昼休みは修羅場
「神藤美波です。よろしくお願いしまーす」
週明けの月曜日、ジメジメした雨の陰湿な空気を吹き飛ばすような元気いっぱいな自己紹介を美波はした。
同じ高校になることは知っていたが、先生と共に一緒に入ってきた時は驚いた。
美少女が同じクラスになったからか、男子のテンションが上がっている。
ブラウスを第二ボタンまで開け、スカートを短くしているのは間違いなく蒼を誘惑するためだろう。
その証拠にこちらに向けて笑みを浮かべているのだから。
一部の男子が勘違いをして「俺に微笑んでくれた」と言っているが、間違いなく美波は蒼を見ている。
普通の女の子が初対面の異性に微笑むわけがない。
いや、美波がシスコンの蒼に恋をしているのだし、普通とは言い難いだろう。
昔の蒼はシスコンでなかったからしょうがないかもしれないが。
「お兄ちゃん、一緒のクラスだねぇ」
美波はこちらに向けて手を振ると、クラスメイトは一斉に蒼の方を向く。
転校生にお兄ちゃん、と言われたのだし、ただならぬ関係だと思ったのだろう。
どう思われようが興味はないため、蒼は一応手だけは振り返しておいた。
☆ ☆ ☆
「何であなたが兄さんと一緒にいるんですかね?」
昼休みになり、蒼がいつもご飯を食べている場所に向かうと、瑠菜が一緒にいる美波に白い目を向けた。
いつも二人切りで食べているのに、何でお邪魔虫がいるの? と思っているかのようなくらい不機嫌な顔だ。
「本当はお兄ちゃんと二人切りで食べたかったんだけど、絶対に瑠菜とご飯を食べるって聞かなかったから付いてきたの」
美波は可愛らしい布に包まれた二つのお弁当を持っている。
一方の瑠菜もお弁当を二つ持っているので、蒼はいつも以上に食べないといけないらしい。
男子にしては華奢な体躯のために食が細い蒼には、お弁当を二つ食べるのはかなりしんどいだろう。
瑠菜のは絶対に食べると決まっているが、美波とは昔はずっと一緒にいたから残すのは気が引ける。
つまりは二つのお弁当を食べないといけない修羅場に突入したということだ。
食べれたとしても、午後の授業を満腹で乗り切らないといけない試練も待っている。
「そうですか。にしてもお弁当を二つも食べるなんてかなりの大食いなんですね」
「一つはお兄ちゃんの分だよ」
「兄さんは私の作ったお弁当を食べるので、あなたがその二つを食べるといいですよ。いっぱい食べた方が大きくなるんじゃないですかね」
機嫌が悪そうな声を美波に向け、瑠菜は蒼の腕に自分の腕を絡める。
ブラコンだと宣言したからか、学校でもくっつくことにしたらしい。
恥ずかしいのは変わらないようで、頬はとてつもなく赤くなっている。
「そっちこそ二つ食べなよ。そんなに大きい物をぶら下げているんだし、いっぱい食べないといけないでしょ」
対抗するためか、反対側の腕は美波に抱き締められた。
本当にこの二人は相容れないようで、今度も会う度にいがみ合うかもしれない。
「……俺が二人分食べるから喧嘩するな」
お互いに蒼に食べて欲しくて作ったのだし、お腹が膨れようとも食べるしかないだろう。
特に美波のお弁当は大きいが、このまま食べないという選択肢はない。
瑠菜と美波は大食いじゃないだろうし、蒼が食べなければ残すことになるのだから。
「食べたいから離れてくれない? 両手が塞がって食べれないから」
左右から柔らかい感触が伝わってくるが、今は食べたいから離れてもらわなければならない。
「大丈夫だよ。私があーんってして食べさせてあげるから」
「わ、私も兄さんにあーんってして食べさせてあげます」
二人同時にあーんってしてくるなんてハーレムラブコメじゃないとあり得ないだろう。
そもそも蒼はシスコンなのであって、ハーレム展開など望んでいない。
「いや、それは……」
「ダメ。今日は私たちに食べられなさい」
「そうです。兄さんは私に食べられる義務があります」
断ろうとした矢先に拒否られてしまった。
私たちに食べられなさい、という言葉は思春期男子が聞くと卑猥に思ってしまうが、あーんってされて食べろという意味だろう。
「あの……俺の意見は?」
「あるわけないでしょ。私と結婚の約束までしたのに、シスコンになったお兄ちゃん」
「そうですね。シスコンだって宣言したのに、幼馴染みとイチャイチャする人に意見など言えるはずがありません」
二人に無理矢理座らされ、二人分のお弁当をあーんってさせられて食べる羽目になった。
何とか食べきったが、満腹状態なまな午後の授業を受けることになったのは言うまでもない。
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