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しかし、そうなるのも頷ける部分もある。
リーズイ草とは、多くの魔力を含んでおり、魔法薬を作るのに重宝される薬草だ。あまり見かけないので、値段ももちろん高い。自分で使うもよし、売っぱらうもよしで、ただ燃え落ちるだけなんて、もったいないことこの上なかった。
「まさか近くに群生地があるなんて思わなかったぜ……いや、だから他で買うより少し安かったのか……」
ぶつぶつ言いながら、悔し気に自分の唇を爪で押すエルファヌ。
あまりの迫力にピテルは顔を逸らし、ティーノは空気になろうと努力した。
「えー……それでですね。リソにも、炎血豹の上位体を相手に出来るような時遣者は居りませんので、現在は消火活動に専念させているそうです。そんな状態で、主力の帰還を待つよりはと、エルさんにお声がけした次第です」
「ほう。よぉーく分かったよ」
「も、もしお引き受け頂けるのなら、任目の報酬とは別に、エルさんが使う分に限り自由に採取して良いとのことです。その際、リソの緑証札を持つ時遣者を案内につけると……」
緑証札は、鉱物や植物などの採取に関する技能に優れている者に与えられる札だ。
「おい、良いのかよ?」
「も、もちろんです! 林自体は街の持ち物のようなもので、皆自由に採取や猟に入ってます。ご承知でしょうが、リーズイ草は発見が難しいので、群生地を見つけたのはその緑札持ちの時遣者なんです。彼女は自分では使わないからと、定期的に組合に卸してくれていまして――街が依頼元として専用の任目を出してるんです」
エルファヌは、感心したように、へぇと言って頷いた。
「欲のないことだな。別のところで売れば、もっといい金になるだろうに」
「そうですね。組合としてはありがたいことです、本当に」
「緑札持ちがねぇ……。そうだなぁ――よし、引き受けよう」
その言葉に、ノーベルドとティーノを顔を見合わせ、勢いよく頭を下げた。
「あっありがとうございま――」
「ひとつ条件がある」
ノーベルドの言葉を遮るように、エルファヌが言った。
「何でしょうか……?」
「足を用意してくれ。ちんたら歩いていくのは面倒だ」
「なるほど……分かりました、馬車でよろしければ」
「一応聞くが、魔行車はないのか? 飛行車でもいいが」
魔行車は馬のない車で、飛行車は魔行車に空を飛ぶ機能が付いたものだ。
どちらも魔力が動力源で、エルファヌが恨みがましく“絶対用意するぞ”と言っていた道具だ。
「ははは……残念ながら、どちらもありませんよ。うちには魔導士なんて居りませんからね――あ……!? そ、そうか! 噂では聞いてましたが、エルさんは本当に、ま、魔導士でもあるのですね……まさか、そんなことが……」
ノーベルドは、自分の言葉に驚いたように目を見開いた。
顔の迫力がさらに増し、ピテルが小さくひっとおびえた声を出した。
「あー……まあ、ぼちぼちな」
実は、魔法薬屋だからと言って魔導士ではない場合もある――というより、魔導士でない場合がほとんどだ。
魔法薬というのは、素材の持つ魔力を引き出したり、宝魔晶などを用いて元の力を活性化させたりすることで作られる。そのため、極端な話ではあるが、魔力が全くない人間でも、魔力操作さえ出来れば魔法薬を作ることは出来るのだ。
ノーベルドが、怖い顔を驚きによりさらに怖くしたのは、そんな事情を知っている上に、魔導士がどれだけ少ないかも、もちろん承知しているためだった。
証札の認定には、実績が証明できれば良く、方法は問われない。そのため、赤札を持っていようと、エルがどのような力を使ってそれを得たかを知っているということにはならない。
エルファヌは、ピテルの前で特に隠さず魔法を使っているように、無理に秘匿するつもりはなかったが、かといって自分から開けっ広げにするつもりもなかった。
「いやー、うん、ほんと、そこそこ。そこそこだよ。基本的には剣でぶった斬ってる」
「あぁ、確かに、森なんとか……っていう狼も、バサって斬ってたな!」
ずっと黙って聞いていたピテルが、口を開いた。やっと少しは理解できる話になったのだろう。
「そうでしたか。――どちらにしろ今回は、赤札を2枚持ち、尚且つ“獄炎獅子の上位体”を討伐された実績により、お願いした次第です。素材取りの任目ではないので、駆除して頂ければどのような形でも結構です」
「そりゃあ……ずいぶん遠くの話を知ってるもんだな。でも、それで合点がいった。諸々の事情は分かったけどよ、それでも高々赤札2枚くらいのやつに、なんで上位体2体を討伐しろなんて話が来るのか不思議だったからな」
「複数枚持ちの方に“高々”なんて言われたら、もう何も返せませんが」
はははと、ノーベルドの口から乾いた笑いが漏れた。
「お名前だけでは難しいですが、証札があれば昔受けた任目を照会できるのですよ。とは言え、ほぼやりませんが……今回は、たまたま“うちでただ1人の赤札持ち”が来たからと、藁にも縋る気持ちで以前いらした組合に問い合わせたんです」
「へぇ。やっぱ、保証金払い直せばよかったか」
「エルさん……」
ティーノが縋る目でエルを見た。
「冗談だ。リーズイ草も手に入るしな。しょうがねえから、馬車で勘弁してやるよ。魔獣牽きは――その様子じゃ、ねえんだろうな」
そろって首を振るノーベルドとティーノ。玩具にありそうな動きだが、全くもって可愛くない。
エルは仕方ねえなと息を吐いた。
「……すみません。それで報酬ですが、プラス2が銀貨3枚、プラス4が銀貨5枚で出そうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「片方だけでももらえるのか?」
「はい。さすがにお1人で2体というのは厳しいかと思いますので。最悪、軍が来てくれるまでの被害が少しでも減らせれば、というところです。もちろん、2体駆除して頂ければ一番良いのですが」
「分かった。給料はそれで良い。明日の朝一で出発するから、馬車の用意しとけよ」
「承知しました。どうぞよろしくお願いします」
組合の職員2人は、立ち上がって深く頭を下げた。
「じゃあ、帰るわ。行くぞ、ピテル」
「あ、わ、分かった!」
席を立って歩き出したエル。ピテルは、急いで後を追った。
扉を出ようとしたとき、開けて押さえていたティーノが小さくエルに声をかけた。
「エルさん、どうかお気をつけて」
エルファヌは、手を上げて応えた。
「あー、疲れたな」
組合の建物から出ると、エルはぐっと伸びをした。
「いや、たぶんおれの方が疲れたよ……」
ピテルは少々げっそりしていた。
ディムタの組合の一番偉い人に、果たしてあんな態度を取って良かったのだろうか? ピテルはずっと気が気でなかった。少年はやはり、存外真面目だった。
「そうだ、ピテル。明日お前も来い。休みだろ?」
「えっなんで? つーか明日は休みでも、明後日は学校だぞ。戻ってこられねえじゃん」
「歩いて2日なら、朝一で出れば昼過ぎには着くだろ? ちょっとばかしズルするし。で、帰りは転移で戻りゃいい。何のために馬車借りたと思ってんだよ。お前が来なくてどうする」
エルファヌは、1人だったら飛んでいくつもりだったようだ。
ピテルが抱えて飛ばれるのを嫌がるからと、一応気を使った結果らしい。
自分に関係することで、あんな偉そうな態度を取っていたと思うと、素直に喜べないピテルだった。
「分かった、行くよ。なんかやらせたいことでもあんのか?」
「ああ。採取はお前に任せようかと思ってな。その間に狩ってくる。緑札持ちのやつに連れてってもらえ」
「あ、なるほどね……」
確かに、ピテルは戦闘面では何も役に立たない。
下手に危ないところへ連れていかれるよりは、ましかもしれなかった。
「時に、少年。リーズイ草って、なんで見つけ辛いか分かるか?」
「え? ううん」
「すっげえ小さい上に、その辺の雑草みたいな見た目してんだよ。しかも、いざ見つけても採取がめんどくさい。葉も茎も信じられねえくらい柔らかくてな。かなり神経使うんだ」
「げっ」
「傷つけないように、よろしく頼むぞ。使い走りさんよ」
「くっそ、分かったよっ!」
仕事とはいえ、なんだかはめられた気分のピテルだった。
「ついでに、朝、組合行ったら、緑札持ちとどうやって合流すんのか聞いとけ。――あーそれと、これで弁当作ってこい。釣りは、特別手当だ」
エルファヌはいつかと同じように、銀貨を爪で弾いた。
「ぅわっ! ちょっ」
くるくる回りながら、放物線を描いて飛んでくる硬貨を、何とか掴まえる。
「アンチェになんか甘いもんでも買ってやれ」
「もうっ、普通に渡せよ! でもありがとう!」
「じゃあ、明日な。寝坊すんなよ」
「分かってるよ!」
エルファヌは、石煙草を咥え去っていった。
「……エル、金持ちなのかな。金には困ってねえとか言ってたもんなぁ。こんなにポンポン銀貨投げてよこしやがって」
そう呟いてから、ピテルも歩き出した。明日の弁当や、今日の夕飯の買い出しに行かなければならない。
「母ちゃんと、あとアンチェになんか美味いもん買ってってやろ。久しぶりだし、贅沢して菓子とか」
少年は心の中で、口も態度も悪い雇い主にもう一度礼を言った。
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