第7話 冒険者と転生者 3-2

 それは壁だ。

 全てが全て、グリフォンの方へ体を向けている大きな盾たちの壁。

 分厚く硬い木であったり、錆の浮いた鉄であったり、その両方であったりと様々な造形の統一感のない障壁が各々近過ぎず遠過ぎずの感覚で弧を描くように並んでいた。

 その異様な光景にグリフォンは警戒を強める。

 何を考えているのかは分からないが、男のいる場所は先ほどから一つとして変わっていないのだから何も問題は無いはずだ。あの未知の攻撃もどうやら今の状況では使えないらしく、であれば多少の時間はかかるが着実に隠れている壁をコマ切れにして裏の奴を引き裂けば良いだけだろう。何も難しい事はない。

 風の刃作りを再開し、それによって邪魔な全てを引き裂く。もちろん警戒は解かない。決して近づかない。あくまでこの距離を保つ。

 簡単な事だ。

 そう自分に言い聞かせていた最中、視界の端にキラリと光る物が映った。

 まったく予想しなかった方向からの奇襲。

 なんとか反射的に体を逸らせると、頭二つ分前方をソレは通り過ぎていき空へと突き抜けて行った。グリフォンは飛んできた物の正体を驚きながらもしっかり目に捉えていた。

 それは剣と呼ばれる武器。

 すぐさま、その武器が飛ばされてきたと思われる方を睨みつける。

 右の方にある壁のどれかだが、唐突であったがために正確な位置までは把握できていない。

 想定外の事態に混乱する。

 奴はあそこにいるのか? だがそれならいつ移動した?

 先ほどの壁を何処からか取り出したのも、最初の大きな傷を負わせた刃も、どれも魔法で作られた物でない事は羽毛が弾かなかったことから確実だろう。

 ならば物体を何処からか呼び出す類の魔法か?

 知識に無い魔法ではあるが、日々何かしら理解を超えるものを作り上げる人間という存在たちならば、或いはそのような魔法を作り出していてもおかしくはない。

 であれば問題は一つ。

 その魔法の限界は何処にあるか、制約は何か、という事だ。

 どの程度の重さまで、どの程度の大きさまで、また呼び出せる物体の種類、条件――。

 最初の一撃や先ほどの剣を考えれば、高速で飛び出すように呼び出すことが出来るのは確実だ。

 だが二つ目はそれほど早いものでは無かった。その違いはどこにある?

 ゾクリと背筋を冷たいものが走る。

 まさか、時間をかければかけるほど加速させて呼び出す事が可能なのか?

 だからたっぷり時間を仕えた一撃目に対して、それほど時間をかけられていなかったであろう二撃目が比較して遅かったという事の説明が付く。

 その考えが正しければ、それは時間を与えるほどに自分が不利になっていくという事だ。

 嫌な予感が頭の中を支配していく最中、再び今度は左のほうから刃が飛び出してきた。

 ――先ほどのよりも早い。

 予感は確信に変わる。時間を与えすぎている。

 早急に仕留めなければ避けられないほどに素早く、重くなった刃が今度こそこの体を貫くか、首を刎ねることになるだろう。

 だが、とグリフォンは今すぐにでも飛びつきたい気持ちを抑える。

 目の前の壁のトリックを暴かない事には近づくに近づけない。

 距離があれば発射から届くまでの間に回避する事が出来る。しかし一度近づいてしまえばそんな余裕はなくなるだろう。今くらいの威力なら一発二発は平気だが、一向に呼び出せる上限が見えない。もし無限に出せるなどとなれば、流石に耐えられるわけがない。

 慎重に、攻撃がどこから行われているか、攻撃を行っている本人は何処にいるのか、をじっくりと見定めるのだ。

 三、四、五……十一、十二……一十九、二十……と速度を増していく形も様々な武器は体の脇を通り過ぎる。

 そしてグリフォンは気が付いた。

 この攻撃は撃ち出してくる壁の順番こそ不規則だが、一巡りするまで同じ壁から攻撃は飛んでこない事に。

 例えば左から一つ目の壁から攻撃が飛んできた時、他の壁全てから一回ずつ攻撃が行われない限り、この左から一つ目の壁から攻撃は飛んでこないのだ。

 もしあの人間が攻撃の際に自分も移動しているとすれば、そこに勝利のチャンスがある。

 動いていない可能性もまだ捨てきれていないが、こればかりは賭けに出るしか無いだろう。

 三巡目に入り、この距離ですら避けるのは厳しくなる。幸いなのはあまり正確に飛んでこないという事だ。

 勝利はもはや手の届くところにあり、策が半ば破られたことを気取られないよう気を配る。

 避けて、避けて、避けて、気が付けば残るは左の端と中央の壁からのみ。

 中央からキラリと光るものが見えると同時に、グリフォンは素早く左の壁へと突進し始めた。

 風の刃を全ての盾に向かって乱雑に行う事で、攻撃方向からコチラの動きを推定出来ないようにする。

 音を立てずに近づく狩りは得意中の得意、ひっそりと迫り、鋭い爪か嘴で一撃を入れるだけだ。

 壁は目前、キラリと光る物がすぐ目の前に忽然と現れた。

 刃の突き進む先は頑強な筋肉の鎧を纏っている胸。羽毛を超えて突き立ち流石に多少の痛みは来た。しかしその程度ならば喜んで受け入れよう。

 気に入らないこの敵をもうじき排除できるのだから。勝者は自分なのだから。

 腕を振り上げ、残虐な咆哮を上げる。

 遂に嘴の先まで近くへと辿り着き、力一杯の風を起こして邪魔な壁を吹き飛ばした。

 その先には怯え、絶望し、呆然とする、この空の覇者に抗った愚かな者の姿が――――。


 ドス、ガス、ザクザクザクドスゴスガスドガバキボキベキドゴズブサクドンブスビチャガンメキガキザクザクザクドスゴスガスドガバキボキベキドゴズブザクドンブスビチャガンブズズブザク。


 毛を、皮を、肉を、骨すらをも引き裂き砕く無慈悲な音が延々と続いた。

 圧倒的と思われた強者はその顔のままに瞳の光を失い、その場に力なく崩れる。崩れてもなおその体には獲物が降り注ぎ続けていた。それは剣であったり、槍であったり、鎌であったり。傷口を抉るように杖が突きたち、力の無くなった肉の鎧を貫いて骨を砕く鉄槌が落とされる。

 ようやく音が止み、フラフラと力の入らない様子でシュウは最初に隠れた盾の裏から姿を現した。

 そして原型を失った、無数の武具に埋もれるようにある肉塊を見下ろす。

 勝ったのだ。

 それが分かり足に力が入らなくなった。

 その場にへたり込みながら、我ながらとんでもないギャンブルに出たものだと今更ながら恐怖に体を震わす。

 グリフォンは賢かった。だから騙せると思っていたが。

 実現には自分が動いていない事を最後の瞬間に気取られてはいけない。全ての盾を破壊されてもいけない。最初の事を思い出させ多少離れても出口を作れることに気づかれてはいけない。

また余計な事を考えさせないために時間への焦りを植え付けるため、各武器の加速させた時間を必死に思い出しながら順番に放出する。その際にまったく無関係なところに飛ばさず、狙われているという緊張感を与え続ける必要もあった。これはグリフォンがあまり動き回らずにいてくれたことに大いに助けられたが。

 最後の瞬間など、もしも策を見破られていて自分に爪が振り下ろされていたらと考えると今日いの消えた今でさえ体が凍り付く。

 「まさか本当に倒しちまいとはな。」

 すっかり荒れた地面で音を立てながら、ガロンは驚いた顔で近づいて来た。

 「最初の一発が外れた時、こいつはダメかなと思ったんだが……まさかあそこから巻き返すとはなあ。」

 まったく他人事な言い方だ。

 実際そうなのだろうが、もう少しねぎらいの言葉の一つは欲しい。

 「かなり危なかったですよ。もう魔力は枯渇しているし、武具のストッだって一つもありませんから、これでダメだったら大人しく挽肉になる覚悟でした。」

 「そうだな。だがお前さんが勝って、挽肉になったのは向こうの方だ。おめでとうさん。」

 ははは、と力なく笑いその場に大の字になって寝転がる。

 血生臭い臭気は漂ってくるも、それ以上に大きな安堵と疲労感が抗えない睡魔を招くのだ。

 困ったようにガロンは笑うが決して無理に起こそうとはしない。

 「しかし、こいつはどうするかな。」

素材に使えそうな場所を探すのが大変そうな“グリフォンだったもの”を見てガロンは苦い笑みを浮かべていた。

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