ゆ: せ: そ: ま: 

はまだない

右腕編

プロローグ

 それは今から五百年程も昔の事でした。

 この星で一番大きな大陸の西端、そこを治める国に奇妙な闖入者ちんにゅうしゃが現れました。

 彼らは大陸に住むヒトとは異なる姿形をしていましたが、ヒトと同じ様に心を持っていました。彼らは自分たちの事を『フルフテル』と名乗りました。後にそれは彼らの言葉で、逃亡者を意味する事だと知る事になりますが、置いておきましょう。

 その国を治める王は彼らを受け入れつつも、容易たやすく人の目に触れる事の無い様に隔離しながら交流を深めて行きました。

 それから十年。様々な確執を乗り越え、フルフテルの民とその国の民は互いを尊重しあい、手を取り合えるまでになっていました。

 しかし、その蜜月の日々は長くは続きませんでした。

 ヒトとは異なる姿を持った彼らの噂を聞き付けた他国の人間は恐れ、拒絶し、そして──

 排除へと動き出したのです。

 それを知った王は、フルフテルの民を西の大洋を渡った先にある植民大陸へと移住させることを決めました。そこにフルフテルの民の国を作るのだと言って、彼らを送り出したのです。

 大陸へと渡ったフルフテルの民は、王への感謝を忘れる事無く国作りに励み、その大陸全土を支配下に置く強大な国へと成長していきます。

 しかし彼らは決して王への感謝を忘れた事はありませんでした。

 フルフテルの民が大陸へ渡ってから百年以上の月日が経った頃、西端の国が『悪魔の国』として滅ぼされたと知らされました。

 彼らはいかりました。

 嘆き、悲しみました。

 そして決意します。

 ──ヤツらに血の復讐を! ヤツらに死の鉄槌を!


 ヒトの大陸に突如として──当時の人達はそう感じていました──現れた異形いぎょうの軍団。彼らは星霊教の僧侶たちが語る悪魔にも似て、人々は彼らを魔族と呼びました。

 魔族の軍団は瞬く間にヒトの軍隊を蹴散らして行きました。

 互いに足を引っ張り合う事ばかりに腐心していたヒトの国々は、事ここに至っても手を取り合おうとはせず、ただただ無策のまま魔族に敗れて行きました。

 魔族の侵攻は留まる事を知らず、大陸のほぼ全てを手中に収めるまでそう長い月日は必要としませんでした。

 そんな中、僅かに残った国の中に、このまま滅びを迎える事を良しとせず、一か八かの勝負に出る所が二つ、現れたのです。

 一つの国は、国民の全魔法力を強制動員して異世界から一つの武器を召喚しました。

 それは魔族の王をも屠る力を持った剣──後に聖剣ラストホープと名付けられました。

 それを国一番の剣士に託し、魔王討伐の任を与えて送り出しました。

 もう一方の国は、国民の全魔法力を結集して異世界から一人の勇者を召喚しました。

 それは魔族の軍団すら討ち滅ぼす事が出来る力を持った勇者でした。

「きらりーん☆ 愛と平和と正義の魔法少女! ラブリーマジカル! だヨっ!」

 とその勇者は名乗りましたキラッ

 全体的にピンクでフリフリなその少女は、どう見ても十を超えたかどうかと行った所。居合わせた皆が皆、すわ失敗だと絶望しました。

 しかし王は一応念の為に、ダメ元で魔王退治を依頼しました。

「まっかせて! そーんな悪い子ちゃんには、ラブリーマジカルがお仕置きしてあげるゾ!」

 と即決、快諾です。

 両の踵をカッカッと鳴らすとあら不思議、靴から翼が生えたかと思うとそのまま空へと舞い上がり、びゅーんと飛んで行ってしまいました。

 見た事もない魔法を操る少女に、皆は呆気に取られていました。そして思いました。もしかしたらもしかするのでは、と。


 二人の勇者が魔族との戦いに参戦したのを境に、ヒトの大反抗が始まりました。

 二人の勇者の強さは天井知らず。魔族の強大な軍を次々と撃破して行きました。

 形勢は瞬く間にヒトへと傾き、大陸をどんどんと取り返して行きます。

 独自に快進撃を続ける二人の勇者が出会い、共通の目的の為に手を取り合うのは必然でした。

 そしてついに──

 大陸の西端へと魔族を追い詰める所まで来たのでした。


「魔王! 覚悟っ!」

 聖剣を携えた勇者が魔王へと斬り掛りました。

 振り下ろされる強烈な一撃を、魔王は左手に持った盾で弾き返します。

 そうして勇者の体勢を崩し、すかさず右手に持った槍で胴を狙って一突き。

 吸い込まれる様に魔王の槍が勇者に突き刺さろうとしたその時、不可視の壁に阻まれた槍は宙に静止してしまいました。

「さっせなっいよー☆」

 場違いに明るい声と共に、フリフリキュートにカラフルでマジカルな少女が姿を現します。

 およそそ何に使うのか分からない奇妙な形をしたステッキを片手に、顔の前で横ピースをしながらポーズを決めています。

「おいたしちゃ、いっけないぞー! カエルになっちゃえ~!」

 そう言って少女がステッキを一振りすると、光の粒がステッキの先からほとばしり魔王の持つ槍へと降り注ぎます。するとどうでしょう。たちまち槍はカエルへと変化してしまいました!

「チィ! 相変わらず面白い魔法を使う!」

 カエルになった槍を投げ捨てながら、魔王はどこか楽しそうに笑っています。

 体勢を立て直した勇者が再び斬り掛って来るのを盾でいなしながら、面倒な魔法使いの少女へと魔力の矢を飛ばします。

「そんなの、効かないんだからっ! ネッ☆」

 少女がステッキを横に一振りすれば、光のカーテンが魔王の放った魔力の矢をことごとく弾いてしましました。

「そーれっ! いっくよ~!」

 ステッキを高々と掲げ力一杯振り下ろすと、少女の真上、何もない中空から頭大の隕石が突如として出現し、魔王に向かって飛んで行きます。

「イレイズストライク!」

 魔王がすかさず放った不可視の弾丸が少女の放った隕石と衝突すると、隕石を跡形もなく消滅させてしまいました。少し強めに吹いた風だけが、隕石の名残でした。

「ホーリースラッシュ!」

 魔王の気が隕石に向いた隙を付いて、勇者は渾身の一撃を放ちます。

 魔王は咄嗟とっさに盾で受け止めますが、体勢が十分ではありません。

「はあああああああああああああああっ!」

 気合十分な勇者の一撃はグイグイと魔王を押し込んで行きます。

 ピキピキと盾からも嫌な音がしています。もう長くは保たないでしょう。

 魔王は盾を捨て大きく飛び退りました。

 支えを失った盾は勇者の剣によって地面に叩き付けられ、そのまま真っ二つに割られてしまいました。いえ、割られたのは盾だけではありませんでした。勇者の渾身の一撃は、叩き付けられた大地をも引き裂いていたのです。

 大地を引き裂く衝撃波が、一直線に魔王へ向かって行きます。

「タイタンクラッシュ!」

 それに対抗する様に、魔王は地面に拳を打ち下ろします。

 魔王が放った強烈な衝撃波は、勇者の放った衝撃波と激突。相殺。衝突点を起点として凄まじい爆風を生み出しました。

 間近で爆風を浴びた三者は流石にこれには耐えられず、大きく後ろに吹き飛ばされてしまいました。

 一旦仕切り直しとなった所に、駆けつけて来る四つの影。それは──

「魔王様! 御無事ですかっ!?」

 魔軍四天王でした。

「問題ない。丁度楽しんでいた所だ」

 魔王も二人の勇者も吹き飛ばされはしましたが、掠り傷一つありません。

 四天王を従えた魔王と二人の勇者の闘いは一昼夜に渡って続き、四天王は悉く滅ぼされ、魔王は魂──精神体──と魄──肉体──を九つに引き千切られ、封印されてしまったのでした。

 しくもそこは、魔族が初めてこの星の大地を踏みしめた場所でした。


 その後、二人の勇者はと言うと……。

 聖剣の勇者は国に魔王討伐の報告をすると、未だ各地に残る魔族の残党を倒しに大陸中を旅して回りました。

 そのお陰で、大陸から魔族は完全に駆逐されましたが、『勇者勇者詐欺』が各地で横行しました。それにより正式に勇者と認められた証を持たない者が、『勇者』を自称した場合極刑に処せられる国際法が出来たのでした。関係者をほのめかして財を要求する行為もこれに準じます。

 魔法少女な勇者はというと、封印に結界を施すと、元居た世界に還る事無く留まっていました。大陸から退ける事には成功したとは言え、それらはホンの尖兵に過ぎない事を彼女は知っていたのです。

 ですので再度の侵攻を防ぐために、後進を育成する事にしたのでした。

 彼女の直弟子のは新たな魔法少女として認められ、大陸の東西南北に散って大陸全土を覆い尽くす巨大な結界を張りました。これで強大な力を持った魔族ほどヒトの大陸には踏み込めなくなりました。

 これを見届けると、愛と平和と正義の魔法少女ラブリーマジカルは何処いずこかへと姿を消したのでした。

 その後も、四人の直弟子達は新たな魔法少女を育て上げ、魔法少女は魔法を使う者達の最高位を表す存在へとなって行くのでした。

 但し、魔法少女と認められるには幾つもの厳しい制約を乗り越える必要があるのですが……。


 それから時は流れ三百とうん十年──。

 四方結界を司る内の一人、西の魔法少女が魔族に囚われ、結界に綻びが生じ再び魔族による侵略が始まりつつあります。

 ヒトと魔族の争いは、新たな局面を迎えて居ました。

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