7
次の日の朝。
無事に集合した2人は、馬車に揺られていた。馬車は、2列の椅子に幌が掛かっただけの簡素なものだったが、隣町に行くくらいならば問題ないだろう。
そして、御者は当然エルが務めている。ピテルとしては、なんとなく自分だけ後ろに座るのも悪いような気がしたが、邪魔だと言われたので大人しく引っ込むことにした。
「なあ、エル」
ピテルが後ろから声をかける。
「なんだ」
煙草をふかしながら、エルが応えた。
「緑札持ちの人って、どんな人なのかな」
「知らん」
今朝ピテルが早めに組合に行くと、ティーノが待っていた。
そこで、リソの緑札持ちとの集合などについて打ち合わせていたのだが、エルがやって来るまでに時間があったので、他にも教えてもらったことがあるのだ。
それが、リソにも札持ちは1人しか居らず、緑札の彼女だけだということ、そしてその彼女がかなり若いらしいということだ。
「若いって言ってたけど、いくつなんだろう? あ、フェネリタ・ゼ……ゼ……なんだっけ? まあとにかく、フェネリタさんっていうらしい」
「へえ」
個人情報なので詳しいことは言えないとのことだが、待ち合わせのためにも、名前とざっくりした背格好などは聞かされた。
それによると、フェネリタは若く、身長はピテルと同じくらいで、いつも紺色のマント羽織りフードを深くかぶっているらしい。
「いい人だと良いな!」
「ああ」
「もう! 『知らん』だの『へえ』だの『ああ』だの、ちゃんと人の話聞いてんのか!?」
ピテルは、エルファヌの物まねを取り入れながら言った。ちなみにクオリティはというと……これからに期待したい。
それに対し、エルファヌは深くため息を吐いた。
「聞いてるよ。ったく、うるっせえなぁ! ガキか? ガキだな! 遠足じゃねえんだから、ちょっとは静かにしろ、ガキ」
「なっ……!」
ピテルは、ふんっ! と顔を横に向けた。完全に子供の仕草だった。
「おーおーもうそうやって勝手に拗ねてろ、ガキんちょが」
それからしばらく、馬の足音とガタガタ鳴る車輪の音だけが響く。
その間、エルファヌの石煙草は2回ほど色を変えた。
かっぽかっぽという長閑な音に癒されたのか、はたまた元から気に留めていなかったのか、エルが唐突に口を開いた。
「昼飯、何作ってきた?」
ぶすっとしながらも、ピテルが答える。
「サンドウィッチ」
「ほう。良いな」
「……薄焼きパンで具を巻いてきたのも持ってきたけど。どうせ、朝食ってねえんだろ?」
「おお! 気が利くじゃねえか。くれ」
ピテルは、だらしない大人だな! などと文句を言いながら、手で持つ部分に紙を巻いて渡してやった。
エルファヌは、吸い切った煙草を適当にポケットに突っ込んでから、それを口へ運んだ。
「うん。美味い。お前、料理人にでも転職したらどうだ?」
「転職って。まだ初等学校生だよ!」
「あぁ、そうか。でもあと半年くらいで卒業だろ? その後どうすんだ?」
「いや……まだ考えてないけどさ」
「専門学校か?」
「そんな金はねえよ」
平民の中で専門学校に進めるのは、優秀かつ金銭的な余裕がある者だけだ。
初等学校さえも卒業を待たず辞めるという選択肢があったピテルとしては、もし行きたい学校があったとしても現実的ではなかった。
「それに、そんなに勉強好きじゃないし。どっか働き口探すつもり」
「地蟲はやめとけよ。マイケが泣くぞ」
「ならないよ! つーか、エルはほんと母ちゃんとアンチェには甘いよな」
「は? お前にも十分甘いだろ。馬鹿者」
「甘くねえだろ! すぐ馬鹿とか言うしよ!」
「馬鹿って言われたくねえなら、勉強しろ。馬鹿が」
くそー! と言いながら、ピテルは自分も具を巻いた薄焼きパンを取り出し、大きな口を開けて食べ始めた。
「なんだ? お前も食ってこなかったのか?」
「食ってきたよ! これはおやつだ! 成長期だからな!」
「そうか。まぁ、チビだからな。たんと食え」
「作ってきたのおれだけどな!?」
ここ最近、不本意ながら料理の腕がぐっと上がった気がするピテル少年であった。
「あ、そうだ。ピテル」
「ん? なに?」
「お前、これ持ってろ」
エルファヌは、後ろに向かって石のついた革紐を投げた。
「首にでも下げとけ。なくすなよ」
「なくさねえけど……これ、なんだ?」
石は、指で小さめに丸を作ったくらいの大きさで、綺麗な青色をしている。そして、金属の台にはめ込まれているので見難いが、何かの模様が見えた。
「んー、発信機兼バリア、みたいなもんかね。少しの間だけ透明な盾が出る。あと俺に知らせが来る。使い捨てだからむやみにやんなよ」
「す、すげえな……使い方は?」
「そうだな。『エル様、お助けください!』って叫べ」
「分かっ――いやそれほんとかよ!?」
「嫌か?」
「嫌だよ!」
「安心しろ、冗談だ」
「このやろう……」
ピテルは握ったこぶしをぷるぷるさせたが、雇い主を殴りつけるのは思いとどまった。
「もし何かやべえことが起きたら、その石の部分にちょっとだけ血をつけろ。唾でも良いんだが、反応わりいし量が要るから、即効性に欠けんだわ」
「……それは本当か?」
「当たり前だろ? 何疑ってんだ」
「このやろう……」
ピテルは再び理性と戦うことになった。
「あとこれ、おんなじやつ。緑札ちゃんに渡せ」
「緑札ちゃんて」
「1人で採取してたみてえだし、多分自衛くらいは出来んだろうけどな。上位体が2体も出たなんて中々ねえし、一応作った」
「分かった。渡しとく」
「前みたいに追跡しても良かったんだけど、防御くらい出来た方が良いだろ? ま、何も起こんねえとは思うが」
「――エル、言霊って知ってるか?」
ピテルが眉を顰めた。
「は?」
「そんなこと言ってると、引き寄せちまうってことだよ!」
エルファヌは、はいはいとでも言うように肩をすくめた。
そしてまた、爽やかな風を楽しんだり、内容もないようなことを話したりしているうちに、昼を少し過ぎたくらいの時間になっていた。
「おい、そろそろ着くぞ。準備しろ」
「お! 分かったっ」
しばらくして馬車が停められると、右手に青々とした木々が立ち並ぶ林が見えた。
今までも所々木は生えていたが、雰囲気が全く違う。というのも、ディムタからリソを直線で結ぶと、森を突っ切って行くことになり、そのうちこの林にぶつかるらしいのだ。今2人が馬車で移動してきた道は、多少迂回して平坦な場所に通しているので、揺れもそこまで多くなく平和な旅が出来たのだった。
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