転生者と奴隷少女

第9話 転生者と奴隷少女 1-1

 劇的な試験突破を果たし、異例とも呼べる最初から銀の階級を与えられてデビューしたシュウの冒険者生活が始まった。

 同時に奇妙ながらも縁があることから、タルミナ邸を寝泊まりする拠点としたのも想定通り。

 だが、ログは一つの致命的な問題を見落としていた。

 「今日もお客さんは来ませんね。」

 「そうだな。」

 「町の方では噂になっているのですけどね。」

 「そうだな。」

 「やはり立地に問題があるという声が多いようです。」

 「そうだな。」

 ダラスの街から徒歩で二時間、一般的に使われる街道から離れた位置にある林の中。当然ながら道中で魔物やら魔獣やらと鉢合わせるなど日常茶飯事であり、林は森のように広大でもないのに始めて訪れる者たちを迷わせる不可思議な空気に満ち溢れている。

 だからこそ需要が無く地価が安い事からタダ同然の税で済まされているのだが、そんなこと客が来なければ慰めにもならない。

 しかも地下の水源はこの木々によって齎されているから下手に切り開くわけにもいかない。一応、馬車が通れる程度の道は確保し、道中の魔物に関しても手が空いている時に駆除を行うようにしてはいるが軽い気持ちで行き来できるかと言われると、多少なりとも能力のある者でなければ厳しいのもまた事実だった。

 シュウが冒険者になってから七日、未だに他に部屋を借りようという客は現れない。

 つまりは今日も今日とてログは暇だった。

 買い出しもないのに不用意に町にいってもギルドで小銭稼ぎくらいしかやることがなく、しかし特に金に困っているわけではないから、わざわざアイシャにどやされに行くようなものなので気が引ける。

 大きく溜息、話題になれば事態が好転するというのは考えが安易すぎたようだ。

 「地道な作業を繰り返していくしかないか。」

 そう、この宿に続く道に出て来る魔物さえどうにかなれば、少なくとも今より客は来てくれるようになるはずだ。

 しかしいつ成し遂げられるのかを考えると、再び大きなため息。

 「あ、お二人はここにいらしたのですね。」

 ひょっこりと顔を出したのは話題の冒険者、シュウだった。

 「どうした、今日はゆっくり町を見回るって聞いたんだが。」

 「それなんですが、お二人に案内をお願いしたいんです。」

 「そいつはまたどうして? 頼めば引き受けてくれるやつなんて溢れるほどいるだろうに。」

 「それが、そう上手くいかなくて……。」

 何か苦い経験でもしたのか、強張った笑みが浮かべられた。

 とりあえず話ぐらいは聞こうと、シュウが適当な椅子に腰かけるまでにお茶を用意する。

 「実は、最近色々と忙しかったのは他の冒険者の方々と協力して依頼を受けていたからなんです。」

 「だろうな。」

 何しろシュウは今や引く手数多、期待の新人。欲しいと思うパーティは少なくないはずだ。

 「でも、どういうわけか皆さん一回同行しただけで拒否するようになってしまい、話しかけてみても余所余所しいというかギコチナイというか。何故か分かりませんが避けられているような気がするんです。」

 「そいつは妙だな。何か気分を害するような事でもしたんじゃないのか?」

 「僕もそう考えましたが、心当たりが全然なくて……なるべく皆さんの負担を軽くするために頑張っていたつもりなんですけど。」

 ――――ん?

 「負担を軽く? 具体的には?」

 「えっと、邪魔になりそうな魔物を早めに仕留めたり、強敵が出てきた時は僕の出せる最大火力を最初に打ち込んだりして弱らせたり、荷運びなんかでは馬車を使わないで済むように荷物を片っ端から格納したり――。」

 それだな、とログはどう説明すべきか頭を抱える。

 「あー、坊主。冒険者の中でも銀くらいの連中が主に何を重視しているか分かるか?」

 「何でしょう……安全? それとも報酬額でしょうか?」

 「名誉、栄誉、名声の類だ。全員とは言わないが、そういうタイプの連中がかなり多い。」

 彼らは曲がりなりにも銅から昇格してきた能力のある者たちだ。

 以前よりも受けられる依頼の幅も広がり金銭的な余裕だって豪遊していなければあるのが普通。安全を重視するなら無理に難易度の高い依頼を引き受けなければ良いだけである。

 「アイツらはな、称賛に飢えているんだよ。それなりに実力がついたがために、自分は能力があるって自負を持つようになるからな。そしてそういう自負は特に上がりたてだったり、そんなに銀になってから長くない連中は膨れ上がりやすく、あっという間に評価してもらいたいって欲望になるもんだ。じゃあ評価してもらうなら冒険者だと何をする?」

 「……より難しい依頼を受ける?」

 「そうだ。だからお前さんを引き込んで難易度の高い依頼を引き受けていたんだろうが、箱を開けて見れば活躍は全部持っていかれて、しかも自分たちと小僧の差を痛感するばかり。全部お膳立てなんかされたら当然だが手ごたえだって感じない。そうなりゃ今度は嫉妬が始まる。お前さんが一緒にいると自分たちの活躍の全部が奪われちまうって思い込みが生まれてな。」

 それがシュウが避けられるようになった理由だろう。

 異議の申し立ては目の前ではなく隣から行われた。

 「それでは説明が不十分です。ログは昇格したての方々などの場合の例しか話していません。それらに当てはまらない長期間において銀で活動している方々までもがシュウ様を避ける理由を説明してください。」

 「そっちは当たり前なんだよ。長く活動してるって事は、それだけ信頼した相手と長くつるんでるって事だ。メンバーが何らかの理由で欠けたのならともかく、有望株とはいえわざわざ新人を引き込んで今のバランスを崩すような事はしたがらないんだよ。危険な経験を積んでいるからこそ変化を嫌うようになるってわけだ。」

 個人で活動する連中などは論外。彼らはいかなる場合であっても一人で活動するから仲間として誰かを受け入れるという事がそもそもない。もし協力を提案してきたら、それは使い捨てとして扱う事を前提にしている場合が殆どだ。

 「まあ、お前さんが優秀過ぎたがための問題ってところだな。時間が経てば一緒に活動したいって輩も出て来るだろうから心配はするな。」

 「そうだといいのですが……。」

 「それで町の案内の方だな。別に構わないと言えば構わないんだが、面白い物は何も見せられないぞ? 離れて暮らすようになってからだいぶ経つ上に、最近は決まった場所しか立ち寄らないようにしているからな。その範囲ですら結構な様変わりをしているから、他がどうなっているかなんて俺にもよくは分からねえ。」

 「全然かまいません! 是非お願いします。」

 「分かった分かった、とりあえず頭を上げろ。いちいちこの程度で頭を下げるな。」

 「ログ、町に入ればアイシャ様と遭遇する確率が非常に高いと予測されますが。」

 「そん時はそん時、また逃げるだけだ。」

 「分かりました。転送先のポイントに関して何か要望はありますか?」

 ログは首を横に振る。いつもの場所、という意味だ。

 転移系の魔法は短距離ならできなくはないが、先に見たギルドの部屋からしてアイシャから受ける阻害は生半可なものではないだろう。だからこそ魔法としか思えない、しかし魔法とは無関係らしいクリュスの力に頼るのが一番確実なのである。

 もちろんその事がバレないように劇団御用達の演出用魔法は使うが。

 「そんじゃ、ボチボチ行くとするか。」

 そう言って立ち上がりログは宿の奥から先日は出し忘れていた一枚の木札を持ってきた。


 ~ただいま外出中 お泊りのご予定でしたら、暫くお待ちください。~

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