第10話 転生者と奴隷少女 1-2

 すっかり顔なじみになったのか、優秀な後輩が出来て嬉しいのかポラデアたちの検査は非常に手早く終わった。もっとも、その後に控える兵士たちの検問所に関しては相も変わらずかなりの時間を使われたが。

 おかげですっかり太陽は空高くに上がり、昼飯時が訪れた為に道の混雑具合は激しくなる一方、かなり動きづらい状況だ。

 故に、これだけで体力を使い果たす危機を考えて適当な飯屋に入ったのは当然の帰結であり、せっかく立ち寄るのならシュウもいる事だし普段は入らないような場所に足を踏み入れようと考えるのは当然の流れだったと言える。

 「…………完全に判断を誤ったな。」

 結果として一人だけ気まずそうにログはうなだれていた。

 そこは値段の割に質の高い菓子と香り高い茶を提供する洒落た店。外観や内装もさることながら客という客が誰も彼も華やかな姿をしており、見る限り子連れすら含めても男の姿はログとシュウ以外には存在しない。

 気まずいことこの上ない環境だった。

 不思議なのは基本的に何事にも無関心の仮面を外さないクリュスはともかく、シュウがこの状況において全く動揺しないどころか、むしろワクワクした様子でメニューを眺めている事だ。普通は気まずいものではないのだろうか。より一層の孤独感を感じてログは更に頭を落とす。

 「これとか美味しそうじゃありませんか?」

 シュウが指を指したのは長々と文字が並んでいる菓子の名前。その下に説明が書かれているが正直言って言い回しが独特過ぎる為よく分からない。

 というか分かっても、何が出て来るかなど想像している精神的な余裕がない。

 とにかくこの場から早く離れたい。自意識過剰と分かっていても向けられていると感じるトゲのような視線から解放されたい。何よりも顔見知りにこの場にいることを知られたくない。

 なので、とりあえずシュウが決めたメニューを三人分頼むことにした。

 クリュスから特に意見は無い。何でも良いようだ。

 永遠かと思われるような時間に放り込まれる。

 外の雑踏はどこか遠く異国から響いてくるような感覚、空は無駄に晴れ渡って照り付ける太陽が程よい熱を地上へと齎していた。たしかに人々の姿はそこにあり、だというのに何故か非現実的な幻の中にいるかのような感覚だけがログの心を支配している。

 「あ、ログさんだ。久しぶりですね~。」

 最悪も最悪。天空竜の雷に打たれた時よりも強い衝撃が現実逃避たる幻想の世界を切り裂き、絶望が目の前に姿を現した。

 「………………いや、あの人違いでは――?」

 「ええ~、私がログさんの事を見間違えるわけないじゃありませんかー。」

 クスクスとの可愛らしい笑いは悪魔のものか。

 ぐっしょりと冷たい汗が背中を濡らし、指先からは血が締め出されて凍ったかのような冷たさだけが残る。

 顔を合わせてはいけない。もしこの目に写してしまえば幻は現実に――。

 「あれ? もしかして具合悪いです? アイシャさん呼んできましょうか?」

 「アーヒサシブリダナ、ゲンキシテタカ。」

 「アッハハ、相変わらす面白いですねログさんは。」

 「あの、この方は?」

 シュウから当然の質問。

 「お? もしかして君が噂のすーぱー逸材の新人君かね? 私はニナナ、気軽にニナって呼んでくれて良いぜ。」

 そう言ってコトンコトンと凝った飾り付け方のされた切り分けられたケーキを乗せた皿をテーブルに置き、他意のない好意的な笑みをニナナはシュウへ向けた。

 この世界における“人”とは人間を指すものではない。エルフやドワーフなどは当然ながら、獣人、鳥人、魚人、鱗人、虫人、草人、竜人、とにかく人型と呼ばれる肉体を持っている生物は基本的に“人”に分類されるので、人間は“人”に含まれる一つの種族でしか無い。

 そんな多岐にわたる“人”の中でニナナは鳥人に該当する。

 顔や体は人のそれであるが、背には翼を持ち瞳は時に針のように鋭くなる。普段は手袋や靴に隠されている手足も人間のものでは無く、シュウが先日戦ったグリフォンのものに近い形状をしていた。

 「てか、なんでお前がこんなところにいるんだ?」

 「今ここでバイトしてるんですよ。見て見て可愛くないですか? この制服。」

 クルリと回って自慢げに見せびらかす姿はまるで新しいオシャレを自慢する子供のようだ。

 「あの、お二人はどんな関係なんですか?」

 「腐れ縁の後輩。」「頼りになる大好きな先輩さ。」

 「え、はい? 後輩? 先輩?」

 「見た目に騙されてるみたいだが、こいつは立派な冒険者だぞ。」

 驚愕の事実にシュウは固まり、その間にニナナはクリュスに抱き着きながら「クーちゃん久しぶりー。」と恒例となった挨拶を行う。当然のようにクリュスは抵抗も何もせず無表情のまま、抑揚少なくオウムのように同じ言葉を返した。

 ニナナは見た目だけで言えば、面倒な客のご機嫌取りを行いつつ酒とサービスを提供する“そっちの店”でも十分やっていけるものを持っている。その上でやたら似合っている仕事姿を見たら荒事が本業など信じられないのも無理はないだろう。

 「それにしても本当に珍しいですね。ログさんはこういうお店には立ち寄らない硬派な方だとてっきり。」

 「ここに入ったのは偶然だ偶然。」

 そしてすぐに出て行こうとしたのに周囲の客に振舞われていた菓子にすっかり目を奪われていたシュウを見て言いだせなかっただけだ。

 「偶然でもお会いできたのは嬉しいですよ。最近、私も忙しくてそっちに行けていないし。」

 「ニナナさんもログさんのところを使っているのですか?」

 「そうしたいのは山々なんだが、プライベートで町の外に寝泊まりしてるとギルドが煩くてね。遠出した時の帰りに一日、ぐらいしか使えないんだ。それでも、もう少し準備したらソッチに泊まれるようにするつもりさ。」

 「ギルドが許すか?」

 「そこはそれ、やり方というのは結構あるんですよ。」

 何やら悪い含み笑いをした後、「それじゃ。」とニナナは仕事に戻っていった。

仕事に戻ると言っても定期的に立ち寄っては普通にお喋りを行いうという自由っぷり。どういうわけか店の方はそんな彼女の行動を黙認しており、注意の一つも行う様子は無かった。

 「そろそろ出るか。」

 中々に味の良かったケーキを食べ終わり、お茶も底をついたところでログは立ち上がる。

 ゆっくりこのあと食休みなどしていられる精神的余裕はない。ストレスと甘い匂いで気分が悪いくらいなのだから。

 品物が届いた時点で支払いを終えているので、あとは何食わぬ顔で出ていくだけである。

 「あ、ログさんもう帰っちゃうんですか?」

 「あんまり一ヵ所に長居してるとギルドの連中に見つかりそうだからな。そもそもコイツに町の案内をしてやるつもりで来たんだから、時間を無駄にし過ぎるのも良くない。」

 「案内ですか?」

 「冒険者になって七日目になるんですが、町の出入り口とギルドまでの通り道以外には殆ど立ち寄った事が無いので。」

 「ほほう。でもログさん案内できるほど最近町にいましたっけ?」

 「いない。だから半分は俺の記憶の確認と情報の更新のためにふら付くことになるな。」

 「ならば私が案内に立候補しましょう! そっちの方が迷わなくてすみそうですぜ旦那。」

 予想外の提案にシュウもログも同じように驚いた顔になる。

 是非頼みたいところだが、まず確認しなければならない事があるだろう。

 「仕事はいいのか? あと旦那はやめろ。」

 「ああこれ半分はボランティアみたいなものですから。制服着たくてお手伝いしてるみたいな感じで御給金を貰っているわけでもないですし。一言、『今日は上がります。』て言えばいつでもお終いですよ。」

 「……よくそんな条件で仕事を貰えるな。」

 「私ってば看板娘みたいなものですし? 実はこう見えて売り上げにかなり貢献しているんですよ。」

 ムフンと自慢げにニナナは適度に成長した胸を張る。

 得意げな顔に「凄い凄い。」と適当に言ってやりつつログは店の出口へと向かった。

 ログから少し遅れてシュウとクリュスが店の扉を潜り、それから更に重圧から解放された感覚を味わっていたところでニナナが出てきた。

 「それじゃあ、まずは何処に連れて行こうか。」

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