第37話 誓い
レインさんの無駄話を聞きながら食事を終えて、再び部屋で休んでいると、次第に室内は陽光で明るくなっていた。
ベッドから抜け出して、身だしなみを整える。
身支度を終えて椅子に座ってボーッと窓の外を眺めていると、部屋の扉がノックされた。
出立の時間になって、誰かが呼びに来てくれたようだ。
おそらくレオンだと思う。
扉を開けて隙間から見ると、予想通りに緊張した面持ちのレオンが直立不動で立っていた。
「時間になりましたが、出られますか?」
遠慮がちに小声で尋ねられ、大丈夫だと伝える。
少ない荷物を持って部屋の外に出ると、周りにはレオン以外誰もいないようだった。
「今さらなのですが、俺は貴女のことを敬称抜きでシャーロットとお呼びしてもいいのでしょうか」
隣を歩くレオンから聞かれて、
「シャーロットと呼んで欲しいです。レオンのそれはどうにかなりませんか?」
「それとは、言葉遣いの方ですか?不快だと仰るなら、努力します」
「前と同じようにしてもらいたいだけです」
「わかりました」
「レオンがそんな話し方をすると、距離を感じてしまいます」
壁を作られているようで、急な変化を寂しいと感じていた。
玄関ホールから外に出ると、ダイアナの騎士が近付いてきた。
「レオン。不備が見つかって、出発時間が予定より遅くなる」
向こうを見ると、馬車の周りに数人の職人らしき人がいた。
修理でもしているのかな。
時間がかかりそうならば、どうやって時間を潰そうかと考える。
「では、散歩に行かないか?」
思いつくものがなかったので、レオンからの誘いは有難いものだった。
二人並んでしばらく歩くと、麦畑がどこまでも広がる、黄金の絨毯が敷き詰められているような光景に出会う。
美しい世界。
これが、この大陸の聖女が守っているもの。
「綺麗ですね……」
世界が美しいと思ったのは、いつぶりのことか。
「ここには綺麗なものがもっとたくさんある。シャーロットにもっと見せてあげたい」
私は聖殿から出してはもらえなかったから、自分が守っているものにほとんど接することがなかった。
あの大陸にも、こんな綺麗な場所があったのかな。
あったとしても、今見ている景色のように美しいと思うことはないと思う。
隣にいる人を見上げた。
朝日の中で見るレオンの横顔は、見慣れた人のものにも見えるし、違う人にも見える。
この景色を綺麗だと穏やかな気持ちで見られるのは、隣にレオンがいてくれる安心感からだ。
不思議な感覚だった。
私が見ていることに気付いたレオンが、それを尋ねてきた。
「怖い夢を見たり、していないか?前から時々うなされていたのが、気になっていたんだ。あの日を夢で見ているからなのではないかと」
レオンは変わらず、ただただ私の事を心配してくれている。
私には、その資格はないのに。
「レオンは、私の事を責めないのですか?たくさんの人を見殺しにしていると」
今でもあの大陸を見捨ててここに来たことは、後悔していない。
でも、レオンがどう思うのかは気になっていた。
歩みを止めて真摯な顔で見つめられると、レオンから発せられた言葉は私を責めるものではなかった。
「聖女エルナトは死んだ。殺されたんだ。だからもう、何の義務も責任も負う必要はない。それは、あの大陸に住む者達が選んだことだ。あの大陸に住む者達自身の責任だ。シャーロットがその体で蘇った理由は、俺には分からない。でも今この瞬間はシャーロットのもので、あの大陸を救うために、今のシャーロットが存在しているわけじゃない。放っておけとは言わないけど、あの大陸で起こる事に、シャーロットが心を悩ますことはない」
でもと、レオンは続けた。
「それでも、シャーロットが元いた場所に戻りたいと言うなら、そこに連れて行くし、他に行きたい場所があるのなら、俺が一緒に行く。まだ帝都での生活を体験してもらっていないから、できれば先にこのまま帝都へと向かって欲しいけど。俺は、処刑された時のシャーロットの気持ちは、きっと想像することすらできない。だから、絶対にシャーロットの気持ちを否定しない」
「私が帰らなければ、あの大陸は死んでしまうのですよ?」
「うん。そもそも、あの日にもう終わっている。あの処刑に関わった者達が生きているのなら、俺が復讐したいくらいだ。俺は、月華騎士団の騎士だ。この大陸とダイアナ様を守っている。でも、シャーロットがもう二度と誰かに裏切られることのないようにする。少なくとも俺は、シャーロットを裏切らない。シャーロットにはもう、怖い思いも痛い思いもさせない。もし、俺がシャーロットを守れない状況になった時は、ダイアナ様に守ってもらってくれ。レインだっている」
レオンがいなくなる日が来るなど、想像したくもない。
「矛盾しています。私のことは、最後まで面倒見るって言ったのに」
「今でもそのつもりで、あの時以上にそう思っているし、ここで宣誓してもいい」
レオンが膝をついて私の手を握り、今にも何かを言いそうだったから私の方がそれを止めた。
「騎士が二度も誓いを立てるものなのですか!?」
「騎士としてではない誓いなら立てられる」
「レオンの誠意は分かりましたから、もう行きましょう」
跪いて私を見上げていたレオンから離れると、熱のこもった視線から逃げるように来た道の方を指さす。
ちょうどレインさんの姿が遠くに見えて、
「よ、呼びに来てくれたようですよ」
そちらの方に駆け出していたのは仕方のない事だと、自分に言い訳していた。
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