第29話 奴隷少女と宿命 2-2
階段を降り、広場の魔物を倒し、階段を降り、広場の魔物を倒し、階段を降り、広場の――。
延々と同じことの繰り返しは続けられた。
十か、二十か、いくつの広場を通り過ぎて階段を下ったか数を数えるのも面倒になる。
総勢で二十人にも及ぶメンバーの大半は冒険者であり、彼らをサポートする者たちだ。ログは彼らが淡々と既にネタの割れた広場の戦いを後ろで見守るだけである。
ここは各階層に巣くう魔物を倒す事で先へ進めるという蛮勇好みのシステムらしい。
一つ面倒な部分を上げるならば一度でも地上への出入り口を跨ぐ、つまり出るか入るかすると魔物が復活して最初からやり直しになるという点か。
深くなるほどに魔物は強力になるがミスリルの冒険者たちの手にかかればさして苦戦もない。
傷ついたり疲れたりすれば、いつでも回復もできる。
この体制で行き詰るということは、それだけ厄介な相手、もしくは強大な存在がいる場合だけだろう。――今回は後者だ。
「ここの次が目的の階層です。」
声をかけたのはミスリル冒険者の一人ゴーマ。
何度もコロセアに入っては多少の傷を負いながらも無事に戻ってきているベテラン中のベテランだ。
この迷宮攻略における現場の指揮官的な存在であり、今までの部隊が一つとして全滅せずに地上へ帰還できたのは、彼の的確な采配があってこそらしい。
そんな彼が、彼の友たちが今はただの露払いをさせられている。
その時、その場、その瞬間における仲間というのは階級に関係なくあるかもしれないが、実力も定かでない、“ギルドが実力が下であると公認している金の冒険者を温存するために戦う”というのは当然ながら納得のいくことではない。特に理由の説明も無いのであれば尚更に。
しかし命令であれば従わざるを得ない。
ミスリルの冒険者である以上、ギルドの“緊急依頼”を拒否すれば最悪は資格のはく奪だ。
故に苦虫を噛み潰しつつ、この場にいる全員は先へ先へと進んでいた。
目標一つ前の階層に現れる魔物は何度も挑んでいる彼らにとってすら厄介な相手だ。
それは無数の弱い魔物のものと思われる骨が寄り集まって出来た紛い物の骨竜。
この迷宮においてゴーマたちは初めて目撃した魔物である。
本物の骨竜のような強靭さも無ければ力強さも無い。ブレスに値する技も当然ながら竜ではないい以上使ってこないが、そもそもが集合体であるから四肢を破壊しようが直ぐに再構成されるという面倒な特徴を持っており、長期戦で戦うのは避けなければならない相手だ。
この魔物の確実な攻略法は一つ。
原動力となっている核を覆う装甲を強力な攻撃で吹き飛ばし、弱点を一気に叩くこと。
その為にゴーマをはじめとする前衛が魔物に攻撃を行いながら気を引き、その間に魔法使いたちが力を溜める。後は期を見て離脱しつつ魔法を叩き込み、その後に素早く倒すだけなのだが――。
「どうした?! 魔法はまだか!」
先頭の開始から予定の刻限を過ぎても魔法の準備が整わずゴーマたちは焦る。
「まって、様子がおかしい――魔力が上手くたまらないの!」
「どういうことだ!」
「分からないわよ! 何が何だか、今まではこんな事一度もなかったのに……。」
「チッ!」と舌打ちしつつゴーマは迫って来た尻尾の一撃を唐牛で回避しようとし、予測を遥かに超えた一撃を受けて軽々と宙を舞った。
そのまま地面に叩きつけられ、うめき声を上げながらも素早く立ち上がり頭を振っては魔物を見る。
咄嗟に跳ぶようにして受け身を取っていなければ、暫く立ち上がる事の出来ないダメージを負っていた事だろう。流石は歴戦の冒険者といったところである。
しかし事態は深刻だ。
魔物の動きは明らかに最初より早くなっており、一方で魔法使いたちは困惑した様子で取り乱している。
こんな現象は今まで一度として起きていない。
周囲を見回しても何も変わった部分は見られない。
ここはゴーマの知っている広場であり、目の前の魔物もゴーマの知っている存在のはずだ。
「なら何故――。」
ゾクリと背筋に冷たいものは走る。
自分たちは迷宮の主以外の相手、戦いの場所、仕掛け、それら情報の全ては調査しつくしていたと思っていた。しかしそれは間違いだったのではないか。
何か重大な見落としがあったのではないか?
知識、情報は冒険者にとって最大の武器であり命綱だ。
その重要性を知り徹底的に調べつくすからことゴーマはこの迷宮をここまで進められたし、ミスリルと言う階級に見合った働きを見せることが出来ていた。だからこそ未知に直面している今は最悪の中でも最悪。今までの常識が何も通用しなくなる可能性すらある絶望的な状況だと、考えるより早く理解してしまう。
この場における最善。
「全員、一時階段に撤退するぞ! しんがりは私が行う!」
叩き飛ばされてから頭が鮮明になるまで、その僅かな時間でゴーマは決断する。
前衛の何人かは怪我を負っているが今ならまだ建て直せる範囲だ。
魔物の様子がいつもと違う事に気が付いていた前衛たちは即座に指示に従い走り出した。魔法使いたちは未だ混乱の中にあるが、元々入り口の近くで準備を行っていたので即座に反応できずとも十分に逃げ切れる距離がある。
まだ何とかなる。
――その希望は無慈悲にも叩き潰された。
「うそ、どうして?!」
突然の地響き、ズルズルと何かが引きずられるような音、聞こえてきたのは悲鳴のような叫び。
ハッとして声の方を見ると、そこには石の壁を叩く仲間たちの姿があった。
「おいおい冗談だろ。こんなの聞いてないぞ!」
確かにそこにあった出口は黒き扉によって閉じられてしまっていた。
「そんな、そんな仕掛けは知らないぞ! あれだけ調べても何も見つからなかったのに――。」
言葉を失う。訳が分からなくなる。呆然と立ち尽くす。
何をどうすればいい。どんな手を使えばこの難局を突破できる。考えて、考えて、考えて、それでもその全てに悉く裏切られるような気がした。知っている知識が、情報が、常識がこの場においては通用しないのだ。
ならば、ならばどうすれば良い?
ゴーマが混乱の中に陥ったのは一瞬だったかもしれない。
しかし魔物はその一瞬を決して見逃しはしない。
影が迫る。振り上げた腕が振り下ろされる。
先ほどの尻尾よりも更に素早く、鋭く、迷いなく一匹の獲物を仕留めんと爪が迫り――。
――ガキン。
鋭く、甲高い音が広場に響いた。
それは硬い石や鉄同士がぶつかる音によく似ている。
「アケルスケルは体を構成する骨によって、その性質を大きく変える特性を持つ。だから見かけた時にはまず、気がつかれないように隠れて骨の分析からやらなければならない。」
爪を押し止めていた一本の槍が目にも止まらぬ速さで振るわれる。気がついた時には魔物の腕は弾かれる様に遠くへと飛んで遥か向こうの壁に激突し広場を揺らしていた。
「まさか“魔法喰らい”の骨を持っている個体が出てくるとはな。俺でも二度しか見た事のないレア中のレア個体だ。コイツは運が悪かったと考えるしかない。」
勝利を確信していた魔物は、まったく想定していなかった出来事に一瞬固まる。
それは一瞬だったかもしれないが、ログはその隙を決して見逃さなかった。
「アイシャの奴には絶対に手を出すなって言われていたんだがなあ……。まあ、そうも言っていられない状況だったから、仕方ないよな。」
迷いなく突き出された刃は分厚い骨の壁を易々と貫いた。その奥に隠されていた核と共に。
魔物の目は途端に光を失いガラガラとその身を構成する全てが糸を切ったように崩れて骨の山を作る。刃に貫かれたまま宙空に赤い血のような雫を滴らせる一つの玉を残して。
全てが終わったことを確認すると槍は一瞬で空気に溶けるように姿を消した。
支えを失った玉は骨の山へ落ちていき、ぶつかると同時にバラバラに砕け散って周囲を真っ赤に染めた。
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