第37話 冒険者と転生者 4-2
サレナは自分が息をしている事に気がつき、まだ生きている事に驚いた。
それから自分が倒れている事に気がついて体を起こそうとする。
ゴツ。
ぶつけた痛みに頭を抱える。
落ち着いてから恐る恐る、真っ暗で何も見てない回りを手で触って確認してみた。
ゴツゴツとした冷たい石の感触と、ザラザラした砂やホコリのようなものが手に引っ付く。空間はかなり狭く小柄なサレナであっても四つん這いで向きを変えるのがやっとだ。
今が何処でどんな状況なのか。
適当に出口かそれに類するものが無いかと探していると、グラグラと不安定な個所を見つける。
サレナは迷いなく力一杯にグラグラを押し込み、するとガラガラと音を立ててようやく小さな道が開いた。
光の降り注いでくる穴へ頭を、肩を、体を押し込んでようやく闇の中から解放される。
「え……。」
抜け出して直後に飛び込んできた景色にサレナは言葉を失った。
滅茶苦茶、何もかもが滅茶苦茶な惨状となっている光景が広がっていたのだ。
柱のいくつかは倒れ、壁や天井にはポッカリと穴の開いている場所が目立つ。瓦礫の山は通路と言う通路に散らばってはところどころに歪な山を作り上げていた。
微かに違和感があるのは瓦礫の量に対して土や砂の量が些か多すぎるためだろう。
まるで土砂崩れを受けた村のような惨状と言えるか。
ここは町中であるから、そのような災害を引き起こす場所は無いはずなのだが。
瓦礫の中から這い出てきたサレナは混乱しつつも、とりあえず安全な場所へ逃げなければと動き始める。
遠くの方からは怒声と共に慌ただしく駆け回る音が聞こえる一方で、この建物の持ち主や客たちの取り乱すような声や宥める声は何処からも聞こえない。おそらくは既に退避を行ったからなのだろう。
その予想が事実なら非常に幸運だ。
上手く見つからずに行動すれば“死んだことにして”再び逃げることができるかもしれない。
そうすれば、また優しい彼らの元へ戻ることができるかもしれない。
混乱する頭で良い方良い方へサレナは考え期待に胸を膨らませ、そして考えた。
もしそれを望むのであれば、決して誰にも見つかってはいけないだろう。
ならば、まずはこの動き辛く目立つ格好を変えるべきだ。こんな無駄な布の多い衣服を着ていては物陰に隠れるのが難しくなるし、靴もつま先立ちのようになっていて俊敏な動きを行う邪魔にしかならない。
サレナは決心と共にその場で服を脱ぎ、先ほどの瓦礫の中へ突っ込んで隠す。
裸足の下着姿になって肌寒さを感じつつサレナは走る。
崩れて通れなくなっていたり、足を怪我しないように迂回しなければならない場所が多かったが、予想通り最初の服装では隠れきれないような小さな物陰に身を潜める事ができた。おかげで何度も慌ただしく通り過ぎていく奴隷商の部下や護衛や、客たちの私兵たちに見つからずにすんだ。
それにしても何故彼らは異様に装備を固めているのだろうか。
しかし疑問を気にしている余裕はそれほどない。考えるのを中断し衣装室へとようやく潜り込んだ。
「えっと、これとこれと……。」
部屋は明かりが消えてしまっていたが、幸運なことに天井や壁の一部が崩れていたおかげで多少の探し物をするには十分の明るさがあった。
サレナは女性物ではなく迷いなく男性物の衣類を漁り始める。
フリルの付いたスカートや無駄な布の多いドレスばかりの並べられた衣装棚など探すだけ時間の無駄。今は急ぎだからと余分な付属品の少ない衣類が詰め込まれていると分かっている方から選ぶのは当然の判断だった。
多少大きいが使える衣服で身を整える。
白いシャツにピッチリと体に張り付くような紺のズボン、靴は適当に大きさの合う物を選んだ。
男性用にも自分に合うものがある不思議――実は子供用だった――に感謝しつつ準備の整ったサレナは部屋の扉を慎重に開いて外へと出た。
相も変わらず崩れかけの屋敷はあちこちから騒がしい音が反響している。
「おい、そこのお前! そんな場所で何をしている!」
ビクリと体を震わせ、サレナは恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは甲冑に身を包んだ一人の男。手には抜身の剣を持ち明らかにただ事ではない雰囲気を放ちながらサレナの方へと歩いて来ていた。
「え、あ、あの……。」
「ん? お前さんは……んー、まあいいか。……ここは危ないからサッサと逃げた方が良いぞ。」
「危ない、ですか?」
「ああそうだ。さっきデカい揺れがあっただろ? アレが原因であちこち崩れているんだが、どういうわけか魔物まで湧き出してきやがってテンヤワンヤだ。手の空いてる連中は魔物の対応とクソッたれな金持ちどもの護衛に回っている。今のところこの辺は安全だが、いつ魔物が現れてもおかしくないからな。……それに、今ならこの混乱に乗じて逃げられる。そうだろ?」
男はイタズラ好きな男の子のようにニッと笑って見せた。
「捕まえないのですか? どうして?」
「俺は傭兵だ。仕事柄いろいろな奴を見てきたが、ここは最悪の部類だな。特にあの道化師野郎! しょっちゅう同行させられる上に、アイツのやることなすことが俺にとっちゃ吐き気がすることばかりでな。それに雇い主が支払いを渋ってやがるから、少しぐらい“見落とし”があっても仕方がないだろうさ。」
吐き捨てるような言葉、そこに含まれる嫌悪の感情。
道化師野郎が何処の誰で今までに何を行って来たのか、サレナには容易に想像がついた。
ここに雇われている者たちの誰もが、平気な顔であの惨状を受け入れているわけではなかったのだ。
「逃げるんなら向こうの通路を使え。まだそっちの方向から魔物が出たって話しは聞いていないから騎士も傭兵も向かっていないし、崩れかけな場所がチラホラあるらしいから金持ちどもが避難もしていない。今なら多分誰にも見つからずに外へ出られるぜ。」
「ありがとうございます!」
お辞儀をすると男は軽く手を上げて答える。
そして遠くから聞こえた同業者の声に「こっちは大丈夫だ!」と大きな声で答えた。
「俺はもう行くが、くれぐれも注意しろよ? 魔物が出てきたら迷わずに逃げて次の機会を伺え。急いては事を仕損じるっていうからな。」
「はい、分かりました。」
「……そうそう。外へ出る前に帽子の一つは被っといた方がいいぜ。可愛らしいのが丸見えだ。」
去り際の言葉を受けてサレナは不思議に思い自分の頭を両手で触る。
そして指に触れた獣の耳の感触を受けて、慌てて衣裳部屋へと戻って行った。
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