8
「エル、あの人じゃないか?」
ピテルが荷物をまとめていた手を止めて、林の方を指さした。
よく見ると、紺色のマントを羽織った小柄な人物が立っている。
「多分そうだろ。あ、昼飯もう食っちまうか? 緑札ちゃんも誘ってきたらどうだ?」
朝ごはんにと、ピテルが作ってきた具巻きパンは、もうだいぶ前に食べ終わっている。
小腹が空き始める頃だし、仕事を始める前に力をつけておくのも良いかもしれなかった。
「あー、そうだな。多めに持ってきてるし、誘ってくる」
ピテルは小走りでマントの人物に近づいた。
「あ、あの。あんたがリソから来てくれた人?」
「そう」
マントの人物は小さな声で答えた。
「えーっと、フェネリタ、さん」
今度は無言で頷いた。
「良かった! あのさ、今から昼飯食うけど、一緒にどうだ?」
フェネリタは、少し迷ってから、小さく頷いた。
そして、馬車まで戻る道すがら口を開いた。
「早かったのね。わたしも今さっき着いた」
「あー、なんかエルが馬に回復薬飲ませてたらしい。あ、エルってあそこにいるやつな! ディムタの時遣者」
「赤札持ち」
「そうそう」
フェネリタは、声からすると幼く、ぽそぽそと小声で喋るのも相まって少女のようだったが、それにしては落ち着いている。
ピテルは思い切って聞いてみることにした。
「あんた、いくつだ?」
「19」
「年上か! じゃあ、えっと、敬語とか使った方が良いか? じゃなくて、良いですか!?」
「別に構わない」
「……そうか? なら良かった! あ、おれピテル! エルの使い走りしてんだ」
フェネリタはこくりと頷いた。
「エル! 連れてきたぞ」
「おう。上がれよ。地面よりは良いだろ」
それから、ピテルが昼食を配り終えると、自己紹介が始まった。
「エルだ」
「フェネリタ・ゼレマン」
2人は頷きあって、サンドウィッチを食べようとした。が、ピテルが慌てて口を挟む。
「ちょ、ちょっと! 自己紹介ってそれだけかよ!?」
エルとフェネリタの視線が、一気にピテルを射抜いた。
「な、なんだよ!」
「いや、別に。自己紹介ったって、別に話すことないだろ? なんか知りたいことでもあるか?」
エルファヌが問う。
「特に」
フェネリタは特に考えもせず、簡潔に答えた。
「ほらな」
2人は今度こそ、サンドウィッチを口に運んだ。
「えええ……」
ピテルはどうやら納得が出来ないらしい。
それを見たエルファヌが、少し考えてからこう言った。
「んー――じゃあ、1つだけ。フェネリタは、軍出身か?」
「……」
フェネリタは、少しの間沈黙したのち、小さく頷いた。
「やっぱそうか。ああ、別に誰かに言うつもりとかねえし、隠してたなら悪かったな」
「別に、隠してたわけじゃないけど」
フェネリタは微かに顔を上げた。今までフードに隠れていて一切見えていなかったが、口元がほんの少しだけあらわになった。
「なぜ分かったの?」
警戒心からではなく、本当に不思議に思っている様子のフェネリタ。小さく首を傾げた。
「歩き方だ。軍属のやつ特有の癖みたいなのがあんだよ。見るやつが見りゃ分かる」
「へえ……」
感心した声を出したのはピテルだ。
ちなみに、見るやつが見れば――というのは、半分は正しく、半分は正しくない。ただ単に戦闘が得意なだけの者や、軍に所属している者でも、普通は歩き方くらいで分かりはしないのだ。なので、確かに分かる人も居るかもしれないが、そんな人間と遭遇する確率は限りなく低いというのが、より正解に近い。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ。身のこなしも悪くなさそうだし、ある程度は戦えると思っても?」
「自分の身くらいは守れる。ただ、炎血豹は倒せても、上位体は恐らく無理」
「なるほど。上等だ。かなりな」
エルファヌは機嫌よくにやりと笑った。
「じゃあ、とっとと食って出発しよう。採取の方はこいつに任せるつもりだから、よろしく頼むよ」
そう言ってエルはピテルを指した。
「分かった。よろしく、ピテル」
「う、うん」
「ピテル。さっきの石の使い方、後でフェネリタにも説明しとけ」
「わ、わかった」
それから3人は、少し軽めの昼食を終えると、予定通りに二手に分かれて林へ入ることになった。
「くれぐれも、無理はしないように。何かあったら、迷わず逃げて俺を待て。ピテル、フェネリタの言うことよく聞けよ」
「分かってるよ!」
「じゃ、俺は昨日まで燃えてたってとこに行くから。お前らはなるべく安全そうな方へ行けよ」
エルファヌはそう言い、林へ入って行った。
実は昨夜、消火活動をしていた時遣者たちが、火を消し止めていた。
それからは誰も戦っていないので、新しく火が付くことはなく、今に至っている。そのため、炎血豹の正確な居場所までは分からないが、どの方向に居たかというくらいの情報はあった。
「わたしたちも行こう」
「うん」
エルファヌの姿がすっかり見えなくなってから、残る2人も行動を開始した。
「少し、歩く。炎血豹が居ない可能性の高い群生地に行くから」
「分かった。大丈夫。あ! そうだ。忘れないうちに、これ渡しておく。さっきエルが言ってた、石」
ピテルは、鞄から自分の首に下げてあるのと同じ物を取り出して、フェネリタに渡した。
そして、言われた通りに使い方の説明をしたのだった。
「……これ、わたしが持っていていいの?」
1度は受け取ったフェネリタだったが、ピテルの説明を聞いた途端、戸惑いがちにそう言った。
「え、当たり前だろ。おれもひとつ持ってるし。エルが渡しとけってさ」
「そうなの……」
フェネリタは、自分の左手首に紐を巻き付けた。
「ありがとう。借りておく」
「あ、うん」
「ピテルは、幸せ者ね」
「え? どういうことだ?」
「この溜魔晶、たぶん結構な値段。そんなものを使い走りにポンと渡してくれるなんて」
おまけに、わたしにまで――とフェネリタは手首の石を見つめて言った。
「結構な値段って――い、いくらだ!?」
「わたしは専門じゃないから、詳しくは分からない。でも、言ってた通りの効果が本当にあるとするなら、最低でも金貨1枚」
「金貨! こ、これ、そんなすんのか……!? 魔法薬屋ってそんなに儲かるのかな……魔法薬は高いって言っても、おれがやってる分だと、そんな感じないんだけど……」
街の雑貨屋に納品する分など、たかが知れている。もっと高い薬を買ってくれる顧客は、今は基本的に転送での取引なので、ピテルは知らなくて当然だった。
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