第1話 勇者①

「きゃあああああああああああ!」

 町から少し離れた街道で、若い女性の悲鳴が響き渡ります。

「大人しくしてりゃ手荒な真似はしねぇよ」

「ヘッヘッヘッ。大人しくしていなくても手荒な真似はしねぇけどな!」

 子供ほどの背の単身痩躯たんしんそうくの魔族が四人と、熊の様に大柄な魔族が一人、五人の魔族が一人の女性を取り囲んでいます。どう見ても無事では済まなさそうな状況ですが、口ぶりからすると案外無事で済むのかも知れません。

「お願いします! どうか見逃してください! どうかどうか……」

 しかし突然魔族に取り囲まれた女性は恐怖に震え、冷静な判断は出来そうにありません。

「安心しな。別に取って食おうってぇ訳じゃぁねぇ。大人しくしてりゃぁ、直ぐとは言わねぇが町には帰してやるさ」

 リーダーと思しき巨躯の魔族が女性の顔を覗き込みながらささやきます。

 本人としては出来る限り優しく接している積りなのでしょうが、より一層恐怖をあおっているだけなのが滑稽こっけいです。

「ヒィィィィィ……。どうかどうか……、お助け下さい……っ!」

 そんな反応には慣れているのか、巨躯の魔族は手下達に合図し女性を逃げられない程度に、手慣れた様子で拘束していきます。

 もう諦めの表情で涙を流すだけの女性を短身痩躯の魔族の一人が、見た目に似合わずひょいと抱えると、これで用は済んだと魔族達がその場から立ち去ろうとした時でした。

「そこまでだ魔族ども! 死にたくなければ大人しくその女性を解放するんだっ!」

 まるでそのタイミングを狙っていたかの様に、魔族達を見下ろせる位置から一人の男が現れます。

「……っ!? 何奴!」

「貴様ら魔族に名乗る名はないっ! とう!」

 飛び降り、すれ違い様に一閃。

 囚われの女性を救い出し、そっと地面へと降ろします。

「きぃさまぁぁ! よくもオレの部下をっ! この魔軍第一〇二師団東部大陸派遣大た……ぐがぁぁぁ!」

「長いっ!」

 何やら所属を名乗っている最中の巨漢魔族を、男は一刀の下にほふっていました。

「き……貴様! 名乗っている最中に襲い掛かるとは卑怯千万! なんと野蛮なヤツだっ!」

 残った三人の痩躯な魔族達が、男に非難を浴びせてきます。

 しかしそんな非難などどこ吹く風。

「がっ」「げっ」「ぐっ」

 一切の言葉を交わす事なく全て一太刀で仕留めてしまいました。

 魔族達が完全に死んだのを確認すると、男は女性の下へと歩み寄り拘束を解いてあげます。

「間に合って良かった。御無事で何よりです」

 しれっと言い切ります。

 都合良くあの様なタイミングで現れる訳がないのですが、冷静ではない女性は気付きません。

「あ……たす……助けて頂いてありがとうございます……っ!」

「いえいえ。お安い御用ですよ。では私はこれで……」

「あの……! せめてお名前だけでも!」

「アストラ。アストラ・バリエンテです。良ければ覚えてお──」

 ぐぅぅぅぅぅ……。きゅぅ。

 ………………………………………………。

 ………………………………………………。

 男の腹から大きな音が鳴り響き、何とも言えない沈黙が二人を包みます。

「あはははは……。はぁ……。すみません、ここ二日ほど何も食べて居なくて……」

 恰好良く立ち去る予定が台無しでした。

「あ! では是非私の家に寄って行って下さい! 直ぐ近くですので!」

 助けて貰った御恩には釣り合いませんがと女性は申し訳なさそうにしています。

「とんでもない。こちらこそお言葉に甘えさせて貰ってもよろしいでしょうか」

「はい! ぜひっ!」

 程近くの町の彼女の家で、アストラは腹いっぱいご馳走になったのでした。


 魔王討伐の勇者の直系にして、勇者の装備と技を発展、継承するアストラですが、勇者を名乗る資格はありません。『勇者勇者詐欺』によって出来た国際法により、勇者は資格が無いと名乗る事も示唆しさする事も違法となります。

 その資格を得るには大陸勇者連盟の理事国一国と、加盟国二か国の計三か国以上から勇者の認定を得る必要があります。

 そしてその認定は国の各地方首長の過半数からの推薦を受け、かつ国民の過半数の賛成をもってやっと認定されるという狭き門。しかしそれを得るのが勇者の家系のしきたりとなっていました。ちなみに現在勇者の資格を持っているのはアストラの父ただ一人です。

 なので、アストラはこうして効率良く(?)点数稼ぎに勤しんでいるのでした。


「アストラ様はどこの騎士様なのでしょうか?」

 女性はアストラの持つ、素人が一目見ただけでも分かる程神聖な気配を感じさせる剣に、どこかの王族か大貴族だろうかと考えていました。

「いえいえ。御先祖様が凄い人だっただけの一般人ですよ。この剣は初代が使っていたのを代々受け継いでる物でして。今は武者修行の旅、兼世直しの旅と言った所でしょうか。跡目を継ぐとこうしてこの剣を持って大陸を周って来るのがウチのしきたりでして」

「そうなんですか。御苦労なさってるんですね」

「それほどでもありません。この剣は流石、凄い力を持っていますからね。大分楽をさせて貰っています。……ところで、この辺は先程の様に良く魔族が現れるのですか?」

「いえ……。この辺りでは一度も。北のクオホナチの街の近くでは最近何度か出たって噂は聞いていたのですが、まさかこんな所にまで……」

「……北のクオホナチですか。よし、では次はその街で悪い魔族が居ないか探してみるとしましょう」

 そう言うとアストラは席を立ち改めて食事の御礼を述べると、次なる街へと旅立ちます。

「御武運を、お祈りしています。勇者様」

 そう呟き背を見送る女性を振り返る事なく。


 のんびり歩いておよそ半日、クオホナチの街が見えてきました。

 ぐるりを高い壁で囲んだ城塞都市の様です。

 街の周りには畑が広がっていますが、夕暮れ時のため畑に人気はありません。

 陽が沈み切る前に街に入ろうとする人々で城門は混み合っています。

 アストラはそんな人々の表情を横目でチラチラと確認します。特別魔族の存在に怯えている様子はなさそうだなと感じました。

 知らされていないのか、気にしていないのか、はたまた噂は噂でしかなかったのか。

(センスイービル)

 アストラは小声で魔族感知の魔法を唱えました。

 感知の精度は低いですがその分広範囲を探索できる魔法です。大体半径十キロ程でしょうか。魔族が持っている独特の魔力に反応します。強弱や距離などは分かりません。大体あっちの方に反応があるな、くらいの精度となっております。

 魔族が居るかどうかが知りたいので、この魔法で十分なのでした。

 勿論、中級以上の魔族ともなれば魔力反応を消したり、感知阻害をしていたりしますので、これで反応がないからと言って安心という訳ではありませんが。

 しかして数秒後、街からすこし離れる方角に幾つか反応がありました。当たりです。

(エンラージ、エンラージ、エンラージ……サーチイービル!)

 今度は範囲八倍拡大の高精度狭範囲の探索魔法で街の周囲を再度確認しておきます。こちらは八倍拡大してやっと半径五キロといった程度です。その分対象の位置が正確に分かります。

 消費する魔法力は拡大倍率の更に二倍の十六倍となるので、拡大しすぎには注意が必要です。

 結果、街の近くに魔族の反応はありませんでした。

 かなりの魔法力を使ったはずですが、アストラには疲れた様子はありません。

 ですが半日歩き詰めでした。そう、空腹です。

 街の近くに居ないのをこれ幸いに、魔族狩りは明日以降にしようと決め込んで人混みに紛れて街の中へと入って行きました。

 因みに門は剣を見せたらフリーパスでした。やったね。


 翌朝。

 門番から連絡が行った様で、宿を探していた所を領主の屋敷に招かれたアストラは、久しぶりに豪奢なベッドで目を覚ましました。

 いつもの服は屋敷のメイドさんが洗濯中なので、用意されていたこれまた高価なそうな服を着ると、少し体を動かして動きやすさや引っ掛かりがないかを確認します。

 過度な装飾はないため、動きの邪魔になる事はなさそうです。

 そうこうしていると、メイドさんが朝食の準備が出来ましたと報せに来ました。

 メイドさんに付いて食堂へ行くと、十人は座れそうなテーブルの上座で領主のノルドが待っていました。四十過ぎの恰幅の良い男性です。

「おお! アストラ殿! 昨夜は良く眠れましたかな?」

「ええ、お陰様で」

 ノルドはその言葉を聞いて満足気な笑みを浮かべました。

「それは良かった。ささ、まずはお食事を」

 直ぐ傍の椅子を薦めます。アストラはメイドさんが引いてくれた椅子に座ります。

 他の家族は席を外してくれている様です。

「ノルド殿。最近ここらに魔族が出没していると噂を聞き及んだのですが、真でしょうか?」

 パクパクと凄い勢いで用意された料理を消費しながら話を聞きます。

 その様子に「流石勇者様」とその食べっぷりに感心しながらノルドは答えます。

「ええ、お恥ずかしながら。噂は真です。魔族の反応があれば直ぐに警備兵を送ってはおるのですが、なにぶん街壁がいへきの外。到着する頃には逃げられてしまっている始末で。向こうも少数の部隊ばかりで、どうにも後手に回っておる次第……」

「被害の程は?」

「若い女性ばかりが、かれこれ十人ほど……」

「それは心配ですね……」

「いえ、その女性たちの内半分は一応は街に戻って来ておるのです」

「と、言うと……?」

「魔族にさらわれてからおよそ、十日前後で街に戻って来るのです。そして皆口を揃えて、『親切な僧侶様に助けて頂きました』と言っております。囚われている最中も特に乱暴に扱われる事も無かったと。残りの半分の女性たちも恐らく……」

しばらくしたら無事に戻って来るのではと」

「あまり過信は出来ませんが。どちらにしろこのまま手をこまねいてる訳には……」

「分かりました。では女性をかどわかす魔族達の事、調べて見るとしましょう」

「おお! 是非宜しくお願いします! 街にご滞在中は好きなだけこの屋敷をお使い下さい。入用いりような物が御座いましたらこちらで用意もさせて頂きますので、何なりとお申し付けを」

「大変助かります」

 都合五人前ほどの料理をペロリと平らげると、アストラは席を立ちます。

「それでは早速行って来るとしましょう。幾つか怪しい反応も見つけてありますので」

「頼もしい限りですな。吉報、お待ちしておりますぞ」

 ノルドの言葉に任せろと言わんばかりの不敵な笑みを、アストラは浮かべて見せました。

 これはいい点数稼ぎになりそうだとほくそ笑んでいたのは秘密です。


 アストラは街の外に出ると早速サーチイービルで魔族の反応を探します。

 すると、今日は街の近くに一つ魔族の反応がありました。更に、そこからは少し離れていますがこれも比較的街の近くで反応がもう一つ。

 朝っぱらから大胆不敵な魔族達だなと感心しながら、取り敢えず近い方の反応へと向かいます。

 アストラが街道を急ぐ様子もなくテクテクと歩いていると、向かい側から息せき切って駆けて来る中年の男性が一人。必死の形相ぎょうそうです。きっと魔族に襲われたのでしょう。

「お~~~い! 兄ちゃん! この先はあぶねぇぞ。いっちゃあなんねぇ!」

 危険を報せてくれる中年のおじさんにアストラは、背中の剣を指し示します。

「おお! 剣士様だったか! この先で魔族の連中が五人で若い女の子を襲ってるんだぁ! 助けてやってくれねぇか」

「それは大変だ。急いで助けに行くとしましょう!」

「こっちだぁ! 付いて来てくれぃ!」

 魔族の所に戻ろうとする勇敢なおじさんに先導されながら、急いで現場へと向かいます。

 程なく若い女性の叫び声が聞こえて来ました。

「いやあああああああ! だれか! 誰か助けてええええええええ!」

 悲痛な叫びが辺りに轟きますが、それを聞きとめる者は居ません。皆魔族に恐れをなして逃げ出したか、おじさんの様に助けを呼びに行ってしまっていました。

 短躯の魔族が四人と、豚面の巨漢が一人、五人の魔族を視認したところで、アストラはおじさんに街に戻る様に言います。

 おじさんは心配そうにしていましたが、足手纏いになってはいかんと思い直し足早に立ち去って行きました。きっと応援を呼んで来る積りでしょう。

 おじさんが立ち去ったのを確認し、周囲に人影がない事も確認すると、直ぐに助けに入らず様子見を決め込みます。先日の娘さんを助けた時の様に。

 豚面が怯える女性に話しかけています。

「ブヒヒヒ。幾ら泣き叫んだところで助けなど来ぬわ! さあさ、大人しく付いて来るが良い。心配せずともそう手荒な真似はせん」

 泣き叫ぶばかりの女性の腕を丸太の様な腕で掴み、どこかへ連れ去ろうとします。

 これはいよいよ出番だなと、アストラが出て行こうとした時でした。

「いやっ! 離してっ!」

 女性が儚い抵抗を見せていました。

 儚い抵抗のハズです。何故か丸太の様な腕がいとも容易く振り払われていた事を除いて。

 んん? とアストラは目を疑いました。しかし魔族達も手荒に扱う様子はないようで、きっと力を抜きすぎていたのだろうと結論付けます。

 アストラ以上に何が起きたのか理解できていない人が居ました。豚面です。

 彼は決して力を抜いて居た訳ではなかったからです。勿論握り潰してしまわない様に加減はしていましたが、女性の細腕で振り払えるほどではないはずでした。

「ケケケ。隊長ぅ、幾ら丁重ていちょうに扱えって言われたからって、力ぁ抜きすぎですぜぇ」

 部下の一人からも揶揄からかわれる始末です。

 豚面はそれに苦笑いで返します。

「ブヒヒヒ。いやぁ……中々力加減が難しくてなぁ!」

 何かを誰かに誤魔化すかの様に、無駄に大きな声で言い訳をしています。

「こ……今度は逃がさねぇぞ!」

「いやぁぁぁ! 許してぇぇぇぇ!」

 先程よりは強めに、しかしあくまでも危害を加えない絶妙な力加減を発揮して腕を掴みます。

 が、やはり先程の様にまた腕を振り払われていました。

 豚面は何かがおかしいと、背筋に嫌な汗をじっとりとかいていました。

 部下達はそんな事に気付きもせず、呑気にバカ笑いをしていましたが怒る気力すら湧きません。ただただ目の前の女から視線を逸らせずにいました。それは紛れもない恐怖でした。

 その様子を見守っていたアストラも、どうもこのまま待っていても(都合の)良い状況にはなりそうにないと判断。せめて女性を救ったと言うていだけでも保っておこうと魔族達に声を掛けます。

「薄汚い魔族ども! その女性を解放するんだ! その首、まだ胴体と繋がっていたいのならな!」

 チャキ、と女性から見て一番恰好良く見える角度で剣を構えています。

「何奴っ!」

 アストラの名乗りに、金縛りから解けたかのように振り向く豚面。

 そして助けに現れたアストラの方へと顔を向ける女性。

 アストラと女性の目が合いました。

「何だユーシャかよ。ハズレじゃん。帰れ帰れー」

「オヨメじゃねーか!」

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