第2話 戦士①

「オヨメじゃねーか! はあああああああ……。とんだ時間の無駄遣いだったわ……」

「ウルセー。いいから帰って! あんたは邪魔だからさっさとどっか行って!」

「はあ……言われなくてもそうするよ。じゃあな」

 そう言ってアストラがスタスタと歩き去ろうとしているのを、豚面が引き止めます。

 そりゃぁそうでしょう。黙って逃がす訳には行きません。

「おい。待て。待って! 良いからちょっと待って!」

 無視してスタスタと歩いて行くアストラに豚面が必死になって追いすがって来ます。

 いい加減鬱陶うっとうしくなったアストラが豚面の方を向いて一言。

「好きにしろ」

 もう用は済んだとばかりに再び歩き出します。

「いやいやいやいや! お願いだからあの女引き取って! 知り合いなんだろ! 何かやべーんだよ! お願いします!」

「だが断る!」

 キッパリと、そしてハッキリと、取りつく島もなく豚面の必死の頼みを両断します。

「そう言わずに、そこを何とか……」

 それでもなお食い下がる豚面の肩が、ポンポンと叩かれます。

「何だよ、今大事な話をしてるとこなんだ、邪魔すんじゃねぇ」

 肩を叩く手を払いのけて振り向くと、そこには例の女が居ました。

「そんな奴は放っといて、さっ、続きをしましょ」

 右手で豚面が着ていた鋼鉄製の鎧を握り潰して掴むと、左手でユーシャにしっしとどっか行くように促しています。

「言われなくてもそうするさ。もう一つの方は当りだといいが……」

「いやあああああ待ってええええええ!」

 スタスタと歩き去って行くユーシャと、オヨメと呼ばれた女に引き摺られて行く豚面。

 その後さっきのおじさんが呼んで来た救助隊が到着するまで、オヨメによる強制誘拐ショーが繰り広げられていました。


「はぁ……今日も収穫無し……か……」

 救助隊が駆けつけるや否や、諸手を挙げて歓迎した魔族達は歓喜の涙を流しながら一目散に逃走して行きました。

 その様子に救助隊は唖然とするばかりでした。

 凶悪な魔族達に果敢に挑む救助隊の面々。恐怖に怯えるか弱い女性──オヨメの事です──はそんな中の一人に一目惚れ。助けた女性の儚さに──オヨメの事です──心惹かれる男。そして二人は……的な妄想をしていたオヨメの落胆ぶりといったらありませんでした。

 救助隊に連れられクオホナチの街に入ったオヨメは、詰所で簡単な事情聴取を受けると解放されました。

(あ~あ……。こんな事ならいっそあの魔族の中の誰かでも……いやいや。まだ人間のお嫁さんになるのを諦めるのは早い! ハズ……っ)

 何やら見境が無くなりかけているこの女性、オヨメこと本名はセレーネ・キエロ。ピチピチの二十歳で御座います。燃える様な赤髪赤目が印象的な女性です。

 五歳の頃に近所のお姉さんの結婚式を見て、将来は素敵なお嫁さんになると決意をしました。

 それから十と五年。ひたすらに花嫁修業を積み、今では大陸最強の戦士となっていました。剣などの武器の類一切を生まれてこの方一度も握った事はありません。

 しかし酒場で大陸一の強者は誰か? と問えば、

「セレーネに決まっている!」

 と勇者を差し置いて名前が挙がる程に勇名を轟かせていました。

 お陰で真面まともな男はセレーネを避け、寄って来るのは無謀な腕自慢の男達ばかり。時々、噂の印象だけしか知らず、町娘然とした雰囲気にそれと気付かずアタックしてくるボンヤリさんもいましたが、それと知ると慌てて逃げ出してしまいます。そんなこんなで、あくまでも『素敵なお嫁さん』になる事が目的のセレーネは、来るもの拒まずの精神でロクデナシ達にも猛アピールしましたが、結果は全て玉砕していました。

「あんたに俺は相応しくないぜ」

 口を揃えて皆そう言って、セレーネの前から去って行くのでした。

 十五で成人を迎え結婚出来る様になってはや五年。それは振られ続けの五年でもありました。

 たゆまぬ努力がいつか結実するその日を夢見て、今日もオヨメは出会いを探しています。


 そんなオヨメが何処かに素敵な出会いはないかと、周囲をキョロキョロと物色しながら初めての街を散策していると、いかにもガラの悪そうな男達が三人、オヨメを取り囲みます。

 オヨメの恰好はどこからどう見てもただの町娘。実際、生まれも育ちも両親もご先祖も一般庶民です。剣や鎧で武装していたりは、当然しません。傍から見れば単なるお上りさんにしか見えません。つまりは良いカモです。

「ひゅ~。ねぇちゃん可愛いねぇ。どうだい? 俺らと遊んで行かないか?」

 そう言うとオヨメの許可も得ず肩を抱き寄せると、無遠慮にオヨメのお尻を撫でまわします。

 それを残りの二人はニヤニヤと楽しそうに眺めています。

 周りの住人達は我関せずとばかりに足早に立ち去るばかり。だれもオヨメを助けようと言う者は居ませんでした。

 もしかするとこの街では有名なワルなのかもしれません。

 当のオヨメはと言うと、

(キャッ。何て大胆なのかしら。初対面でこんな積極的に体を求められるなんてきっと凄く相性が良いに違いないわ! もう結婚するしかないわね!)

 などと、頭の沸いた事を考えていました。

 まさか男達も使い捨ての遊び相手がこんなヤベー奴だとは想像もしていないでしょう。

 当然オヨメは何の抵抗もする事なく、男達に促されるままに嬉々として路地裏へと連れ込まれて行きます。この先に良い場所があるから、と。

 それは男達がいつも使っている連れ込み部屋の一つ。無理矢理連れ込んだ女を使い倒して後腐れなく捨てて行く、そんな場所です。

 まさかお婿にされそうな危機とは露知らず、抵抗が無い事を良い事にグイグイと引っ張って行きます。

 あとは部屋に押し込むだけ。そんな時でした。

「貴様ら! 嫌がる御婦人を無理矢理連れ込もうなどとは男の風上にも置けん奴らだ! その薄汚い手を彼女から離しなさい! さもなくば……」

 キラリン。陽光を反射して抜き身の剣が光ります。

 オヨメの目からでなくても素人丸出しの構えです。

 体付きもおよそ荒事向きでないのは一目瞭然。真面に剣を振った事などないでしょう。

 しかしこれはオヨメが先程描いていた妄想にも似たシーンです。

「ああ! どうかお助け下さい! この人たちに『無理矢理』にっ!」

 即座にターゲットを切り替える変わり身の早さ。流石は大陸随一の戦士です。

 男達は「ええっ?」と驚きましたが、むしろ好都合だと思い直します。

 三人はチラっと顔を見合わせると、剣を構える男に向かってどこか棒読みな口調で、まるでオヨメに聞かせるための様な台詞を吐きます。

「チッ! あんなの相手にしてられっか!」

「フンッ! 元々本気じゃねーよ! バァーカ!」

「あ~あ、白けちまった。次行こうぜ次」

 そう言いながら男達はオヨメから手を離し、剣を構える男の横を通り過ぎて行きます。

 そのすれ違い様。

(じゃ、後でヨロシクお願いしますよ)

(ああ。分かっている)

 男達はグル──というか剣の男に雇われていた様です。

 そんな様子はバッチリオヨメの視界に入っているのですが、脳が認識していない様子です。

 男達が去ると、助けに入った男は剣を仕舞いそっとオヨメに手を差し伸べます。

「間に合って良かった。大丈夫でしたか、お嬢さん?」

「あ……はい。助けて頂いて、ありがとうございます」

 腰が直角になるほど深々とお辞儀をするオヨメさん。

「いえいえ。当然の事をしたまでです。良ければ御自宅までお送りさせてくださいませんか」

「あ、いえ。私はこの街にはたまたま来ただけで……その……」

「そうでしたか。……もう今日の宿などはお決まりでしょうか」

「いえ、まだです」

「でしたら、可憐なお嬢様を一晩おもてなしさせて頂く栄誉を授かれませんでしょうか」

「えっ……。でも……、良いんですか……?」

「ええ、是非」

「じゃあ……お言葉に甘えて」

 にこやかに笑みを交わし合う二人。

 お互いに内心で「ヨッシャ!」とガッツポーズ決め込んでいようとは、当の本人たちも知らないのでした。


 男の家へと向かう道中に自己紹介を済ませた所、男の名前はトゥーベル・ソラーニー。歳は今年で二十五歳。独身。街でも有数の資産家でした。

 案内された家も、門から玄関が見えない程の大邸宅です。

「さ、遠慮なくどうぞ」

 トゥーベルはうやうやしくオヨメの手を取ると、屋敷にエスコートして行きます。

 玄関のドアを開けると、主人の帰宅を知った老齢の執事が待っていました。

「お帰りなさいませ旦那様。……おや? そちらのお嬢様は?」

「ああ。セレーネさんと言ってね、僕が是非にと御招待したんだ。よろしく頼むよ?」

「承知いたしました」

「済まない。僕はこれから少し用事があってね。案内はこのじいにさせる。困った事や欲しい物があれば何でも爺に言いつけてくれて構わない。それじゃ、しばしのお別れだ。くつろいで行っておくれ」

 トゥーベルはそう言って、オヨメの手を取って甲に軽くキスをすると足早に自室へと向かいました。

 それをポーっとしながら見送ったオヨメは執事の声で意識を現実へ戻されます。

「ではセレーネ様。こちらへどうぞ」

 そう言って案内された部屋は、庶民の一軒家がすっぽりと収まりそうなほど広々とした客間。美しい庭が見渡せる開放的な窓。寝室には大人が優に四、五人は寝られそうな巨大なベッド。どこかの御貴族様でもお迎えする様な豪奢ごうしゃな部屋に、オヨメはただただ茫然ぼうぜんとするばかりです。

「それではごゆるりとおくつろぎ下さい。御用の際はそちらのベルを御鳴らし下さい。何処に居ても私に通じる様になっております」

 それではと、一礼して執事は部屋を辞します。

 部屋に一人に残されたオヨメは、このチャンスを逃してなる物かと決意を新たにします。

 巧遅よりも拙速をたっとぶオヨメは一気呵成いっきかせいに押し切る積りの様です。問題はそういう所ではないのですが、中々自覚すると言うのは難しい様です。

 部屋に置かれた家具、その配色、配置、などなどくまなくチェック。それが済むと窓からの庭の景色を眺め、その後に庭を散策。植えられた植物の種類や剪定の仕方なども余さず頭に叩き込んで行きます。

 何かを警戒している訳ではありません。ひとえにトゥーベルの人となりを把握するための情報収集です。後はトゥーベルの自室を見られれば上々ですが、今は無理でしょう。

 得られた情報を分析し、花嫁修業で得た知識と去って行った男達との経験から、トゥーベルは野心家ですが小心者。自己愛が強い傾向にあり、時に目的の為には手段は選ばない人間だと読み取りました。

 結論。

「これは妻として支えがいがあるわね!」

 ぐふふふふと気持ち悪く笑っています。オヨメさんはとんでもなく気が早い様です。

 あと、十五年の花嫁修業では男を見る目は養われなかった様です。

 取り敢えず今晩夜這いを掛ける事は決定し、既成事実を作った上で結婚を迫るのがオヨメの初手です。

 対して、明確な意図を持ってオヨメを屋敷に連れ込んだトゥーベルはと言うと、用事がある等と言うのは当然真っ赤な嘘。自室にてオヨメをどうやって拘束するかを思案していました。

 そう。トゥーベルはオヨメがあのセレーナと知って屋敷に連れ込んだのです。

 その性格、行動パターンなどを調べ上げ、予定通り屋敷に連れ込む事には難なく成功していました。しかし問題はここからです。トゥーベルはオヨメを嫁にするために連れ込んだ訳ではありません。別の目的があっての事です。その為にはオヨメを捕らえる必要があるのですが、相手は大陸最強の戦士。当然尋常な手段では成し得ません。

 夕食に一服盛るのは当然として、二の手三の手を考えていました。そんな時──


 チリーン


 と門に据え付けられている魔法の呼び鈴が鳴りました。

 トゥーベルは今日は来客の予定はなかった筈だがと思いながら、一応手帳を確認しますが空白です。予定が空いているから今日決行したわけですから当然です。

 暫くすると爺が部屋の外から「プロペート様がお越しです」と声を掛けて来ました。

「何っ!? 直ぐに行く!」

 トゥーベルは慌てて部屋を出ると、駆け足で玄関へと向かいます。

 玄関まで来るとスラリと背の高いメガネを掛けた白髪青眼の中年男性がにこやかな笑みを浮かべて待っていました。黒の僧衣はこの大陸で信仰されている星霊教では見られない物ですが、この御仁はいつもこの格好なのでトゥーベルは特に驚きません。

「お待たせして申し訳ございません。今日はどういった御用件でしょうか?」

「いえいえ。こちらこそ急にお邪魔をして申し訳ありません。近くを通りかかった物ですから、御挨拶でもと思いましてね」

「そうでしたか。ささ、こんな所では何です。どうぞ奥へ」

「それには及びません。本当にお顔を拝見しに寄らせて頂いただけですので」

 プロペートはトゥーベルの誘いをやんわりと断ります。

「ああそうそう。お頼みしていた例の件。いかがですか?」

 寄った用事はこれだった様です。

「はっ。順調に御座います」

「そうですか。それを聞いて安心しました。くれぐれもよろしくお願いいたしますね。それでは今日はコレで失礼しま──」


 ガチャリ


 何か部屋の外から聞いた事のある声が聞こえて来るなと思ったオヨメが顔を出します。

「ああ。やっぱりキョウソだわ」

「げっ。オヨメ……っ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る