第3話 冒険者と転生者 1-3

 宿を出て、林を抜けて、凡そ二時間のほど歩けばダラスの街をグルリと囲む石壁が見えてくる。

 壁は二重三重と中心に向かって高くなっているように見えるが、これは単純にちょっとした丘を中心にして町を建設した為であって壁そのものの高さにそれほど差はない。一般的な市民が暮らすのは一番外側、二枚目の壁の内側にいるのは金持ちや下級貴族たち。三枚目の壁の中にいるのはダラスの町を管理しているキャベンラ伯の身内やこの辺りで力の強い貴族たちの親類だ。

 しかし言ってしまえば特徴と呼べる部分は少ない普通の、それなりに裕福なだけの町である。

 汚い貴族はいるが幸運なことに伯の身内であり執政官のレボノはそういう事には非常に厳しい。

 特段に民を大切にするというわけではないが、民を不用意にないがしろにすることは許さない。不正は誰であろうと厳しく処罰し、逆に言えばどんな境遇の者であろうと、どんな理由がそこにあろうと法を犯すことを許さない非常にお堅い人物だ。

 何処までも真面目で合理的な人物であるとも聞くが、町の運営を見る限りその噂に間違いはないように思われる。

 そんな者が統治しているだけあって治安は良かった。

 そう治安は良いのだが治外法権となっている教会やその傘下に対しては思うところがあるようで、事あるごとにもめているとの話も頻繁に聞く。もっとも目の前に立ちはだかる最大の問題として世界の混沌とした情勢があるから、現在は実質的に休戦しており協力体制なのであるが。

 町の周囲は深い堀に囲まれ入り口となる門は全てで五つ。入るためには架けられた橋の手前にある頑丈そうな小屋にいる教会管轄の検問所と、門のところにいる兵士の検問所の両方を通り審査に合格しなければ中へは入れない。

 橋の前後で二重の検査など非情に非効率的であるが、これも教会に対するレボノの不信感の表れであると言えるだろう。

 「よう。」

 ログとクリュスに気さくに声をかける教会検問所の審査官が一人。

 綺麗に髪を剃った大柄な男で、明かりの乏しい夜に見かければ巨大な獣でも現れたのかと驚く者もいるだろう。

 「なんだ、またお前が担当かポラデア。余程ギルドは人材が不足していると見えるな。」

 「おいおい、こう見えてもこの仕事は競争率が激しいんだぜ? 楽で簡単に稼げるってな。」

 「信用にかかわる仕事にお前を選ばざるを得ないここの担当者が可哀想だ。」

 「そう思うなら顔見せてやれよ。今の担当者はアイシャだぜ?」

 「……へえ。」

 気さくに話していたログの口が動きを止め、僅かながらその体に緊張が走る。

 当然ながら全ては無意識レベルの事であって、その中にあってもポーカーフェイスを貫けたという一点においてログは自分を褒めたいと思うのである。

 「さて、一通りのチェックは済んだな。先に行かせてもらうぞ」

 クリュスの方を担当していた女性が問題無いと頷いたのを見て、ログはそそくさとその場を立ち去らんとした。

 しかし「いや、その小僧がまだ終わってないぞ。」と無慈悲にポラデアは言うのである。ログとしては一刻一秒でも早く、このいつ面倒な者がやってくるか分からない場所から立ち去りたいというのに。

 しかしここで無理を言ってもこの先で止められるのは目に見えていた。

 ハッキリ言って止められるだけなら良いのだが、ギルドの怠慢と受け取られる事態になれば問題は大きく面倒なものに膨れ上がることは間違いない。そしてそっちの方が後々がより面倒となるのは誰が言わなくても子供すら分かる通りだ。

 つまり今は待つしか無いのである。

 一つ幸いなことはシュウという青年が協力的だったことだ。

 ここで無駄にアレは嫌だこれは嫌だと駄々をこねられたら、それこそ担当者が参上しかねない。

 目的などの各種の質問もようやく終えてシュウが解放される。

 「よし、全部問題なし。小僧は身分証ないんだったな?」

 「そいつは記憶喪失な上に手ぶらで突然やって来たガキだからな。一応いろいろとこっちでも事前に確認したが身元の分かるものは一つも無かった。」

 「なら、これが仮の身分証だ。」

 そう言ってシュウが受け取ったのは一枚の紙。

 身分を保証する旨が掛かれハンコが押されているが、よくよく読めば問題に関する全責任は自己に帰結。何かあった時には全力でお前を探し出して首を差し出す、といったニュアンスの言葉がツラツラと非常に遠回しで分かりにくい言い方により書かれているものだ。

 「期限は一日、明日の昼までだから忘れるなよ。」

 ポラデアの忠告にシュウが頷いたところでログはいち早く橋へと出た。


 そしてまさに運命としか言いようのない偶然により、一人の女性と鉢合わせとなったのだった。

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