第34話 奴隷少女と宿命 3-2

 暗い場所が暗い理由は何か。

 隠したいものがあるのか。

 必要が無いのか。

 それとも暗い方が都合が良いのか。

 可能性はいくつもあるが、今回は恐らく必要が無いと判断しての事だったのだろう。

 目の前にあるのは鉄の檻。

 それも一つや二つではない。沢山だ。

 箱型で床板の上には擦り切れたシーツのようなものが一枚敷かれている。パッと見た印象としては単なる檻と言うより、鳥籠と言った方が正確だろう――その中も含めれば。

 目に光は無かった。

 顔に表情は無かった。

 虚ろで何処も見ずに、遠くどこかをジッと見つめている。

 人間ならざる獣耳や尻尾、或いは鱗か、翼か。

 この場にある大半の檻には確かに“人”が閉じ込められていた。

 「あの……。」

 姿隠しを切ってシュウは最も近い檻、獣の女性へと勇気を出して声をかけようとするが、先に続ける言葉が見つからなかった。

 そして、その短い言葉と言えない言葉を受けて、彼らは何一つとして反応を示さない。

 その目は虚空を見つめるだけだ。

 一糸まとわぬ姿をした者たちを、目を逸らしたくなるような傷とアザの肢体を見て気がついたことが一つ。

 彼らはこの世界における“人”だ。

 “人でない存在”には現れないと教えられたそれぞれの特徴を彼らは持っている。

 獣人なのだ。翼人なのだ。鱗人なのだ。虫人なのだ。竜人なのだ――。

 国家を持つ存在たちは守られる。

 非情なこの世界の決まりが、この領域において全く機能していなかった。

 シュウは確信を持ってギルドから渡された透明な丸い玉を異空間より取り出し、魔力を込める。そして込み上げてくる吐き気を押さえながら鳥籠を巡って、玉へこれらの光景を記録していく。

 記録している最中に最悪な事に気がついた。

 僅かだが不自然に腹の膨らんだ者がいたのだ。

 そして以前ログに、ニナナに言われた話を思い出した。


 『ディクルスは親の分からない混血種の事だよ。人間だったり獣人だったり翼人だったり、そう言った人たちが何者かに“襲われてしまい”望まれぬ命として何処かに生み捨てられた存在。』


 ギルドや執政側がここの奴隷商を疑っていた最大の理由。

 ディクルスはその生い立ちや扱いもあって無事な姿で手に入れるのは非常に難しい。そして貴族たちが買うのはそう言った無事な個体だけである。

 つまり希少価値が高いからこそ高値で取引がなされるのだ。

 当然ながらそれらは外で“取ってくる”のが基本なわけだが、ここの奴隷商が売買している奴隷の数は町へ運び入れられている数と合わないのである。それに変な癖も無く“教育”も行き届いていると言われている。余計な知識を持っていない高品質な奴隷だと。

 では、どうすればそのような事が可能なのか。

 目の前の、この光景がその全てに対する答えだ。

 当然、疑いを持っている者たちもこの可能性は考えていただろう。

 ただ証拠もなく貴族たちと強いつながりを持つ相手を強制捜査することは出来ないために、今の今までただ黙って見ている事しかできなかった。

 だが、それもここまでだ。

 今この場、この瞬間に、この地獄を終わらせる切り札が誕生した。

 シュウは感情の波に飲み込まれないよう、ただ無心で一つ一つの檻を回って全てを記録した。

 そこまでする必要はなかったかもしれない。

 一つだけでも良かったかもしれない。

 しかし全てをやらずにはいられなかった。

 この悪夢に苦しめられている何もかもが一つとして欠けてはいけない気がしたから。


 一通りを終えたところでシュウは速足で入って来た入り口の方へと向かう。

 一刻も早く彼らを救い出したいという思いが半分。もう半分はここに長くいると頭がおかしくなりそうだったからだ。

 それは奇妙な臭いのせいだけではない。

 きっと、この闇が、空気の全てが訪れる者たちを狂わせるのだ。

 早く出なければ――。

 扉へと手を賭けようとした時、ギギギと音を発てて思い金属の塊が動き出す。

 シュウは半ば反射的に姿隠しを起動し、すぐさまその場から距離を取った。壁に溶け込むように張り付いて中へと足を踏み入れる何者かへ警戒を最大限に強める。

 「どうかしたのか? 首をかしげて。」

 現れた二つの影、その内の後ろの方がそう尋ねた。

 「いや、カギがかかって無かったみたいでさ。それなのに中には誰もいないみたいだし。」

 「誰かが閉め忘れたとか?」

 「そんな事したら首が飛ぶぜ? いくらなんでもありえないだろ。」

 「分かんないぞ。何しろこっそり入って“お楽しみ”してる連中がいるらしいからな。それこそ心ここにあらずで出ていく阿呆がいてもオカシクないって。」

 「それ時々聞くけど本当なのか? こんな人形みたいなのの何が楽しいんだか。」

 「上としても相手を探さなくて良い、てのは都合が良いから見逃してるって話しだぜ。」

 「つまりバレてるって事だよな。何処に目があるか分かったもんじゃないな。」

 おお、怖い怖い。

 そんな事を喋りながら担架のようなものを持って二人は部屋の奥へと向かっていく。

 上に乗せられていたのが何かなど見たくもないし、知りたくもない。

 大きく開かれた扉が自然と締まり切る前に、隙間へと体を滑り込ませてシュウは悪夢の中から静かな闇の中へと逃げていく。

 

ズシン――。


 そう音が聞こえたと錯覚するほどに凄まじい揺れが階段を駆け上がっていた途中で起きた。

 ほんの一瞬、爆ぜた火の粉が光を失うくらいの間で、早さで通路を駆け抜ける。通り過ぎた全てをグチャグチャに破壊し突き進む衝撃波。シュウは壁に体を打ち付けた。波が駆け抜けた矢先からガラガラと崩れる音が狭い階段のそこかしこから聞こえてくる。

 このままではマズい。

 直観的に察したシュウは痛む体に鞭を打って瓦礫の散乱し始めた道を駈け上がる。

 頭上に異空間への“入り口”を展開し続けることで振ってくる瓦礫の下敷きになる事は避けているが、それでも地上への道が塞がれてしまっては元も子もない。

 ほんの一瞬、地下の事が頭をよぎった。

 彼女たちは果たして大丈夫だろうか。

 躊躇から僅かに足の動きが鈍り、横から雪崩のように崩れてきた壁の残骸が少しだけ足をかすって後ろへ流れて行った。

 シュウは気を引き締めて足を更に速く動かす。

 今の自分にはどうする事も出来ない。ただただ無事であってくれと願う事が限界だ。

 石や土砂や礫の山に足を取られながら懸命に登り、以前に見たのが遠い昔のように思える光の一筋が現れた。

 果たして今、姿隠しは起動しているか。それを確認している暇はない。

 背後より押し寄せてくる死の大波と共にシュウは外へと飛び出した。

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