一緒のスマホへ

「兄さん、手首は大丈夫そうですか?」


 学校が終わった放課後、いつも通り一緒に帰っていると、瑠奈が右手首に視線を向けて尋ねてきた。

 昨日はペンを持つだけで激痛が走るほどだっため、心配しているのだろう。


「まだ痛いな」


 昨日より少しマシになったとはいえ、まだ痛みは続いている。

 骨折しているわけではないので、数日後には完全に痛みは治まるだろう。

 家に着いたら湿布を貼り直すつもりだ。


「病院行きますか? 近くに整形外科ありますし」


 心配そうな瞳がこちらを見つめている。


「行かない。病院より他に行きたい場所があるんだ」

「他の、場所ですか?」

「ああ。スマホを変えたい」


 もう三年ほど使っているために電池の持ちが悪くて動きも鈍い。

 動きが遅くなっている原因は瑠奈の音声や写真などで容量を圧迫しているせいなのだが、どれも大事なので消すなんてあり得ないことだ。

 なのでスマホを変えようと思った。


「スマホって……お父さんもお母さんもいないのに変えられないですよ」


 未成年者が携帯を契約するのには保護者同伴か同意書を書いて貰わなければならない。

 両親が出張でいない今、気軽に変えることは出来ないのだ。


「既に母さんに連絡して同意書と免許証のコピーは貰ってある」


 蒼は鞄から封筒を取り出す。

 少し前からスマホ動きがだいぶ鈍くなっていたため、両親に頼んで機種変更の許可を得て同意書と母親の免許証のコピーを送って貰った。

 支払いするための銀行口座は生活費を振り込んでくれる母親名義のキャッシュカードを持っているので、問題なく機種変更することが出来るだろう。

 本人確認書類が学生証だけでは機種変更出来ないが、蒼は原付の免許を持っているから問題ない。

 両親が出張で瑠奈があまり外に出れないから蒼が買い物に行く必要があり、そのために免許を取って原付バイクは数ヶ月のお小遣い減額で買って貰ったのだ。

 本当はバイトをして買うつもりだったが、両親が許してくれなかった。

 そんな理由で蒼には免許証がある。


「瑠奈の分も貰っているから変えるか?」


 瑠奈も三年ほど同じスマホを使っているので、蒼が両親に彼女の分の機種変更の許可を取った。

 本日は曇りのため、晴れている日より紫外線が少ないから瑠奈を連れていっても問題はない。


「私は今ので充分ですよ。あまり使っているわけではないですし」


 あまり友達がいない瑠奈のスマホの用途は、軽くネットサーフィンしたり動画を見たりする程度なのだろう。

 普段からそんなに使っていないのであれば、無闇に変える必要はない。


「せっかく瑠奈の住民票を取ってきたのに」

「いつの間に取得したんですか?」

「この前買い物した時に役所に寄って取ってきた」


 瑠奈は免許証を持っていないため機種変更をするのには、保険証の他に住民票などの補助書類が必要になる。

 だから数日前に食材の買い物をした際に役所で取ってきたのだ。

 保険証は常に持っているようだし、これで瑠奈の分も変えることが出来る。


「分かりましたよ。兄さんが言うなら変えます」


 呆れながらも了承してくれたので、蒼は瑠奈を連れて家電量販店へ向かった。


☆ ☆ ☆


「いっぱい機種があるな」


 駅前にある家電量販店の携帯コーナーに来て、蒼はどの機種にしようか迷っている。

 事前に決めてきたつもりであっても、実際にお店に来ると色んな機種に目移りしてしまう。

 蒼がスマホを選ぶ基準は色と容量で、瑠奈の髪と肌の色である白と瞳の色である赤の二択になる。

 今使っているのは白だから次は赤も捨てがたい……そう思うとどれにしような悩む。

 容量に関しては瑠奈の写真や音声をいっぱい保存したいという理由だ。


「そうですね」


 瑠奈も色んな機種を見ており、どれにしようか決めかねている様子。

 つい先ほどまでスマホを変えるつもりがなかったようだし、迷うのは仕方のないことだ。

 携帯コーナーには平日だからあまり客はおらず、店員がチラチラとこちらを見ている。

 学生服を着た仲良く手を繋いでいる男女が来店しても、変える気がないのに見ているだけだと思っているのだろう。

 ついさっき来た大人の女性にはすぐに話しかけてきたのに、高校生の自分たちには話しかけてこないのが証拠だ。

 店員が来ようと来なかろうとどうでもいいことなので、そこまで気にしたりしないが。


「私は兄さんと同じ機種にします」

「いいのか?」

「はい。兄さんと一緒の方が、嬉しいです」


 手を繋ぎながらも頬を赤くした瑠奈は、視線を反らしながら小声で呟く。

 相変わらず可愛いな、と思いつつも、蒼はどれにするか悩む。

 一緒の機種、色になったとしてもカバーを変えれば一目で誰のか分かるし、色も同じでいいだろう。


「容量の希望とかあるか?」


 最近のスマホはどれも性能が良いために、白で容量が大きいのにしようと思った。


「その……出来れば大きいので。兄さんの写真をいっぱい、保存したい、です……」


 後半の部分は良く聞き取れなかったが、蒼は「了解」と頷いて店員に声をかける。

 無事に機種変更することが出来たので、白いのと黒のスマホカバーを買ってお店を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る