第35話 奴隷少女と宿命 3-3

 悲鳴、怒号、混乱、混迷。

 そこはこの世の終わりが、終末の時が訪れたかの如き混沌の中にあった。

 石の建物は崩れ、割れた窓の向こうから火が舌を出し、大地は割れている。不可解な点としては大量の土砂がまるで天から降って来たかのように多くを押しつぶしている事。どう見ても石材とは思えない未加工な巨大岩石などが転がっている事など多岐にわたる。

 いったい何が起きたのか。

 そこにいる誰もが思い、そして誰も答えられない謎。

 「おい! こっちはどうだ?!」

 直ぐ近くから聞こえた声にシュウは飛び上がり声にならない悲鳴を上げそうになるも、慌てて自分で口を手で押さえた。

 どうやら姿隠しは機能しているらしく、彼らは数歩脇にいるシュウに気がついていない。

 「ダメだな。完全に下は埋まっちまってる。」

 「チクショウ! よりによってアイツらが降りて行ったばっかりだってのに……。」

 「きっと大丈夫だよ。奥の部屋でグチグチ文句言いながら助けを待ってるって。」

 先ほど扉の向こうから入って来た二人の知り合いなのだろう。

 男たちは互いに慰めるような事を言いながらギッシリと詰まっている障害を取り除き始めた。

 もっとも穴が出来るたびに次々と崩れる壁から殆ど意味のない行動なのは傍目にも明白だったが。

 今なら多少の物音を発てても誰も気にしないだろう。

 シュウはその場から走って半壊と言った状態の建物の中へと入って行った。

 図面によるとこの建物の本館は中央の庭、その四方を囲むような作りをしている。シュウの侵入した裏口のある建物は本館後方に追加でくっつける様に建てたものだった。

 被害の状況から見て振動の中心地は本館だ。

 そしてサレナが捕らえられているだろうと思われるのも本館。

 「無事でいてくれよ……。」

 シュウは全力で走った。

 立ちふさがる瓦礫の山を越え、抜けた床を跳び、時折慌てた様子で走り去っていく奴隷商の私兵と思われる男たちとぶつからないよう脇へ避ける。どういうわけか彼らは装備で身を固めており、まるでこれから戦場にでも行くような気迫を纏っていた。

 分からない事尽くめの状況だが、警備をする者が少ないのは都合がいい。

 サレナの居場所は分からないが探す時間はそれなりにありそうだ。

 一つ目、恐らくは衣服などを仕舞っている部屋。ハズレ。

 二つ目、恐らくは“商品”の展示などを行う部屋。ハズレ。

 三つ目、恐らくは従業員が休憩などをする部屋。ハズレ。

 四つ目、恐らくは店主のコレクション部屋。ハズレ。

 五つ目、これは何の部屋か分からなかった。薄っすらと記憶の底にある気分の悪くなる臭いと共にベッドが一つだけ置かれた部屋。知り合いでも泊めるところなのだろうか。どちらにしてもハズレ。

 六つ目、七つ目、八つ目――どれもハズレだった。

 いくつかの扉は歪んで入れなくなっていたり、中から傭兵たちが出てきたりとで調べられていないが、そう言った場所に閉じ込められてはいないと願うしかない。

 数えて二十番目近くの部屋、明かりの類は完全に消えており割れた中庭側の窓ガラスから中へと差し込んでくる太陽の光が唯一、屋内を照らす光源となっている。窓その物がかなり大きい事もあり中を見回す分には十分に明るかった。

 「ここもハズレか。」

 そう言ってシュウは踵を返す。


 「――いえいえ、当たりですよおぉ?」


 本能、或いは危険に対する直観。

 シュウは声の方向へ盾を取り出し、即座に壁を作る。同時に爆炎が炸裂し押し寄せる熱波が鋼の表面を真っ赤に変色させた。

 慌てて盾からも離れてシュウは火の向こう側に立つ声の主を睨みつける。

 「お見事! 見事見事! ええこれはお見事です! 流石は新進気鋭のスーパールーキー。この程度の攻撃はお見通しというわけですね。素晴らしい。私も鼻が高くて高くて折れてしまいそうですよ。」

 「……。」

 「おやおやおやおや? おや? どうして黙ってしまうのですか? それとも姿を隠していると声も隠れてしまうとか? これはいけませんねえ。礼儀がまったくなっていませんねえ。私、このように姿をお見せしているのですから、アナタも同様にお見せするのがそう、まさに礼儀というものでしょう。……それとも、神秘のベールはやはり剥がさねばなりませんかな?」

 シュウの背筋を正体不明な悪寒が走り抜け、即座に姿隠しの効果を解除した。

 最初の一撃からすると、どうせ居場所はバレているのだからこだわる理由も無い。

 「ええそうそう、そうです。確かそのようなお顔でしたな。ええ、ええ。そうでしたな礼儀の話、そう礼儀であれば互いに顔を合わせた以上、自己紹介をせねばなりません。――お初に! お目にかかります。私、名前をティッキー・フォラバラと申します故、以後お見知りおきを。」

 恭しくティッキーは深くお辞儀をした。

 まるで図ったかのようなタイミングで荒々しく暴れていた火は消え、その異様な姿が露わになる。

 火傷跡の目立つ顔の半分、真っ白な目、それらを彩るのは道化師のような化粧であり、一方で恰好は紳士のように堅苦しいノリの効いた正装。靴も手袋も衣服も新品のように綺麗なために、その顔の異様さ、浮かべる歪んだ笑みの異常さが際立って見える。

 「……シュウだ。」。

 「なるほどなるほど。そのようなお名前でしたか。そして、それでシュウ君さんは、いったいどのようなご用件で我がご主人様のお店へご来店いたしましたのでしょうか? 何か奴隷の要りようが? それとも、そう売りたいモノでもいましたかな? 実は我らが商会におきましては質の良い天然物を高く、それはもう高く買い取りを行っています。ええ、ええ大歓迎なのです! 大大の大歓迎なのです、が?」

 「残念ながら、僕はそう言った事に縁はありませんので。」

 「そうですか? それはとても残念です。しかし、では何故このような場所に? まさか迷子? 見知らぬ土地にフラリと足を踏み入れた愚かで哀れな幼い獣のように、大海を知らず海原に飲み込まれた愚かなカエルのように、迷子になられてしまわれたのですかな? それは大変です。可哀想です。とても、とても哀れで愚かで愉快な事ですな。」

 ヒヒ、と喉が引きつったような声でティッキーは笑った。

 「そうですね。ある意味では迷子と言えるかもしれません。」

 「ほう、ほうほうほう、ほうほうほうほうほうほう。ではええ、私は道を示さねばなりませんね。私はとてもとても優しい人間でありますれば、そう迷える子山羊に道を教えるのは当然も当然の理。つまりは神に等しき慈悲を持ってアナタを導いて差し上げましょう。」

 「それは助かります。では、最近ここへ連れ込まれたサレナという少女の元へ案内して貰えますか?」

 「ふむ? 聞いたことがありませんねえ。私、訪れているお客様のお名前は、ええどんなに小さな可愛らしい赤子のものであっても、どれほど皺くちゃな老爺のものであっても決して忘れないのですが……どういうわけか、そのようなお名前はまったく存じませんねえ。」

 「お客様ではありませんからね。」

 「ほうほうほう、お客様ではない。しかし従業員にもそのようなお名前の者は残念ながらおりません。故に、ええシュウ様に置かれましては真に残念ながら早々にお帰り頂きたいと私、そう私は考えております。今は少々立て込んでいる事もありますので、今ならば、今の、この瞬間ならば、無事にお宅まで無難に辿り着けるようお祈りの方をさせて頂きますが。」

 まるで敵意が無いとでもいうように、ティッキーは両腕を広げて体を開く。それから唐突にその手を合わせて組み、膝をその場について天場を見上げた。

 まるで神へ祈りを捧げる聖職者のように。

 しかし、その祈りがロクでもない事は隠しきれない狂気から明白なように思えた。

 ――今が最大のチャンスだ。

 即座に決断したシュウは背中に隠した左手を僅かに動かし、ティッキーのすぐ後ろに“出口”を出現させる。

 飛び出してくるのは重い木の棍棒で相応のダメージを負わせることはできるが、その一撃では死にはしないだろうという程度に加速させたもの。

 最初の攻撃からして、この男が素直に逃がしてくれるとは到底思えない。

 それに何やら知っている事も多そうだという勘があった。

 恨みは特に無いが早々に戦闘不能の状態に持ち込み、欲しい情報を聞き出すとしよう。

 不可視の穴より棍棒が空気を切り裂きながらティッキーの背中へと迫る。

 到達するまでにかかる時間は一秒も無かった。

 “だから、きっとそういう魔法なのだろう。”

 唐突に火が吹きあがり棍棒とティッキーの両方を一瞬にして飲み込む。

 全ては刹那の出来事。あっと言う間に赤く波打つ火炎は姿を消し、残ったのは男一人の姿のみ。そこには棍棒などという無粋なものは影も形も残されていなかった。

 「これはこれは私としたことがとんだ失礼を、ダンスをご所望でしたか。では不肖ながら、この私が、苦手ではありますのですが少しばかりお相手の方をさせて頂きましょう。おお! どうか、どうかガッカリなさらないで下さいましな? 私、精一杯情熱的に踊って見せますので!」

 軽くステップを踏み、ティッキーは手を叩いてリズムを取る。

 そしてそれに合わせるように無数の火の玉が、炎の柱が意思持つ生き物のようにシュウの方へと押し寄せてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る