第3話 僧侶①

「げっ。オヨメ……っ! 何故こんな所に……」

 そんな二人をトゥーベルはキョロキョロと見回します。

「……お二人はお知り合いで?」

「ええそうなんです」「さあ? こんな頭の中お花畑な女は知らんな」

 色々訳アリっぽいなとトゥーベルは思いました。口にはしませんでしたが。

 キョウソはオヨメを無視する事に決め、トゥーベルを伴って外へ出ると素早く扉を閉めてオヨメを締め出します。オヨメが強引に突破して来ない事を確認すると、トゥーベルに囁きます。

「アレは止めておきなさい」

「御心配には及びません。上手くやって見せますよ」

「もう一度言いますよ? アレは止めておきなさい。アレは貴方の手に負える女ではありません。私の手にも余る女ですからね」

「そ……そこまでですか……?」

 そこまで言われると何だか自信が無くなって来るトゥーベルですが、折角掴んだ好機。みすみす逃したくはありません。

「いえ……必ず上手くやって見せます。私達の明るい未来の為に、ね」

「…………そうですか。まあそこまで言うのであればやって見ると良いでしょう。其方の方は期待せずに待っていますよ。くれぐれも、本題の方もお忘れなく」

「はっ。重々承知致しております」

 これで用は済んだと、キョウソは心なしか急ぎ足でトゥーベルの屋敷を後にします。よっぽどオヨメからさっさと離れたかった様です。

 人目のない路地裏に入ると、壁に向かって先端に宝玉の付いた短杖を取り出します。

此方こなた彼方かなたを繋げ。転移門ワープゲート

 キョウソが呪文を唱えると杖に付いた宝玉が光ったかと思うと、その光が壁に当たり直径二メートル程の魔法陣が描かれます。魔法陣が完成すると陣全体が輝き出しました。それを確認するとキョウソは躊躇いなく魔法陣の中へと身を躍らせます。キョウソが何処いずこかへと転移したあと、魔法陣は静かに、何の痕跡も残す事なく消えていました。


 キョウソが転移門ワープゲートを抜けて出た先は、木々が鬱蒼うっそう生茂おいしげる森の中でした。

その一区画を切り拓いて臨時の拠点が作られています。今現在も下っ端の魔族達が森をえっさほいさと手作業で切り拓いています。魔法でドカンとやると魔法少女達に気付かれてしまいますからね。いずれバレるとしてもそれは出来るだけ先であるに越した事はありません。

 魔族達のお目当ての場所はいち早く拓かれ、その姿を簡単に拝む事が出来ます。それは魔王が封印された内の一つ。ここは忘れられた封印の地。魔王のからだ、その右腕が封印されている祠が、三百年の時を経ても一切朽ちる事無くその姿を保っています。

 魔族達はこの祠の封印を解こうとしていましたが、そこは『始まりの魔法少女ラブリーマジカル』の施した封印です。魔族の力ではどんな事をしてもビクともしません。勿論、ヒトの力でも。そんな時魔族の将がある一人の人物に目を付けました。それがキョウソことプロペートでした。もう一月ほど前の事です。

「おい、坊主。勝手に何処へ行ってやがった」

 頭ごなしにキョウソをとがめて来たのは、額に一本角を生やした筋骨隆々な魔族の男でした。赤黒い肌と相まって、所謂鬼の様な外見です。赤黑いオーラの様なものを纏ってキョウソを威圧して来ます。

「いつどこへ行こうが私の自由です。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」

 キョウソは一切臆する事無く応えます。

「ハウラ。控えなさい。彼には大事な仕事を依頼しているのです。そこには彼の自由を制限する契約は含まれていません」

「しかしセニュエロ様! そ奴は信用なりません! 聞くところによればかの勇者の仲間と言うではないですかっ!」

「控えろと言いましたよ」

 ハウラと呼んだ鬼魔族をギロリと睨みます。その視線に、不服ながらもハウラは黙ります。それと同時に赤黑いオーラも立ち消えました。

「心配せずとも彼は裏切ったりはしませんよ。契約を重んじる所は我々と似た所があるお方ですからね。特にコレに関しては決してね」

 そう言って指を金貨の形にしてみせます。

しかり。なにぶん私も色々と物入りでしてね。どうしても先立つ物が必要な訳です。信仰だけでは人は生きてはいけませんから。そうだ。どうです? 皆さんも私の教えを受けて見ませんか? 私は星霊教の坊主達とは違いヒトも魔族も教えの下には平等だと考えています。魔族の方の信者も随時受け付けていますよ」

 本気か冗談か、魔族に入信を勧めています。

「そも、星霊とはこの星の万物を生み出した超常存在。現存する奇跡です。彼の存在はこの星にあまねく存在し、その恩恵を万物に授けています。ヒトも動物も植物も、山も川も海も、何でしたらそこらに転がる砂の一粒にさえ。それは異世界より現れたあなた達魔族であっても例外ではありません。だというのに、彼の存在を信仰する星霊教徒達の愚昧さと言ったら。見るに堪えませんね。異分子たる魔族には星霊の恩寵おんちょうがない物と決め付け、それを以て滅ぼさねばならぬなどとぬかしています。全く度し難いとしか言い様がない!」

 キョウソの弁が段々と熱を帯びてきます。

「プロペート殿はそんな星霊教を正そうと?」

 セニュエロがプロペートの思想の先が何処へ向いているのか尋ねます。

「はっはっはっ! そんな無駄な事に割く時間は刹那もありませんね。頭の腐った坊主達に何を言った所で、太陽に向けて灯火をかざす様なもの。何の意味もありません。それにそもそも私が信仰しているのは星霊様ではありません。確かに彼の存在は偉大で欠くべからざるものではありますが、『神』には及びません」

 神という言葉にセニュエロがピクリと反応しますが、キョウソは気付きません。

「『神』とはそれ程の物ですか?」

「然り。この空の遥か彼方に存在する無限の星々、それら全ての星霊達を生み出した存在! と私が決めましたから。概念上の存在として、人々に教えを説くのに都合が良いのでね」

 キョウソの宗教談義が一区切りしたと見て、セニュエロは別の話を振ります。このまま喋らせてるといつまでも喋っていそうだと感じたのかどうかは分かりません。

「そうそう。今日も二人、新しく若い女性を捕まえて来たと報告がありましたよ」

「おお! そうですか。ご協力感謝します」

「いつもの場所に軟禁してありますので、後はお好きな様に」

「はっはっ。これでまた封印解除に一歩近づくと言うもの。引き続きよろしくお願いしますね」

 そう言うとキョウソはいそいそと、女性達が軟禁されている場所へと向かって行きました。

 その背中を見送ったセニュエロは、あの女達が封印解除の何の役に立っているのだろうかと疑問を抱いていました。生贄に捧げる訳で無し、乱暴するでなし、しかも暫くすると解放までしてしまいます。

 ただ結果として、新しい女性が連れて来られると封印への侵攻度がグンと増すのは事実で、まあ当人が必要だと言うのだから必要なのだろうと、こうして頼まれるまま供給し続けているのが現状でした。

「金で簡単に操れる男かと、当初は思っていたが……中々に良く分からぬ奴よ」

 どこか楽しそうにセニュエロは笑っていました。


 女性達の軟禁小屋は、魔族の拠点の一番端。最もヒトの領域に近い場所に、敢えて作られていました。これもキョウソの希望でした。

 今現在、この軟禁小屋には新たに連れて来られた二人を含めて、計五人のうら若き女性が閉じ込められていました。特に拘束具などはありませんが、小屋に窓は無く、唯一の出入り口であるドアの外には常に魔族の見張りが二人立っています。基本中の女性達には不干渉ですが、あまり騒ぐ様だとそれなりの罰を受けました。

 また希望すれば、魔族の見張り付ではありますが拠点の中を出歩く事も出来ます。ずっと小屋の中では健康を害する恐れがある為と、セニュエロからの指示でした。

 小屋の中では新しく連れて来られた二人を、先に居た三人がなだめているという状況です。

 そんな小屋の周りをウロウロと歩き回り、ニヤニヤと笑っている気持ちの悪い男が居ます。そう、キョウソです。しかも、「ふぅ~う、キタキタキタキタキター! フォー!」等と小声で奇声を発していて、気持ち悪さに拍車を掛けています。

 小屋の中など透視でも出来なければ見る事など不可能な筈ですが、キョウソは小屋の中の方へと視線を向けては気持ちの悪い笑みを浮かべています。何かしらの魔法で透視しているのか盗撮の様な事をしているのか、はたまた妄想で補っているのかは定かではありません。壁に耳を当てたりもしています。

 そんないつもの様子を、いつもドン引きで見守らなければならない魔族の見張り達。どんなに内心「うげぇ」と思っていても、この場で口にする事は許されていません。勿論持ち場を放棄する事など言語道断です。ただただこの地獄の時間が過ぎるのを待つばかりです。

 そのままおよそ三十分程、この地獄の時間が続きました。

 キョウソは一頻ひとしきり堪能すると、それはもうスッキリとした笑顔を浮かべています。先程までの異様な光景が嘘だったかの様に、後光でも射しているかのような神々しさすら感じさせます。

「さて、それでは作業に取り掛かるとしましょうか」

 その状態で、キョウソは封印の祠へと向かいます。

 魔法少女達が使う魔法は、この星で広く使われている星霊の力を借りて行使されるものとは異なり、何だか良く分からないチカラと良く分からない理屈で以て絶大な効果を発揮します。

 魔法少女達が言うには、「愛と正義の心です」との事ですが、キョウソには全く意味が分かりません。

 そんな意味不明な魔法の封印を解くには、その訳の分からない魔法の構築式を一から解析し解読し、適切な解除方法を選択する必要があります。封印は鍵と違い開けられる事を前提として作られていない為、キョウソの経験上そもそも解除方法などなく、結局力技になる事も多いのでした。とは言え、力技で破壊するにしても、闇雲に力をぶつけるより遥かに効率的に破壊できるため、魔法の解析作業は欠かす事は出来ません。

 それを成し得るのはキョウソが持つ魔法に関する天才的な頭脳と、それ以上に尋常ならざる集中力の賜物たまものと言えます。

 それによって疲れた脳を癒すための作業が、先程までの変態行為……もとい、教義にのっとった自己の欲求に対する救済措置を行っていたのでした。

 今日も全身滝に打たれたかの様に、汗でずくずくになりながら解析を進める事凡そ一時間。一ヵ月間続けて来た解析作業は全体の九割を超え、封印の解除も間近に迫っています。

「かはぁっ!」

 キョウソは封印から離れ肩で息をしていたかと思うと、そのまま仰向けに倒れ込みます。

 今日の作業はこれで終わりです。

 キョウソは地面の冷たさに心地よさを覚えながら、そのままの体勢で呼吸を整えます。ひんやりとした森の空気と地面に身も心も任せていると、まるで自身がこの星そのものになった様に、即ち自身が星霊へと昇華したかの様にキョウソは感じる事がありました。

「ご苦労様です。順調そうですね」

 このまま『神』の領域まで到達出来るのでは? と意識の手を遥か彼方に伸ばしていたキョウソは、現実の無粋な声で引き戻されてしまいました。

「そうですね。このまま妨害もなく順調に行けば後数日で解析作業は完了します。そうすれば近々封印の解除も適うでしょう」

 ゆっくりと目を開けながら、瞑想の邪魔をされた苛立ちをおくびにも出す事なく、声を掛けて来たセニュエロに作業の進捗しんちょくを伝えます。

「それは重畳ちょうじょう。ではこちらも準備を進めるとしましょう」

 そう言ってセニュエロがキョウソの許から離れようとした時でした。

 キョウソがガバッと勢い良く立ち上がったのと、セニュエロが顔色を変えて東の空へと振り返ったのは、ほぼ同時でした。

「この気配は……」

「魔法少女……っ!」

「全員伏せて動かない様に! 良いですね!」

 焦るキョウソの指示をセニュエロが拠点に居る魔族達全員に通達します。取る物も取り敢えず、全員その場で地面に伏せて呼吸すらも出来る限り抑えるようにしています。

 それを確認する事無くキョウソは杖を地面に突き立てると、宝玉に手をかざします。

「失われし姿よ再びその姿を現せ! 欺瞞の小世界リクリエイト!」

 キョウソが呪文を唱えると、周囲の景色が宝玉に記録されていたこの地の過去の姿──魔族達が切り拓く前の姿──に上書きされて行きます。

 これは元の状態に戻している訳ではありません。視覚、聴覚、嗅覚、他ありとあらゆる感覚に対して錯覚を起こさせる偽装空間を作る魔法です。こんな事もあろうかと、あらかじめキョウソが用意していたのでした。キョウソの作り出すこの空間は、魔法的な直感すら騙し切る事が出来る優れモノでした。

 記録していた森の姿には魔族の姿は当然ありません。ですので、魔族達の姿も全て感じ取れなくなっています。それでも動いたりするとそこに僅かなズレが生じる事があり、それを魔法少女が見逃してくれるかと言えば、きっとノーでしょう。ですので、全員を地面に伏せさせていました。

 キョウソの魔法による偽装が完全に整ってから数十秒後──。

 キョウソの視界にまばゆいばかりに輝くピンクの彗星が現れました。それはキョウソの直上までくるとピカッ☆とまたたいたかと思うと、無数の流星群となって地上に降り注ぎます。

 ケバケバしいまでにピンクな流星群に目を奪われていると、キョウソに背中を向けてシュタッ☆と着地を決める一人の少女。キラキラ光るお星さまをあしらった、ピンクを基調としたフリフリの衣装に身を包んでいます。

「悪の気配を察知して! 愛と平和の魔法少女♡ ピンキーマリー華麗に参上! 悪戯も過ぎるとお仕置きしちゃうゾ☆」

 キラッ☆

 とピンクな星を散らしながらポーズを決めて振り向きます。

「って、キョウソじゃん。こんなトコで何してたのかな~?」

「お久しぶりですまじょっこさん。この辺りに魔王の封印があるらしく、後学の為に見学に来たのですが……御覧のあり様で。ここまで完全に森に埋もれているとは思っていませんでしたよ。まじょっこさんは何処にあるか知りませんか?」

「どーせまたロクでもない事企んでるんでしょー? 知ってたって教えてあげませんよー。あと、まじょっこ言うな! ピンキーマリーちゃんだゾ☆」

 まじょっこは何か隠してるんでしょと言わんばかりに、露骨に周囲を見回しています。

 肉眼で見ているだけにしか見えませんが、恐らく高度な探索系の魔法を多重展開しているはずです。可愛らしい容姿に騙されがちですが、魔法少女の操る魔法が非常に厄介極まりない事を、キョウソは良く知っています。

 大丈夫大丈夫と心では念じながらも、おもてには余裕の笑みを貼り付けています。

 何も怪しい物が見つからなかったのでしょう。まじょっこは「あれ~? おっかしーなー……。確かに此処から魔族の魔力を感知したんだけど……」とブツブツと呟いています。

「ねえ、キョウソは何か知らない?」

「さあ? 私もここには先程来たばかりですので。まじょっこさんの気配を察知して逃げて行ったのでは?」

「う~ん……。そういう感じの跡もないんだよねぇ。ここから突然消失したー……みたいな? 何かそんな感じなんだよね」

 まだ諦めきれないのか、暫く周囲をウロウロしていましたが、やはり何も見付からなかったのでしょう。トボトボとキョウソの所へ戻って来ます。

「その様子ですと見付かりませんでしたか」

「むぅ~~」

「今回は相手の方が一枚上手だったという事でしょう」

「う~ん。でもまぁこれだけ探して見つからないんだし、そう言う事……なんだろうね。あ~あ、無駄足だったかぁ」

「もしそれらしい痕跡があればお知らせしますよ」

「うーん……。じゃあここの事はキョウソに任せておくよ。魔法少女は忙しいからネッ☆」

 まじょっこが小さな翼の生えた可愛らしいステッキを一振りすると、まじょっこの足元からピンクの光がまじょっこの体全体を包み込みます。

「最後に一言忠告しておくよ。魔王の封印を見付けちゃっても触らない様にね! 恐~い魔王さんが、一部だけだけど復活しちゃうかもしれないんだから。いいね?」

「分かっています。十分気を付けますよ」

「んじゃ。まったね~☆」

 そう言うと、ピンクの星を撒き散らしながらばひゅーんと効果音を鳴らてまじょっこは東の空へと消えて行きました。

「やれやれ。何とかこの場はやり過ごせましたか」

 誤魔化せたとは言わないところがキョウソの心中を物語っています。

「これは少し急がないといけませんかね……」

 まじょっこの気配が感じ取れなくなるのを確認してから、キョウソは空間偽装の魔法を解除するのでした。

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