第32話 奴隷少女と宿命 2-5

 何が起きた、何を行った、何が、何が――。

 その場にいた全員が、ログを除いた全ての者たちが呆気にとられた様子で呆然としていた。

 どう見ても骨頭の攻撃で長き戦いは決着する場面だった。

 だというのに、どうしてその骨頭の方が膝をついて苦しそうにしているのか。

 理解は出来なくとも、本能から危機感を感じたのか牛頭は乱暴に斧を振るってログを遠ざけた。

 そして、その瞬間。

 ログが手に持つ獲物を見て魔物たちは更に混乱した。

 「なんで、あいつ弓なんか――。」

 放たれた矢はまっすぐに血を流す切られた腹の傷めがけて飛んで行く。

 骨頭は直観的に距離を取るのは不利と感じ、急いで走り寄っていくが――。

 「え? 今度は剣……いや、また槍? 斧? 鎚? 手甲? 盾? 杖? 鞭?」

 次々に冒険者が口にする武器が変化する。

 錯乱したわけではない。幻覚を見たわけでもない。

 そられは全てログが瞬時に作り出しては手放していったものだ。

 魔法で武器を作れることは前の階層や骨頭と戦闘を開始する前の光景で理解していた。またそのような魔法を使って戦う者たちがいることも知識として知っていた。

 しかし、その都度使い捨てるようにして別々の武器を使った戦い方など知らない。

 そもそも武器生成の魔法は武器の強さに比例して消費する魔力が多くなる代物。木刀レベルの強度なら兎も角、そう易々と一級品クラスのものを手放すなど非常識にも程がある。

 それに、どうして全てあれほどに“扱える”のだ。

 彼の到達している高みは才能の有る人間が十年単位で厳しい修行を重ねた結果辿り着ける領域だ。なのに、どうしてその高みにあらゆる武具をもってして立っている?

 目の前の男は、いったい何なのだ?


 骨頭は焦る。

 離れては格好の餌食、しかし無理に近づいても“丁度良い間合い”を外してくる上に、その先において最も効率的な武具を使用してくる。

 その癖に絶好の間合いにおいてすら互角の戦いにしかならず決定打は悉く防がれる。

 傷は先ほどの比ではない程に深く、一撃が刻まれるたびに命が削られていく感覚が分かる。

 強い。恐ろしく目の前の人間は強い。

 本当に人間なのか?

 確かに今まで見てきた人間と同じ姿、同じ臭いを持っている。しかしこの者の持っている雰囲気はどこか不自然で人間とは何かが違う。

 困惑、混乱、恐怖、動揺――。

 それらがほんの一瞬だけ、ほんの僅かだけ骨頭の集中力を削ってしまった。

 「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 激痛は遅れて来た。

 悲鳴は更に遅れて腹の底から湧き出した。

 たった一度の、無いも同然の隙をついた太刀の一撃が腕の一本を肩から切り飛ばしていた。

 痛みに本能が鈍らされ、立て続けに迫る脅威に気がつくのが遅れた。

 赤々とした光が視界一杯に溢れ、同時に地獄の如き灼熱が怒涛と押し寄せる。

 常軌を逸した熱量が熱さを感じるよりも早く皮を肉を神経を焼き切り、唐牛で体が変質していく感覚のみがボンヤリと、虫が体を這うような感触として伝わってくる。骨頭は体を丸め突進するようにして逃げるように業火の中から飛び出した。

 だが見計らっていたかのようにログは、骨頭が出て擦れ違う刹那の瞬間に片方の足首、その筋を断ち切る。

 突然意思を失って棒のようになった足がもつれ、骨頭は倒れ勢いのまま倒れてゴロゴロと転がった。

 顔を上げた瞬間に再びの激痛。

 目の片方が射貫かれたのに気がついたのは観戦者たちだけ。

 「こんなもんか。いや、もう少しか?」

 液体の入った瓶を煽って空にし、投げ捨てながらログは呟く。

 傷一つない余裕の姿に、一切の慢心も油断も無い冷淡な瞳に骨頭は恐怖を覚える。

 勝てない。勝ち目はない。

 自分は絶対的な強者であると信じていた。

 例え地上で魔王と呼ばれる者たちであっても真正面から退けられる自信があった。

 しかし今この瞬間においてようやく己も弱者であったことを、ただただ驕っていた事を理解する。

 最早立ち上がる体力も気力も残ってはいない。

 ただ怯える獣のように歩み寄ってくる男をジッと見上げる事しかできなかった。

 「は? おいクリュス、予定より早くないか? ……仕方ない。じゃあ、お別れの前に一つ――。」


 勝利の決まった強者が敗北した者へ何かを話している。

 残念ながらそれを見守っている者たちに、その中身を知る術はない。

 だが問題は無いだろう。

 剣を振り上げた姿を見れば情が移ったなどという事がないのは明白であるから。

 死を告げる刃は一度キラリと光を反射し、振り下ろされる。


 ―――その時、凄まじい地震が起きた。


 大地が、世界が裂けるのではないかと思わせる激震。

 ガラガラ、パラパラと砂クズや石が天井や高所から落ちてきては下にいる者たちに降り注ぐ。不幸にも巨大な瓦礫の下敷きになったのだろう魔物の悲鳴がそこかしこで響き渡る中、冒険者たちはただ揺れが収まるまで身を低くして脅威が過ぎ去るのを震えながら待った。

 

 「みんな、大丈夫か?」


 ようやく危険が去ったことを確信して暗闇が徐々に光を取り戻す中ゴーマは大きな声で問いかける。

 上がる声から近くにいる者たちは無事なようだが、他のメンバーは大丈夫か。胸を締め付ける心配は瓦礫の中から顔を出してくる姿たちを見て薄れ、記憶している全員の無事を確認して完全に消える。

 「あ――。」

 先ほどとは比べ物にならないが、それでも遠くまで見通せる程度に光りが戻り、同時に誰かが声を漏らした。

 そして気がついた全員が同じように呆然とした表情を浮かべる。

 広場に疲れたように座っている人影、ログが無事だった事に驚いたのではない。

 その数歩先に出来上がった、広場どころかこの空間一帯を引き裂いたかのような巨大な亀裂。

 骨頭の伏していた場所は漆黒の闇が立ち込める割れ目となり、その姿は何処にもなかった。

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