第36話 好意を寄せられて
「シャーロットさんは、どんなお茶が好きですか?」
「どんな……お茶はほとんど飲んだことはないので、好みのお茶などはありません」
「ではお菓子は、甘い物はお好きですか?」
「滅多に口にできなかったので、好きではありますけど……」
「どんな本がお好みですか?恋愛小説などは読んだ事がありますか?今、帝都では推理ものなんかも流行っていますよ」
「修道会にはその手の本は置いていなかったので、あまり詳しくはありません。ただ、レオンが貸してくれたアースノルトに伝わる古い物語は面白いと思いました」
「ドレスはどういったデザインがお好きですか?フワッと広がったものや、ラインを強調するスリムなもの」
「ドレスには縁がないもので……」
「シャーロットさんのイメージでは、フワッとするものが良さそうですね」
何が楽しいのか、ダイアナはずっと私に話しかけてくる。
向かい合って座っているのだから、自然と会話は重ねられていくけど、私からはロクな話題も返事もないのにダイアナはニコニコしている。
その姿はまるで、妹を見守る姉のような姿だ。
ダイアナは、何を思ってこんな風に接してくるのか。
尋問と呼ぶにはあまりにも中身の無いものだし、それこそただの世間話のように思える。
同じ年頃の女性同士で繰り広げるような…………
ダイアナが絶え間なく話しかけてくるものだから、時が過ぎるのも忘れて気付けば馬車はどこかに停止していた。
「シャーロットさん。今日はこちらで休みますので、ご案内しますね」
その場所は、帝国の貴族が所有する別荘地だった。
聖女ダイアナの滞在の為に提供されたそうだ。
深く考えると辛くなるので、もう何も思わないことにした。
見たこともないほど豪華な部屋に案内されると、誰の視線もないのをいいことに、ベッドの上で大の字になって寝転ぶ。
ずっとダイアナと二人っきりだから、とても気疲れしていた。
嫌な時間ではなかったけど、あんな風に無意味な話をするのは初めての事だったから、慣れない事に疲れたのだ。
だからそのまま寝てしまって、目が覚めたら外はすっかり暗くなっていた。
暗い部屋の中で、ポツンと一人でいるのは好きじゃない。
せめて明かりを灯したくて静かに部屋の扉を開けると、部屋の外では壁に寄りかかり、くつろいだ様子のレインさんがいた。
見張り番のようだ。
「お、眠り姫さんが起きたか」
私の顔を見るなり、ニヤリと笑いながら声をかけてきた。
「さっきまでレオンが扉の前で落ち着きなくウロウロしていたが、ちょうど俺と交代した所だ。起こすべきか、休ませるべきか、一人でアレコレ悩んでいたな」
その姿が想像できて、思わずレインさんに訴えていた。
「レインさんにお願いがあります。レオンに言ってください。以前のように普通にしてって」
救いを求めたつもりだったのに、
「無理だ。レオンの好きなようにさせてやってくれ」
どこかで聞いたような言葉を言った。
「ちょっと、俺について来い」
私の落胆をよそに、何処かに向かうようでその背中を追いかける。
庭に出て屋敷の外側をグルリと回ると、部屋の窓辺で立ち止まっていた。
「ほら、ここから中を覗いてみろ」
言われた通りにガラス窓の隙間から部屋の中を覗くと、そこはレオンが使っている部屋のようで、ベッドに腰掛けて顔を両手で覆っている彼の姿があった。
「シャーロットがエルナトだと分かってから、もう、ずっとあんな感じだ」
「あれは、泣いているのですか?」
「泣いているな」
「どうして……」
その理由を尋ねると、
「それまでの過程が過酷で悲惨ではあっても、どんな姿であれエルナトに会えて嬉しいからだろう」
当然と言わんばかりの答えが返ってきた。
「私なんかと会えた事が、あんなにも嬉しいものなのでしょうか……」
とても演技には見えないその姿に、喜んでいいのか複雑だけど、あんな姿を見てしまっては、少なくともレオンを信じようとは思う。
「レオンが張り切って用意したメシがある。こっちに来い」
レオンから無理矢理視線を外し、また、レインさんの背中を追って歩いて行った。
案内された部屋のテーブルには、並々ならぬ思いが溢れたパンが置かれていた。
明らかに意図して切り分けた肉厚のハムとチーズに、見るからにシャキシャキと音がしそうな野菜が挟まれている。
レオンの無言の何かを感じる。
調理人ではなく、レオンがわざわざ用意したこれを食べないと何をされるか、何を言われるかわからない。
椅子に座って、それを手に取る。
「俺に眺められるのが嫌なら、レオンを呼んでこようか?」
「いえ、今は休憩中なのですよね?」
「声をかければ飛んでくるだろうよ」
「いえ、レインさんでいいです。むしろ、レインさんもどこかへ行って構いません」
「俺はお嬢ちゃんの監視役だからな。仕事だ、仕事」
仕事と言いながら、私の前の椅子に座ってくつろいだ様子だ。
二人分のお茶を用意して、一つを音を立てて啜っているくらいだ。
レインさんはサボっているだけだと思いながら、手にした食べ物を口に運んでいた。
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