冒険者と転生者

第1話 冒険者と転生者 1-1

 朝、無防備な腹に突如として加えられた衝撃で目を覚ます。

 ほんの一瞬ではあるが走馬灯を見た気がする。しかし気にすることでは無い。いつもの事だ。

 「……起きた。」

 「起きましたか。」

 「そういうわけで、どいてくれ。」

 みぞおちに的確に膝を打ち込んだ後、そのまま腹の上にペタンと座っていた相手を見ながらそう要求する。

 夜空の星々を紡いだかのような銀色の髪、ガラス球のような何処までも透き通った金色の瞳、白磁のような柔らくも冷たい白色をした肌、そしてまだまだ成長期がこれから来るのであろうことを想像させる体躯の少女。

 クリュスは言われると直ぐに降りた。

 「朝ごはんを要求します。」

 淡々とした調子で眉の一つも動かさない無表情の口からはそんな言葉。

 しかし見慣れてくれば夜空に星が一つ増えるよりも更に小さな変化があることを見極めることができるだろう。

 「あいよ。」

 ログは気のない返事で答える。

 まだ頭の中がちゃんと起き切れていないからだが、もちろん面倒だと思わないわけでもない。

 しかし要求されているのだから作らないわけにもいかないだろう。

 時の流れに翻弄され寂しくなりつつある食糧庫へ赴き、炊事場で手早く朝食を作り、食卓へクリュスと共に運んで食べる。

 「結構なお点前でした。」と間違っているような気のする言葉と共に手を合わせるクリュス。

 「お粗末さま。」

 「今日はどのような御予定があるのですか?」

 「客も来ねぇし足りない物も思い当たらねぇし。掃除だけすませたら後は予定と呼べるようなものは何も無いな。」

 やや食料関係の在庫が心配ではあるが、今は泊っている客が誰かいるわけでもない。明日にでも十分補充は間に合うだろう。

 「なるほど。私に新規の仕事の依頼はありますか?」

 「そいつも特には――どうした?」

 天井を見上げて唐突にクリュスは立ち上がった。

 「空間歪曲、重力変化を確認。転移の可能性九十八パーセント。想定されうる転移質量算出、六〇キログラム、プラスマイナス三キログラム。転移発生までの時間算出七秒、プラスマイナス十三ミリ秒――。ログにはこの場からの一時退避を推奨します。」

 矢継ぎ早にクリュスの口から齎される情報。その殆ど全てはログには理解できないものであるが、とりあえず最後の逃げた方が良いという言葉だけは分かった。

 なのでログは無駄のない動きで部屋の端で、クリュスの背後に位置する場所へ移動する。

 こういう時のクリュスの指示には全面的に従った方が良いというのは過去の経験だ。

 「――来ます。」

 その言葉が丁度、残響も起こさず消えた瞬間に部屋は光で満たされ世界は色彩を奪われた。

 ほんの一瞬だ。目がくらみ光が収まっても影が網膜にこびり付いているため、中々ログの視力は回復しなかった。

 代わりに耳を澄ませ何かがあれば対応できるよう神経を研ぎ澄ますも、時間が経ったところで何かが暴れたりするような気配は感じなかった。嫌に静かだ。

 ギシリと床の軋む音がする。

 方向とつい先ほどの記憶からクリュスのものであると断定した。

 目は本来の役割を思い出したように少しずつ暗闇を薄れさせていく。そうして徐々に今がどのような状況にあるのかを確認することが出来るようになった。

 まず壁や天井に損傷の形跡はない。客に見せない部屋だからとほったらかしにしているシミもそのままだ。

 続いて先ほどまで利用していた食卓に視線を移す。

 やはり何も無い。

 食べ終えた空っぽの、汚れだけが冷えてこびり付いている皿が並んでいるだけだ。

 最後に、それまで直視を避けていた床の異様なものに視線を向けた。

 頭は一つ、胴も一つ、胴から伸びる手足は二本ずつで左右対称。

 見慣れない白いシャツと黒いズボンを履いており、靴もやはり見慣れない無駄に凝った作りのもの。

 肉の付き方は少なくとも裕福な連中のように無駄な脂肪を蓄えているわけでもなければ、貧者のように骨と皮だけというわけでもない。筋肉は特に発達しているとは言えないが、何もしていないというほど弱々しいとも言えない。つまり全身にバランスよくついているように見えた。

 「解析完了。種族人間。年齢は各種原子の放射線量と原子の流動量、遺伝子の変化速度より誕生からこの星の平均的な一日の時間に換算し六三〇〇日プラスマイナス二〇日と推測。意識はありませんが特に外傷は見当たらず、脳の活動も正常に行われています。端的に言えば睡眠時の状態と言えます。転移の兆候は周囲にもうありませんが、必要ならば転移元の座標や現象を引き起こした主要因の分析結果も開示します。」

 「危険が無いなら別にいい。どうせ聞いたところで俺には理解できないからな。」

 長々と説明されたクリュスの分析ですら正直言って年齢が凡そ十七歳程度で、今は眠ったような状態にあるということしか理解できなかった。それ以上に難解な事を言い始めるに決まっている情報など知ったところでどうしようもない。

 「とりあえず飯の片づけと……そいつの看病か。」

 どう扱うかは、この人間がどのような人物なのか分かってから決めればよいだろう。

 面倒そうなら放り出して、金になりそうなら利用する。どちらでもなければ、まあ落ち着くまでの一日二日くらいは泊めてやっても構わないか。どうせ客はいないのだから。

 「お前さんも、このご時世に災難だな。」

 思いのほか軽い体を持ち上げながら同情の言葉が自然と口から出た。

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