第2話 冒険者と転生者 1-2

 今、世界は未曽有の混乱の中にある。

 かつてその時代の英雄たちによって葬られたとされる魔王が全部で八体いっぺんに復活したり。

 隣国の王が乱心してどういうわけか四方に戦争を仕掛けたり。

 ドラゴンたちが空の支配権を主張し飛び回っては気まぐれに町や国を焼いたり。

 エルフの過激派集落が森を無理矢理に拡大したかと思えば、ドワーフの恐れ知らずな若者たちが太古の封印を解いて死の山の息を吹きかえらせ、しまいにはとっくに根絶されたとされる邪教の信徒が邪神降臨のために暗躍されている。

 まさに世界は混沌の中にある。

 最寄りも町から徒歩で二時間もかかり、しかも魔物の出る林の中にポツンと立つ一つの宿屋には厳しい世相と言えるだろう。

 もっとも経営が厳しいのは世相や魔物よりも立地にあるのだが。

 道行く人が通るのは騎士やら傭兵やら冒険者と呼ばれる命知らずたちに守られている整備の行き届いた大街道、そこから離れて魔物が多く潜む場所に建てられた宿を、わざわざ旅の疲れを癒す場所として利用する筈も無い。

 だが移すわけにもいかないのだ。

 安全な場所は総じて税が高く競争率も激しい。それに競合となる相手の数も規模もけた違いだ。故に誰も欲しがらないタダも同然な場所をあえて選んだわけであり、今さら金のかかる場所に移転など必要な費用からしても悪手に他ならない。そもそも客は来ないが“いない”わけではないのだから動かしたら困る者もいるはずだ。きっと。

 そんな無駄な善意二割と意地八割によりここタルミナ邸は主人のログにより営まれていた。

 そして善意というのは何故かやたら面倒ごとがすき好む傾向にあるようで、例えば家族も同然の少女との当たり前の平穏な朝食すら当然のようにぶち壊しに来るのである。

 故に古き賢者は「善意など持たぬのが世を楽に生きる最大にして最高の知恵だ。」などと言ったとか言わなかったとか。

 自分の不運を嘆くのは一区切りにして、そろそろ現実と向き合う事にする。

 「ログ、脳の活動が活発化し始めました。もうすぐ覚醒します。」

 「マジか。もう少しだけ物思いにふける時間は?」

 「ありません。――覚醒します。」

 その言葉の通り、青年の瞼が開きピントの合わない瞳が天井を見上げた。

 「×××……?」

 僅かに顔を捻ってログとクリュスに気が付くと青年は寝起きのような弱々しい声を出した。

 「……言葉が分からないな。」

 「脳の解析情報より言語の情報を分析、双方向翻訳機を作成。××××××――――。」

 忽然と現れた一つの銀色の腕輪のようなもの。

 クリュスはそれを未知の言語で青年に向かって話しながら差し出した。

 「お前さん、名前は何て言うんだ?」

 ログは青年が腕輪を付けたところで話しかけてみる。

 「本当に分かる……。えっと、僕はシュウと言います。助けてもらったようで、ありがとうございました。」

 腕輪を身に着けた途端に先ほどまでの未知の言語が、そのままの発音なのに意味を理解できるようになる。まったく不思議なものだ。

 「いったいココは何処なのでしょうか?」

 「ここは統一基準ブラックホール座標系で座標732229.3336001.1893.にある銀河名QA96の第23恒星系第四惑星、通称――。」

 「ああ、こいつの説明は聞かなくていい。俺にもさっぱり分からないからな。ここはガテラベル帝国キャベンラ伯爵領の、そこそこデカい町ダラス――の近くにあるちんけな宿屋だ。」

 「ガテラベル……ダラス…………すみません。記憶が曖昧なようで、詳しく教えてもらえますか? そうすれば何か思い出せるかもしれません。」

 恒星系誕生の話に入ろうとしたクリュスをそのままにログは説明を始めた。

 世界にある国々、立地、関係から魔物の脅威や人々の暮らし。最近起きている世界での問題や最近話題になっている流行りの事――。

 もっともシュウが興味を持ったのは冒険者の話をした時だった。

 明らかに目の光り方というか、纏っている雰囲気というものが変化したように感じたのだ。

 しかし、その一点を除けば世界に関して何も知らないのは本当なように見える。

 もっともそれが本当に記憶が掘り出せないだけなのか、それとも別な理由からなのかは分からない。少なくともあの現れ方からして、そう単純な事ではない気がした。

 「それで、どうだ? 何か思い出せそうか?」

 「いえ、残念ながら……色々教えていただいたのに申し訳ないです。」

 「気にするな。普通にしていても思い出せない事とか、唐突に忘れる事とかあるからな。」

 さて、とログは腰を上げる。

 色々と問い詰めて化けの皮を剥いでやるのも悪くないが、そんなことに一日中かまけているわけにもいかない。

 そもそも知ってしまえば後には引けなくなるというもの、面倒なのも厄介なのも御免極まる。だから適度なところで切り上げるのが賢い選択というものだろう。

 「これから何か?」

 「町に買い出しに行く。急に客が一人来たからな。心許ない食糧庫の在庫じゃ何かあった時に不安なんだ。」

 「そんな申し訳ないです!」

 「これが俺の仕事だ。気にする余裕があるなら金の心配をしとけよ。言っとくがタダで記憶が戻るまでなんて都合のいい話はないからな?」

 どんな理由があるにせよ、泊まるというのであれば宿として対応するまでだ。

 今日のところは“おおめ”に見るとしても、体がちゃんと動く人間をそう何日も養ってやる理由など無い。

 「……あの、一つお願いがあります。」

 部屋の扉に手をかけ出る間際、何かを決心した様子の迷いのない声が背中に届く。

 振り返るとシュウはベッドから立ち上がっており、まっすぐにログを見ていた。

 「僕も連れて行って下さいませんか?」

 「……体は良いのか? 今日一日くらいは安静にしてても良いんだが。」

 「御心配には及びません。こう見えても頑丈なので。」

 軽く飛んで見せニッコリとほほ笑む顔に嘘はないように見える。

 もちろん肉体的な問題がない事はクリュスの検査によって分かっていた。あくまで尋ねた理由は、精神的な動揺もあるだろうから大人しくしていても良いということだったのだが、顔を見る限りその心配もなさそうだ。

 「そうか。まあ……もしかしたら何か記憶を戻すヒントの一つでも見つけられるかもしれないからな。いいぜ。」

 「はい、ありがとうございます!」

 「――――あの、まだ現在地に関する詳細な説明は終わっていないのですが。」

 一人ずっと最初の質問に答え続けて蚊帳の外にいたクリュスが唐突に不満を告げた。

 顔も声音も普段と変わらないが、なんとなくムッとしているような雰囲気だった。

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