第26話 星の大陸から訪れた兄妹

 それは調理場のお手伝いを始めてすぐの事だった。


「シャーロット、頼みがあるんだが」


「何でしょうか?」


 調理場にレオンが訪れて、それを告げてきた。


 レオンの頼み事とは初めてじゃないかな。


「隊長が連れてきた兄妹がいるのだが、兄の方は高熱が続いてもう長くはもたないかもしれないんだ。体は大きいが、聞けばまだ15だと言う。それで、妹の方もまだ幼いうえに、両目が不自由だそうで、今日はその兄妹に付き添ってもらえないか?ジーナさん、そんなわけでシャーロットをお借りします。代わりに誰か寄越しますので」


「はいよ」


「わかりました」


 何の疑問も無く言われたテントに入ると、兄と思われる人がベッドで寝ていた。


 その傍に座っている女の子が、妹かな。


「こんにちは。ここの騎士であるレオンに頼まれて様子を見にきました。今は何が必要ですか?」


 女の子は声を発した私の方を向いたけど、視線は合わない。


 でも、何故か嬉しそうに笑い、


「“星”がたくさん!」


 同時に、弾んだ声をあげた。


「お兄ちゃん、私達、ちゃんと“星”の元に辿り着けたんだよ!」


 女の子は嬉しそうに、兄に語りかけている。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。だから、早く元気になって」


 それから、クシャりと顔を歪めたかと思うと、ボロボロと涙をこぼして泣き出していた。


 女の子が泣いたのを心配してか、兄がうっすらと目を開けた。


 彼は顔の半分を大きな布で覆っている。


 私はどうしたらいいのか、立ち尽くしていた。


 女の子の話す“星”に、思い当たる事は一つしかない。


 この子は、まさか……


 兄が視線を動かし、片目だけで私を見た。


「あぁ……エルナト様だ……」


 その言葉に、心臓が大きく音を鳴らした。


 私の動揺をよそに、兄はうわ言のように言葉を続けた。


「エルナト様……申し訳ありませんでした……俺なんかが……貴女の命を……俺は……罪を償うことが……俺は……処刑人として……たくさんの命を奪って……最後は……貴女でした……申し訳ありません……申し訳ありません…………」


 何かを探すように手が伸ばされ、そして宙を彷徨っていたから、近付き、咄嗟にその手を握っていた。


 謝罪を繰り返す彼が、何故私をエルナトと呼ぶのか分からない。


 会った事があるのかは覚えていないけど、その時とは姿形が違うのに分かるはずがない。


 それに、処刑人……?


 私が握っているひんやりとした手は荒れていて、そして硬かった。


「“あの時”も、貴女は、俺なんかの手をとってくれて……俺の頭に、止血の布をあててくれて……この布が俺の……宝物に……なのに……俺は……俺は………あの時……貴女は……自分が無力だと……俺に謝って……そんな事は、ないのに……そんな貴女を……」


 彼の目の端からは、次々と涙が流れていた。


 彼は懺悔しているの?


 処刑人って、まさか……


 わずかに指先が震えた。


 目の前では、命の灯火が消えかけていると言うのに、謝罪の言葉を繰り返す者がいる。


 あの光景が呼び起こされ、身震いする。


 鈍く光る、重々しい斧。


 それを持ってきた、黒い頭巾を被った男。


 この子は、処刑人の一族の者なのだろうか。


 私の命を断ち切った者。


 自分よりも年下で、幼い妹と二人で生きてきた者。


 その短い生涯が、終わろうとしている中、


「貴方を……赦します……どうか、もう苦しまないで………」


 それを言ってあげなければならない気がした。


 同情。


 ただの、同情だ。


 死にゆく者に、ほんの少しの情けをかけた。


 言葉をかけられた兄は泣きそうな顔になり、そして、安堵したような、そんな顔も見せていた。


「俺は……また……貴女に救われました………」


 救われたなどとそんなはずはない。


 父の時も母の時もそうだった。


 私が神聖魔法を使えたら、目の前で苦しんでいる人を助けてあげられたのに。


 苦しんでいる人を目の前にして、手を握り、共に祈ってあげることしかできなかった。


 いつもいつも。


 でも、もうそんな事を思う資格すらない。


 この兄妹が、こんな状態で逃げてこなければならない状況となっているのだから。


 それはあの大陸の人達が選んだのだとしても、この子が無関係ではないのだとしても、私のこの手がもう誰かを救う資格は永久にない。


 聖女としての義務を放棄できた喜びもない。


 復讐を成せたはずの充足もない。


 何もない。


 何もなく空っぽなのだと、この他人の体で感じていた。


「貴方の妹のことは心配しなくても大丈夫です。なので、ゆっくりと休んでください」


 ただ、口からその場しのぎの言葉を吐くことしかできない。


 私の無責任な言葉を聞き、兄は、穏やかな顔で目を閉じた。


 ずっと握っていた手を、掛け布団の中にそっと入れる。


「少し席を外しますので、お兄さんの傍にいてくださいね」


「はい。聖女様」


 涙の跡が残る妹は、声をかけられた事に対して、嬉しそうに微笑む。


「私の名前はシャーロット。聖女などではありませんので、人前では言わないでくださいね」


「わかりました。シャーロット様」


 そこだけは再度念を押して、テントの外に出た。










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