暇な教室と昼休み

「はあ~、学校か……」


 教室に着いて早々に蒼は盛大なため息をついた。

 学校にいる時間は瑠奈と一緒にいれないため、どうしても退屈なのだ。


 自分の席に座った蒼は、暇潰しにスマホを弄る。

 本当だったら今すぐにでも愛する瑠奈にメッセージを送りたいが、以前に送らないでください、と言われてしまった。

 過保護過ぎる兄に呆れつつあるのだろう。

 何せ聞くことの大抵は日の光に当たってないか? という健康面なのだから。

 一緒にいない時まで気にしてほしくないようだ。

 美しすぎる瑠奈の見た目上、男子が近寄ってくることがほとんどないのと、付き合うつもりはないと言っていたため、瑠奈に彼氏が出来る心配はない。

 だから健康面などを気にしてしまう。


「蒼は教室に入ってくる度にため息をつくのな」


 呆れたような表情で話しかけてきた親友──いや、悪友と言える皐月啓介さつきけいすけがこちらに近寄ってきた。

 十年ほど前からつるんでいるため、瑠奈の次に仲が良いと言えるだろう。

 高校生になってからお洒落に目覚めたようで、蒼の黒髪と違って啓介は脱色して茶髪にしている。

 お洒落をしていて根は真面目、それに際立ってイケメンのなため、男子の中ではこの学校で一番モテるのかもしれない。

 でも、産まれた時からの許嫁がいるので、告白されても全て断っているようだ。


「だって瑠奈がいないんだぞ。もう退屈過ぎて暇……」


 今にも泣き出しそうなくらいに悲しい気持ちになる。

 蒼は全て瑠奈のことを考えているため、一緒にいれないと勝手に涙が出る時があるくらいだ。


「本当に蒼は妹に脳を犯されているな」

「瑠奈が犯すとかそんなはしたない真似をするわけがないだろ。瑠奈は神秘的過ぎるし、こう……言い表せない魅力があるんだ」

「そ、そうだな……」


 少し引いたかのように啓介が答えた。

 今の蒼は目が血走っており、否定したら怒られると思ったのだろう。


「啓介……まさか許嫁いるのに瑠奈を狙っているのか? 許さん」


 ガルル、と威嚇だけしたが、今すぐにでも襲ってしまいたい。

 襲う、と言ってもBL的な意味ではなく、今後も瑠奈に手を出させないためにする。

 蒼は若干華奢な体躯で少しパッチリと瞳が大きくて可愛らしい容姿をしているため、啓介とくっついたら一部の女子から黄色い声が上がるかもしれないが……。

 いや、もう既に襲うという言葉を聞いた一部の女子が期待するかのような目でこちらを見ている。

 想像しただけで吐き気がするので、絶対にくっつくことはない。

 小学生の時は女子と間違われたことがあるために、蒼は少し男っぽい口調を使うし、髪は短めにしている。


「違うから」


 両手を使って啓介は否定した。

 許嫁とはラブラブなため、啓介が瑠奈に手を出すことはないだろう。


「ああん? 瑠奈に魅力がないと言うのか?」

「うわー、面倒くせー」


 もう絡んでいられなくなったのか、呆れたような表情をした啓介はその場から離れて行った。


☆ ☆ ☆


「るーなー」


 昼休みになって瑠奈と約束している一緒にご飯を食べる場所──屋上に繋がる扉の前に来て数分、鞄を持って来た彼女に抱きつこうとしたらかわされた。

 抱きつかれることを予想していたのだろう。

 相変わらず家以外では抱き締めさせてくれない。

 一緒に昼ご飯を食べてくれるだけでも良しと思った方がいいだろう。


「痛い……」


 避けられたせいで、蒼は床に手を強打して捻ってしまった。

 赤くなっているわけではないが、箸を持つのは厳しいかもしれない。

 痛みがある右手首を抑えてその場に座る。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫」


 シスコンたる者は妹に心配させるわけにはいかないので、蒼は平気な顔をする。


「ちょっと見せてください」

「いぎぃ……」


 右手首を瑠奈に触られた瞬間に強烈な痛みが走り、少なくとも昼休みの間に治らないというのが分かった。

 捻ってしまったのはどうしようもないことだし、今日は痛みに耐えながらご飯を食べるしかない。


「保健室に行きますよ」

「やだ」

「何でですか?」


 瑠奈に痛みがない方の左手を引っ張られるが、蒼は抵抗してその場に居座る。


「瑠奈との幸せな昼食の時間を削られたくないから」


 保健室に行けば手首を冷やす時間があるために、間違いなく時間を取られてしまう。

 昼休みが学校では瑠奈と一緒にいれる唯一の時間だし、捻挫ごときで大切な人との時間を削られたくない。


「はあ……しょうがないですね」


 呆れた様子でため息をついた瑠奈に、鞄から取り出したお茶が入ったペットボトルを渡された。


「買ったばかりでまだ冷たいですから、これで冷やしてください」


 来る前に一階にある自販機で買って来たようで、ペットボトルは冷えている。

 ペットボトルで冷やせ、と察したため、蒼は「ありがとう」とお礼を言い右手首に当てる。


「捻った大部分は兄さんが悪いとはいえ……その、私にも原因がほんの、ほーんの少しだけあるので……あの……」


 珍しく瑠奈が言い淀んでいて頬も赤い。


「今日は……私があーんってして……食べさせて、あげます」

「天使がここにいた」


 今朝と同じように身体中に衝撃が走り、ペットボトルが持てなくなるくらいに身体に力が入らなくなる。

 しかも上目遣いで言われたため、シスコンたる蒼には効果が抜群だ。


「あまり変なことを言うとしてあげませんよ? でもその、兄さんに褒められるのは……嫌な気分ではないです」

「俺が瑠奈に変なことを言うわけないだろ」

「シスコンだと自覚があるのに、言動については自覚なしですか」


 はあ、と深いため息をついた瑠奈は、鞄の中にあるお弁当を取り出す。

 基本的には瑠奈が蒼の分のお弁当を持っており、理由は一緒に食べたいがためだ。

 恥ずかしがり屋の瑠奈は外で過剰な絡みを嫌がるので、学校で兄妹仲良くお弁当を食べるのを周りに知られたくないらしい。

 でも、家でお弁当を受け取らなければ学校で渡すしかないため、二人きりになれる場所を探して一緒に食べるようになった。

 最初は色々と探したが、今では屋上前で落ち着いている。


「はい、あーん」


 お弁当の残りを朝食にしたようで、瑠奈がサンドイッチを蒼の口元に持ってきた。

 これ以上ないくらいに頬を赤くしている瑠奈はとても可愛く、幸せな気持ちでサンドイッチを食べていく。

 サンドイッチなら左手でも食べることは出来るのだが、気づいていないらしいので何も言わない。

 手首を冷やして欲しいからあーんってしている可能性もある。


「めちゃめちゃ美味しい」

「大げさです。朝と変わらないでしょう?」

「瑠奈にあーんってされたから相乗効果で何倍も美味しくなってる」

「本当に変なことを言わないでください」


 今日のご飯はいつもより幸せで美味しく食べることが出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る