妹に着替えさせてもらう

「兄さん、ぎゅー、ぎゅーです」


 家に着いて制服から部屋着に着替える間もなく、リビングで瑠菜が甘えたくて抱き締めてほしいかのように両手を広げる。

 甘える時の瑠菜は語彙力が若干無くなっているようだが、抱き締めてほしいということなので、蒼は彼女に向かって勢い良く飛び込む。


「痛い……」


 一週間前と同じようにかわされた。

 そして勢い良く抱きつこうとしたために、一週間前と同じように右手首を床に強く打って捻ってしまったのだ。

 一度捻挫した箇所は、しばらくの間は捻りやすい。


「前回はともかく、今日は何で避ける?」

「いや、あんな勢い良く来られては反射的に避けてしまいますよ」


 痛みがある右手首を抑えて尋ねると、正論を返されてしまった。

 確かに今回はかなり勢いをつけてしまったので、瑠菜が避けるのは当然といえる。

 今回ことを反省しもうも、痛みが酷くて後悔している余裕がない。


「せっかく包帯外れたのにまた付ける羽目になるんですね。兄さんは学習能力ゼロですか?」


 はあー、とため息をついた瑠菜は、リビングの押し入れにしまってある救急箱を取り出す。

 どうせ病院には行かないのでしょう、と思っていそうな呆れたような顔だった。

 ここ最近は良く甘えていたが、基本的にクールなのは変わらないらしい。


「ほら、手当てしますから座ってください」


 ソファーに座るように言われたので、蒼は頷いて腰かける。

 今までの瑠菜なら自分で手当てしてくださいね、と言いそうなので、冷たさがありながらも優しさも見せてくれているようだ。

 自分でブラコンだと宣言したため、捻挫している兄を放っておくことは出来ないのだろう。


「では、失礼して」


 手当ては普通向き合ってするものだが、何故か瑠菜は彼氏に甘えるように蒼の太ももの上に座った。

 そして蒼の右手を自分の目の前に持ってきて手当てを始める。


「また赤くなってますね。湿布を貼って包帯ですね」


 少し手首を動かされたから痛みが走ったが、せっかく瑠菜が手当てをしてくれるので何も言わない。

 救急箱から湿布と包帯を取り出した瑠菜は、赤くなっている手首に湿布を貼って包帯を巻いてくれた。

 基本的に瑠菜は器用なので、前回の保険医がやってくれた時と変わらないくらいに上手く包帯を巻けている。

 貼ったばかりの湿布は変な冷たさを感じて嫌だが、しばらくすれば前回のように気にならなくなるだろう。


「それでその……右手首に痛みがあって、ちゃんと着替えることは、出来ますか?」


 頬を紅潮させた瑠菜が尋ねてくる。


「痛いのを我慢すれば大丈夫」


 前回の捻挫で一番困ったのは着替えだ。

 どうしても両手を使わないと着替えられないため、痛みを我慢して着替えるしかなかった。


「その……今回のは私が抱き締めてほしいと言ったのに避けてしまったので、着替えを……お手伝い、します」

「……はい?」


 思ってもいない言葉に、蒼はフリーズしてしまう。

 最近は甘くなってきているが、まさか着替えを手伝うと言うなんて予想出来ない。

 ただ、こういったことで瑠菜が嘘を言うなんてことはないだろうし、着替えさせてくれるとこうことだ。


「お願いしよう」


 驚きはしたが断る理由がないため、蒼は瑠菜と一緒に自室に向かった。


☆ ☆ ☆


「あう~……兄さんの着替え……」


 部屋に来て耳まで真っ赤にした瑠菜は、恐る恐るといった感じで蒼が着ているスクールシャツに手を伸ばす。

 ゆっくりとボタンを外していくが、やはり兄の着替えを手伝うのは恥ずかしいのだろう。

 でも、自分から言ってきたのだし、瑠菜はどんなに恥ずかしくても頑張って着替えさせてくれるはずだ。

 ボタンを全て外し終わったので、蒼は両手を少しだけ左右に広げた。


「あう……」


 スクールシャツの下は何も着ていないために、今の瑠菜からは蒼の上半身が丸見え状態……恥ずかしそうに視線を反らしてしまっている。

 普通の人であれば男の上半身なんて海やプールで見慣れているだろうが、瑠菜は体質上、海やプールに行かないので見慣れていない。

 どうしても異性の身体を見るのに抵抗があるのだろう。


「早く着替えさせてくれ」


 妹が着替えさせてくれるという夢のような時間を永遠に味わっていたいが、あまり長くなってしまうと力が抜けて耐えられそうにない。


「はい、でも……」


 着替えさせる前にどうしてもしたかったようで、瑠菜は蒼の胸に顔を埋めてきた。

 今までは服越しだったが、今回は直接肌を触れられたため、今までにないくらいの幸福感で力が抜ける。


「ちょ……兄さん?」

「瑠菜に甘えられると力が抜ける……」


 何とか床に倒れるのだけは免れたが、前鏡になったから瑠菜に支えられるかのようになった。

 いくら蒼が小柄とはいえ、非力は瑠菜に支えるのは厳しいだろう。


「兄さん、踏ん張ってください」

「む、無理……」


 床に倒れなかったのは瑠菜が支えてくれたからであり、その支えが力を失えば自然と身体が床に向かっていく。

 力が入らない蒼は、瑠菜と共に床に倒れてしまった。

 全体重が瑠菜にかからなかったのは不幸中の幸いだろう。


「兄さん、重いので退いてください」

「しばらくは無理……」


 流石にこのままいるのは良くないのだが、しばらくは力が抜けて動けそうにない。

 しばらくこのままに体勢でいた後、瑠菜に着替えさせてもらった。

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