第21話 願うことと、どうでもいいこと
カポカポと、馬の歩みがゆっくりなものとなった。
周りはのどかな田園風景で、濃い緑が辺り一面に広がっている。
ほとんどを大聖堂の敷地内か、暗い牢獄の中でしか過ごしていないから、緑が広がる光景は、新鮮なものではあった。
相変わらず空はどんよりとして、分厚い灰色の雲が今にも落ちてきそうだけど、私がここにいる以上は、厄災の影響はこの辺では感じ取れない。
「少しは、落ち着いたか?もう聞いたとは思うが、俺の名前はレオン。レオン・ディール。ある国の傭兵団に所属している。名前は?教えてくれないか?」
レオンは、前を向いたまま話しかけてきた。
家名……
この人はわざわざ家名を名乗った。
それなりの身分の人?
いや、でも、それは分からない。何とでも言える。
確かめる手段のないその真偽よりも、私の名前……
「…………シャーロット」
教会側が勝手に用意した名前ではない。
私が生まれた時に、主神様が与えてくれた名前だ。
両親もそれを聞いたから、シャーロットと名付けてくれた。
でも教会は、高貴な者を意味するシャーロットを名乗らせてはくれなかった。
教会の用意した、エルナトと呼ばれていた。
シャーロットと、名乗れることが嬉しい。
初めて発した言葉は、やはり自分のものではない、少しだけ高い声だった。
「シャーロットか。長旅になるから、疲れて具合が悪くなったりしたら、遠慮なく教えてくれ。できるだけ負担のないようにするつもりだけど、なにぶん荒くれ者の集まりだから」
会ったばかりの拾い物の私に、気遣い溢れる、どこまでも優しい声がかけられる。
私を油断させて、懐柔するためのものなのかどうなのかは、判断ができない。
ここで殺してくれても、それは構わない。
私の生死は、もう、どうでもいいことだ。
ただ、この体で目覚めた時ほどの、人に対する恐怖は感じられなかったから、私の方からもレオンに話しかけていた。
「どこに、行くのですか?」
「アースノルト大陸だ。海を渡るから、それなりに時間はかかる」
月の大陸とも呼ばれているもう一つの大陸に行ける。
それは、願ってもないことだった。
これで確実に、この大陸は終わる。
この人達は、港が封鎖されると言っていた。
と言うことは、あの大陸は、こっちの大陸からの亡命者を受け入れるつもりはないのだ。
どこにも逃げることが叶わない星の大陸の者達は、わずかな領地や食料を巡って、戦争が、大きな争いが、この大陸内の至る所で起きるはず。
それは、この世の終わりのような光景が広がるのではないかな。
「俺が最後まで面倒を見るから、心配しなくていい」
レオンは、私の沈黙を何と思ったのか、見当違いなことを言っている。
「そこまで貴方の重荷に、なるつもりはありません」
「いや、重荷どころか、軽すぎだろ。今までちゃんと食べていたのか?俺は絶対にシャーロットを飢えさせたりはしない。覚悟していろよ」
覚悟とは?
やっぱり、見当違いな言葉に首を傾げていたけど、その言葉の意味はすぐに分かることになる。
レオンは、休憩のたびに私にアレコレ食べさせようとする。
投獄されていたあの一ヶ月で、まともな食事をもらえなかったから、私の味覚はすっかりおかしくなっていた。
それは精神的なものなのか、誰のものか分からないこの体でも、食べ物が美味しいとは思えなかったのだ。
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