タルミナ邸の住人たち 〜奴隷少女と転生者〜
狐囃子 星
プロローグ
異世界は案外いいところだ。
そんなふうに思ったのは、ロクでもない生き方をして無様に死んだからなのかもしれない。
同じように命を賭けるなら、口先ばかりの糞ッたれな上司や、地位だけはある無能たちが延々と考え無しに好き勝手戦線を拡大させる国や、常に周囲を利用し出し抜き使い捨て昇進を目指す同僚のためではなく、信頼し合える仲間の方がずっと身が入るというもの。
でも、それがこんな不始末を招いた。
本当は逃げるべきだったのに、怒りに我を忘れて突っ込んで――それがこのざまだ。
当然だ。そもそも戦闘向きでは無いのだから。
神様に与えられた力は荷物持ちとしては一級品だったけど、この世界で戦士として戦うにはあまりにも力不足。サポートに徹していれば逃げ延びれたというのに。
既に手の感覚は無い。下半身は潰れて目も当てられない。
幸いなことに脳の許容を超えているのか痛みも苦しさも無い。
或いは、それは既に死神の手がこの体に触れているというだけのなのかもしれないが。
咳き込んだ。
真っ赤な血を吐き出して、まだ息をしていたのだと我ながらそのタフさに驚く。
空気が入りほんの少し、目が見えるようになったようだ。
依然として朧気で薄暗い中、見えたのは離れて行くいくつかの影。
誰かが、誰かを背負っているようだ。
必死に何かを叫んでいるが、よく聞き取れない。音は聞こえるのに頭が理解できるほど回っていない。不思議な感覚だ。
でもその声を聞いていると何故か安心できた。
彼らは元気だ。
ちゃんと逃げられているのだ。
そんな確信がなんとなく得られるからなのだろう。
苦しくも無いのに、苦しそうに喉が勝手に咳き込んだ。血はもう出なかった。
世界は色彩を失い始める。
そんな中、唐突に全身を悪寒が走り抜けた。
体に刻まれた恐怖では脳でなく肉体が反射的な反応を起こすようになるらしい。
赤みがかった体躯はまるで血を浴びたよう、異形の頭には二つの角があり片方は欠けていた。毛に覆われた肉体は鋼のような筋肉と鋼鉄のような毛に覆われ、丸太すら細く見える腕の先で巨人の使うような斧が握られている。
この世界において魔物は迷宮に住む。そして迷宮には必ず主と呼ばれる存在がいる。
勇者と呼ばれる選ばれし者たちは各地に突如として現れる迷宮を踏破し、主を倒すことでこれを世界から消し去るのが役目。
今までに潰した迷宮は数知れず、そんな勇者の中の勇者たちが挑んでなお手が届かない存在。
逃げる敗北者たちに興味を失った牛頭の怪物は、まだ息のある死にぞこないに気が付いた。
そこに浮かぶのは慈悲の顔ではない。
ただ確実に脅威を消し去るという使命感のようなもの。
斧が振り上げられる。
俺は笑った。
こんな雑魚を相手に、そんな真剣な目をする必要など無いというのに。
思っていたよりも魔物とは真面目な生き物だな。
最後に一つ、嫌がらせをしてやろう。
意識は朦朧とし今にも途切れそうだが、あえて全ての集中力を左手の指へ向ける。
この位置、この角度なら別に見なくても当てられる。
軌跡を描きながらナマクラのような刃が身に迫った瞬間――魔物は悲鳴を上げた。
右の眼には一本の剣が突き刺さり、痛みに逸れた刃が頭ではなく右腕を切り飛ばす。
これで、アイツらはだいぶ戦いやすくなるだろう。
痛みと激しい怒りの声を上げる魔物の声を子守唄に、俺の一生は幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます