妹のような幼馴染み

 土曜日の十時過ぎ、蒼は原付バイクをスーパーに向かって走らせていた。

 買い物に行けない瑠奈の代わりに食材を買いに行くのが蒼の役目だ。

 六月になって気温が高くなっているとはいえバイクでは寒いので、長袖のセーターを着て向かっている。


「着いた着いた」


 駐車場があるスーパーにバイクを止め、蒼はエコバッグを持って店内に入っていく。

 本当は兄妹仲良く買い物に行きたいが、今日みたいな快晴の日はしょうがない。

 店内ではスーパーらしく主婦と思われる人が多く、激安品を求めている。

 高校生の蒼は激安品には拘らず、瑠菜に買って来て欲しいリストを貰ってメモにある食材を淡々にカゴに入れるだけ。

 数日分の食材を一気に買うから多くなってしまうが、毎日スーパーに出向くよりマシだ。

 スーパーに行くイコール瑠菜と一緒に入れる時間が減るのだから。

 捻挫による痛みはもうほとんとないので、多少重くなっても問題はない。


「今日はカレーになるのかな」


 メモにはカレールーと書かれていたので、蒼は甘口のルーをカゴに入れる。

 甘口なのは蒼が辛いの苦手だという子供じみた理由で、宇佐美家のカレーは甘い。

 瑠菜も文句を言ってこないので、甘口でも大丈夫ということだ。

 そもそも宇佐美家に激辛好きな人はいないため、蒼の好みに合わせてくれているのだろう。

 今は二人しか住んでいないが。


「あれ? もしかしてお兄ちゃん?」


 ふと懐かしい声が聞こえた。

 小学校低学年の頃に毎日聞いていたような声を少し低くした感じで、蒼は思わず後ろを振り向く。


「この可愛い顔、やっぱりお兄ちゃんだ」


 肩ほどまである亜麻色の髪に琥珀色の瞳、透けるような白い肌の美少女がこちらに笑みを向けていた。

 半袖の薄い白のブラウスにショーパン、とにかく可愛らしい笑顔が似合う女子というのは蒼の印象だ。

 瑠菜と違って色素が薄そうながらも健康的な白い肌、特に細くて綺麗なショーパンから出ている太ももが目立つ。


「美波か?」

「そうだよ。きちんと覚えててくれたんだね」


 彼女──神藤美波しんどうみなみは小学校三年生まで一緒にいた同じ年の幼馴染みの関係だ。

 でも、両親の都合で引っ越してしまったため、もう何年も会っていなかった。

 両親が再婚する前に一緒にいたので、瑠菜は美波のことを知らない。


「何でここにいる?」

「こっちに戻ってきたんだよ。だから来週からこっちの高校に通うの」


 一人で来たのか家族ごと来たのかは分からないが、再びこちらで暮らすのは間違いないようだ。

 そもそも一時的にこちらに戻って来たのではスーパーに買い物に行かないだろう。


「お兄ちゃんと一緒の高校だったら嬉しいな」


 美波はまるで男心をくすぐるように、蒼と触れ合える距離まで近づく。

 昔は家族ぐるみで兄妹のように育ったからか、美波は以前と同じように距離が近い。

 他の男子だったら美波のような美少女との距離が近くて嬉しいだろうが、シスコンを極めた蒼には誘惑しても無意味だ。

 どうやら美波は思春期になってあざとくなったらしい。

 兄妹のように育った幼馴染みの蒼にだけなのかは分からないが。


「どうだろうな」

「素っ気ないね」


 たとえ昔一緒にいた幼馴染みだろうと、瑠菜以外の人と一緒にいても楽しくない。

 だけど素っ気ない態度の蒼に不満なのか、美波は「むう……」と頬を膨らます。


「ここには買い物に来たつもりだったけど、お兄ちゃんの家に行って一緒にご飯を食べようかな」


 沢山の食材が入ったカゴを美波は見つめる。

 確かに沢山の食材があるから一人増えた程度では問題ないが、このままでは瑠菜と二人でいれる時間が減ってしまう。


「付き合ってもいないのにくっつくな」


 逃がさないためか、美波は蒼の腕に胸を押し付けるかのように自分の腕を絡めた。

 これを計算でやっているとしたら悪女だ。


「いいじゃんいいじゃん。それに私がくっつくのはお兄ちゃんだけだよ」


 離してくれそうにないので、蒼はため息をついて美波を家に連れて行くことにした。

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