゃんは呼び出されると、まじょっこの頭にぽてんと乗っかります。
「見張って無くてよかったカル? キョウソの事だから、絶対余計な事してると思うカル」
「良いの良いの。キョウソが封印を解こうとしてるって言うなら、好きにさせておけば」
「どうせ解けないとか思ってないカルか?」
「う~ん、逆かな。キョウソなら絶対解くと思うよ。そんでー、解く以上はそれがお金か、信者か、それとも両方ともかな~。手に入る算段をしてるはず。間違いないっ☆」
「嫌な信用の仕方カルね……」
「封印を解いてもどうにかする当てがあるんでしょ。まっ、いざとなればこのピンキーマリーちゃんがババーンと魔王ちゃんの右腕なんて吹っ飛ばしちゃいますよっ☆」
「ピンキーマリーなら心配ないカルけど、油断は禁物カルよ」
「わかってまーす☆」
ぎゅーんと一番近くに見える街に向かって飛んで行きます。
ほどなく石壁に囲まれた大きな街が遠くに見えて来ます。クオホナチの街でした。
まじょっこが街に近付くと、街の近くに幾つかの微弱な魔族の魔力を感知します。
「およ。この反応は……」
「低級魔族の部隊が幾つか居るようカルね。どうするカル?」
「もっちろん……悪さをする魔族ちゃんは成敗だっ☆」
まじょっこの宣言を受け、カルちゃんは魔族の部隊の正確な位置座標を伝えます。魔族の魔力感知に関してはカルちゃんの右に出る者は、そうそう居ません。この点に関してはまじょっこもカルちゃんには到底敵いません。
そしてこの後、まじょっこの活躍によりクオホナチの街の近辺に点在していた魔族部隊の小拠点は全て壊滅したのでした。
「いや~今日もよく働いたわ~」
クオホナチの街の大衆食堂でまじょっこは夕食を取っていました。
「何人か捕まってた女の人も助けられて良かったカル」
「ほうへ(そうね)ー」
「口に物を入れながら喋っちゃダメカル。はしたないカル」
まじょっこはごくんと口の中の物を飲み込んでから口を開きます。
「カルちゃん年寄くさーい」
「うっさいカル。麻里はもっとちゃんと少女を演じろカル」
「はいそこ。本名禁止! それにどこからどう見たって私は可憐な少女でしょ?」
「…………へっ。カル」
何故か明後日の方を向いて鼻で
魔法少女の掟の一つとして、『正体を知られてはならない』というモノがあるのですが、周囲は他のお客さんで満員だと言うのに、気にした様子もなくベラベラとマスコットと喋っています。
大半のお客さん達は自分達の食事と会話に集中していて、まじょっこの事に注意を払っていませんが、中には当然「あれって魔法少女様じゃないか?」「マスコット連れてるし間違いないだろう」等とヒソヒソと話しているお客さん達も居ます。「最近女性の誘拐が増えてるらしいな」「魔族の連中だろ?」「いやいや。俺の聞いた話じゃそればっかりじゃないらしい」等々、ちょっと気になる話題も聞こえてきます。
カウンターの方では、「はあー。何でか突然街の周りに居た魔族達が全滅しちゃっててさー。稼ぎ損ねたよー。こんな事ならさっさと倒しておくんだった……。ったく誰だよ余計な事しやがって」と店主にグチを零している者も居ます。店主は慣れた様子で、「そうですねぇ」とテキトウに流しています。愚痴っている男も特に気にした様子はありません。
「もしかしたらあそこの──」
と店主がまじょっこの方を、具体的に言うとまじょっこが連れているマスコットを顎で示して言います。
「魔法少女様が退治して下さったのかもねぇ」
男も酔った目でそちらをチラっと見ると、「なるほど」と呟き得心します。
本来ならこの時点で普通の魔法少女であれば身バレ即資格剝奪物ですが、まじょっこは違います。この一見普通の少女スタイルですら変身後の姿なのでした。彼女の本来の姿を知る者は、カルちゃん以外には誰も居ません。ですのでこうして平然と魔法少女バレする様な行動も取れているのです。
また、こうして魔法少女と分かる様にしていると色々と都合が良い事が起こるので、敢えて無防備に見える姿を晒しているのでした。
魔法少女は日夜様々な悪と戦っています。それは何も魔族に限った事ではなく、犯罪者や悪の組織など様々です。時には一国の主とも矛を交える事もありました。当然そうなると逆恨みされる事も多く、何か弱点は無いかと探られる事は日常茶飯事です。そこで注目されるのが掟の一つ、
『魔法少女は未変身状態での変身魔法以外の行使を禁じる』
というものです。これのお陰で、何とか正体を暴いて復讐してやろうという輩は後を絶ちません。そういう不届きな輩を釣るのにこの姿は実に効果的なのでした。
たらふく食べて満足したまじょっこは、お会計を済ませて店の外へ出ます。すっかり日も暮れて辺りを照らすのは
カルちゃんが姿を消して一人になったまじょっこが今日のお宿はどうしよっかなーと、そんな薄暗い夜道を一人で歩いていると、当然の様に堅気ではない男達に囲まれてしまいました。
「よう。お嬢ちゃん。こんな夜道を一人で歩いてちゃぁいけねぇなぁ?」
「ヒッヒッヒッ。そうそう。こんなこわ~いお兄さん達にイタズラされちゃうからねぇ!」
「ヒャッヒャッ! 騒いだり暴れたりするなよぉ? 分かるだろ? いた~い思いはしたくねぇよなぁ? 大人しくしてりゃぁ、最高に気持ち良くしてやるぜぇ」
「まっ。オレらが楽しんだ後はテキトウに売り飛ばしちまうから、後はどうなるか知らねぇけどな!」
何故か顔が触れ合う程に近付けながら、
お馬鹿な連中はそれを脅しが上手く行っていると勘違いしています。仕方のない事でしょう。二人がまじょっこを逃がさない様にと左右からがっしり両肩を掴み、残りは前後を挟んで完全に逃げ道を失くします。その様子は実に手慣れていて、今までに何度もこういう事をして来た事を窺わせます。
ここでこのチンピラ達をボコボコにお仕置きするのは簡単ですが、まじょっこは折角なので少し付き合ってみる事にします。さっきの食堂でも周囲の会話に、若い女性が攫われる事件が最近多いというのを耳にして居ましたし、もしかすると悪の組織に繋がっているかもしれません。悪の組織を
まじょっこはチンピタ達に連れられるまま、
廃屋の中は意外と小綺麗にされていて、外見と違い荒れ果ててる様子はありません。良く使われているのでしょう、埃なども隅の方に少々溜まっている程度です。
チンピラ達の上役辺りが待っているかと期待していましたが、廃屋の中は無人です。これは当てが外れたかなと、お仕置きモードに移行しようかとした時でした。前を歩く男が床の一部を持ち上げると、地下へと続く階段が姿を現しました。
(おお! これはワクワクするわね)
流石にこの先にはそれなりの人物が居るだろうと期待できます。
チンピラ達が階段を下りる様促しますが、ここで少し抵抗する素振りを見せます。
「いやっ! はなしてっ! いやいやいやいやああああ!」
「うるせぇ!」
バシン!
と頬に力一杯平手を喰らわされ、まじょっこは地面にどさりと倒れ込みます。
ぶたれた頬を手で押さえながら、恐怖に染まった目で叩いた男を見上げます。
(ふふふ。どうよこの迫真の演技!)
(はいはい。上手上手カル)
姿を消して付いて来ているいるカルちゃんに、念話で自画自賛しています。そんなまじょっこにカルちゃんは若干呆れ気味です。
「黙って大人しく付いてくりゃぁ良いんだよ。あぁ? 分かったか!」
お腹を力一杯蹴られたまじょっこは、苦しそうに悶えます。
そんなまじょっこの髪をひっ掴んで無理矢理立たせます。
「分かってんのか? 返事は!」
「うぅぅ……。……はい…………」
その後はチンピラ達に促されるまま階段を下り、狭い地下通路を暫く歩きます。途中に分かれ道などはない一本道の通路の先には、当然ですが昇りの階段がありました。
「ここがお前の人生の終着点だ。この地下から出たらもう二度と
そう前置きをすると、男は階段の脇にあったスイッチを押します。暫くすると階段の先、地下の天井が地上側に開きました。上から誰かが開けた様です。先程のスイッチは上へ報せるための物の様でした。
「オラ。来い」
男はまじょっこの腕を強く掴み、強引に地下から引っ張り出します。
そこには
「貧相なガキじゃねぇか。……だがまぁ見た目は悪くない。良いだろう。いつも通り一晩は好きに使え。終わったらいつものトコに放り込んでおけ。報酬は帰るときに渡す様に言っておく」
「へい! 有難う御座います!」
チンピラ達は上役に挨拶を済ませると、まじょっこを引っ張って部屋を辞して別の階段から牢のある地下室へと移動します。
その地下室には既に誘拐されていた女性達がパっと見で十人程いました。年齢は十代後半から二十代前半くらいでしょうか。幼過ぎない若い女性ばかりが集められていました。
「みんな、ここに捕まっているの……?」
「そうさ。そんで、今日からお前もここの住人だ。どっかに売られるまでは、な」
「ふ~ん……そう。それは良かった☆」
「あん?」
今まで怯えて震えていたハズの少女の態度が、一変していました。力強い眼差しでチンピラ達を見返します。
「何だてめぇ! その目はっ!」
カッとなったチンピラの一人が力一杯まじょっこに殴り掛かります。が、その拳はまじょっこの指先一つでピタリと受け止められています。
「なっ……なんっ……ぐへぇっ!」
まじょっこの高く振り上げた脚が、殴り掛かったチンピラの顎を思い切り蹴り上げます。その鋭い蹴りは一撃でチンピラの意識を刈り取っていました。
「てめぇ!」
一瞬何が起こったのかと呆然としていたチンピラ達ですが、直ぐにまじょっこに向かって襲い掛かります。
まじょっこはそんなチンピラ達から軽くステップを踏んで一旦距離を置くと、ポンッ☆と魔法のステッキを出現させます。そしてそのステッキを高々と掲げ、唱えます。
「チェーンジ! ラブリーマジカル!」
ステッキの先からピンクの光が迸り、まじょっこの体を覆って行きます。まじょっこの体を包む様に光の帯へと変化し、腕、脚、胴体、そして頭に巻き付くと、それぞれが魔法少女の衣装へと変化していきます。最後にパァ! っと
「愛と平和の魔法少女♡ ピンキーマリー! 華麗に参上☆」
瞳の前で横ピースのポーズで決めた魔法少女姿のまじょっこが居ました。
その変身姿を見たチンピラ達は一様に顔を恐怖で引き
「ゲェッ! 魔法少女だ! 魔法少女が出たぞー!」
「ひぃぃぃぃおたすけぇぇぇぇ!」
先程までのニヤケ面は
捕まっていた女性達は解放しましたが、ゾロゾロと連れて歩くわけにもいきません。
「後は……っと、出口にな~れ! ほいっ☆」
手近な壁をステッキでコツンと叩けば、壁に光の輪が浮かび上がります。
「じゃあ皆、行きたい場所、帰りたい場所を思い浮かべながらこの輪を
まじょっこにそう言われ、皆恐る恐る光の輪を潜って行きます。
全員無事に潜り終わるのを見届けると、もう一度ステッキでコツンと叩いて輪を消します。
「カルちゃん。念の為、他にも捕まってる娘が居ないか探して来て☆」
「合点承知カル!」
呼ばれて飛び出て、カルちゃんは直ぐに屋敷中を飛び回ります。
まじょっこはカルちゃんが帰って来るのを待たずに、上役の居た部屋へと戻ります。
ドカーン! と力一杯ドアを蹴破り、突入します。
「何だッ!?」「キャァッ!」
「魔法少女♡ ピンキーマリー! ドアを蹴破りド派手に参上☆ 女の子を誘拐しちゃう悪い子ちゃんたちには、きつ~いお仕置きしちゃうからね☆」
「チィッ! 何処から湧いて出やがった!」
男は引き出しから素早く短刀を取り出しますが、まじょっこの方が一手先を行っています。
「う~ん……今回も……カエルにしーちゃお! ソレ☆」
ステッキから飛んだピンクの星が、男の取り出した短刀に命中します。すると立ちどころに短刀はカエルへと姿を変えてしまいました。
「クッ!」
男はカエルを放り捨て、侍らせていた美女も見捨てて逃げの一手を打ちます。
「逃がさないよ☆」
カカッと踵で二度ステップを踏むと、石の床があっという間にぐにゃぐにゃになってしまいました。足元を掬われた男はその場ですっ転び、立ち上がろうにも踏ん張りが利かずにジタバタするしかありません。
そんな床をまじょっこは平然と、男の許へと歩み寄ります。
「ほい。つーかまーえた☆」
「クソ! 離しやがれ!」
「じゃあ、今から幾つか質問するから、ちゃ~んと答えてね? 答えてくれたらお仕置き……少し軽くしてあげるからね~☆」
「てめぇに話す事なんざ……ギィヤアアアアアアアアアアアアアア!!」
ここからは可憐な魔法少女らしからぬシーンとなりますので、割愛しておきますね。
ちなみにカルちゃんの探索の結果、ここに囚われていた女性はさっき逃がした娘たちで全員でした。
結果まじょっこはこの男から、他にこの街で活動している組織の情報と女性たちの卸先、即ち依頼主の情報を吐かせ……もとい。どうしてもまじょっこにお伝えしたい事があるというので聞いたところ、更なる悪の情報を手に入れたのでした。
そしてこの夜、クオホナチの街から両手で数える程の悪の組織が壊滅する事になるのでした。
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