第25話 レオンという人

 室内に入り込む陽光で日が暮れかけている事がわかる頃に、外から声がかけられた。


「シャーロット。夕食を食べに行こう」


 レオンの報告は終わったのか、モフーを袋に入れてテントの外に出ると、どことなく人を安心させるような顔で私に微笑みかけてくる。


「ずっと一人にしてて、すまなかった」


「いえ、私の方こそ気にかけていただき、ありがとうございます」


 その隣では、レインさんが何を考えているのか分からない、ニヤリとした笑いを向けてくる。


 きっとレインさんみたいな人は、相手の反応を、私の嫌そうな顔を見て楽しんでいるのだろうから、相手にしないのが一番だ。


 スタスタとレオンの後ろを無言で歩いて行くと、騎士達が利用する食堂は、調理場が併設されているちゃんとした建物だった。


 意外と広々とした場所で、夕食の乗ったトレーを受け取って席に着くと、向かいに座ったレインさんが勝手に報告した内容を喋りだした。


 私が聞いてもいいものなのか、レインさんは構わず喋り続け、レオンも特に止める様子はない。


 船での食事風景と同じだと思えば、そうなのだけど……


「あいつら、どんな神経をしているんだろうな。聖女エルナトを処刑した日に、王太子の結婚を執り行ったのだから」


 狂っているとしか言いようがない。


「連中は、滅んで当然なんだよ。胸糞悪い」


 それには同意するけど、黙って聞き流していた。


「レインの言葉に補足するなら、隊長が戻って来るころには完全に港は封鎖される。生活に困る者も出て来るだろうし、ドールドラン大陸から不法に侵入して来る者もいるはずだ。これからの俺達の任務は治安維持になる」


 真面目な顔でレオンがそれを言えば、周りにいた人達もピリッとした空気になる。


 レオン達が忙しくなって、その間は私がここにいるとしても、さっきみたいにテント内でボーッとしておくのはさすがに嫌だ。


 ずっと考えていたことは、居候はよくないので何か仕事をと思ったのだけど、何をすればいいのかはわからない。


 食後にレオンにそれを伝えると、すぐに相談にのってくれた。


「野営地でシャーロットが手伝ってくれるのは有り難い。ただ、洗濯は力仕事だから、いい訓練になる。だいたいは新人にやらせているんだ」


 たしかに先程、年若い騎士見習いの人達が全力でシーツを絞っているのを見かけた。


「何か得意な事はある?」


 得意なこと……


「これと言ってないので、申し訳ないです。ごめんなさい……何もできなくて……」


「いや、気にしないで。それなら、料理場の方を手伝ってもらってもいいか?人手が欲しいと言っていたから」


「はい」


「じゃあ、丁度いいからこっちに」


 レオンが席を立ち、調理場に移動するからそれについて行った。


「ジーナさん、ちょっといいですか?」


「なんだい?また何か拾ってきたのかい?」


 頭に頭巾を被り、エプロン姿の壮年の女性が振り向いた。


 私と、バチっと視線があう。


「おや、今度はまた……へぇ……」


 意味深な視線を投げ掛けられるけど、それを深くは考えない。


「人手が欲しいと聞いて、それと、俺が不在の時とかもあるのでシャーロットの事を頼みたいのですが」


「ああ、ちょうど良かったよ。お嬢ちゃん、ボチボチ手伝って」


「シャーロットです。お世話になります。よろしくお願いします」


 レオンの紹介だけあって、ジーナさんも人当たりが良さそうだ。


「早速、お皿洗いをしてもいいですか?」


「ああ、そこの山は、夕食後に新人騎士が洗うから明日の朝から頼めるかい?」


「はい」


 それも騎士の仕事なのかと返事をしたところで、調理場なのに、角のカゴの中にふくふくとした猫が丸くなっているのに気付いた。


 モフーが食べられないか、私には関係ないけどちょっとだけ心配だ。


「ああ、その子もレオンが拾ってきた子だよ。その子だけは私が引き取ってね。そんなにふくよかになったのは、私の責任じゃないよ。レオンがガリガリなのが許せないって、あっという間にね」


 私の視線に気付いたジーナさんが、それを説明してくれたけど、私も気を付けないと、ふくよかにされてしまうのか。


 横に立つレオンを見ると、愛しそうに目を細めて猫を見ているから、やはり気を付けなければと切に思った。




 翌日から調理場の手伝いをする傍ら、レオンという人を観察していた。


 真面目。


 堅物。


 面倒見がいい。


 周りの評価はそんなところだ。




「レオン。レインの奴がまた訓練をサボって、放置された新人が困っていたぞ」


「分かった。言っておく」


「レオン、喧嘩だ」


「分かった。止めに行く」


「レオン、迷子だ」


「分かった。親を探してくる」


「レオン。オヤツが足りなくて、団長が拗ねている」


「分かった。何か分けてもらえないか、ジーナさんに頼んでくる」


「レオン、隊長が港町で拾ってきた兄妹をどうにかしてやってくれって。兄の方は体調を崩しているそうで、妹の方は目が不自由らしい。あの人もすぐに何かを拾ってくるから困りものだ」


「分かった、顔を見に行ってくる」




 よく頼まれごとをされて、そして、それらを断る事なく全て自分で解決している。


 お人好しで、人を疑ったことがあるのかな。


 きっと、今まで生きてきた中で裏切られたことがないのだろう。


 何の疑いもなく、私をこんな所まで連れてきて。


 私が裏切ったら、どんな顔をするんだろう。


 レオンに大陸崩壊の片棒を担がせているって知ったら、どうするのかな。


 もう、人を信じられなくなるのかな。


 それとも、そもそも私を信用しているわけではなくて、いつどうなってもいいように、すでに何らかの対処はしているとか。


「シャーロット。ひと段落したから片付けを始める前に、あんたも昼ご飯を食べてきな」


「はい。では、行ってきます」


 ジーナさんから促されて調理場から一度出ると、そこへレオンが紙袋を持ってやってきた。


「シャーロット、千賀鳥の変異種を食べたことはあるか?」


「千賀鳥の、変異種?」


 千賀鳥自体を知らない。


「見た目は食欲が低下する色なんだが、味は一級品だ」


 レオンが差し出してきた包みの中は、黄色と黒の斑ら模様の肉で、確かに食欲が低下する。


「これをパンに挟めば色は見えないから、ちょっと食べてみて」


 建物のすぐ横に置いてあった椅子に座り、渡されたパンに挟まれた物を、おそるおそるかじってみた。


 お肉はとっても柔らかくて、確かに、


「美味しい……」


 思わず呟くと、レオンは満足そうに笑っている。


 またかじってモグモグと口を動かすと、そこでハッとした。


 あのふくよかな猫を思い出す。


 これは、罠だ。


 自分の手元を見る。


 大きめのサンドウィッチ。


 これ一つを食べれば、結構な量だ。


 この体がふくよかになってしまった姿を想像するけど、でも、結局、口に運ぶその手を止めることはできなかった。















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